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66.病院編 祓い屋のアシスタント

 病室のロッカーを開くと、アレクの着替えや荷物が綺麗に整理されて入っていた。

 目につく位置に聖書とロザリオがある。使い込まれた革表紙の聖書、そして絵画事件の後に店長から贈られたロザリオだ。

 俺は二つを大事に抱えてアレクの元へと急いだ。




「アレク……?」


 手術室の前で、アレクは車椅子に座り俯いていた。

 何かに耐えているような、ひどく傷ついているような……俺は初めて見るアレクの姿に、遠慮がちに声をかけた。


「持って来たぞ」


 アレクの膝の上に、聖書とロザリオをのせてやる。アレクは包帯の巻かれた大きな手で聖書の表紙をそっと撫でた。


「帝王切開で、赤ちゃんは無事に産まれる事が出来たようだ……」


 赤ちゃんは無事なのか、良かった!


「それで、あの……お母さんは?」


「一佳ちゃんが、母親の霊体を体に押し戻した」


「え……?」


「一佳ちゃんは『自分はお姉ちゃんだから大丈夫』だと……、……『赤ちゃんの(そば)にいてあげて』と……、母親に伝えていた」


「そ、んな――…っ!」


 そんなこと……一佳ちゃんはまだ幼稚園で、一佳ちゃんだってお母さんのこと大好きなはずで、それでも、いや……だからこそ、一佳ちゃんは――……っ、……


 アレクが顔を上げた。手術室の扉に向かって優しく微笑む。


「一佳ちゃん、おいで……よく頑張ったね」


 手招くアレクに、俺は涙を堪えるのがやっとだった。ぎゅっと拳を握り、奥歯を噛み締める。


「都築、すまない……送ってやりたいから、一佳ちゃんと二人にしてくれ……」


「……分かった」


 俺は二人から離れた。

 そのままトイレへ向かう。個室に入るなり堪えていた涙がボロボロ零れる。


 俺はただ嗚咽を漏らすことしか出来なかった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 トイレの鏡で真っ赤な目を確認する。なんとか泣き止んだが、これじゃ泣いてたのがバレバレだ。俺は大きく深呼吸をし、両頬を両手でバチン! と叩いた。


 トイレを出て手術室の前へ戻ると、アレクがポツンと車椅子に座っていた。


「アレク……」


「あぁ、終わったぞ……都築、すまなかったな」


 俺の方を見たアレクは小さく笑った。アレクの目元も、やっぱりちょっと赤い。


「謝るようなこと、何にもないだろ……病室に戻ろう」


 車椅子に近寄り、俺はゆっくりと押し始めた。


 俺はずっと、祓い屋の仕事をかっこいいと思っていた。

 店長やアレク、橘や十和子さん……皆それぞれ能力は違うけど、すごい力を持っていて、強くてかっこいい人達だと思っていた。


 でも――……、

 こんなにも『死』に近い仕事が、ただ『かっこいい』わけないじゃないか。

 アレクだけじゃない……きっと皆、数えきれないくらい、こんな風に誰かを見送ってきたんだ……。


 俺には何の力もない。

 術も使えない。


 ただの『祓い屋のアシスタント』の俺は、この強くて優しい人達に何ができるんだろうと、車椅子を押しながらぼんやり考えていた。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 病室に戻ると、アレクはすぐにベッドに横になった。


「少し疲れたみたいだ。……都築、せっかく見舞いに来てくれたのに悪いが、眠りたい」


「あぁ、俺も……そろそろ店に戻るよ。また、来るから……」


 俺は病室を出た。

 今度来る時には、アレクの好物をたくさん店長に作ってもらって差し入れしよう。


 エレベーターで一階に下り、病院を出る。

 なぜか、早くムーンサイドに帰りたい気分だった。

 足早に歩き出すと背後でクラクションが鳴る。振り返ると……、


「店長?」


 いつも店の裏の駐車場に鎮座している店長の高級車が、俺の目に飛び込んで来た。

 運転席の店長がちょいちょいと手招きしている。

 俺は慌てて駆け寄り、ドアを開けて助手席へと乗り込んだ。


「どうしたんですか?」


 シートベルトをしながら訊ねると、店長は軽く肩を竦める。


「どうしたもこうしたも……パトラッシュが、すごい勢いで店に戻って来て『都築くんが困ってるから何とかしろ!』って大騒ぎして大変だったんだよ」


「え……」


 俺の真っ赤な目をチラリと見た店長は、小さくため息を吐いてからゆっくりと車を発進させた。


「君たち、意思の疎通が出来ないんだから……都築くんが泣いたり落ち込んでたら、傍にいるパトラッシュが心配するのは当然だろ?」


「う……――すみません、店長。……パトラッシュ、心配かけてごめん。俺は大丈夫だから」


 俺は店長とパトラッシュに謝った。

 沈黙が流れる。

 店長は何も質問してこない。

 もし泣いてた理由(わけ)を説明したら、俺はまた泣いてしまう。

 今日は店長の察しの良さが救いだった。


「今日の夜営業、バイト休んでもいいよ……帰るなら、このままアパートに送ってあげる」


 店長の優しい声に俺はまた鼻の奥がツンと痛くなった。


「ありがとうございます。でも……アパートじゃなくてムーンサイドに、戻りたい……です」


「分かった」


 店に戻ったら、ちゃんと笑顔でウェイターをする。

 店長のまかない飯を食べて、店の掃除して、困ってる依頼人が来たら、祓いのアシスタントもするんだ。


 俺は大きく一つ深呼吸してから、両頬を両手でバチン! と叩いた。


「今日のまかない、何ですか?」


「ふふっ、……今日はおでんだよ。圧力鍋で大根も牛スジもトロトロになってる。玉子もコンニャクもしっかり味がしんでる」


「お、おでんっ!? ――…っ、……」


 俺の腹がぐぅ~と鳴った。さっきまでベソかいてたのに、さすがに自分でも恥ずかしい。

 あまりの気まずさで腹を押さえた俺に、店長は小さく笑った。


「おでんの分、しっかり働いてもらうよ」


「はいっ!」


 店長の高級車はムーンサイドへ向かって、夕方の街を走り抜けてゆく。

 やたらと座り心地のいい革張りのシートに体を預け、俺は窓の外を流れる景色を眺めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しいお話… 見えないけど、一佳ちゃんに感情移入して涙するところは本当に優しいですね都築くんは そして、アレクも優しい 見えるからこそ、今回みたいなことは過去に何度もあったんだろうな 万…
[良い点] この病院編はクリスマス編と地続きながら、色々な意味で対照的な章で、不覚にも鼻の奥がツンとしてしまいました。 ここのアレクは最高に良いですね。 アレクの優しさと安心感が、店長との対比が効い…
[良い点] アレク、パトラッシュ(´;ω;`)!! 良い話だった!! [一言] 連載初期の頃から知ってる者として、この作品が飛躍し続けてること我が身のことのように嬉しく思います! みつなつ先生、これ…
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