012 三限目:詠唱基礎
「今日は何をするんです?」
「今日は詠唱の話をしようと思う」
「お、ついに詠唱ですか」
師匠から魔術を習い始めてから8日ほどたった。
ずっと魔法陣を描いていたが、今日からは詠唱もするそうだ。
やっぱり魔術といえば詠唱だよな。
「あーまず始めに、君が知っている詠唱のことは全部忘れろ」
「はあ」
「……あんまり驚かないんだな」
「もう流石に」
この数日間、魔術について色々教わったがどれも驚くべきものばかりだった。
だからもう慣れた。
「では聞こう。詠唱において最も大事なことはなんだ?」
最も大事なことか。
発音しか思い浮かばないが。
「発音ですか?」
「正解だ」
そこはそのままなのか。
「逆に言えば、発音以外はどうでもいい」
「…と言うと?」
「ゼオ君。詠唱で火を起こしてみなさい」
発火か。
必ず最初に習う魔術といっても過言ではないだろう。
それ故に詠唱も短い。
「『愛しき太陽よ、火よ』」
掌にボワッと火が起き、一瞬で消えた。
「うむ。では次は儂がやろう」
師匠が掌を上に向けた。
様になるなぁ。
「ではいくぞ。『cnjewch&rw#b』」
え?なんて?
「こういうことじゃ」
「いやいや! なぁんにもわからないんですけど」
詠唱が聞き取れなかった、なんてもんじゃない。
言語かどうかも怪しかったぞ。
「詠唱は発音が大事だといったな。厳密に言うと、声の高低が鍵になってくる。高い音と低い音を一定のリズムで出すことで魔術は発動するのだ」
リズムか。
それなら少し心当たりがある。
「じゃあ、遥か南のムーガンの地で楽器を使う魔術師がいるというのは、あり得る話だと」
「その通りじゃ」
詠唱は歌うようにするのがポイントだ。
それがリズムをとるためだと考えれば納得だな。
「言葉に意味はないんですね」
「ああ。まあ一応歴史を辿れば意味はなくはないのだが、深く考える必要はない」
「じゃあ天に対する尊敬の歌というのは、間違いなんですか?」
「……」
あれ?
急に黙っちゃってどうしたの?
聞こえなかったのかな。
「師匠。詠唱が天に対する讃美歌……」
「それだけは言えん。言えんわい」
師匠がいつにもなく険しい表情をしていた
「まあ、今日は詠唱に対する理解が深まっただろうし、この辺で終いとしよう。いいな?」
「え。でもまだ…」
師匠は俺の返事を聞かずに洞窟を出ていった
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村に帰る途中、籠いっぱいの果物を抱えてヨタヨタしているレティシアちゃんを見かけたので、「持ちましょうか?」と声をかけてやると「ありがとう!」とのこと。
黙って帰るのもなんなので、ずっと気になっていたことを聞いてみるとしよう。
「ねえ、レティシアちゃん」
「……」
キッと睨んでくる彼女。
ああ、そうだった。
「ごめん。『姉さん』」
「よろしい」
ここに来てから『レティシアちゃん』もとい『姉さん』は色々と世話をしてくれている。
それは非常にありがたいのだが、見た目や言動がどう見ても子どもなので、ついつい「レティシアちゃん」と呼び、子ども扱いしてしまっていた。
数日前、流石に我慢ならなかったのか、
「年上なのに『ちゃん』とはどういうことなの?」
「これからは尊敬の念をこめて『姉さん』と呼ぶように!」
と、ぷんすか怒ってしまい、このようになってしまった。
ちなみに、どれぐらい子どもっぽいかというと、雷雨の夜は「ゼオくうぅぅぅん!一緒に寝てぇ!」と泣き叫ぶぐらいには子どもっぽい。
「で? なんのようですか?」
「ああ、えっと聞きたいことがあって」
正直こんなこと聞いていいのかわからないが、意を決してみる。
「プディオ師匠って、本当にあのプディオ師匠なの?」
師匠が素晴らしいお方であることは疑う余地はないだろう。
突然の「弟子にしてくれ宣言」にも快諾してくれたし、教えてくれることも未知のことばかり。
魔術の腕だってすごいものだ。
だが、違和感がある。
年齢のこともそうだが、よく考えて欲しい。
あのインセンド・プディオが生きているのだ。
なのになぜ世間には知られていないんだ?
少なくとも俺は聞いたことがない。
「んー……。私もこれは言おうかどうか迷ってたんだけどね」
姉さんは話を続けた。
「私たち…この村のみんな、爺さんの名前知らないんだ」
「え?そうなの?」
「わかるのは、長老がこの村で一番高齢ってだけ」
確かに師匠のことを名前で呼ぶ人は見たことない。
みんな『長老』って呼んでるもんな。
「でも今まで人間が来たこととかあるでしょ?そん時に名乗ったりは」
「うん。名乗ったりはしてたけど、毎回違う名前だったよ」
絶句。
「絶対偽物じゃん。てか、それを目の当たりにしてエルフの人々は何も思わないわけ?」
「うすうす感ずいているかもしれないけど、エルフって人間ほど魔術に興味ないんだ~。だから長老があのプディオ様かどうかなんて気にしてないんだよね。そもそもプディオ様を知らないエルフもいるし」
まあ確かに、エルフの魔術学校なんて聞いたことがない。
というかこれは俺も驚いたのだが、この村のエルフは全然魔術を使わない。
人間界で有名なエルフはみんな魔術師なのになぁ。
「ん? てことはプディオって名乗ったのは俺が初めて?」
「そう! だからビックリしちゃった。ついに脳みそイッちゃったのかって」
いきなり偉人の名前を名乗りだしたら、そりゃ驚くよな。
「でも、最近小言が増えたぐらいで、別にどこかがおかしいわけじゃなさそうなんだよね」
「んー。僕も変な感じはしてないなぁ」
ま、最初会ったときはかなり怪しかったけどね。
「ねえ、ゼオ君はなんでここに来たの?本当に魔術を学びに来ただけ?」
「いやー。うーん…」
そういえば姉さんには詳しく話してなかったっけ。
なんでだ?
これも呪いのせいなんだろうか。
なんにせよいい機会だ。
「実は、ここに来たのは偶然なんだよ」
「そうだったんだ」
俺は姉さんにこれまでのことを話しながら村まで帰った。




