027 クリストロフへようこそ
エルフの森を旅立ってから20日と少し。
ついにクリストロフ郊外の小さな町に着いた。
分厚いコートを着て歩いている人をちらほら見かける。
エルフの薄着とはだいぶ違う。
それもそのはずで、ここクリストロフは『極寒の王宮』とも呼ばれているぐらい寒いのだ。
その寒さは、攻め入った他国の軍の死者の半分が凍死だったことからもどのくらいのことなのかわかるだろう。
姉さんのコートがなければ俺も死んでいたかも。
で、本来ならここの宿で一泊する予定だったのだが、
「宿はもう戦争の負傷者で満室らしい。急げば日が沈むまでに城下町に入れるからすぐに出発しよう」
というわけで、食料の買い込みが終わるとすぐに町から離れた。
「戦いの影響がこんな小さな町にまででているとは思わなかったな」
「それって状況はかなりヤバいってことですよね」
「もちろん。普通ここを攻めることなんてしないからな。目ぼしい資源があるわけでもないし」
「となると無差別攻撃ですか」
「ああ。どうやらティロニアンは本気らしい」
1000年の因縁に決着をつける気か。
世界情勢が滅茶苦茶になるぞ。
「となると……え?」
突然開けた場所に出た。
そして俺は『それ』を目の当たりにした。
「あれ、もしかして見るのは初めてですか?」
「……はい」
そこにあったのは水平線だった。
そう、俺は初めて海を見たのだ。
「でっか」
「はは! ずっと森にいましたからね。エルフの人でもここで初めて海を見る方が多いんです」
これが海か。
でっかい川や湖は色々と見てきたが、やっぱりレベルが違う。
ばあちゃんが言っていたが、初めて海を見た時なにも言えなくなるらしい。
今の俺がまさにそうだ。
あまりのスケールの大きさに圧倒的されている。
パーキングさんもそこらへんを心得ているのかなにも言ってこない。
俺はただじっと海を見た。
「これが世界か」
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「おっ」
しばらく海を見ていると、パーキングさんが何かに気づいてピーっと笛を鳴らした。
するとバサバサと鳥が羽ばたく音と共に、何かが空から降りてきた。
「……え」
「どうも!ハーピー郵便です!」
荷車の屋根に止まり俺を見下ろすその姿。
細い身体に鳥類のような脚と腕の代わりに生えた翼。
自分でも言っているが、ハーピーだろう。
「おう、マイ」
「あ!なんだぁパーおじじゃん!」
パーおじって。
「ゼオライト君。君もハーピー郵便の会員になるかい?」
「ハーピー郵便?」
「ああ、これは私が始めた商売でね。ハーピーを雇って手紙とかを運んでもらっているんだ」
そのまんまか。
鳥に手紙を運ばせるやつのハーピー版ということ、であってるよね?
「でもハーピーって危険なんじゃ」
「そうだ。だからこそなんだよ。ハーピーが危険だと言われているのは、腹が減って食料を奪ったり、男を喰ったりするからだ。じゃあそれを提供してあげれば、友好な関係が築けるというわけだ」
「え。食料はわかるんですけど、男を提供ですか」
「そうだ。あ、男を喰うってそのままじゃなくて、その、ハーピーって女しかいないから」
「あー」
そっちの喰うか。
それでも問題があると思うんですけど。
「まあでも、便利そうですよね」
「うん。鳥類よりかは賢いし、ハーピー同士で情報や物の交換もできるからね。私はこの商売で覇権を取るつもりだよ」
なかなかいいアイデアだと思う。
既存の問題を解決しつつ利益を出す。
パーキングさん、思ったよりすごい商人なのかもしれない。
「僕も会員になろうかな」
「入会に小金貨1枚で2年間使い放題だ。3年目からは毎年銀貨5枚で継続して使えるけど、どうするかね?」
けっこう高いな。
毎年銀貨5枚は妥当だけど。
「なにも郵便だけが売りじゃない。周辺の状況を教えてくれたり、目的地への案内もサービスの内に入っている。これから旅をするんだったらかなり有用だと思うのだが」
確かにそれはありがたすぎる。
「それに、これは裏サービスなんだが、そういう目的で使ってもいいんだよ。彼女たちも飢えているからね」
「いや、それは」
今会員になりますって言ったら、そういうことになっちゃうじゃん。
いや会員にはなるんだけどね。
「お願いします」
「では後で渡す分から1枚引いておこう。で、これが会員証だ」
渡されたのは青い指輪。
ただ宝石ではなく穴の空いた物体がついている。
「近くでハーピーが飛んでいるのを見たらそれを吹いてくれ。うちの子たちだったら降りてきてくれるはずだ」
これ笛なのか。
試しに吹いてみるとピーっと音がする。
普通の笛とあまり変わらないようだがハーピーには違いがわかるのだろう。
「年会費は私の店の系列店で払ってくれ。あとで教える。どうしても店に行けない時は彼女たちに払えばなんとかなるだろう」
というわけで、俺はハーピー郵便サービスの会員となった。
早速手紙を書こう。
俺はペンと紙を手に取った。
「そういえばマイ。戦争はどうなっているんだ?」
「今は休戦協定を結ぼうとしているところだよ」
「それって、実質的なクリストロフの降参ってことか?」
「いや。協定を持ち掛けたのはティロニアンだよ」
「なに?でもクリストロフの方が押されているんじゃ」
「うーん。そうなんだけど私の情報網だとそうなってるよ。とは言っても貿易の再開は厳しそうだね」
パーキングさんとマイという名のハーピーが情報交換をしている。
「それにね、最近トリトンの様子がおかしいの。船を襲って沈没させているらしいの」
「なに!?」
トリトンといえば、穏やかな性格で航海士からは信仰の対象になっている海の魔神だ。
船を沈没させるどころか、壊れた船を港まで運んだという伝説もあるのだが、いったいどうしたというのか。
「討伐隊は出動しているのか?」
「うん。でも相手はあのトリトンだから」
ただでさえ魔神は強力な存在。
それに海での戦いはあまりにも分が悪い。
「ちなみに、ユーバーランドに手紙を送りたいんですけど」
「それは大丈夫! 高く飛べばトリトンもちょっかいかけてこないから」
なら良かった。
「じゃあこれをユナという獣人の女性に届けて欲しいんだ。多分オストロル周辺にいると思うんだけど」
「獣人かぁ。その人の特徴とかある?」
俺はユナの外見について話した。
場所じゃなくて人に届けるのはちょっと大変らしいが、それでも頑張ってくれるそうだ。
「よし。行ってくるね!」
「お願いします」
そう言ってマイは飛んでいった。
大海原を越えるとなると時間がかかるだろう。
それにユナを見つけるのも大変だ。
いつ返信がくるかわからない。
でも、三年も経っているんだから返信を待つ時間など些細なことなのかもしれない。
「ゼオ君。こっち見てごらん」
馬車が止まり、パーキングさんが声を掛ける。
荷台から降りて振り向くと関門があり、その奥には巨大な城が見えた。
本で読んだ通り、屋根が丸っこくなっており独特な模様で飾られている。
白銀の世界に映える城だ。
そんな感じでうっとりと景色を眺めていると、パーキングさんはこう言った。
「クリストロフへようこそ」




