041 受け継がれるもの
俺たちが大使様の元に駆け付けた時、そこには3人しかいなかった。
大使様と侍女。
そして1人の騎士。
「おお。無事であったか」
俺の顔を見て微笑む騎士。
俺は絶句した。
「ああ、この身体か…。こうなってはもうどうしようもないだろう」
彼には、下半身がなかった。
胸の辺りから腹にかけて凍っており、出血も一切していない。
古竜のブレスをまともにくらってしまったのだろう。
しばらく何も言えずに突っ立っていると、侍女が俺に声をかけた。
「初めに貴方を助けようと言われたのは、この方なんですよ」
「おい。それは言わないでくれと…グホッ」
言葉を発しようとした瞬間、咳き込み吐血した。
大使様は彼の傍にしゃがんで、その様子をじっと見ていた。
「そんな顔するんじゃない。確かに私が言い出したことではあるが、お前を恨んでなんかいないぞ。他の兵士たちも同じ気持ちだろう」
騎士はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
俺は何も言うことが出来なかった。
彼に対して何か言わなければならない言葉があるはずなのに。
でも、それが出てこなかった。
喉が詰まる。
それでもなんとか、その言葉を口に出そうとした時だった。
「何も言うな!」
騎士が叫んだ。
目を見開き、歯を食いしばっている。
「その言葉は、絶対に言うな」
必死の制止だった。
今まさに死にゆく人だとは思えないほどの気迫を感じた。
彼は一度天を向き、呼吸を整えた後、俺たちを見てこう言った。
「頼みがある。大使様を必ず、ティロニアンまで送り届けてやってくれ。私が無能だった故か、あるいは運が悪かったのか。公爵殿と仲間は死んだのだ。大使様とシーリン嬢を支えられるのはもう君たちしかいないのだ。どうか私の…、いや、我々クリストロフの民の想いを分かって欲しい。我々は、クリストロフを愛しているのだ。そしてこれが我々の故郷を守るための…重要な、任務なのだ」
彼は兵士の中でもリーダー的な存在だった。
洞窟での襲撃の時も、皆に指示を出し、常に大使様の近くで戦っていた。
そして古竜に襲われた際にも、彼の傍に落ちている盾で大使様を守っていたのだろう。
立派な男だ。
それに俺よりも強いはず。
このような事態にならなければ、きっと大使様をティロニアンにまで導いたはずだ。
俺は騎士の傍にしゃがんだ。
隣にイヴも、ライサンドも来た。
「わかりました」
イヴがそう言った。
俺とライサンドは強く頷いた。
「うむ。ありがとう」
そう言った後、再び吐血した。
もう限界か。
すると大使様が自身の手袋を取った。
「あっ、それは――」
侍女が止めようとしたが、大使様は騎士の手を握り、顔を近づけた。
握った手から優しい光が漏れ出し、騎士を包み込んだ。
「た、大使様!おやめください!」
騎士が叫ぶ。
あれはおそらく『火の施し』。
身体を温める魔術。
大使様はそれを使っているのだろう。
せめて苦しまずに死ねるように。
「私だけこのようなことを…。これでは死んだ仲間に申し訳が立ちません!」
騎士が制止しようとするが大使様はそれを無視し、手を強く握った。
その瞬間、騎士の顔色が変わった。
「ああこれは!…そうか、そうだったのですね」
先ほどまでの悲しみと苦しみが混じったような表情から、柔らかい表情になっていった。
「天にいる皆にも、伝えます。きっと喜ぶでしょう」
全身から力が抜けていくのがわかる。
痛みを我慢する様子もない。
とても幸せそうな表情をしている。
騎士は空いている方の手を胸に乗せた。
「ああ。愛しのクリストロフに、栄光、あれ…」
これが騎士の最後の言葉だった。
-----
「俺さあ、ああいうの弱いんだよね」
宿の中で干し肉を齧っていると、ライサンドがポツリと言った。
「俺らってさぁ、言ってしまえば傭兵みたいなものじゃん。だから金を貰えばそれでいいわけで、忠義とかそういうものはないはずなんだよ」
「そうだな」
「だけど、ああいうこと言われるとなあ~」
わかるよ、その気持ち。
最初は単なる金目当てだったけど、今はそうじゃない。
俺たちが大使様を守らなくてはならない。
そういう気持ちになっている。
もちろんそれは護衛する人数が減り、緊張感が増したのもあるのだが、やはりあの騎士の影響も大きいだろう。
彼らが命を懸けてまで守ろうとしたものは大使様ではなく、国だったのだ。
つまり俺たちは国を背負っていることになる。
これはあまりにも重い。
とはいえ、俺自身に迷いはない。
目的は変わっていないからだ。
結局大使様を王都まで送り届けなければ金ももらえないし、国を救うことも出来ない。
ならば俺は任務を遂行するのみ。
「というか、大使様を見捨てるっていったら、あの騎士に申し訳が立ちませんよ」
だって、彼は俺の為に死んだのも同義だろ?
「ゼオ。なんかお前、いい顔になってきたじゃないか」
そう?
「なあイヴちゃん」
「そうかぁ?こいつは元々こんな顔だろ」
「いやそうじゃなくて、こう、オーラっていうの?なんか腹を決めた戦士みたいな感じ」
彼の言っていることはわからない。
しかし、今俺の気持ちは真っ直ぐだ。
必ずこの任務を成し遂げる。
「そういうあなたはどうなんですか?まさかここで諦めるなんて言わないですよね」
ちょっと挑発的に聞いてみる。
ライサンドの眉がピクッと動いた。
「言ってくれるじゃねえか、ええ?あの男の意志を受け継げない様じゃ、戦士とは言えないだろ」
「そうですよね。で、イヴは?」
イヴはため息をついた。
そして面倒くさそうにこう言った。
「それ、わざわざ言わないといけないのか?」
「聞かせてください」
「はぁ…」
イヴは瓶を手に取った。
さっき宿主に貰った酒だ。
「一本だけなら、いいだろ?」
そう言いながら杯に注いでいく。
そして俺に渡してくる。
次はライサンドに。
最後は自分で持った。
「大使様を命をかけて守ると、この場で誓おう」
腕を伸ばし、杯を天に突きあげた。
俺も続いてそうした。
「天に誓って!」
勢いよく酒を飲んだ。
苦みが口の中に溢れ、喉にじんわりと快感が残る。
次第に腹の中が熱くなる。
その熱は胸に広がり、首を伝い、顔にまでやって来た。
「っかぁ~!」
自然に声が出た。
イヴやばあちゃんのような酒飲みの声だ。
「へっ。お前もいい飲みっぷりになったじゃないか」
こんなに美味い酒は初めてだ。
生を実感しているからだろうか。
決意を胸にしたからだろうか。
仲間がいるからだろうか。
あるいは、後悔や責任感からの現実逃避だろうか。
理由はわからないがとにかく美味く感じたのだ。
-----
「そろそろよぉ、お前たちの話も聞きたいぜ」
酒を飲みながら大使様や侍女、そして今後のことを話していると、ライサンドがそう言った。
「どういう意味です?」
「うーん…、過去の話というか、意志というかそういうものを聞きたいんだよ。全員わざわざ故郷を離れて冒険者ギルドに入ったわけだろ。それには何か理由があるんじゃないのか?」
酔っているのか、やけに熱くなっている。
「なあ~、聞かせてくれよ~」
「まあ別にいいですけど」
「いい機会だしな。お互いのことを知るのも悪くないだろう」
これからこの3人で大使様を守っていくわけだし、結束力を強めるためにはそういう話も必要か。
となると、俺の過去の話もしなきゃいけないな。
まあこの2人なら、大丈夫だろう。




