039 一難去って
尾の谷を抜けた俺たちは近くの宿に泊まることになった。
体力回復のためにしばらく留まるそうだ。
「なあ、ゼオ」
その宿で夕食をとっている時、イヴが話しかけてきた。
「あたしたちは本当に尾の谷を越えたのか?」
そうなんだよな。
そこがわかないんだ。
「尾の谷は夏でも3日かけて越えると聞いたことがある。お前には3日分の記憶があるか?」
「いや、ない。長いこと歩いていたのは事実だが、3日は経ってるとは思えない」
「だよなぁ」
「ライサンド、お前は?」
「いや、なんか薄っすら意識があったような、なかったような」
「そうか…」
そこに宿の主が現れた。
「あんた、そりゃきっと『魔女の施し』を受けたんだよ」
「魔女の施し?」
主は俺の横に座った。
「この地の伝説だよ。『大義を持った者がここを通る時、魔女の施しを受ける』ってね」
それから宿主はその伝説について語った。
今から約3000年前のセイエナ大戦の時。
エルフの森で激しい戦いが起きていた中、魔族の軍勢がこの街に奇襲仕掛けたのだ。
クリストロフの軍は前線に集中しており、ここの砦は簡単に落ちてしまった。
資源も領土も少ない土地ではあるが、ユーバーランドからの援軍を止めることになり、さらに王宮が挟み撃ちされる危険性もあった。
クリストロフは窮地に立たされることになったのだ。
将軍ダルネスは一刻も早くこの状況を打破するために、吹雪の中たった100人の兵士を連れてこの街に侵攻した。
これがクリストロフで有名な英雄譚『キヴォルク奪還戦』である。
まず将軍は尾の谷側の防衛が薄いという情報を得た。
その時は真冬だったため、尾の谷から軍が来ることはないと魔族は高を括っていたのだろう。
将軍はその油断を突こうとした。
だが今は冬。
そもそもキヴォルクにたどり着くことが出来るのか。
しかし、このチャンスを逃すわけにはいかないという決心と、部下からの熱い信頼から、この作戦は実行された。
将軍は少数の兵士をかき集め、数十日かけて尾の谷まで歩き続けたという。
そして尾の谷に足を踏み入れた瞬間、いつの間にか誰一人欠けることなくキヴォルクに着いていた。
魔族の裏をかいたこの作戦は成功し、見事キヴォルクを奪い返すことができたのだ。
「これが『魔女の施し』じゃ」
なるほど。
確かに俺たちの置かれた状況と一致している。
だがわからないことがある。
「その、『魔女』はどこから出てきたんですか?」
どこにも魔女の要素なかったけど。
「実はね、こういうことがそれ以降何度か起きたんだよ。猛吹雪の尾の谷に入った瞬間に反対側にたどり着くという話がね」
宿主はそういうと地図を広げた。
「ここがキヴォルクでここが尾の谷じゃ。そしてそのすぐ北に禁域がある」
禁域。
この星で最も北にある陸地。
誰も入ることの許されていない土地。
そして「火の魔女」が住んでいると言われている。
「ここにいる火の魔女は勇敢な男が好きらしい。だから冬の尾の谷に入る者に意識を失う呪いをかけ、反対側まで運んでくれると言われている。そうしてくれるのは英雄だとか、高名な聖職者だとか、使命を持った人だけだがね」
「つまり、あたしたちは魔女に認められたってことか」
「その通りだ!」
兵士の1人が肩を組んで来た。
「君たちの戦いぶり、見事なものだったよ。それを見て魔女は通行を許したんだ」
「へへ、そりゃどうも」
どうやら兵士たちにとっては、よく知られた話のようだ。
まあこういう伝説は各地域に1つはある。
古竜に認められて飛竜になったとか、勇敢な騎士が魔神と恋に落ちたとか。
嘘か真かわからない話だったが、まさか俺が体験することになろうとは。
悪い気はしないし、こういう話があるから兵士たちも勇敢に戦えるのだろう。
「おい」
イヴが肩をつついて声をかけてきた。
「ホントに記憶がないのか?」
「ああ。夢を見ていた気がするんだが…覚えてないな」
「そうか」
それだけ言うと、彼女は酒を一気飲みした。
-----
「さて出発しようか」
キヴォルクの街で2泊した朝。
ついに出発の時がやって来た。
観光とか色々したかったが、たった16人で大使様を守らないといけないわけだし、なにより寒すぎてずっと宿の中に引きこもっていた。
その分体力は回復したし、良しとしよう。
さて、これからダネル海峡を越えユーバーランドに入るわけだが、船を使ったりはしない。
一体どういうことなのか。
ここら一帯は人間が住むことのできる最北端の場所であり、あらゆる資源が乏しい。
食物はほとんどに王宮からの配給に頼っており、生産できる資源は貴重だ。
その中に水も含まれている。
つまり、冬になると川も海も凍ってしまうのだ。
川や池の表面が凍るという現象は珍しいものではないが、ダネル海峡はわけが違う。
氷がセイエナ大陸とユーバーランドをつなぐのだ。
しかも深くて、頑丈。
人だろうが馬だろうが渡ることができる。
現在は春も中ごろではあるが、例年よりも寒さが引かないためまだまだ安全だそう。
ということで、氷の上を進んでいくわけだが、歩いて行くとなると何日もかかってしまう。
氷の上なので泊まることもできない。
それにもう尾の谷のようなことは勘弁。
なわけで、人類の頼れる相棒の登場だ。
「ウワン!ワン!」
皆さんご存知、狼だ。
ここの地域では狼が重要になってくる。
狩りを手伝ってくれるし、移動にも使える。
「ははは。くすぐったいなぁ」
「お前もうなつかれたのか」
そりを狼に引っ張ってもらえば、わずか半日でダネル海峡を越えられる。
非常に頼もしい。
しかしこうなると馬はこの街に置いていくしかない。
元々ここまでの予定ではあったそうだが、大使様は名残惜しそうにしている。
さっきも馬と別れるギリギリまで頭をなでていた。
思い入れのある馬なのだろうか。
自分の周囲に女ばかり集めていた時は「なんだこいつ」と思っていたが、意外と繊細なお方なのかもしれない。
-----
道中2回ほど休憩し、最後の移動が始まった。
そりには3人乗ることができ、俺以外には…まあ、あの2人だ。
「おい、お前ら見てたか。さっき先導のおっちゃんが狼に石みたいなのを舐めさせてたぜ」
「そんなわけないだろ。お前の見間違いだ」
「いやいや、ほんとなんだって!」
2人はのんきに話しているが、手綱を握っている俺の気持ちにもなってくれ。
風も強くなってきているし、雪も降ってるし、視界もかなり悪い。
腕も疲れるし、結構大変だぜ。
交代して欲しいところだが、狼が俺以外になつかないからしょうがないね。
「んっ」
なんか顔に飛んで来た。
液体?
手で拭うと、掌が赤く染まった。
この匂いは…。
すると雪が止み、視界が開けた。
目の前にあったのは無人のそりだった。
「うああ!」
叫び声がする。
その方向を見ると、奴がいた。
「ふしゅるるる…」
大使様を裏切った第七星!
なんでここに?
「あいつしつこすぎんだろ!」
顔は半分青くなっており、身体の一部は凍っている。
おそらくもう正気ではない。
奴は殺した兵士をそりから投げ捨てると手綱をとった。
1人しか乗っていないからか、奴のそりはぐんぐんと速度を上げている。
このままでは先頭の大使様に追いつかれる。
他の兵士たちも奴の存在に気づいているが、手の出しようがない。
「おいゼオ!もっとスピードだせ!」
「これ以上は上がらん」
こっちは3人乗ってる上に1人は重装なんだぞ。
他のそりに追いつくのが精一杯なのに。
「おいおい、やべえぞ!どうすんだ!」
「ああもう!お前が手綱をとれ」
強引にライサンドに手綱を握らせ、俺は弓を構えた。
こっちも相手も動いている状況での射撃は初めてだが、別に奴にピンポイントで当てなきゃいけないわけじゃない。
「ふー…」
呼吸を整え、そして矢を放つ。
矢は奴に当たらなかったものの、そりを破壊することには成功した。
「よっしゃ!」
だがまだ終わってない。
そりから投げ出された奴は、跳躍を繰り返しながらこちらに向かって来た。
再び矢を放つも避けられてしまい、ついに俺たちのそりに着地した。
「おらぁ!」
イヴとともに応戦する。
あの時を比べると奴の動きはだいぶ鈍くなっているが、流石は第七星。
2人を相手にとっても、全く不利を感じさせない。
何度も落ちそうになるのを耐えながら戦っていると、辺りが一瞬だけ暗くなった。
そして、
グオオオオォ!!!
と、地響きのような嵐のような音が轟いた。
次の瞬間には地面が揺れ、俺たちはそりから投げ出された。
急いで起き上がり後ろを振り向くと、何かがいた。
「…あ」
巨大な翼。
グッと伸びた首。
鋭い爪の生えた前脚。
その身体は透き通るような水色の鱗で覆われており、その隙間から白い毛が生えている。
これは、飛竜?
いや、飛竜なんて大きさじゃない。
倍以上はある。
ということは…
「ヌ、ヌシ様だぁ!」
兵士の1人が叫ぶ。
兵士たちの中には腰を抜かしている者もいる。
聞いたことがある。
クリストロフには魔神が現れないと。
何故なら魔神よりも強大な存在が居座っているからだ。
人々はそれを『ヌシ』と呼び、崇めている。
その本来の名をこう言う。
『氷の古竜 シュルグヘイム』




