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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第一章:落ちてきた星
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001 山越え


「いやあ、今日は良かったっすねぇ」

「こういう日が続けばいいんだがな」


 月がわずかに地上を照らす真夜中。

 山道を駆ける馬車が9台。

 俺たちは最近この一帯を騒がせている盗賊団で、つい先ほども宿場を襲ったところだ。


「金はなかったけど、三人も若い奴を捕まえられた。あれは高く売れるぞぉ」

「ついでに火薬もありましたもんね。行商人もいたんすかね」


 馬車の群の先頭が谷間に差し掛かるとスピードを上げた。

 向かいの山頂に正規軍の駐屯地があるからだ。


「あいつらまだいるんすね」

「俺らを捕まえるまでは帰えない可哀想な奴らだ」


 この人は団のナンバー2。

 頼れる先輩だ。

 碌な飯も食えず、道端で倒れていたところ拾ってもらった。

 そのあともいろいろあったのだが、まあいまはいいや。


「そういや、兄弟の方は分かるんすけど、なんで男の方も捕まえたんすか?」

「気づいてなかったのかお前。あいつ魔術を使えるぞ」

「え。マジすか。魔術師なんて初めて見ましたよ」

「ちゃんと拘束したんだろうな」

「もちろんもちろん! 口も封じましたし、腕も縛ってます」

「指は?」

「指、ですか?」


 先輩は舌打ちをした。


「後ろを見てこい!」

「ええ。でも今走って――」

「ここで止められるわけないだろう」


 御者台から立ち上がると、荷車の中に入ろうとした。

 でも、荷物をいっぱいに敷き詰めたせいで入ることはできない。


「外からまわれ」

「は、はあ……」


 荷車の外に身を乗り出す。

 カバーを支える柱などを掴みながらゆっくりと後ろに回った。

 そして中を覗いた。


「おい、どうした」

「……いません」

「は!?」

「少年がいません!」


 魔術師の少年を縛っていた縄はほどけており、足の枷も転がっていた。

 暴れて無理矢理外した形跡はない。

 第一、そんなことをしたらとっくに気づいているはずだ。

 口も縛っていたはずだから魔術も使えないはず。

 じゃあどうやって……。


 そこで気づいた。

 荷車のフードの壁に昨日まではなかった落書きがあった。

 円と星、そして文字のようななにかがぐるぐると連なっている。


「なんだこれは?」


 そっと手を伸ばす。

 その瞬間だった。


「おい! 上だぁ!」


 後ろの馬車から声がする。

 上を向くと、剣を振り上げた少年がいた。


 咄嗟に荷車に転がり込み剣を避ける。

 そしてナイフを取り出し構えた。


 もし今の奇襲に気づかなければ、死んでいただろう。

 頭が割れて、いやそうでなくとも転げ落ちて馬に轢かれていたに違いない。

 俺は震えていた。


 するといきなり後ろの馬車が爆発した。

 荷台は燃え上がり、乗っていた仲間は転げ落ちた。

 なんてことをしやがる。

 俺たちの仲間に手ぇ出しやがって。


「いいぜぇ……やってやろうじゃないかぁ」


 見ててくださいよ先輩。

 俺たちに盾突いたこと後悔させてやります。


 さっそく上を滅多刺しにする。

 手ごたえはあった。

 ナイフに血もついている。


 そのままフードを破り荷台の上に飛び出る。

 目の前には少年がいた。

 茶色の髪に紫色の瞳。

 間違いない。

 捕まえた少年だ。


「降参するなら今のうちだぜ」


 まあ降参しようが殺すんだけどな。

 なんて思ったのがバレたのか、少年は剣を振りかぶった。

 ナイフでそれを弾く。

 今の一振りでわかった。

 こいつ、素人だ。


「そんなんで俺に勝つ気かぁ?」

「雨はいつか、槍となる……」

「は?」


 突然訳の分からないことを言い出した。

 この状況で頭がおかしくなったのか?


「その刃は光……」

「さっきから何を――」

「馬鹿野郎!!」


 先輩の怒号が飛ぶ。


「それが詠唱だ!」

「えっ」

「夜を刺す!」


 少年の指先が光ったと思ったら、何かが腹に飛んできた。

 次の瞬間には宙を舞っていた。

 やばい。

 このままでは地面に……


 とっさに身体をひねり、木の枝につかまる。

 枝は折れてしまったが、もう大丈夫。

 目的は最初から方向転換すること。


「よし!」

「大丈夫か?」


 後ろの方で走っていた馬車に飛び移る。

 危ないところだったが、なんとかなった。


「ほら、クロスボウかせ!」

「荷台の中だ」


 荷台の中を覗く。

 二人のガキがいた。


「どけ!」


 押しのけてクロスボウを手に取る。

 再び荷台の上に登り、狙いを定める。

 そして一発、二発。

 当たらない。


「流石にこの揺れの中じゃ無理か。もっと近づけ!」


 当たらないのは向こうも同じ。

 さっきは油断したが、もう食らわねえ。

 接近戦に持ち込んで首を搔っ切ってやる。

 だがそのためにはもっと近づく必要がある。


「おい、近づくんだ!」

「……」

「聞いてんのか?」


 返事がない。

 操舵部を覗くと、仲間が倒れていた。

 腹から血が流れている。


「あいつぅ……」


 いや、違う。

 矢で刺されている。

 あいつは矢なんてもっていないはず。

 ということは――


 急いで伏せる。

 頭の上を何かがかすめた。

 ゆっくりと顔を上げると周りには何頭もの馬。

 そして騎馬兵がいた。


「賊どもめ! 今すぐ投降しろ!」


 さっきの爆発で気づきやがったか。

 よりにもよってこんな時に。

 しかもいつもより数が多い。

 だが、このまま捕まるわけにはいかねえ。

 荷台のフードを破り、双子の女の方を引きづり出す。


「おい、今すぐ去れ! さもないとこいつの命はないと思え!!」


 近くで並走していた正規軍の男の顔が引きつる。

 そりゃそうだよな。

 こんな可愛い子を見殺しにできないよなあ。


「状況がわかってんなら、さっさと帰れぇ!」


 へへっ。

 本当に引きやがった。

 やっぱりこいつらは腰抜けどもだ。


 そう思った瞬間だった。

 突如鳴り響く爆音。

 視界をかすめる火の粉。

 背後から感じる熱。


 振り向くと、すべての馬車が燃えていた。

 俺と、そしてあいつの乗っているものを除いて。


 やりやがった。

 仲間をみんな殺しやがった。

 許せねえ。


 ガキを盾にしながら操舵部に乗る。

 所詮は遠距離攻撃しかできない腰抜け。

 さっきは面食らったが、もう同じ手には引っかからねえ。


 先輩も俺の考えを察したのか馬車の速度を落としてきた。

 だんだんと距離が近づいてくる。

 わかってます。

 ちゃんとけりをつけますよ。


 ガキの首根っこを掴み隣の馬車に飛び移る。

 だが、あいつの姿が見えない。


「なめてんのかてめえ」


 スッと荷台の端に移動する。

 するとフードを突き破り、無数の針が飛び出してした。

 そんなことだろうと思った。

 遠距離攻撃しかできない以上、俺から距離を取るしかない。

 だからその場所を選んだ。


「じゃあこうなったらどうするよぉ!」


 ガキを正面に抱え、荷台の中に降りる。

 やはりここにいたか。

 剣を構えているが、襲ってくる気配はない。

 それもそのはず。

 こいつにこのガキを傷つける度胸はない。


 あの時馬車を爆破したのも、このガキどもの居場所がわかったから。

 ガキを助ける気がないなら最初から爆破していたはずだ。

 さっきの針の攻撃もそう。

 俺の足だけに当たるように調整していた。


「ほら、どうするよ。魔術を使うか、ん? やってみろよ」


 狭い荷車の中。

 一歩歩けば相手の喉元に手が届く状況。

 魔術を詠唱する余裕は与えねえ。


「わかった。降参だ」


 少年はそう言った。


「頼むから。その子たちには何もしないでくれ」

「じゃあ剣を捨てるんだな」


 少年が剣を床に置こうとする。

 視線が下に向けられた。

 チャンスだ。


 ナイフを強く握り、奴の喉に打ち込む。

 ここまでされて、やすやすと降参させるわけねえだろ!


「……あれ?」


 奴の喉の目の前でナイフが急停止する。

 もうこれ以上前に進めない。

 足も、動かない。


「て、てめえ。何しやがった」

「ちょっと小細工をね」


 かろうじて少しだけ動く首を伸ばし、辺りを見回す。

 足下に何か書いてある。

 でっかい円と、なんか文字みたいなやつ。

 そうか。

 これが魔法陣か。


 少年が俺の腕からガキを奪い取る。

 俺はそれをただ見ていることしか出来なかった。


「じゃあこれで」


 ガキを抱えて俺を素通りする。

 そこからどうなったかはわからない。

 ただ、馬車を乗り換えたことがわかった。

 おそらく、もう一人のガキを助けに行ったのだろう。

 この状況から、自分だけでなく二人も救うとは。


 それに比べて俺は……


「今すぐ馬車を降りろ! さもなければ撃つ!」


 何もできない。

 武器をふるうことも、手放すことも。


 馬車は止まらない。

 先輩はまだ走らせるつもりかよ。

 このままじゃ俺が撃たれちまうって!


 いや、何かおかしい。

 速度が上がりすぎている。

 というかこの急勾配を馬車で走らせるのは、無理がある。

 ……まさか。


「せ、先輩!」


 声をかける。

 返事はない。

 耳を凝らすと、馬の走る音さえ聞こえてこなかった。


 そうか。

 俺は見捨てられたのか。


 荷車はさらに速度を上げる。

 積んだ荷物が崩れ、俺の身体に当たる。


 ああ、主神よ。

 どうか、どうかお慈悲を……

 こんな俺にも救いを!


「う、う、うわあああ!!」



-----



「賊はどうした。まさか一人も捕まえられなかったのか?」

「いや。あいつら荷台に火薬を積んでいたみたいで、ほとんどは爆死しちゃいました」

「その他は?」

「脅しで一人殺して、単騎逃亡しようとした副団長も撃ち殺しました。手配書の情報と一致したので間違いありません。あともう一人いましたが荷台に乗ったまま崖下に……まあ助からんでしょうな」

「そうか。ご苦労だった」

「あああと、捕虜も助けました。助けたというか、それに関しては我々は何もしていないんですけどね。はは……」


「それにしても、騎士団長がこんな僻地にまで来てくださるとは。何かあったんですか?」

「上から命令されただけだ」

「はあ」

「だが噂によれば、『監視者』がらみらしい」

「またそれは、たいそう上からの命令ですなあ」

「ま、どうせ何も起きんさ」


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― 新着の感想 ―
まだ4話までしか読めていませんが、丁寧で分かりやすい描写と魔術師見習いらしい落ち着いた主人公のゼオライト君に好感が持てます。 1話の「山越え」で盗賊団の後輩が荷車の上をめった刺しにして、手応えがあり…
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