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59.クリスマス編 獣の瞳

 家政婦さんと別れ、俺は一人タクシーでお屋敷へ戻った。

 裏口の呼び鈴を鳴らすと店長が出て来て、すぐに中へ入れてくれる。


「大した怪我がなくて良かったね」


「はい。パーティの方は大丈夫ですか?」


「開始時間は遅れたけど……なんとか、ね」


 厨房内は後から追加で出す予定の料理が整然と並んでいて、店長の手際の良さを感じさせる。


「俺、給仕係でパーティルームに入りましょうか?」


「あぁ、いや……今、ゲームタイムだから三十分くらいは必要なさそうだ。少し座ってたら?」


 店長は壁際にあった小さな椅子を持ってきて俺の前に置いてくれた。

 苦笑しつつ腰かける。


「ありがとうございます。でも本当に、怪我は大したことないですよ」


「パトラッシュのおかげだよ。でなけりゃ都築くんも家政婦さんみたいに大怪我……いや、死んでたかも」


「…――え?」


 ドキンと鼓動がはねた。

 顔を上げると、店長の厳しい瞳と目が合う。


「都築くんと家政婦さんが転がり落ちた場所に、玄関ホールの大きなシャンデリアが落下するところだったんだ。パトラッシュがシャンデリアを支えなかったら君たちはぺちゃんこだったよ」


 血の気が引き、全身が冷たくなっていく。指先が震える。

 恐怖を振り払うように小さく一つ深呼吸する。


「パトラッシュ、ありがとな」


 俺は横を向いて見えない愛犬に礼を言った。


「……都築くん、パトラッシュがいるのは反対側だよ」


「んがっ! 見えないんだから仕方ないでしょう!?」


 俺は真っ赤になってぶぅと頬を膨らませた。

 店長も小さく笑みを漏らし、ほんの少し空気が和らぐ。


「あの……さっき、家政婦さんから聞いたんです。ここの使用人が次々怪我するって……。それって、さっき店長とアレクが感じた何か(・・)の仕業なんですか?」


「うん、そうだと思う」


「特に家庭教師は一週間もたないとか……。家政婦さん、坊ちゃんに勉強するように言ったすぐ後にあんな事故が……。あの子に何か(・・)が憑いてるんですよね?」


 突っ込んで質問すると、店長は口元に手をあてて何やら考えながら口を開いた。


「とにかく、ここに居るモノは人間の体に直接不調をもたらすようなやり方はしない。偶然を操って、不幸な事故を起こすんだ。そういうタイプはとても珍しいし、対応も難しい。だから――…」


 店長は小さく一息おいてから、俺の顔を覗き込んだ。


「都築くんは無敵じゃない。さっきみたいに物理的にはしっかりダメージを受けるだろ? 今日のパーティが終わるまで、くれぐれも気をつけて」


 つまり俺と家政婦さんが階段から落ちたのは、その何か(・・)が偶然を操って起こした事故……。


「……わ、分かりました」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 その後給仕係としてパーティルームに戻った俺は料理の取り分けや飲み物の補充を担当し、なんとかパーティ終了までトラブルなく過ごすことができた。

 パーティルームの端っこで誰にも話しかけられずぼんやり座る坊ちゃんが気になりつつも、俺は忙しく動き回っていた。




 パーティが終わって旦那様と奥様は客人たちを見送りに玄関ホールへと移動した。店長と俺は残った料理や食器類の片づけに取りかかる。食器は店に戻ってからゆっくり洗うので汚れている皿も気にせず重ね、効率良くテキパキ片づけた。


 ピンポン!


 厨房の方から呼び鈴の音がする。


「アレクが片付けの手伝いに来たんじゃないかな……都築くん、裏口を開けてきて」


「はーい!」


 俺はパーティルームから厨房へ移動し、裏口のドアを開いた。


「都築っ! どうしたんだ、その怪我!?」


 湿布だらけの俺にアレクは目を見開いた。


「あー、ちょっと階段から落っこちちゃってさ……でも、打ち身だけだから大丈夫」


「いや、でも……しかし、……本当に打ち身だけで済んだのか?」


 ものすごーく心配そうに、アレクが俺の体をじろじろ見てくる……ちょっと居心地が悪い。


「大丈夫だってば。片づけの手伝いに来てくれたんだろ? 入れよ、寒いし」


「あぁ……」


 アレクと一緒にパーティルームへ戻ると、店長が最後の皿をまとめているところだった。


「尾張、この辺の物は車に積んでいいんだよな?」


「うん、頼む」


 俺とアレクは手分けして、残った料理や皿などを車に運び始めた。二人で車とパーティルームを何度か行き来していたが、急にアレクの足が止まった。


「アレク?」


 見れば、いつの間にか坊ちゃんがパーティルームに戻ってきている。

 両親と一緒に玄関ホールで見送りをしていたはずだが……。


 坊ちゃんはアレクに近づき、可愛く小首を傾げた。


「不思議な服だね」


「え?……あ、あぁ……これはカソックといって、教会で働く人の制服みたいなものだよ」


 アレクは優しくゆっくりと説明した。

 しかし明らかに顔が強張っている。もの凄く緊張しているようだ。


「ふぅん……教会の人、なんだ」


 青く澄んだ瞳がアレクをじっと見つめている。


「……父さまと母さまが日曜に行ってるとこだよね?」


 張りつめた空気……なんなんだ、これ。

 チラリと店長を見れば、じっと様子を窺っている。


 その時、玄関ホールへのドアが開いた。

 見送りが終わったのだろう、旦那様と奥様が戻って来る。

 一気に場の空気が変わった。


「本日はありがとうございました」


「こちらこそありがとう!」


 営業スマイルの店長が会釈すると、旦那様は満足気な表情(かお)で店長へと歩み寄った。奥様は坊ちゃんに近づき、「ここに居たのね」と小さく声をかけた。

 握手を求める旦那様に店長はほんの少しだけ躊躇(ちゅうちょ)して、差し出された手を握る。

 旦那様はにこにこ笑顔でご機嫌だ。


「ハロウィンパーティのホテルのレストランのものより、ずっと味も見た目も良かった。アレクさんには良いお店を紹介していただきました」


「ご満足いただけて、良かったです」


 料理を褒められれば店長はいつだってもっと嬉しそうにするのに、今回はどこかよそよそしい……ちょっと上の空のようにも見える。


「正月に親戚の集まりがあるのですが、ぜひその料理もお願いしたい……!」


「喜んで承ります」


 親戚で集まるお正月料理なんてものすごい大口注文なのに、店長は全然嬉しそうじゃない……。

 奥様が坊ちゃんの手を引き、店長へと近づいた。


「せっかくなら、おせち料理のようなスタイルのものをお願いしたいわ。料理の詳細と予算などご相談したいのだけど……この後、お時間は大丈夫かしら?」


 奥様の提案にすぐには答えず、店長は俺とアレクの方へちらりと視線を向けた。

 アレクが頷くと、店長は奥様に微笑み返す。


「大丈夫です、よろしくお願い致します」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 厨房の片づけと掃除も済ませた店長は、最後に一通り見渡して忘れ物がないか確認した。


「それじゃ、僕はお正月料理の打ち合わせをしてくる。アレクと都築くんはその荷物を車に積んだら先に店に戻っておいて」


 俺は最後のゴミ袋の口をしっかり縛ってから返事をする。


「分かりました……店長、一人で大丈夫ですか?」


「……?」


 店長は一瞬きょとんとして、小さく笑みを漏らした。


「都築くんのくせに、僕の心配するなんて生意気!」


「都築、行こう」


 アレクの声に急かされ、店長に言い返す間もなく裏口から外へ出る。

 車に最後の荷物とゴミ袋を積み込み、俺は助手席へと乗り込んだ。


「店長、本当に大丈夫かな……」


 思わず零れた言葉に、運転席のアレクがシートベルトを締めながら答える。


「気をつけないといけないのは俺たちの方だ。たぶん、俺は完全に目を付けられた」


「え? 目を……?」


 アレクがエンジンをかけた。ゆっくりと車が走り出す。

 流れる車窓の景色はクリスマスの雰囲気たっぷりの街並みだが、俺にはそれを楽しむ余裕もない。食い下がるようにアレクに問いかける。


「どういうことだよ?」


 アレクは前を見つめたまま、厳しい表情(かお)でハンドルを握っている。


「俺が教会の人間だと分かった時の、あの子の瞳の色……見たか?」


「瞳? あの子の瞳は綺麗な青色……だよな?」


「俺には金色に見えた。『獣の瞳』だ」


「けもの――…?」


 金色の『獣の瞳』……それがどういう意味なのか俺は知らない。

 詳しい説明を求めようとして、ふいにアレクの体が強張っていることに気づく。顔色は真っ青で、額に汗が浮かんでいる。


「アレク、具合でも悪いのか?」


「……おかしい、……この辺の道は良く知ってるはずなのに……っ、……」


「あっ! 今のとこ左折しないと!」


「え……? えっ!? 待ってくれ、全然知らない場所を走ってるような……なんだ、これっ!」


 大混乱のアレクに、俺も状況が理解できない。


「道が分からないのかっ!? なんでっ!?」


 慌てて窓の外へ目をやる。俺にとっては良く知っている街並みだ。

 アレクにはどう見えてるっていうんだ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] パトラッシュが居なければ即死だった……流石はパトラッシュッ! しかしそうですよね、霊感ゼロの都築くんでも無敵ではないんですよね。そしてアレクーッ? 一体どうしたってんだッ!? 金色の獣の瞳…
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