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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第一章:落ちてきた星
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003 獣人の少女


 目が覚めた。


 窓から陽射しが射しこんでいた。

 いつもなら日が昇る前に目覚めるのだが、長旅のせいか、久しぶりのベッドのせいか、ぐっすり眠っていたようだ。


 荷物を持って部屋を出る。

 廊下を歩いていたシスターさんに挨拶し、質問した。


「あの~、昨日運び込まれた人ってどうなってます?」

「彼は、まだ起きないわ」


 どうやらまだ眠っているらしい。

 無事を祈っておこう。


 シスターさんに出口を教えてもらい、俺は教会を後にした。



-----



 オストロルの街並みは美しかった。

 石と木で作られた家の並びはまるで城壁のようで、田舎の平屋しか知らない俺にとっては圧倒的だった。

 大通りには露店が立ち並んでおり、食料だけでなく彫刻や本、さらには魔術器具も売られていた。

 やはり、この地方最大の都市だけある。

 もっと色々見たいな。


 そんな感じです観光気分で散策しながら歩いていたら、目的地に到着した。


「あら~。あなたがゼオくん?」

「これからお世話になります」

「まあまあ。とにかく入って! あ、私のことはセグ姉さんって呼んでいいからね」


 まず出迎えてくれたのが、中年の女性。

 名前はセグというらしい。

 さすがに「姉さん」は無理が、いやなんでもない


「お母さん! 来たわよー!」

「はいはい。わかっとるわい」

「あ、どうも初めまして」


 奥の部屋から出てきたおばあさんが多分ばあちゃんの友人だろう。


「あいつは元気にしてるかい?」

「毎朝斧を振って薪を割るぐらいには元気ですよ」

「はぁ、あいつも変わらんのお」


 そう、ばあちゃんは毎朝薪を割っている。

 そんなの俺に任せてくれればいいものの、


「これが健康の秘訣じゃ!」


 と言って話を聞かない。

 まあそれで元気に過ごしてくれるんだったらいいんだけどね。


「どうぞ」

「ああ、ありがとうございます」


 お茶を出された。

 ん、この匂いは……。


「気づいたかい」

「ええ、毎日飲んでますから」


 ばあちゃんがいつも入れてくれるお茶だ。


「これ、お母さんがブレンドしたお茶なのよ」

「え! そうなんですか!」


 ふむ、どうやら相当仲が良いみたいだ。



 それからはばあちゃんの話をしたり、田舎の話をした。

 どうやらばあちゃんは昔すごくキレやすかったらしく、領主に殴りかかったり、畑を荒らした獣を生きたまま焼いたりとヤバい奴だったらしい。

 だが孫、つまり俺が産まれてからは大分ましになったそうだ。


 では、昔話も落ち着いたところで、お買い物にでもいきましょうか。

 空き家は夕方には準備が終わるらしいので、それまでに保存食や薬品ぐらいは買っておこう。


 とは言ったものの、さきほどの露店がどうしても気になる。

 覗いてみると、これこれは結構いいじゃないの。

 魔力を拡散させる結晶に、初心者向けの即戦力になれる魔導書、など。

 眉唾物ばかりだが、こういうのは見ているだけで楽しい。

 用途を考えてみたり、本当に効果があるのか確かめてみたり。


 そんな感じで買い物しながらも、露店やちょっと怪しい店を回っていると、いつのまにか薄汚い場所にいた。

 どうやら奴隷市場に踏み入れてしまったらしい。


 檻や荷車の中にたくさんの人がいる。

 大方、借金や人攫いでここにきたのだろう。

 時々叫び声が聞こえる。

 調教、というやつか?


 どんなもんかとウロウロしていると、男が話しかけてきた。


「坊ちゃん。こんなところで何してるのぉ?」


 瘦せているが、服はわりときれい。

 腰には大量の鍵。

 多分奴隷商人だ。


「いや、通りかかっただけでして」


 商人がヘラヘラ笑いながら肩に手をまわしてくる。


「おいおい。本音を言いなよぉ」

「は?」

「とぼけるなよ!ホントは自分だけの雌豚が欲しいんだろ?」


 うぬぬ。

 確かに少し気になってはいたが。


「ああ、その荷物もしかして、おニュー学生さんか。だったら召使は雇っておかないと」

「召使、ですか」

「見たところいねえんだろ。いじめられちゃうぜ」


 ああなるほど。

 聞いたことがある。


 田舎では「耕地面積の大きさ=身分の高さ・富の多さ」だったように、

 都会では「使用人の多さ=格式の高さ」となっている。

 自分に使える使用人の数が多ければ多いほど格式高いとされ、それが異性であればなおよし。


 だが、普通平民は使用人なんて雇わない。

 格式云々は貴族の話だ。

 だから本当は俺には関係のない話。


 なのだが、魔導学校に通っている生徒のほとんどが貴族だ。

 貴族は権力争いが大好き。

 「俺はお前らより上だ」とか、「あいつは俺よりも上だから今はいい顔しておこう」とか、

 そんなことばっかり考えているらしい。


 そして、その格式の高さの基準となるのが使用人というわけだ。

 入学と同時に使用人の多さでカーストが決まり、いじめが起きたりするらしい。


 つまり、俺みたいな使用人の一人も持たない平民では

 「お話にならない」

 ということだ。


 だが、そんなことはどうでもよい。

 独りでも、いじめられようとも、俺は実力でトップに立つ。

 立ってみせる。


 まあでも、興味がないわけではない。

 奴隷市場がどんな感じなのかも見てみたいし。


「んーでも、俺好みの雌豚なんていますかねぇ」

「言うねえ」


 挑発してみると簡単に乗ってくれた。

 商人は檻を指差した。


「あの右の子なんてどうだ? 銀貨8枚。まだ処女だぜ」


「こっちは旧貴族の娘だ。貴族を好き放題にできるなんていいだろ?」


「あいつ、かなりの美人だろ? まあもうヤラれちまってるけど……」


 一人ずつ紹介していく商人。

 熱心に説明しているが、途中から俺の興味は別の方に移っていた。


「あれって」

「ん? ああ、あれがいいのかい?」


 俺が興味を持ったのは、獣人だ。


「どっかの食料庫を漁ったんだったかなあ。俺も他の商人から買ったから詳しくはしらん」


 一人、鉄の檻に入れられた獣人の女。

 しかもかなり人間寄り。

 肌は褐色で、毛の色は白。

 耳としっぽの形状から見るに、狼系だろう。

 俺が見ているのに気づくと、歯をむき出して威嚇してきた。


 ごくり。


「お。坊ちゃんはこういう強きな女が好きなのか」


 好き、というか興味がある。

 だいたい獣人なんて初めて見た。

 そして目を離せない理由が他にあるとするなら……。


 身体付きがエロいと思う。

 そこそこ大きな胸。

 健康的に引き締まったお腹。

 腰巻きから覗かせるムチッとした太もも。


 獣人、いいかも。


「ちなみに、彼女はおいくらで?」

「えー。銀貨3枚だ」

「やっす!!」


 思わず大声が出た。


 さっきの人間の女の子で銀貨10枚だったはずだ。

 獣人ならもっと高くなるのが普通じゃないのか?


「今セール中なんだよ。なかなか買ってくれる人がいなくてね」


 商人の話によると、獣人というのはあんまり売れないらしい。

 まあ少し考えればわかる話だ。


 獣人の膂力というのは、到底人が勝てるものではない。

 一流の剣士でも勝てるかどうか。

 拘束具や檻も並のものではダメで、近づけば指を食いちぎられる恐れもある。

 当然、こんな危険なものを買いたいという人もいない。

 だから商人としては早く売っぱらいたいのだろう。


 とは言っても、こちらがそれに応える道理はない。

 色々見れたし満足だ。

 あとは商人を適当にいなして去るだけ。

 そう思っていた。


 でも、そうはならなかった。


「じゃあ。彼女でお願いします」

「え、ほんとに?」


 彼女の力の入った目つき。

 この世の全てに嚙みつかんとする剝き出しの犬歯。

 ともかく何か強さを感じる。

 一言でいえば、そこに惚れた、ということになるだろうか。


 恋愛的な意味ではないし、やましいことも考えていない。

 俺なんぞ、獣人を好き勝手できるほどの力は持っていないしな。

 実際のところ身を守るので精一杯だろう。


 ともかく、こんな場所で閉じ込められていい人じゃない、ということを感じたんだ。

 なんとなくね。

 ま、ちょっとした人助けだと思えば。


 誓約書にサインし、銀貨3枚と鍵を交換する。

 自分で開けろってか。

 それだけ怖いってことなんだろうな。


 檻に近づき、鍵を開けた。


 襲ってくるだろうか。

 すぐさま逃げるだろうか。

 どっちでも構わない。


 しかし、檻から出てきた彼女は驚くほどにおとなしかった。



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