56.クリスマス編 パーティ料理
ムーンサイドの店内に飾ってあるクリスマスツリーはオサレな白色だ。
場所をとらないスリムタイプだが二メートルもあって存在感は抜群!
店内の雰囲気に合わせてオーナメントはブルーとゴールドの大人カラーで統一され、繊細なガラス細工の十字架や丁寧な刺繍の施された布製の天使がライトの光を受けてキラキラ輝いている。
ツリーのてっぺんに鎮座している金の星は店長がデパートの催し物売り場で一目惚れしたという代物で、透かし彫りの金細工にたくさんの宝石がちりばめられていた。
あの星いっこだけで、俺のバイト代三ヶ月分か……。
ちょっぴり複雑な気分でツリーを見上げてから、夕飯のまかないであるビーフシチューを口に運ぶ。
「う、ま――…っ、……」
しっかり煮込まれてもうどこにも姿は見えないが、たくさんの野菜たちの旨みがとけこんだシチューは、心も体も芯から温めてくれる。
口の中でほろほろ解けてゆく牛肉に、頬っぺたも落ちそうだ。
「このお肉、今まで食べた中で一番柔らかいっ!」
思わず感動の声をあげると、店長がカウンター越しに得意気に笑った。
「ふっふっふ~~~っ! 欲しかった圧力鍋、とうとう買っちゃったんだ。昨日おでん作ってみたけど、短時間でしっかり煮込めて大根も牛スジもトロトロになったよ」
「お、お、お、おでん~~~っ!?」
今ビーフシチューを食べているというのに、俺の口はもう「おでん」スタンバイだ!
俺の食いつきに気を良くした店長が、にんまり笑う。
「おでんだけじゃない。豚の角煮もブリ大根も、思うままだよ……!」
「あぁぁあ~~~~~っ、…………ッ……」
言葉を失い、へんてこな雄叫びしかあげられない俺に、店長は「分かってる! 作ってあげる!」と笑顔で力強く頷いた。
「ところで都築くん、クリスマスイブは何か予定ある?」
空になったシチュー皿を洗い終わり厨房から店内へ戻ると、カウンターで帳簿をつけていた店長が顔を上げた。
「ないですよ、バイトも入れます……!」
「イブに料理をケータリングして欲しいって注文が入ってるんだ。なんでも、パーティ料理を全てうちに任せてくれるらしい」
「えっ? すごいじゃないですか!」
「うん、ほぼ作り終わった状態で持って行って、向こうでソースと合わせたり盛り付けたりするんだけど……人数が三十人分なんだよ」
「大きなパーティなんですね! もちろんお手伝いしますよ!」
お座敷様が来てからというものカフェバー「ムーンサイド」は大繁盛。店長の料理の腕にもますます磨きがかかり、俺はまかない飯を楽しみに忙しくも幸せな毎日だ。
「良かった。アレクから紹介のお客様なんだけど、気に入ってもらえたらお得意様になってくれるかも。頑張ろう……!」
「はいっ! アレクからの紹介ってことは、教会関係の知り合いなんですか?」
「たしか日曜礼拝に通われているご夫婦って言ってたかな」
「そういえば最近アレクのやつ、店に顔出さないですね」
「今の教会は一年で一番忙しい時期だからね。近所の子供達とアドベントカレンダーを作ったり、クリスマスクッキーを配ったり、絵本タイプの聖書の読み聞かせとか……張り切って色々とクリスマスの準備をしてるみたいだよ」
「あぁ~、なるほど」
世話好きで優しく面倒見もいいアレクのことだ。
子供達からも慕われてるんだろうな。
「パーティ当日もちょっとだけ手伝いに来てくれるとは言ってたけど、何しろイブだし……あまり期待しない方がいいと思う」
「大丈夫です! 俺、がっつり働きますから!!」
「それは頼もしい、よろしくね」
「はいっ!!」
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クリスマスイブ当日。
大学も冬休みに入り、俺は張り切って朝早くから店へ向かった。
ドアを開くと、店長が昨夜から仕込んでいた料理を仕上げているところだった。
「おはようございます、店長!」
「都築くん、いいとこに来た! そこにサラダが三種類あるからケータリング用のパックに詰めてくれる?」
「はーいっ!」
オーブンを確認しつつ指示を出す店長は、低血圧とは思えないほど朝からご機嫌で楽しそうだ。
本当に料理が好きなんだな。
俺は丁寧に手を洗い、彩り鮮やかなサラダを詰めるため大きなパックを取り出した。
店の方でドアが開く音がして、アレクがひょこっと厨房を覗き込んで来た。
「お! 二人とも頑張ってるな、おはよう」
「アレク、おはよう!」
「朝から悪いな、アレク」
俺と店長の挨拶に、アレクはいつも通りの人懐こい笑顔で答えた。
「車の準備してきたぞ。もう積み込んでいい料理はあるか?」
「そこのオードブルセットと、スープの鍋を頼む」
「分かった!」
アレクはてきぱき動き、出来上がった料理を次々と運び出してゆく。
パックに料理を詰め終わった俺もアレクと一緒に、厨房と車を行ったり来たり協力して運んだ。
祓いの時とは違って、アレクが乗ってきたのはバンタイプの車だった。おかげで三十人分の料理を乗せてもまだ余裕がある。
俺たちが料理を運んでいる間、厨房の片づけを終えた店長は納品書や請求書などを作成していた。その横顔には達成感のようなものが見えて、俺まで嬉しい。
「よし! 準備OK! それじゃ行こうか」
「はーい!」
俺たちは張り切って車に乗り込んだ。
元々運転上手なアレクだが、今日は特に慎重で丁寧な気がした。
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「着いたぞ」
アレクが車を停めたのは高級住宅街の中でもひと際大きな屋敷の前だった。
店長が降りてインターフォンを鳴らし、何やら話した後すぐに車に戻って来る。
「裏口から入ったらすぐに厨房だから、そっちから料理を運び入れて欲しいらしい」
「この塀沿いに行けばいいのか? にしても大きな家だな」
アレクが裏口に車をまわすと、すでに勝手口のドアが開いていてエプロン姿の中年女性が待っていた。「メイド」ではなく「家政婦」といった印象だ。彼女の案内で屋敷に料理を運び入れる。
裏口から入ってすぐの所に、一般家庭とは思えないほど立派な厨房があった。
冷蔵庫もコンロも業務用かと思うほど大きくてピカピカだ。
「こちらが納品書と請求書になります」
店長から納品書を受け取った家政婦さんは料理と照らし合わせて確認し「美味しそう」と呟いた。
「たしかに受け取りました。それでは料理の仕上げをして、パーティルームにブッフェスタイルでセッティングしておいて下さい」
店長はいつも通りの綺麗な営業スマイルを家政婦さんに向けた。
「パーティ中の料理の取り分けや飲み物の補充、それから後片付けまで全てさせていただくということで承っていますが、間違いありませんか?」
「はい、それでお願い致します。料理を運ぶ時にはそちらのドアをお使いください。あ、それから……奥様がパーティの前に一通り料理を確認したいと仰っていたので、味見用に少しずつ取り分けしておいて下さい」
「分かりました」
家政婦さんは軽く頭を下げて厨房から出て行った。
「一度にどれくらいの量を並べられるのか確認したいな……」
店長はパーティルームへのドアを開いて入って行く。
俺とアレクも続いた。
「ひ、ろ……っ!!」
吹き抜けのパーティルームは巨大シャンデリアがキラキラと輝き、大きな窓からは庭の木々が見える。
グランドピアノや巨大なクリスマスツリーがあるが、まったく圧迫感はない。三十人のパーティとのことだが、もっと人数が入っても余裕ありそうだ。
豪華なパーティルームに圧倒されている俺の横で、店長とアレクが低く言葉を交わす。
「尾張、この屋敷……」
「うん、何かいるね……」
え――…!? 何かって……まさか、霊的なナニカが!?
俺は驚いて二人を見た。




