48.温泉編 集められた霊能力者
「都築くん、今週末の三連休は何か予定入ってる?」
「あー、金曜は祝日かぁ……特に予定はありません。仕事ですか?」
まかない飯のスパゲティを、はぐはぐ食べながら答える。
厚切りベーコンは食べ応え抜群! ごろごろのナスとトマトがソースと絡んで最高に美味い。今日も店長の料理は絶品だ!
「ちょっと遠方から『祓い』の依頼なんだけど一緒に来れる? いつもの時給倍に追加で、出張料も出すよ」
「行きます!!」
俺は即答した。
一日でも早く借金生活から抜け出したい、迷う余地などない!
店長が行くなら当然店は休業だ。三日間アパートでごろごろしてるくらいなら、荷物持ちでも何でもこき使ってもらおうじゃないか!
店長は即答に気を良くしたのか、デザートの柿をむきつつ笑顔で頷く。
「良かった。アレクに車を出してもらうよう頼んであるから、金曜の朝七時に店の前に集合ね」
「はいっ!」
やる気まんまんで元気に答え、スパゲティをフォークでくるくる巻き取って口へ運ぶ。
「都築くん、口の周りがオレンジになってるよ」
店長が差し出してくれるおしぼりを受け取り、慌てて口元を拭う。
「うわ、カッコ悪い! でもこのナポリタンめちゃくちゃ美味しくて、夢中で食べちゃってました」
「……アラビアータね」
ものすごーく複雑そうな表情で訂正する店長に、俺は適当な笑顔を返す。ナポリだろうがアラビアだろうが、美味けりゃそれでいいのだ!
最後のお楽しみに残しておいた大きめベーコンを、俺は幸せいっぱいで頬張った。
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金曜の朝、集合時間は七時だが俺は十分前に店に到着した。着替えを突っ込んだ愛用のリュックを背に、ちょっぴり旅行気分だ。
店の前に白い車が停まっている。今まで何度も便乗させてもらっている、アレクの車だ。
「おはよう、アレク!」
車から降りてくるアレクに手を振りながら駆け寄る。
「都築、おは――…っ!?」
爽やかに返事をしかけたアレクだったが、俺を見て固まってしまった。
「アレク、どうした?」
問いかけてもアレクは言葉を失ったまま、頬を引きつらせて俺の背後を凝視している。
あぁ、そういえば……アレクはパトラッシュと会うの初めてだよな。
「パトラッシュ、ハウス!」
背後にいるであろう愛犬に声をかける。
アレクはさらに目を白黒させた。
「そんなに驚かなくても……。犬の霊が見えてたんだろ? ちゃんと引っ込んだか?」
「あ、あぁ……いや、そういう事じゃなく! 今のは何なんだ? ただの動物霊には見えなかったぞ!」
アレクは心配半分興味半分といった様子で、俺の顔を覗き込み問いただす。
「えぇ~っと……『犬神』っていう陰陽系の、なんていうか……一種の式神みたいなモノらしい。色々あって俺が預かってるんだ」
「あず、かって……る???」
ちょっと説明を端折り過ぎたか、アレクの頭上にいくつもハテナが浮かんだ。ワイルドイケメンにこんなマヌケな表情をさせてしまって、ちょっと心が痛む。
「とにかく、大丈夫なんだ。つーか仲良くしてやってくれ!」
ニカッと笑ってみせたところで、背後から店長の声がした。
「おはよう、……どうかした?」
振りむくとまだ眠そうな店長が立っている。
「店長、おはようございます。今、アレクにパトラッシュの説明をしてたんです」
「あぁ、そっか……アレクは犬神を見るのも初めてだろうし驚いたんじゃないかな。まぁ都築くんにベタ惚れだから悪さはしないと思う、見守ってやって」
ふぁあ……と、ダルそうに欠伸する店長に、アレクはどこか心配そうな様子で頷いた。店長はそれ以上詳しく説明する気もないのか、話を切り上げて車に近づき後部座席へ乗り込んでしまう。
アレクも運転席のドアを開いた。
「都築も乗ってくれ。混んでなければ三時間くらいで着くと思う」
「えぇっ!? 三時間!? そんな長距離、アレク大丈夫なのか?」
想像してたよりずっと遠い。運転も大変だろうに……。
俺の心配を吹き飛ばすようにアレクはニッと力強く笑う。
「任せとけ!」
なにかと都合よく運転手扱いされているアレクだが、嫌な顔一つしたことがない。ほんっとにイイ奴だよなぁ……。
俺が助手席に乗り込むと、後部座席の店長は気持ち良さそうに寝息を立てていた。
マ ジ で す か ?
気心の知れた仲とはいえ、いくらなんでも遠慮なさすぎるんじゃないか?
アレクは全く気にしてないようだが、俺はなんだか申し訳ない気分だ。
しかし車は軽快に走り出し、すぐに高速へ入った。
犬神パトラッシュを預かることになった経緯を説明すると、アレクは運転しながら興味津々で聞いていた。
途中、アレクがサービスエリアに寄ってくれた。
俺はトイレを済ませ、名物の肉まんと飲み物をいくつか買って車に戻る。
「アレク、美味そうだから肉まん買ってきたぞ!」
ほかほかの肉まんを差し出すと、アレクは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、都築」
エクソシストの、制服? カソックといったか……畏まった黒い服装に肉まんはモーレツに似合わない。だがこのエクソシストは梵字の勉強までしてるんだ、もう何にも気にしないぞ。
後部座席で店長がもぞもぞ動いた。
やっとお目覚めか。
「都築くん、僕のぶんは?」
「店長、ずっと寝てただけでしょう? 買ってくると思いますか?」
ジト目で睨みつけてやるが、店長はどこ吹く風といった様子で肩をすくめた。
小さくため息を吐き、店長用に買ってきた眠気覚ましの缶コーヒーを差し出す。
「これ飲んでシャキッとして下さい!」
「ありがとう」
店長はちょっぴり嬉しそうに受け取った。
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「え? ここ?」
アレクの「到着!」の声で車から降りたものの、俺は呆気に取られて建物を見上げた。
目の前のソレは、どこからどう見ても老舗高級旅館。「一泊おいくら万円!?」というようなすごい佇まいだ。
出迎えの番頭さんと仲居さんに店長が挨拶し、俺とアレクを紹介してくれた。
仲居さんに荷物を預け、番頭さんに案内されて旅館の中を一通り見て回る。店長とアレクは歩きながらも周囲を見回し、もうすでにアンテナを張ってるようだ。
そういえば、俺はまだ依頼内容を聞いてなかったな。この旅館、霊でも出るんだろうか……。
ゆっくりと風情ある老舗旅館の中を歩いていると、旅行にでも来たような気分だ。客の姿は見当たらない。昼前に着いたからチェックアウトの混雑も終わってるんだろう。
手入れの行き届いた日本庭園、景色を楽しめる大きな露天風呂、広々とした豪華な客室には高そうな壺や掛け軸が飾られ、各部屋ごとに専用露天風呂までついている。
宝くじにでも当たらない限り、俺には一生縁がなさそうな旅館だ。
最後に女将さんが待っているという宴会場へと案内された。番頭さんが扉を開いてくれて、店長を先頭に大広間へ入る。
そこには大勢の人がいた。見るからに一般客ではない人達……修験者のような人や、巫女装束の人……様々なその筋の人達がいた。
「橘っ!? それに、十和子さんまでっ!?」
知ってる顔を見つけて、思わず声をかける。
橘と十和子さんも驚いたようにこちらへ近づいてきた。
「二人のとこにも依頼が?」
「はい、橘家へ正式にご依頼いただきました」
「私にも動画制作会社の関係者さんを通して、ご依頼がありました」
全日本霊能力者連盟のトップである橘、そして心霊番組への出演で有名人の十和子さん……他にも見るからにすごそうな人達がたくさんいる。
これだけのメンバーを集めて一体どんな依頼なんだろう。
というか、ここに居る全員分の依頼料って……ど、どれくらいかかってるんだ?
きっと気が遠くなるような天文学的数字に違いない……。
俺が目を回しそうになっていると着物姿の女性がマイクを手に現れた。
艶やかな黒髪をきっちりまとめ上げた美人だ、四十代くらいかな。
女性は堂々とした様子で広間を見渡した。
「皆様お揃いになりましたので、お話を始めさせていただきます。本日は遠方からお集まりいただき、ありがとうございます」
この人が女将さんか……美人だが、かなり気が強そうだ。
「事前にお手紙でもお伝えしておりますが、今回は逃げ出した座敷童子の捕獲をお願いいたします」
……――は???
逃げ出した? 座敷童子???
あまりに突拍子もない言葉に、俺はポカンと口を開けた。




