78.クルーズ編 潜入捜査
ボランティアでも正義の味方でもない……もう、何度その言葉を聞いたか分からない。
店長はずっと一貫してブレない。
ちょっとくらいブレてもいいんじゃないか?
取り付く島もない店長は、再びゆっくりとお茶を飲む。
険悪な空気を破ったのは橘だった。
「この人身売買組織は、能力者の間で以前から問題視されていました。陰陽道はオカルト関連の研究者や愛好家の間で、世界的にも人気が高まってきています。日本人は遺伝的に陰陽系の術式と相性がいいため、媒体としても材料としても適正が高いんです。だから、どうしても日本人の十代が仕入れの対象として被害に合ってしまう……」
「ふむ……海外への資源の流出だね」
資源の流出……単語チョイスに引っかかりは感じるが、店長はほんの少し興味を示したようだ。
橘が話を続ける。
「橘家からの正式な依頼として、受けていただくことは出来ますか?」
問いかける橘に、店長は軽く目を細め、少し考えてから口を開いた。
「依頼は、買い取られた子たちの救出? それとも、この組織の壊滅?」
「依頼内容を『壊滅』とした場合、見捨てられる子や犠牲になる子が出る可能性がありますよね? 『全員救出』という依頼でお願いします。どのみち、納品直後に商品が奪われれば組織の信用は失墜、商売はできなくなります」
「答えとしては90点かな……まぁ、いい。その依頼受けよう」
マイナス10点は何が足りないんだろう……。
橘も気になっているようだが、訊ねたところで店長が素直に教えてくれるとは思えない。
今は女の子たちを助け出すのが先だ。
店長の表情が変わった。「のんびりクルージング」から「仕事モード」へと切り替わったのが分かる。
「まず、救出対象の人数と船室を把握したい。オークション主催者の、あの老人……もしくは秘書のところへ忍び込んで、今回のオークションの落札一覧を入手しよう」
「はい! でも、どうやって……?」
俺もすぐに救出作戦へと頭を切り替えた。
「乗組員に変装して認識阻害でもかければ、船内を自由に動き回れると思う……まぁ、こうなるのは予想してたから、ある程度は仕込み済なんだよね」
用意周到というか、何と言うか……いや待て! しっかり作戦の仕込みをしておいて、橘から正式な依頼が出るまで、「ボランティアじゃない」とか言って渋ってたのか?
そうか、金か――……。
汚い大人を見る俺の視線もどこ吹く風で、店長はさっそく作戦の説明を始めた。
「僕と都築くんは乗組員として探りを入れる。僕達が動きやすいように、橘くんは上客として組織の上層部であるオークション主催者に接触、陽動作戦を担当してもらう」
百園さんが手を上げた。
「あの……私にもお手伝いさせてください……!」
店長は、ふむ……と少し考える。
「それなら、百園さんは都築くんにくっついて、見えない分をサポートしてあげて」
「はい!」
俺たちはそれぞれ自分の役割をしっかり理解した。
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陽動担当の橘と別れ、店長と百園さん、そして俺の三人は足早に廊下を歩いていた。
店長が最初に向かったのは――…、
「医務室?」
ドアのプレートを見た俺は首を捻った。
店長が軽くノックするとドアが開かれる。
出迎えたのは、八神医師だった。
「えぇっ!? 八神先生、なんでこんなとこにっ!?」
驚きの声を上げる俺を、八神医師は苦笑しつつ医務室の中へと促した。
「乗務員として潜入して欲しいと、尾張に頼まれてな……俺は今、船医だ」
「マジですか……」
使えるものは何でも使う、それが店長のやり方だ。うん、もう何があっても驚かないぞ。
八神医師は診察室の奥の棚から何やら紙袋を引っ張り出し、店長に渡す。
「制服と言っても、それくらいしか入手できなかった。それから、これが船内見取り図な。赤丸つけてあるところが、オークション主催者のじぃさんの部屋だ。血圧高いらしくて、さっき測定に呼ばれてな。あ、その隣が秘書の部屋みたいだぞ」
八神医師が差し出す船内見取り図を、俺はポカンとマヌケな表情で受け取った。
なんだ、この人……めちゃくちゃデキる!
「それから、客室専用のマスターキーだ。これは手に入れるの大変だったんだぞ、まず掃除のオバチャンと仲良くなってだな……」
「そういう話は、帰ってからゆっくり聞く」
店長は素っ気なく言って、八神医師の手から鍵を受け取った。
「ほら、都築くん……さっさとこれに着替えて。あ、百園さんはそこのカーテンの向こうで……」
「はいっ」
「分かりました!」
百園さんは店長から服を受け取り、カーテンの方へと向かう。
俺も着がえようと服を脱いだ。
制服のシャツを手にする。
ふと、着替えている店長へ目を向けると、上半身裸の店長の腹部には白い包帯が巻かれていた。
「…………」
八神医師が、どうしても傷痕が残ると言ってた脇腹……あそこだけまだ包帯が取れないのか。あんまり無理させないようにしないと。
俺は気合を入れ直して、制服に着替えた。
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「制服っつっても、なんかこう……全然違和感ないですね」
俺は店長と自分を見比べた。
八神医師が調達してくれたのは、かっこいい「海の男」っぽい乗組員の服ではなく、船内のカジノ&バー店員の制服だったのだ。
デザイン的にムーンサイドの制服と大差ない……。
「……お待たせしました」
カーテンが開いてこちらへ出てきた百園さんも、俺と同じバー店員の服だった。
「百園さん、このタイプの護符は使える?」
「はい!」
店長が見せた護符を確認した百園さんは、こくんと頷いた。
「じゃあ、一枚だけ渡しておく……僕仕様になってるから、かなり力を持っていかれる。百園さんが使ったらしばらくは行動不能になるから、よく考えて使うこと」
「分かりました!」
なんと! 百園さん、護符まで使えるようになってるのか!!
十和子さんのところで、一生懸命修行に励んでるんだな……。
八神医師に礼を言い、俺たちは医務室を後にした。
船内見取り図を頼りに、老人と眼鏡秘書の部屋へと急ぐ。
制服にプラス、店長のかけてくれた「認識阻害」のおかげで、俺たちは他の人とすれ違っても全く咎められることなく楽に船内を進むことができた。
大きなカジノを横切り、オークション会場として使われた劇場の前を通り過ぎ、どんどん進む。
俺が想像してたより、ずっと大きな船のようだ。
客室が並ぶ廊下で、店長が足を止める。前方の、見るからにちょっと豪華なドアを指さした。
「あの部屋だね……」
見取り図によると、そこは特等客室となっている。この船で一番いい部屋だ。
いったん俺たちは少し離れた防火扉の陰に身を隠す。
店長がポケットからスマホを取り出し、何やら確認した。
「橘くんの陽動の方も順調みたいだね」
店長の言葉が終わる前に、特等客室のドアが開いた。
老人と眼鏡秘書、そして橘が談笑しつつ出て来る。
「いやいや、今回は残念でしたな……しかし、今後も変わった毛色の商品が入荷すれば、優先してお譲りすることも出来るかと……」
「それは、楽しみです」
老人は橘をお得意様にすべく愛想よく饒舌に話していて、橘は笑顔で頷き、眼鏡秘書は二人の後ろに付き従っている。
俺たちは防火扉の陰で三人が離れていくのを待った。
「あの、僕はカジノは初めてなのですが……」
「はははっ、まだお若いですからなぁ……大丈夫、私がご案内させていただきますよ」
商売熱心なことだ。橘をカジノに案内して、まだ金を使わせる気か……。
遠ざかっていく声に、俺は「頑張れ、橘!」と心の中で声援を送った。
「行こう!」
店長が特別客室のドアへと近づき、鍵を開けた。
「都築くんと百園さんはこの部屋を頼む、僕は隣の秘書の部屋を探って来る」
「はい!」
百園さんと俺は店長の指示に従い、老人の部屋へと足を踏み入れた。




