50.温泉編 選別
「十和子さん、近くにお座敷様の気配はありますか?」
店長に問われ、十和子さんはゆっくりと周囲を見回してから目を閉じた。
しばらくして顔を上げた十和子さんは首を振る。
「この部屋はもちろん、別館の中にはいらっしゃらないと思います」
ふむ……と考え込む店長に、俺は我慢できず詰め寄った。
「店長、本気でお座敷様を探すつもりなんですか? もう、そっとしておいてあげましょうよ! こんなとこに連れ戻すなんて、あんまりです!」
「僕たちが探さなくても他の人たちはやめないよ。それに敷地内からは出られないんだから『飼い殺し』って意味では変わらないんじゃない?」
俺はぐっと言葉に詰まった。
店長の言う事はいちいちもっともだ。
奥歯を噛んで俯いてしまった俺の肩に、アレクがポンと手を置いた。
見ればアレクも複雑そうな表情を浮かべている。
そうだ。今回の件、誰だって……もやもやしてるんだ。
その時突然、館内放送が流れた。
『座敷童子を捕まえた方がいらっしゃいます。皆さま、大広間へお戻り下さい』
えぇっ!? もう捕まえた!?
俺たちは急いで別館を出ると、大広間へ向かった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「この人形に座敷童子を封じ込めました! これならいちいち祀っておかずとも大丈夫です」
得意気に人形を高くかざしたのは、修験者のような独特の着物姿のオジサンだ。
千代ちゃんの巫女装束も橘の狩衣姿も、ほとんど見ることがないため、わざわざ“それっぽい”服装の人が胡散臭く見えてしまう。
オジサンが皆に見せているのは、どこにでもありそうな普通の日本人形だ。
おかっぱの髪と赤い着物が、いかにも座敷童子をイメージさせる。
「待って下さい! その人はインチキです! 私がちゃんと座敷童子を捕まえてきました! 座敷童子なら、ここに居ます!」
声を上げたのは、かなり年配のご婦人だ。
彼女は自分のすぐ横を指さしている。
えっ!? そこに、いる――…!?
てか、本当に捕まえたのはどっちだ!?
どっちかが嘘をついてるんだろうが、当然俺には分からない。
店長を見ると、呆れたように肩を竦めている。
十和子さんと橘、そしてアレクは難しい表情で成り行きを見守っているようだ。
広間がざわつく中、女将の声が響く。
「どちらが本当に捕まえて下さったのか、皆さまに判定をお願いします。座敷童子が居る方へお集まりください」
広間を大きく左右に分けるような……そう、まるで○×クイズでもするかのように、霊能力者たちは修験者とご婦人のそれぞれに分かれるように動き出した。
俺たちも移動しないと!
「店長、どっちに行くんですか? 橘? 十和子さん? アレク???」
四人は動かない。
店長は腕を組み、壁に凭れかかって完全に傍観態勢だ。
俺は見ることも感じることも出来ない。どちらが本当に捕まえてるかなんて分からない。
どうしたらいいんだ?
おろおろしているうちに広間の霊能力者たちは完全に左右に分かれてしまった。俺たち五人を除いて。
若干、修験者の側についた方が多そうだが……たいした差はない。
どちらにも移動していない俺たちを女将はちらりと見た。が、特に咎める様子はない。
修験者側についた人、ご婦人側についた人……それぞれが本物だと主張し、言い争いが始まりつつある。大丈夫なのか?
「お静まり下さい……!」
ひと際大きく女将の声が響く。
女将は小さく一息ついてからぐるりと霊能力者たちを見回した。
「どちらも私共で用意した偽物です。この二人のどちらかが本当に捕まえていると判定なさった方は、今回の依頼に対応する能力不足と思われます。お帰りいただいて結構です」
え――…?
なんだ、それ……。
霊能力者たちを集めておいて、そんな質の悪い選別をするなんて……。
呆気に取られて立ち尽くす俺の後ろで、壁に凭れたままの店長が小さく「バカにしてる」と呟くのが聞こえた。
多くの霊能力者たちが不満の声を上げたが、女将の「依頼料返却不要」の言葉にそれ以上噛みつく人はいなかった。渋々といった様子で広間を出て行く霊能力者たちを、俺は複雑な気分で見送った。
「…………」
結局、広間に残ったのは俺たち五人だけだった。
女将が近づいて来て、深々と頭を下げる。
「改めまして……座敷童子を捕まえていただけますよう、お願い致します」
「成功報酬が依頼料の倍というのは、本当ですか?」
店長!? この状況で女将への質問がそれ!?
思わず店長と女将を見比べる。
女将がゆっくりと顔を上げた。
笑顔だ。
「きちんとご用意しております」
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
その後、俺たちは手分けして敷地内を探してまわることになった。
橘と十和子さんは旅館裏手にある立派な竹林の方へ向かった。俺は店長とアレクにくっついて客室のある本館を上の階から順に見て回る。
帰り支度をした霊能力者たちと廊下ですれ違うのも、なんだか気まずい。
中にはこちらをチラチラ見てくる人もいる。
「ここが僕たちの部屋だね」
店長の言葉で扉へと目をやる。『鶴の間』と書かれたプレートの下に『尾張様』という紙が貼ってあった。
客室の一つを使わせてもらえるとは聞いていたが、三人だからかファミリー向けの大きな部屋のようだ。
店長とアレクに続いて中へ入る。
「うわ……めちゃくちゃ豪華……っ!」
さすが老舗高級旅館とあって、どの部屋も風情たっぷりの和室だが、ここは特に窓からの景色も良く、人気のありそうな部屋だ。
入ってすぐのところに俺たちの荷物が綺麗に並べられていた。
荷物は旅館に着いてすぐ仲居さんに預けたが、ちゃんと運んでおいてくれたんだな。
「ちょっと休憩しようか」
まだ全ての客室を見て回ったわけでもないのに、店長は大きな座卓に置かれた湯呑セットでお茶なんか淹れ始めた。
「店長? そんなゆっくりしてていいんですか?」
「せっかくの温泉旅館なんだし、そんなに慌てて探す必要ないと思うけど? ライバルもごっそり減ったしね。さっさと見つけて帰ることになったら、食事も温泉も楽しめないだろ。橘くん達だって、それくらいの空気は読めるんじゃないかな……」
どんな空気だ……。
あの真面目な橘と十和子さんが、店長のワガママ空気なんか読めるわけないと思うぞ。
それでも、店長は俺とアレクにもお茶を淹れてくれたので、腰を下ろした。
湯呑を口に運ぶ。普段、店で飲んでるのよりずっといい茶葉なのは香りで分かる。さすが老舗高級旅館。
温かいお茶でホッと一息ついた店長は、湯呑の縁を指先でなぞった。
「それに『敷地内』って、言うのは簡単だけどすごい広さだよ。しかもお座敷様は逃げ隠れなさるわけで、やみくもに探し回っても見つけるのは難しいと思わない?」
「確かに、そうかも……」
俺と店長が話している横で、アレクは黙ってお茶をすすっている。
何やら考え込んでいるようだ。
さっきからほとんど話さないな……。
「アレク、どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「あぁ、いや……俺は陰陽系の結界に詳しくないから分からないんだが……そもそも、お座敷様はどうやって逃げ出したのかと思ってな」
「そういば橘が言ってた。お座敷様を閉じ込めたのは橘家の三代前の当主らしい。結界に不備があったとは思えないよな……」
俺とアレクは首を捻った。
店長は湯呑をテーブルに置き、小さく苦笑する。
「あれは単なる有効期限切れだ」
は……???
有効、期限……だと?
「百年くらいで設定されてたようだね。つまり、橘くんのご先祖様は百年くらいでお座敷様が解放されるように仕込んでたんだよ。外側の敷地の結界は他の誰かが後から追加したものだと思う」
「どういう事ですか?」
「何度も言ってるけど、僕たちの仕事は正義の味方じゃない。自分の意にそぐわない事をしなきゃいけない場合も多い。橘くんのご先祖様も、お座敷様を閉じ込めるのを申し訳なく思ったんじゃないかな……」
なるほど……。
座敷童子といえば、棲みついた家に富と繁栄をもたらすというのは有名な話だ。
もし商人の家に現れれば、そのままずっと居て欲しいと思うのが人情……そして依頼を受けた橘のご先祖様も、心苦しく思いつつも『仕事』だからと請け負った、ということか。
それにしても、百年――…。
こんなに立派な旅館になったんだ、もう充分だろうに。
もやもやは消えないまま、俺は残っていたお茶をぐいっと呷った。




