019 飛竜襲来
巨大な体躯。
蜥蜴のような顔つき。
そして前脚からは身体の倍はあろう翼が生えている。
間違いなく飛竜だ。
なんでこんなところに。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
飛竜は叫びながら頭と尾を振り回し、村の中心で暴れている。
ツリーハウスもかなりの数がやられてしまっている。
飛竜の近くでうずくまっている人もいる。
助けなくてはいけない!
今まで散々世話になったんだ。
ここで逃げることなんてできるか。
まだ飛竜の近くに人が残っている。
その人たちを避難させなくては!
俺は一歩踏み出した。
「あ」
飛竜と目が合った。
黄色い巨大な眼が俺を見つめている。
飛竜の身体はゆっくりと俺の方に向けられた。
やべえ、足が動かねえ。
なんとかしなきゃいけないのに、身体震えて思うように動けない。
まるで全身をロープで絞められたような感覚。
「竜に睨まれた蛇」とは正にこのことか…
「ゼオ君!」
師匠の声が聞こえた。
その瞬間、空中に巨大な槍が現れた。
「君もはよ逃んかい!」
槍が飛竜に突き刺さる。
飛竜が俺から目を離した。
やっと身体が動く。
俺は取り敢えず飛竜から距離をとった。
空中に魔法陣が出現したと思えば、光線が降り注がれ、地面からは岩の針が飛竜を襲う。
どうやら師匠が戦っているようだ。
奴ももうこちらを気にしていない。
今なら動ける。
師匠は逃げろといったが、エルフの人たちを見捨てれるもんか。
飛竜と距離をおきながら倒れている男の元へ向かった。
「大丈夫ですか?」
「うう。足が……」
どうやら右足が折れてしまっているようだ。
身体を持ち上げて、肩を組む。
「村の外まで行きますよ」
男は歯を食いしばりながら頷いた。
痛いだろうが踏ん張ってくれよ。
一歩、また一歩と進む。
後ろから飛竜の慟哭と激しい衝撃音が聴こえる。
師匠は強い。大丈夫だ。
俺は俺でやるべきことをやるぞ。
「君たち!大丈夫か!?」
エルフの男たちが走ってきた。
「僕は大丈夫なんですけど、この人が」
「よし。畑の近くの洞窟にみんな避難してる。そこまで運ぶぞ!」
三人で男の身体を持ち上げる。
これなら走れる。
急いで洞窟へ向かおう。
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「ゼオ君!無事だった?」
「ええ、大丈夫ですよ」
洞窟へ入ると村のみんながいた。
姉さんたちもいる。
「全員いるのか?」
「いや、まだ……」
師匠と他にも逃げ遅れた人がいるのか。
しかしどうして飛竜がこんなところにいて、そして暴れているんだ?
基本的に自分から手を出さない種族だ。
こちらから攻撃したり、縄張りに入らない限り大丈夫なはず。
確か南の方に古竜山脈と呼ばれる飛竜が多くいる場所があるが、あまりにも遠い。
洞窟から出て村の方を見る。
魔術の音や魔法陣がチラチラと見えた。
まだ師匠は戦っているようだ。
なにを心配しているゼオライト。
師匠なら大丈夫だ。
自分にそう言い聞かせ洞窟へ戻ろうとした時だった。
魔法陣が点滅したのだ。
俺は走りだした。
「ゼオ君!どこいくの!?」
あれはまずい。
魔法陣が点滅する。
それはつまり魔力が切れかかっていることを意味する。
俺はなんとなくそれを予期していた。
師匠は偉大な魔術師だが、流石にもう歳だ。
『魔力は生命力』、かつて師匠はそう言っていた。
表面上は元気に見えても、師匠の生命力は間違いなく底をつきつつある。
危険な状況だ。
再び村へ戻ってきた。
飛竜はまだいる。
身体中から流血しているところを見るに、相当ダメージを負っているようだ。
幸いにもまだこちらには気づいていない。
それで、師匠はどこだ?
見当たらない。
ということはまさかもう……。
そういえば全く魔術が使われている様子がない。
いや、そんなはずはない。
師匠は生きている。
死ぬはずがない。
師匠が死ぬなんてありえない!
だって、あのプディオなんだろ?
師匠はあのプディオなんだろ!?
だったら飛竜になんて負けないだろ?
だが、俺の想いに反して身体は何かを悟ったらしい。
鼓動が大きくなる。
息が荒くなる。
視界がぼやける…
「し…ししょおおぉぉぉ!!!!」
気づけば叫んでいた。
目の前にはまだ飛竜がいる。
こんな状況で叫ぶなんて自殺行為だ。
馬鹿げてる。
しかし、叫ばずにはいられなかった。
理由なんてなかった。
じろり、と飛竜がこちらを向く。
ギリギリと歯ぎしりしている。
そして俺は見てしまった。
飛竜に踏みつけられる師匠の姿を。
「てめえぇぇぇ!!」
魔弓を召喚し、飛竜に向けて何度も矢を放つ。
爆音が何度も響き、あたりは煙に包まれる。
しまった。
これでは何も見えない。
やっちまった。
しかし、これで良かったのだ。
俺は今の自分の行動に対して、ほんのちょっと反省した。
「爆弾矢を打ちまくったらダメじゃないか!」
そんな程度だ。
でもそんな一瞬の反省時間が、俺の理性を呼び戻した。
飛竜の足音がする。
向かって来ている。
ならば取るべき行動は一つ。
俺も飛竜に向かって走る!
煙の中から飛竜の顔が出てきた。
大きく口を開けて、嚙みついてきた。
だが残念、もうそこには俺はいないぜ。
昔読んだ本に書いてあった通りだ。
「飛竜は足元が弱い」
タイミングよく滑りこめば大抵の攻撃は避けられるんだったかな?
奴はどうやら俺のことを見失っているようだ。
いいね!
調子上がってきた!
俺は立ち上がると飛竜の後脚に触れた。
そして詠唱する。
地面から魔術鎖が現れ、脚を拘束した。
飛竜の力を持ってすれば、俺の魔術鎖なんて一瞬で壊れるだろう。
でも、その一瞬で十分だ。
飛竜が脚の異変に気付き、覗き込んで来る。
俺を見つけたようだ。
そして踏み潰そうと後脚を上げた。
だがそうはいかない。魔術鎖が邪魔をし、体勢が崩れる。
ダメ押しに反対側の脚に爆弾矢をぶち込むと、飛竜の身体は地に伏した。
今だ!
俺は飛竜の鱗に手をかけ、背中に登った。
目指すべきは、頭だ。
いくら飛竜といえども所詮は生物。
脳天をかち割ってやれば死ぬはずだ。
なんとか飛竜が立ち上がる前に頭まで登ることができた。
ここで終わらせてやる!
俺は首にしがみつき、剣を脳天に突き立てた。
「グオオオオォォォ!!」
師匠のおかげだろうか。
頭の鱗はかなり剝がれており、剣は深くまで突き刺さった。
血も噴き出る。
飛竜もかなり苦しんでいるが……。
「畜生!まだくたばらねえのか」
飛竜が首を振る。
振り落とされないように自分と飛竜の首を魔術鎖で縛り付けた。
なんとか耐えれたが、硬い鱗が身体に食い込んだ。
「ぐうう!」
思わず声が漏れる。
血も噴き出してきた。
胸から脚まで刺されてしまったようだ。
早いとこ終わらせなければ。
魔術剣を召喚し、再び脳天に突き立てる。
いい加減倒れろよ!
そう思った時だった。
「やべ」
飛竜の前脚が襲い掛かってくる。
時間切れだ。
元より俺は短期決戦を仕掛けた。
とにかく頭の上まで登り、飛竜が反撃してくる前に頭を潰す。
これが出来なければ俺は死ぬ。
そしてその瞬間がきてしまった。
もう終わりだ。
俺は目を閉じた。
……
まだ、死んでない、よな?
恐る恐る目を開ける。
飛竜の鋭い爪が目の前まで迫っている。
しかし動きが止まっている。
よく見ると前脚に魔術鎖が繋がっていた。
それで動けないらしい。
そして俺はその鎖の出処に目が行った。
「ね、姉さん!?」
そこには姉さんがいた。
俺の魔導書に手を当て、魔力を込めている。
両前脚を魔術鎖で縛っているようだ。
「なにやってんの!」
「いいから早く止めを刺して!」
言われなくてもわかってる!
すでに二本の剣を突き刺し、グリグリとえぐっているが倒れる様子がない。
こいつ本当に死ぬんだろうな?
それよりも心配なのは姉さんだ。
鎖が今にも切れそうになっている。
姉さんの魔力ではこれが限界か…
そう思った時、突然、飛竜の動きが止まった。
死んだか?
いやまだ生きている。
気付けば鎖の数が増えていた。
飛竜の前脚だけでなく、後脚、胴体に至るまできつく拘束されている。
姉さんの方を見る。
そこにはたくさんのエルフが集まっていた。
皆で魔法陣に魔力を込めている。
「ゼオ君!やってしまえ!」
「俺たちのことは気にするな!」
みんな、ありがとう。
さて飛竜よ。
俺は彼らの期待にこたえなければならない。
これで終わりにしよう。
爆弾矢を召喚する。
それを握りしめ、飛竜の脳天にぶち込んでやった。
次の瞬間、俺は宙に舞っていた。
頭が破裂した飛竜と、駆け寄ってくるエルフの人々。
それが気を失う前に見た最後の景色だった。




