033 薪
「にしても寒いなぁ」
イヴが12本目の瓶を開けながらそう言った。
宴が始まってかなり時間が経った。
大体今は真夜中ぐらいか。
「今日は一段と寒いですね」
極寒の国とはいえもうとっくに春だ。
そろそろ暖かくなってもいいはず。
というか今夜が余りにも寒すぎる。
風もかなり強い。
二人とも拠点にあった絨毯(ガンドラマッハ産金貨2枚相当)と持ってきた毛布(銀貨1枚)にくるまっているのでなんとかなっているが、これ以上寒くなれば流石に耐えられない。
「そういやここ『尾の谷』の入り口か」
「テールバレー?」
イヴは胸元から地図を取り出し広げた。
「ここが今あたしたちがいるところだ。で、ここからずっと西に行くとダネル海峡があるんだが、その間に尾の谷があるんだ」
確かに地図には深い渓谷があると記されている。
「この谷はなぁ、冬になると風が吹き乱れ豪雪地帯になるんだ。だから商人は冬になるとこの谷を避けないといけなくなる。だから……」
イヴは地図上でツツツと指を滑らせた。
そのルートは尾の谷を避け、山脈をぐるっと迂回しこの場所に合流するものだった。
尾の谷を通るルートと比べるとかなり遠回りだ。
「大変ですね」
「幸か不幸か、ユーバーランドからクリストロフまでの最短ルートが尾の谷を通るルートなんだよな。まあ夏になれば危険度はぐっと減るから普通に通れるんだけどね」
立ち上がって、洞窟の外に出る。
月明かりで少しだけ景色が見えた。
確かに西の方に谷があるようだ。
そしてどうやら風は谷に向かって吹き込んでいるようだ。
「こっちからは西向きに、ダネル海峡の方からは風が東向きに吹き込むんだ」
いつの間にかイヴが隣にいた。
「この二つの風は尾の谷のちょうど真ん中でぶつかる。そこがもっとも危険な場所だ。一度入れば迷い、生きて帰って来れないらしい」
「恐ろしいですね」
その時、ゴゴゴと地響きがした。
「地震か?いやでもこの辺りは……」
ドドォォン!!
大きな音だった。
「雪崩!?」
「いや違う!あそこだ!」
彼女が指を指した方向を見るとなにかが動いているのが分かった。
かなりデカい。
「岩?いや生き物か」
「そのようですね」
向かいの山の斜面に蠢く黒い影。
その影がぐっと一回り大きくなった。
するとさらに風が強くなり、雪が降り始めた。
「うわ!吹雪てきやがった」
二人とも一瞬目を閉じた。
顔に雪が当たる。
そしてゆっくりと目を開けた、その時だった。
なにか巨大な物が目の前を通り過ぎた。
「「ひょええええええ!!」」
二人で抱き合って驚く。
次の瞬間には強烈な風が吹き、洞窟の奥に飛ばされる。
「いってぇ~」
「ておい!焚火消えちまった!」
「え!それはまずい!早く火つけないと……」
「ああ頼む、ってコラァ!なに胸触ってんだよ!」
「ちょっと当たっただけじゃないか。だいたいお前も脚押しつけるのやめろ!」
「寒いんだから脚絡ませるぐらいいだろ!」
「わかったわかった・・・あん、よしこれが薪だな」
「何感じてんだよ」
「お前が股のところで脚動かすからだ!」
何も見えない暗闇の中でもぞもどと動く2人。
イヴと密着していること以外わからない。
「よし、じゃあ……あれ?」
「早くつけろよ!」
「いや、ちょっと待ってください。この匂い……」
「クンクン……酒か」
どうやらさっきの強風で瓶が倒れ、辺り一面が酒まみれになっているようだ。
こんな状況で火をつければ俺たちは丸焦げになってしまうだろう。
「何かできないのか?」
「水で薄めれば……いやその前に凍っちまうな。光球も炎だしダメだ」
「打つ手なし、か」
なんとか毛布にくるまっているがかなり限界が近い。
この吹雪が長く続けば、俺たちに明日はない。
「……よし、ゼオライト。覚悟決めろ」
「え?」
イヴがゴソゴソと動きだす。
始めは何をしているのかさっぱりだったが、次第にわかってきた。
「な!お前……」
「お前もなるべく脱げ。こういう時は人肌で温めるしかねえ」
確かにそういうことはよく言われるが。
でも一理ある。
服は濡れていて冷たいし、もっと密着すれば毛布も二重にできる。
しょうがねえ。
「……よし脱いだぞ」
「じゃあ抱くぞ」
言い方よ。
「ほら、お前も」
イヴの背中に腕を回す。
そのままギュッと抱きしめた。
うん、確かにさっきよりも暖かい。
「どうだ?」
「心地いいです」
「そうか」
これなら朝までは持ちそうだ。
「……なんか話せよ」
「そういわれても、なぁ」
「ちっ、気が利かねえな」
こんな時に面白い話できる余裕なんてないよ。
しいて言うなら。
「なあイヴ……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「言いたいことあるなら言えよ」
「別にいいんだ、別に」
こんな感じで俺たち2人は一夜をともに過ごした。
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「おはよう」
「ああ、おはよう……」
日が昇るころにはすっかり晴れていた。
昨日の夜にかなり体力を使ってしまったが、この天気ならなんとか帰れそうだ。
「その、なんだ、昨夜はすまなかったな」
「いやいや、ああするしかなかったと思いますよ」
「不快な思いをしていなければいいんだが……」
「それより早く服着ろ」
「ああ、ほんとだ」
不快というか、俺はどちらかというと心地よかったけど。
「よし。じゃあ帰るか」
「そうですね」
山賊から奪い返した品を荷車に乗せて洞窟から出る。
そしてこれが重いんだ。
今の体力で荷車を運ぶのは大変だ。
ギルドに着くころには夕方になっているだろう。
それにしても、あの巨大な影は何だったのか。
そしてアレは何をしていたのか。
気になる、とても気になる。
また今度この近くに寄る機会があれば調べておきたいな。
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半日以上の歩き旅の末、ようやくギルドに着いたのだが、何やら様子がおかしい。
ギルドの前に人だかりが出来ている。
かなりの人数だ。
「なんだあれ?」
「さあ」
近づくと人だかりの多くはギルドのメンバーであることがわかった。
また入り口には全身を鎧で固めた騎士が立っている。
「なにがあったんだ?」
イヴが男に話しかけた。
「俺はよくわかんねぇけどよ。いきなり王宮の奴らがやってきて、俺らを追い出しやがったんだ」
「なんか大事な話があるらしんだ。受付の姉ちゃんと婆さん、ジャックの旦那は中に残ってるから極秘の情報でも持って来たんだろ」
「いや、きっと王宮はこのギルドを調査しに来たんだろう。なにせ最近ギルドメンバーの犯罪が増えているらしいじゃないか」
「じゃあもしかして俺たち追い出されてるのか!?」
「それはないだろう。俺たちだって重要な戦力じゃないか」
どうやら色んな情報が入り乱れているようだ。
すると中からジャックさんが出てきた。
外にいる俺たちに道を開けるよう指示をする。
しばらくして数人の兵士が出てきた。
兵士たちは俺たちの前に壁になるように立った。
「全員跪け!!」
突然ジャックさんが大声でそう言った。
周りの人々は目を合わせながらも跪いていく。
そして最後の一人が跪いたのを見ると、ジャックさんも跪いた。
「……!」
ギルドの中から3人の人が出てきた。
メガネをかけ、目つきの鋭い老人。
背の高い黒髪の美女。
仮面をつけた細身の男。
3人とも高級そうな服を着ている。
貴族だろうか。
3人は兵士に囲まれると王城の方へ歩き始めた。
そしてそれに続くように入り口にいた騎士とジャックさんも歩き始めた。
しばらくして……
「みなさ~ん!もう大丈夫ですよ!」
受付嬢が出てきた。
「お嬢ちゃん!なにかあったのか?」
男が尋ねる。
「それが・・・なんと王宮の方から緊急依頼が来ました!」
「「「なんだってぇぇぇえ!!」」」
ギルドメンバーたちが我先にと建物の中に入っていく。
俺とイヴもタイミングを見計らってギルドに入る。
「おいどけ!」
「お前がどけよ!見えないだろうが!」
「おら、文字が読めねぇんだ」
掲示板の前が大変なことになっている。
どうやら俺たちが依頼を確認出来るのは当分先になりそうだ。
と思っていたが……。
「おいライサンド!なに独り占めしようとしてんだ!」
スポンジみたいな髪の毛をした男が依頼の紙をちぎった。
「違う違う!俺はみんなのために依頼の内容を読んであげようと思ってるわけ!」
男はヘラヘラと笑いながら「まあまあ」と周りの奴らをなだめている。
「じゃ、読むぞー」
「早くしやがれ!」
男はコホンと咳払いをすると依頼内容を読み始めた。
「緊急依頼。依頼主、クリストロフ王宮。依頼内容……ほうこれは……」
男は眉をひそめ、口角を上げた。
「なに笑ってんだ!」
「悪い悪い。依頼内容は……」
スゥーっと大きく息を吸った。
そしてこう言った。
「依頼内容!ティロニアンに向かわれる大使様の護衛!報酬は金貨10枚だぁ!!」
【第一章 落ちてきた星 終】




