人質として隣国の貴族令嬢の家に嫁ぎまし……え?
私――ルティア・エルフェシアは今日、隣国の貴族の家に嫁ぐ。
エルフェシア王国の王女という立場にある私は、人質として他国に送るのに『ちょうどいい』存在であった。
私がこれから向かうのは、ヴァールフェルト帝国という、エルフェンシア王国に比べれば国力があまりに違い、従う以外の選択肢はない。
帝国が求めたのは、王国の従属とその証として、王族の一人を帝国に対し、嫁がせるというもの。
私は仮にも第一王女ではあるが、すでに母は他界しており、次期『王』になるための弟がいる。
故に王国からすれば、私は人質であってないようなもので――簡単に見捨てられる存在なのだ。そういう国であるということはよく知っているし、その上で私は、人質として嫁ぐことを了承した。
すでに帝国領内にいる私は、馬車に揺られながら、ただ外の景色を静かに眺めていた。
たった一人、見知らぬ土地に嫁ぐというのは、さすがに不安だ。
けれど、あのまま王国で暮らすよりはいいのかもしれない――私が嫁ぐ先は、帝国でも有数の貴族の家柄だそうだ。
アヴァンス家といったか、相手のことを全く知らないのだが、向こうも向こうで、私のことを知らずに受け入れるというのは、何とも思い切りのいい話だ。
まあ、それも人質としての価値しかないと、判断してのものなのかもしれないが。
それから町中へと入り、馬車は小さな屋敷の前で動きを止めた。
「ここが、アヴァンス家の屋敷……?」
確かに屋敷ではあるが、大貴族が暮らしているというには、小さく感じる。
もしかすると、使用人はあまり雇わずに生活をしているのか。
そう言えば、現当主は軍人だとも聞いた――家を空けることが多いのかもしれない。
その当主が、私の夫となる人なのだが。
馬車を降りると同時に、屋敷の門が開き、誰かがこちらにやってくるのが見えた。
「来たか。遠路遥々、ご苦労なことだな」
帝国軍の正装だろう。黒を基調とした軍服がよく似合っている。
帽子でも隠しきれないほどの長い銀髪に、整った顔立ち。
美しい、と表現するのが正しいだろう。
凛とした声もまた、『彼女』によく合っていた。
「……?」
そこで私は一人、首を傾げる。
アヴァンス家の屋敷からやってきたのは、少女ともう一人、後ろに控えるメイド姿の女性だけであった。
「お前がルティア・エルフェシアで間違いないな?」
「は、はい。その通りです」
「ふむ、そうか。話には聞いていたが、確かに美人だ」
話というのは、当主から聞いていた、ということだろうか。彼女はひょっとすると、アヴァンス家の当主の妹なのかもしれない。
――となると、当主は屋敷の中で待ち構えている、というところだろうか。
気を取り直して、私は挨拶をする。
「お出迎え、感謝致します。アヴァンス家のご当主様の妻となるため、エルフェシア王国より参じました」
「ああ、堅苦しい挨拶はしなくていい。今日からうちの者になるのだから」
「お気遣い、感謝致します。それで、ご当主様は中に……?」
「む、ここにいるではないか」
「……え?」
再び、ルティアは首を傾げた。
「なんだ、先ほどから首ばかり傾げて。梟の真似でもしているのか」
「い、いえ、そうではなく……聞き間違いをしてしまいまして」
「ほう、何を間違えた?」
「貴女様は、ご当主様の妹君ではなく……?」
「私に妹はいない、独り身だ。当主になったのは半年ほど前のことだが」
「……?」
ルティアはまた、首を傾げる。
「お名前を、お伺いしても?」
「レイ・アヴァンスだ」
――聞いていた名前と一致する。
つまり、彼女が当主というのは間違いないようだ。
そうか、見た目で判断してしまったのがいけなかった。
「まあ、結婚するにしたって女同士だ。気楽にいこうじゃないか」
――何も間違っていなかった。やはり、この家の当主は目の前にいる少女で、私の嫁ぐ相手だった。
「え、だって、女同士、ですか……?」
「人質としてエルフェシア王国から王族を一人、もらうと聞いてな。私は最近、皇帝から褒賞をもらう予定があった。そこで、お前をもらうことにしたんだ」
……全く意味が分からない。
いや、レイの言っている通りのこと以外、事実はないのだろう。
こうなると、目の前の少女は私の妻になるということだろうか。私も妻になるのか――もう、訳が分からない。
混乱する私の傍に近寄り、レイは私の耳元で静かに囁いた。
「心配するな。この帝国で一番、幸せにしてやる。そうでなければ、私が誰かを娶るなどしないのだからな」
そんな宣告を受けて、私はただ頷くしかなかった。
こうして、私は人質王女として、貴族令嬢に嫁ぐことになったのだ。
どうしてこうなった――それは私が一番聞きたい。
このあとめちゃくちゃ幸せになった。