表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/111

53.温泉編 アメノウズメ作戦

 宴会場『白鷺』に全員揃うと、店長は橘を手招いた。


「出来るだけ賑やかにしたい。橘くん、なるべくたくさん式神を呼び出して」


「分かりました」


「僕も出すね」


 二人は背中合わせになり、それぞれが全く違う呪文のようなものをブツブツと唱えだした。

 様子を見守っていた俺の隣で、十和子さんが息をのむ。

 アレクは「おぉ!」と小さく感嘆の声を上げて周囲を見回した。


 きっとたくさんの式神やら使い魔やら、色んな「賑やかし隊」が召喚されているのだろう。

 俺だけ見えないのがちょっと寂しい。


「さ、始めようか。まずは乾杯だね!」


 店長は料理の並ぶテーブルの前に腰を下ろした。

 俺たち四人も座る。

 ジンジャーエールのアレク、お白湯の橘、緑茶の十和子さんとオレンジジュースの俺……。お酒を飲むのは店長一人だが、気にしてる様子は全くない。


 それぞれが飲み物を手にすると、店長がご機嫌で声を上げた。


「かんぱーいっ!」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 俺は宴会を盛り上げる大変さを嫌と言うほど思い知った。

 忘年会などの幹事や盛り上げ役は、就職してからも御免こうむりたい。


 喉が枯れるほどカラオケを歌い、素面(しらふ)で踊り、へろへろのクタクタで畳に転がる。

 アレクが苦笑しながら近づいて来た。


「お疲れさん」


 アレクからオレンジジュースのコップを受け取り、グビグビと喉を鳴らして飲む。

 渇いた喉にオレンジジュースがしみるぜ!


「なんか……店長の口車にのって温泉旅行を楽しんでるだけな気がする」


「ま、いいんじゃないか? こんな圧巻の光景、なかなか拝めないぞ」


 アレクは楽しそうに広間のあちこちに目線をやっている。声もちょっと興奮気味だ。


「式神たち、そんなに凄いのか?」


「あぁ、今そっちで橘の式神と尾張の使い魔が相撲をとってる。盛り上がってるぞ」


 見たい……。


「それにしても、橘の式神はどれも本当に器量よしだなぁ」


 めちゃくちゃ見たい……!


 十和子さんも笑顔で手を叩いて応援している。

 俺からすれば何もない空間だが、霊能力者たちが見ればものすごく豪華な(うたげ)なのだろう。アレクは楽しそうにジンジャーエールのコップを口に運んだ。

 

「パトラッシュも楽しそうに走り回ってるぞ」


 パトラッシュ、お前もちゃっかり楽しんでるのか……。

 一人だけ何も見えない俺は、ちょっぴりやさぐれ気分でオレンジジュースの残りをグイッと(あお)った。


 その時――……、


「いらっしゃいましたっ!」


 十和子さんの声で空気が一変した。

 俺以外の全員が宴会場の入口の方を見つめている。

 あそこにお座敷様が……!?


 十和子さんが立ち上がり、ゆっくりとそちらへ近づいていく。

 畳に膝をつき、そっと両手をかざした。


 小さな子供の目線に合わせて、その手を握っているかのようだ。

 俺は見えないぶん、想像でカバーするしかない。


 橘もゆっくりとそちらへ近づいた。

 十和子さんの横に座り、優しい瞳で何やら話しかけるように唇が動いている。


「休戦はここまでだね」


 店長の声に驚いて振り返った俺は、目を見開いた。


「店長っ!?」


 店長が立ち上がる。先ほどまでのご機嫌へべれけが嘘だったかのように印を結び、護符のようなものを取り出して構えた。


「な、何する気――…ッ、……」


「おやめ下さい、尾張さん! お願いします!」


 俺の言葉を遮るように橘の声が響く。

 見ると、橘が十和子さんを庇うように店長の前に立ちふさがっていた。


 な、なんだ……これ……っ……嘘だろ!?


 店長がすっと目を細める。


「僕たちは正義の味方じゃない。これは『仕事』だ。どきなさい、橘くん」


 冷たく命じる店長を橘は真っ直ぐ見据え、しっかりと迷いのない声で答えた。


「嫌です」


「ほぅ、やる気?」


 うっすらと笑みを浮かべる店長は、見たことがないほど冷たい()をしている。


 何でそんなに楽しそうなんだ! あんたはっ!!


 俺は弾かれたように店長へと駆け寄り、左右それぞれの手首をがっちり掴んだ。


「都築くんっ!?」


 拮抗(きっこう)する力で店長の動きを何とか止める。

 ぐぐぐぐ……と、お互い力を込めるもんだから両手がぷるぷる震える。


「放しなさい! 都築くん、邪魔しないの!」


「邪魔してるのは店長でしょーがっ! まさか本気でお座敷様を捕まえる気だったなんて!」


 店長の手首を握り至近距離で睨み合ったまま、背後の橘へ叫ぶ。

 

「橘っ! 今のうちだ、早くお座敷様を!」


「はいっ!」


 橘が十和子さんの方へ向き直り、印を結ぶ。

 その時、横でおろおろしているアレクに店長はまさかの指示を出した。


「アレク、都築くんを取り押さえて!」


「えぇ~~~~っ!?」


 俺とアレクの声が被る。

 しかしアレクは厳しい表情(かお)で俺へと向かってくる。ガシッと背中側から羽交い絞めにされ、店長の手首を掴んでいた手が離れてしまった。


「アレク! こんの――…っ、……店長の味方かーーーっ!?」


「すまん、都築! 俺は尾張の手伝いで来ているわけで……ッ……、……」


 アレクは苦悩の涙を浮かべながらもガッチリと俺をホールドしている。

 必死で手足をばたつかせるが、びくともしない。


「ちゃんと自分の頭で考えろ、アレク!! 本当にそれでいいのかっ!? お座敷様をまたあんな部屋に閉じ込めてもいいって、アレクは本気でそう思ってるのか!?」


 アレクは一瞬、雷に打たれたような衝撃の表情を浮かべた。


「アレク?」


 アレクの腕から、ふっと力が抜ける。

 俺を解放したアレクはすぐに店長の方へと向かった。

 今度はガシッと店長を羽交い絞めにする。

 店長の手から護符がひらりと畳へ落ちた。


「裏切ったな、アレク!」


 店長の悔し気な声が響く。

 もの凄い手のひら返しだが、上等だアレク!!


「すまん、尾張! 俺は自分の心の声に従う!!」


 葛藤から絞り出すようなアレクの叫びを背に、俺は橘と十和子さんの方へ走った。


「たちばなっ! 十和子さん! お座敷様は!?」


「大丈夫、これでお座敷様は自由ですよ」


 微笑む十和子さんは上空へ向かって見送るように手を振る。

 印を解いた橘も、ホッとしたように体から力を抜いたのが分かった。


「成功か! 良かったーっ!!」


 俺たち三人は大喜びで抱き合った。

 後ろで店長の大きなため息が聞こえる。


「しょうがないな……一対四じゃ流石に分が悪い」


 振り返ると、アレクが店長を解放するところだった。


 料理の方へ戻り腰を下ろした店長は、酒へと手を伸ばす。

 ちょっと拗ねたように口を尖らしている。

 ご機嫌ななめになってしまったが仕方ない。


「でも、店長が本気でお座敷様を捕まえようと思ってたなんて……正直ちょっとショックだ」


 クールでドライな人だとは思ってたがさすがに今回ばかりは……複雑な気持ちで呟くと、アレクが首を振った。


「尾張が本気を出せば、俺なんか簡単に動きを封じられたはずだ。だが尾張はそこまでしなかった。もしかしたら本当は尾張も止めて欲しかったのかも知れないぞ」


「……そうなのか」


 あぁもう、分かりにくい人だなぁ!

 もうちょっと素直になれないのか!?


 俺は料理をつついている店長の傍へ近づき、頭を下げた。


「手首、赤くなっちゃいましたね……すみません」


「あぁ、……うん、大丈夫」


 やっぱりまだちょっと拗ねているような表情だが、本気で怒ってるようには見えない。

 店長は気持ちを切り替えるように小さく息を吐いた。


「アレク、車に積んできた例のやつ、出してきて」


「例の? あぁ、あれか! 分かった!」


 アレクはすぐに宴会場を出て行った。

 例のやつ??? なんだろう……。


 それまで黙っていた橘が思い切ったように口を開いた。


「お座敷様を解放してしまったこと、女将に謝罪してきます」


「私も一緒に参ります」


 歩き出す橘に十和子さんが続く。


「俺も行く!」


 追いかけようとした俺の背中に、店長の声が飛んできた。


「ちょっと待った。お座敷様の代わりにと用意しておいた物があるんだ。今アレクに取りに行ってもらってる。それが来たら僕から話をするよ」


「えっ!? 店長、そんなの用意してたんですか?」


 俺だけじゃなく、橘と十和子さんも驚いて目を丸くしている。


「当たり前だろ、『仕事』だからね。たとえ依頼に添えなかったとしても、きちんと補填(ほてん)できるようにしておくものだよ」


 店長は涼しい表情(かお)で、くいっと日本酒を(あお)った。


 それならそうと、どうして最初から言っといてくれないんだ!?

 俺はあんぐりと口を開け、バカみたいに目をパチクリさせて店長を見た。


 あぁもう! 本当に!!

 この人には一生かなわないような気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 座敷童、自由になって良かったです(*'ω'*)
[良い点] ここで店長が折れた? いや、ホントは止めて欲しかった……? わかりにくいよっつーか面倒くさいよ貴方ァッ! そういう人大好きですッ! (*^o^*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ