010 一限目:魔術を使うにあたっての諸注意
「さて、まずは魔術の根本から教えるかね」
エルフの村から少し離れた岩山。
その中腹あたりに洞窟があり、そこでプディオ師匠による授業が始まった。
「ゼオくん。魔術とは一体なにかね?」
「……神秘ですかね?」
いきなり哲学のような質問をされた。
ありきたりな返答しかできねぇよ。
「うん。まあそう答える者がほとんどだな」
「では師匠は違うと」
「儂から言わせてみれば、魔術はただの手段にすぎない」
「手段?」
「そうだ。言ってることがわかるか?」
わからん。
魔術というものは天から与えられた天啓であり、この世の神秘の究極の形であると教わった。
それを『ただの手段』とは、どういうことだ?
「んー。では問題だ。5つのボールが入った袋が3つある。さて、ボールは合計何個だ?」
引っ掛け問題……ではないよな?
「15個です」
「どう計算した?」
「え。5×3で計算しました」
「そうだな。今君は掛け算という手段を用いて答えを導き出したわけだ」
「はあ」
「では掛け算のできない子どもなら、どうするだろうか?」
「……5+5+5で計算しますかね」
「うむ。足し算の一つの手段だな」
あー、なるほど。
言いたいことがわかってきたぞ。
「では計算もできない子どもなら?」
「袋からボールを全部出して、数えるでしょうね」
「おお! ついに計算しなくなったか」
つまり、15という答えを導くためなら、様々な手段を使うことができるということか。
「なんとなくわかったかな?」
「ええ。でもそれがどう魔術に繋がるのですか?」
問題はそこだ。
師匠はそれを待っていたと言わんばかりに、ロウソクを取り出した。
「ここにロウソクがある。これに火を灯すにはどうすればいい?」
「魔術で火を付けます」
「他は?」
「マッチがあればそれで」
「その他は?」
「木でも擦りますかね」
それがなんなんだ?
「では聞こう。魔術で起こした火とマッチなどで起こした火。この二つは同じかね?」
考えたこともなかった。
でも、燃料が違うから同じではないんじゃないか?
魔力で起こした火と、火薬と木で起こした火では流石に、ね。
いや、話の流れからすると……。
「同じ、ですか?」
「その通りじゃ」
さっきの計算の話を思い出した。
掛け算しようが足し算しようが一つずつ数えようが、ボールの数は絶対に15個だ。
足し算したら16個になったりはしない。
なら魔術にも同じことが同じことが言える、と師匠は言いたいのだろう。
マッチでつけた火も、魔術でつけた火もどちらも火に変わりわない。
「魔術はあくまで過程なんですね」
「理解が早いのぉ」
「でも魔術のような特殊な過程を経れば、特殊な結果が生まれたそうなものですが」
師匠は指を振った。
「それは過程が先に来ているからそう思うのだ。火を起こすという凡庸な結果を求めたから、特殊な過程を使おうがそういう結果にしかならんのだ」
魔術って結果ありきなんだ。
結果ありきの神秘とはいったい……。
「それに、魔術でできることの多くは魔術を使わんでもできる」
「……たしかに」
「火なんてマッチ使えばいいし、水飲みきゃ池から汲めばいい。岩の壁も時間がかかるが人の手で作れるだろう?遠距離攻撃をしたければ弓でいいし……。まあ。何が言いたいのかっていうと、魔術なんか使うなってことだ」
「は?」
いやいや。
高名な魔術師が魔術を否定するのかよ。
「言い方が悪かったかな。魔術を使わずに済むなら、そのほうがいいということじゃ」
「『魔術はただの手段にすぎない』……」
「そう! 魔術はただの手段だ。どうも最近の魔術師は魔術を使うことが第一になっておる。一番大事なのは魔術を使って何をしたいかじゃ。さて、お前さんは魔術を使って何がしたいのかね?」
確かに、俺は魔術師になることが目的だった。
では魔術師になって何がしたいのだろう?
「第一は、まあ広く言えばお金……生活のためですかね」
もちろん、ユナのためでもあるけど。
「それだけ?」
「第二には、単純な興味です」
だって気になるじゃん。
魔術ってどうなってるのか。
「まあ魔術師になったら、研究でもしてたんじゃないかな、と」
「勉学が好きなのか?」
「好きな方ではありますね」
「んー。まあいいじゃろう」
師匠は俺の正面に座り直した。
「君には、『星の子』を倒すという目標もあっただろう?」
「ええ。約束しましたから、達成するつもりではいます」
本音でいうと無理だと思ってますけどね。
「儂は君に、それを成し遂げる手段の一つとして魔術を教える」
「もう一つは武術だと」
「そう。魔力がなくなったからもう何も出来ません、というような人間になって欲しくない」
「魔術戦士になれってことですか?」
「……君は魔術戦士になりたいか?」
「いえ、全然」
魔術戦士。
その名の通り、魔術を使える戦士。
強そうに思えるが、蓋を開ければ中途半端で、器用貧乏。
はっきり言って弱いというイメージしかない。
まあ強い人もいるんだろうけど。
「儂は君を5年の内に上位魔術師に、武術の方は中位戦士ぐらいまでにはしようと思う」
「マジですか?」
「マジじゃ。そこまで行けば君に勝てる者はほぼおらんくなるだろう」
そりゃそうだ。
どっちかを中位にするのも大変なんだから、そこまでする奴はいないだろう。
魔術戦士だってどっちも下位どまりだ。
「そして君には魔術の核となる部分も勉強してもらう」
「おお! そういうのを待ってたんですよ!」
魔術学校ではただただ発音をするだけだった。
言うなれば『公式の丸暗記』。
やっぱり算術にしても魔術にしても、理論を学ばないとね!
「そうか。まあ勉強を楽しんでもらえるならそれで結構。では、修行を始めるとするかね」
こうして、数年間に及ぶ鍛錬が始まったのだ。




