036 静けさ
遂に大使様の護衛の任務が始まった。
お連れは冒険者46人と王国兵30人。
まあなんと壮大なことか。
とは言っても、国王の外出となればこの10倍はくだらないという。
すごいね、王族。
じゃあこの人数が少ないのかというと、そうでもないらしい。
イヴ曰く、外交官の長であってもお連れは10人程度だそう。
そう考えるとかなり多い。
まあ今回は国の命運が懸かっている。
念には念をということだろう。
などと考えていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。
「どうも~」
黒っぽい肌に、スポンジのような髪。
この男は確か…。
「ライサンド、さん?」
「あら、俺のこと知ってたの。嬉しいねぇ」
昨日、依頼の紙を読み上げていた人だ。
見たことない頭をしていたし、目立っていたから覚えていた。
「あれ、イヴちゃんは?」
「前の方にいますよ」
使節団は隊列を作っていて、俺はほぼ最後尾。
大使様、公爵、侍女の3人と何人かの騎士が馬に乗っていて、周りを兵士が囲っている。
おそらくその前にイヴがいるのだろう。
始めは2人並んで歩いていたが、公爵が名指しでイヴに前に行くように指示したのだ。
「あらら。彼女も連れていかれちゃったのね」
「彼女も?」
ライサンドは無言で大使様の方を指差した。
なんだ?
ええと、大使様がいて、横に侍女がいて、周りは…。
「ん?」
王国兵の中に女性が見えた。
彼女は確か第六星の魔術師。
よく見ると他にも女性の姿がちらほらと。
自分の周りを見てみる。
男しかいない。
「ま、そういうことだな」
ライサンドが頷く。
てっきり大使様より前の隊列に行ったのだと思っていたが、どうやら王国兵の中にイヴはいるらしい。
背が低いので全く見えないが。
「まあ大使様ともなれば、周りに女を侍らせる権利はあるよなあ。…なあなあ、恋人を取られて悲しいかい?」
「イヴとはそういう関係ではない」
が、なんかちょっと悔しい気もする。
「あれ。ここ最近ずっと一緒に依頼受けてたし、同室だからてっきり。あいつと同室で無事だった男いなかったからね。手え出そうとしてぶん殴られた奴。頭かち割られた奴。色々いたな」
初対面の時もものすっごい警戒してたな。
「まあ、あいつチビだけど実力は第七星に匹敵するレベルだからな」
「え、そんなに強いんですか?」
「なんだ、一緒に仕事しててわかんなかったのか?あいつは強えよ。ま、俺よりかは下だけどな」
こいつもしかして自慢しに来ただけだったりする?
「おいおい。そんな顔で見るなって。ちょっとお友達になろうって声かけてるだけだよ~」
肩を組んで来た。
馴れ馴れしい奴だ。
いや、嫌いじゃないよ。
「それは嬉しいですね。僕もちょうど男友達が欲しかったんですよ」
クリストロフに来てからはずっとイヴと一緒だったから男と話す機会はあまりなかった。
エルフの村でも仲の良い奴はできたが、年齢差がありすぎて友達と言えるかいうと微妙だ。
この人は年齢もほぼ同じみたいだし、なんか気が合いそうだ。
「俺はぺル・ライサンド、21歳。生まれはアトルカのシージって街だ。風神流上位だからなんかあったら頼ってくれ。君は確か、ゼオくんだっけ?」
「ええ、ゼオライトです。もうすぐ18になります。オストロル地方のミカ出身です」
「おお、ユーバーの奴か。よくこの依頼に参加できたな」
その瞬間、グッと視線が俺に集まったのを感じた。
しまった。
出身地までは言う必要はなかったか。
「あ~すまん。俺声でけえから…」
「大丈夫ですよ。僕に関する情報は王宮にも行っています。それでも依頼に参加できているんですから、問題はないはずです」
とはいえ、同じ任務を遂行する者の中に敵国の奴がいるとなれば、嫌な気はするだろう。
「それに僕はジェネスのことをよく思ってないんですよ」
「ほお」
「昔彼に嫌なことをされましてね。こっちに来たのもそれが原因なんです」
これぐらいティロニアン嫌いアピールをしとけばいいかな?
「まあしかし、奴はとんでもないもの作ってくれたよ」
「『ヒール』ですか?」
「ああ。あんな魔術作られちゃあもう無敵よ」
唱えるだけであらゆる傷がなおる魔術。
恐ろしい。
「知ってるか?軍隊ってのは3割が損耗しちまうと、撤退を余儀なくされるんだ」
「ええ。負傷者を手当するのに1人から2人必要だからですよね」
「そうだ。それが今までの常識だ。でもこれからはヒールが使える奴さえ残っていれば、そんなの関係なくなる」
「戦争の在り方が変わってしまう…」
「それが変わるってことは、世界そのものが変わるってことだ。全く、恐ろしいねえ」
「だからこそ奴をどうにかしなければ」
ティロニアンが優勢なのは彼の強力な遠距離魔術とヒールによって消耗しない兵力のおかげだ。
つまりジェネスのワンマンなのだ。
ジェネスさえいなくなれば、ティロニアンの勢いは今までのようにはいかない。
まあそれが難しいんだけど。
「出世に興味がないみたいな顔しておいて、結構なこと言うじゃねえか。ま、もし奴を討ちに行くときは声かけてくれよな。へへっ」
背中をパンと叩かれる。
え、俺そんな顔してるの?
-----
王宮を出発してから半日が経った。
到着したのは、つい昨日俺とイヴが一晩過ごした洞窟だった。
「この散らかり具合…、賊が近くにいるかもしれんな。注意するように」
散らかしたのは俺とイヴですね。
「山賊が多い地域と聞きましたが、全く気配がありませんね」
昨日壊滅させたからですね。
「ここなら寒さはかなりしのげそうだ」
洞窟の奥の方で公爵と侍女が話している。
どうやらここで一泊するらしい。
まあ日が暮れてからの移動は危ないからな。
「そこにいたのか!ゼオ!」
この声は。
「ああイヴか」
「暗くてよく見えねえな。ん、お前誰だ?」
「俺だよ俺。ライサンド」
「あー」
火は焚いているとはいえ、角度によっては顔が全く見えない。
洞窟の中はかなり密集しており、もう誰が誰だか。
声だけが頼りだ。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「俺はね、ゼオ君と友達になったのよ」
「はぁ?」
「なあ、そうだよなあ」
「うん」
「ゼオ、こいつはやめとけ」
イヴに手を掴まれ、引っ張られる。
「こいつは人妻を手籠めにしたからな」
「え」
「違う違う!向こうから誘ってきたんだってばぁ」
「へん。やったはやったんだろ。地獄に落ちな」
もう片方の手をライサンドさんに掴まれる。
「そんなに怒ることかぁ?別にイヴちゃんには何にもしてないのに、ねぇ?」
「罪人から距離をとるのは当たり前のことだろう」
ちょっと、そんなに引っ張るな。
腕が、もげ…
「カーリー公爵!」
洞窟の入り口の方から声がした。
振り向くと王国兵が。
「どうした?」
「アジリ街道が封鎖されています!このままでは通ることはできません!」
洞窟内がざわめく。
「カーリー公爵。私が見てきます」
侍女は立ち上がると、先ほどの王国兵とともに外に出ていった。
「…へえ。面白くなってきたじゃないか」
「ほら見ろ。こんなこと言う奴と仲間になりたいか?」
すまん、状況を読み込めていない。
アジリ街道ってなんだ。
「なにが起きたか説明してくれるか」
「よっしゃ。まず…」
「いや、あたしが説明する」
「えー」
どうやらイヴが説明してくれるらしい。
ライサンドさんはちょっと拗ねている。
「ゼオ、昨日話した尾の谷は覚えているか?」
「もちろん。豪雪地帯だろ」
「そうだ。で、それを避けるためのルートがあったろう?それがアジリ街道だ」
なるほど。
で、そのアジリ街道が封鎖されているということは…
「ダネル海峡まで行くには、尾の谷を通るしかない、と」
「その通りだ。どうだワクワクするだろ?」
この人は危険なことに興奮するタイプか。
「ゼオ、やっぱりこいつはやめといた方がいい」
でも、あなたよりも人使いは良さそうだ。
「ただいま戻りました」
侍女が戻ってくる。
公爵の近くまで行き、こう伝えた。
「確かに封鎖されていました。岩や氷が積まれており、通ることができません。人工のものではなさそうです」
「雪崩か…、困ったな」
「ただ、二日ほどあれば切り崩せそうです。人手はたくさんありますし、もしかしたら一日でおわるかも」
「わかった」
公爵はこちらの方に寄って来ると、大声で命じた。
「明日、街道を開通させるために作業を行う!本日は直ちに身体を休め、明日に備えよ。夜の番は事前に伝えたように。以上だ」
-----
夜の番は2つに分かれており、日が沈んでから真夜中のグループと、そこから交代して朝まで起きておくグループがある。
俺は前半で、2人は後半だ。
もうすでに真夜中は近づいており、俺は寝る準備をしていた。
王宮を出発する際に貰った寝袋の中に脚を突っ込み、干し肉をかじる。
明日のために身体を万全の状態にしておかないと。
「ふう。ほら交代だぞ」
イヴとライサンドさんに肩を叩きながら声をかける。
2人ともあくびをしながら起き上がり、眠そうな顔をしながら武器を装備し始めた。
品質の良い寝袋とはいえ、やはりベッドと比べると寝心地は良くない。
それに普段の半分ほどしか寝ることができないのは、ちょっとキツイ。
「ふはあ」
2人も準備ができたみたいだし、俺はもう寝るとするかね。




