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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第一章:落ちてきた星

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025 決意


 朝日がキラキラと反射する湖の畔。

 ランニングを終えた俺はそこで木にもたれて座っていた。

 いつもならとっくに家についていて、朝食をとっている時間のはずだ。

 腹も減っているし早く帰りたいところだが、身体が動かない。

 疲れているのもあるだろうが、それは問題ではない。

 ただ帰りたくないだけだ。

 

「帰りたいけど、帰りたくない、か」


 矛盾している。

 でもこの矛盾こそが人間の本質だと思う。


 ユナと出会った時もそうだった。

 はっきり言って凶暴な獣人を従者にする意味が分からない。

 明らかにリスクがでかすぎる。

 だからあの行動は理論的に考えればおかしいのだ。

 でも、ユナを選んだ。

 言ってしまえば、そういう気分だった。

 理由はなかった。


 今もそうだ。

 腹が減っているなら早く帰って飯を食べるべきだが、帰りたくない気分だ。


 そういえば、一人でこうやってボケッとするのは久しぶりだな。

 昔はよくこうやってどうでもいいことを思索していたものだ。

 でもここ三年ほどはこういう時間は減った。

 ずっと姉さんと一緒にいたわけだし、ボケッとしてると「何ボーっとしてるの?」って絡まれてたからな。

 それはそれで楽しい時間を過ごせるからいいのだが、やはり俺にはこういう無駄な時間もたまには必要だと思う。

 さて、今日は何について悩もうか。

 といっても、一つしかないのだが。

 

「俺が、使者か」


 昨日の話を思い出す。

 俺が最後の使者となり、マサキの秘密を世界に知らせる。

 いい話じゃないか。

 それが出来ればまさに神話の英雄だ。

 命をかけてもやる価値はある。

 正しいことをすれば天は俺を迎えてくれるのだから。


「だとすれば、俺は一体なにに引っかかっているんだ」


 心の奥深くにある違和感。

 それが俺の意志を邪魔している。

 これをなんとかして解消しなければならない。


「あ。やっぱりここにいたか」


 背後から声する。

 振り返ると姉さんがいた。


「全然帰って来なかったから心配したよ~」

「ああ、すいません」

「ん~よいしょ!」


 姉さんは俺の脚の間に入るともたれかかってきた。

 どうやら一人で考える時間は終わったらしい。


「なにしてるの?こんなところで」

「いや、景色見てただけですよ」

「噓だ。ホントは悩み事あるんでしょ?」

「……」

「昨日全然かまってくれなかったし、わかるよそれぐらい。で、どうしたの?」


 姉さんは俺の胸元にぐりぐりと頭を擦りつけながら、俺の手をいじっている。

 どうやら話すまで退く気はないようだ。

 しょうがねぇ、話すか。


 俺は率直に言った。


「姉さん、僕は明後日にこの村を出ていきます」

「……そう」


 手が止まる。

 悩んでいることはわかっても、流石に内容まではわかってなかったか。

 

「……」


 沈黙が続く。

 姉さんの表情は見えないが、どのような感情を抱いているかはわかる。

 多分俺も同じ気持ちだからだ。

 

 三年間ずっと同じ屋根の下で過ごしてきた。

 最初はなんとも思っていなかった。

 でも半年すぎたころから家族のように思えてきて、ついには恋人のような関係になった。

 特別な想いとか絆とか運命とか、そういうのがあるわけではない。

 ただ一緒にいるのが当たり前になっただけだ。

 

「それは、出ていかなきゃいけないものなの?」


 なんとも言えない。

 師匠も命令してくれたら良かったのに。

 なんか「お前が決めろ」的な雰囲気出すから困ってんだ。

 それも親みたいな顔しやがってよぉ。


「ゼオ君も、どっか行っちゃうの?」


 姉さんの声が震えている。

 俺は後ろからそっと抱きしめた。


「行くとしたら、悲しいですか?」

「ゼオ君ってたまに意地悪になるよね」

「いや、ただ本当に聞きたかっただけです」

「そっか。そりゃ悲しいよ」


 声色が少し戻ったようだ。

 だがまだ身体は震えている。


「なんでどっか行っちゃうの?一緒にここで暮らそうよ」

「ここで、暮らす、か」

「そうだよ。どうせ長老に何か言われたんでしょ。落とし子とかなんとかを倒せって」

「まあそんな感じです」

「そんな危険なことゼオ君がしなくていいじゃん。ここでゆっくりしてた方が幸せだよ」


 確かにそうだ。

 ここに住んでいた方が幸せに生きていけるだろう。

 そうすれば俺にしかできない仕事を放棄することになるだろうが、悪いことじゃない。

 幸福を求めることのどこが悪いのだ。

 いや、求めなくとも幸福は目の前にあるじゃないか。


 でも、この幸せに価値はあるのだろうか。

 こうなったのはほとんど運だ。

 俺は特に何もしていない。


 そんな時、ばあちゃんの言葉を思い出した。


『その一、男子たるもの剣を持て!

 その二、男子たるもの旅をせよ!

 その三、男子たるもの前に進め!』


 小さい頃からよく言っていた言葉だ。

 まあ「あたしは男に生まれたかった!」とか言う脳筋ババアの言葉だからあんまり気にしてなかったが、今は何故か心に響く。

 俺は今、戦おうとしているだろうか?

 挑戦しようとしているだろうか?

 成長しようとしているだろうか?


「姉さん」

「ん、なに?」


 グッと強く抱きしめる。

 俺の心は決まった。


「今までありがとうございます」

「……!」


 そもそも悩んでいること自体が間違いなんだ。

 それは姉さんと暮らす覚悟がないってことだ。

 そんな奴が彼女を幸せにできるわけがない。

 

「それは、ゼオ君の意志なんだよね」

「はい、そうです」

「そっか」


 抱きしめた腕にポタポタと涙が落ちているのがわかる。

 姉さんも葛藤しているのだろう。

 村から出て行って欲しくないという気持ち。

 でも一流の魔術師になるという俺の夢を邪魔してはいけないという気持ち。

 この二つが心の中で渦巻いていることだろう。


 こうなればもう言葉は不要だ。

 俺たち二人はただ時間が過ぎていくのを感じながら、互いの決心を固めていくのだった。


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