表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/111

52.温泉編 休戦協定

 翌日、朝食後――…


 昨日同様、二手に分かれての探索となった。

 お座敷様を逃がそうとしている橘と十和子さん、そして『仕事』と割り切って捕まえる気の店長……別行動になるのは当然だ。


 昨夜の秘密会議では、橘が敷地の結界を解除する予定となっている。

 しかし橘によると、結界がなくなってもお座敷様が逃げることは難しいらしい。


『あまりに長い間この地に縛り付けられていたため、結びつきが強くなり過ぎています。お座敷様とこの地との(ゆかり)を断ち切る作業が必要です』


『じゃあ、結界を壊すだけじゃお座敷様は解放できないのか?』


『はい』


 橘とのやり取りを思い出し、気合を入れる。

 今日はとにかく店長の邪魔をする!

 何がなんでもお座敷様が見つからないようにしないと!


 しかし俺は完全に肩透かしをくらってしまった。

 朝から敷地内を見て回るのかと思いきや、店長は露天風呂に入り、部屋で(くつろ)ぎだしたのだ。


「えーっと……お座敷様、探しに行かないんですか?」


 拍子抜けした俺はさぞかしマヌケな顔をしてただろう。

 我慢できずに問いかけると、店長が軽く肩をすくめる。


「普通に探し回っても見つけるのは難しいって、昨日分かっただろ? 無駄な努力はしない」


「諦めたってことですか!?」


「都築くん、なんだか嬉しそうだね」


「そ、そんな事ないですよっ! お茶淹れますね!」


 慌てて表情を引き締め、急須に茶葉を入れる。

 アレクはアレクで、ちょっと複雑そうに俺たちを見比べていた。

 俺は三人分のお茶を淹れ、仲居さんが『女将からです』と持ってきた高級そうな饅頭を添えて店長とアレクの前に置く。


 それにしても、いつになくアレクが静かだ。

 やけに無口だし、話しかけても生返事しか返ってこない。


 お座敷様を捕まえることに賛成なのか反対なのか、アレクの考えをきちんと確かめたいが、うまくタイミングが掴めない。


 声をかけようとしたちょうどその時、アレクがかぶりつこうとした饅頭がボタッとテーブルに落ちた。


「……アレク?」


 アレクは一瞬俺を見た後、すぐに店長へと視線を向ける。


「尾張、今――……」


「あぁ、ずいぶん早かったね」


「???」


 状況が掴めない俺に、アレクが説明してくれる。


「今、敷地の結界が解かれた。きっと橘だな……」


 マジか! さすが橘、仕事が早い!!

 てか、店長とアレクはそれを感じることが出来るのか!?


 店長は涼しい表情(かお)でお茶をすすった。


「丸一日はかかると思ってたけど、こんな短時間で……橘くん、やるねぇ」


 ちょっと感心したような楽しんでいるような口ぶりに、焦りは感じられない。


「都築くん、橘くんに連絡して。大事な話があるから、お昼ご飯いらなくてもちゃんと大広間に来るようにって」


「は、はい……」


 大事な話……なんだろう。

 俺はスマホを取り出し、橘にLIMEした。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 昼食の時間になり、店長とアレク、俺の三人は大広間へと移動した。

 今回も仲居さん達が豪華な料理を運んできてくれる。


 橘と十和子さんはまだ来ていないが、店長はご機嫌でお刺身を摘まみ、白ワインを楽しみだした。酒に強いのは知っていたが、それにしたってシャンパンだの冷酒だの飲み過ぎじゃないか?


 橘と十和子さんが広間に入って来る。

 食事を摂る十和子さんはテーブルについたが、橘は立ったまま店長に頭を下げた。


「お話があると伺いました」


「うん」


 店長は橘の頭のてっぺんから足元までゆっくりと視線を走らせた。

 何を「見て」いるんだろう……。


「お座敷様を見つける目処(めど)はたった?」


「……いえ、十和子さんにもご協力いただいていますが、難しいかと……」


「だよねー」


 白ワインのグラスをテーブルに置き、店長は軽く身を乗り出した。


「お座敷様を見つけるまで、休戦して協力しない? 策がある。人数が欲しいんだ」


「策、ですか?」


 橘は軽く目を見開いた。


「橘くんはお座敷様の気持ちを考えてみた?」


「気持ち……?」


「百年ずっと、あの奥の間にいらしたんだ。どんな気分だったと思う?」


「それは……、……」


 口ごもり、俯いてしまった橘に、店長はちょっと面倒くさそうな表情(かお)で肩をすくめた。


「別に閉じ込めた橘家を責めてるわけじゃないから、いちいち落ち込まないでくれる?」


「……はい」


 お座敷様の気持ち、か。

 窓もなく、薄暗く、祭壇以外何もない部屋……ほとんど動き回ることも出来ない状況で百年。

 俺だったらおかしくなってしまうだろう。


「きっと、ものすごーく退屈なさってたと思わない?」


 店長の言葉に橘は顔を上げた。


「退屈……」


「うん、『楽しいこと』に飢えてらっしゃるんじゃないかな」


「確かにそうかも知れません」


「そこで、だ。皆で楽しくどんちゃん騒ぎをして、お座敷様をおびき出そうと思うんだけど……どうかな? 『アメノウズメ作戦』だ」


 いきなり飛び出した作戦名に、俺とアレクは目をパチクリさせた。


「あめの、うずめ……???」


 十和子さんが小さく笑みを漏らし、俺とアレクに説明してくれる。


「アメノウズメというのは日本神話の女神です。太陽神アマテラスが天岩戸(あまのいわと)にお隠れになって、高天原(たかまがはら)が闇に包まれてしまったというエピソードに登場します。困った神々は楽しいことをしてアマテラスの興味を引く事にしたんです。アメノウズメが楽しくおどけて踊り、それを見た神様たちは大笑い。楽しそうな外の様子が気になるアマテラスが岩戸から出て来られた……というお話です」


 十和子さんの説明を聞いたアレクは腕を組み、店長へと目をやる。


「ふむ……俺たちが楽しく騒げば、それに誘われてお座敷様の方から出て来て下さる……という事か?」


「やみくもに探し回るより、ずっといいだろ?」


 まるで悪だくみでもしているかのように、店長はとびきり綺麗に微笑んだ。

 しばらく考え込んでいた橘がゆっくり顔を上げる。


「……やってみる価値はあると思います!」


 十和子さんも同意とばかりに頷き、全員の意見が揃った。

 満足気な笑みを浮かべて店長が俺へと指示を出す。


「よし、話は決まりだ。都築くん、なるべく賑やかにしたいから宴会場を使わせてもらえるよう、番頭さんにお願いしてきて」


「分かりました」


 俺が動き出すと同時に店長も立ち上がった。


「そうと決まれば宴会前にもっかい露天風呂に入ってこよーっと。あ、そうそう! 都築くん、フロントに行くならついでにヘッドスパと足つぼマッサージ、それから泥パックの予約も取っといてくれる? 三十分後でいいから」


「…………分かりました」


 どこまでもマイペースに温泉旅行を満喫してらっしゃる……。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 事情を説明すると、番頭さんは快く準備を引き受けてくれた。

 数人の仲居さん達と一緒に宴会場『白鷺』へ向かい、料理やお酒の他にもカラオケセットだのなんだの宴会の準備をする。まるで社員旅行みたいだ……。


 全ての準備を終えてエステルームへ報告に行った俺を待っていたのは、髪もお肌もつやつやピカピカに仕上がった上機嫌の店長だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか店長の手の平で踊らされてる感じが(;´∀`) アレク! 年長者としてビシッと! ここはビシッと! 温泉なのに店長以外が楽しめてない(笑)!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ