45.霊媒編 神社へ
霊からの攻撃なら俺が防壁になれるかも!
庇うように抱きかかえると同時に、百園さんの悲痛な叫びが耳元で響く。
「こっち来ないでっ!!」
百園さんを強く抱きしめ、ギュッと目を瞑る。
「………………」
「???」
しばらくの沈黙……。
目を開くと百園さんの顔から恐怖の色は消え、呆然と空を見つめている。
千代ちゃんも宮司さんも同じ方を見つめ、立ち尽くしていた。
ん? なんだ? どうなった???
「千代……ちゃん? 百園さん? 大丈夫……?」
俺だけ全く状況が分からない。
どうなってるんだ?
襲いかかってきたはずの霊は? 誰か説明してくれ!!
「あ、あぁ……えっと――…」
千代ちゃんが我に返ったように俺へと視線を向け、数回目を瞬かせた。
「犬神が……都築くんの中から飛び出した犬神が、ね。霊を、食べたの」
「――…は? 食べ……???」
パパパパトラッシュが!?
「けっこうエグい感じだったけど……それはもう、がっつりとお召し上がりになったわ」
千代ちゃんの説明で、スプラッタ映画のワンシーンが脳裏をよぎる。
俺の腕の中で震えながらも、百園さんが小さく呟いた。
「助けて……くれた、のよね?」
百園さんは犬神がいるであろう空間に手を伸ばす。
「ありがとう……」
ふいに千代ちゃんの手が伸びて来て、俺の襟首をグイッと引っ張った。
「ぐえっ!」
「都築くん、いつまでくっついてるの!? 女子高生に抱きついてる変態がいるって、警察呼ぶわよ!!」
「わゎっ! ごめんっ、百園さん!!」
慌てて百園さんに謝る。決してやましい気持ちはないと、胸の前で両手をブンブン振った。
百園さんはそこで初めて、思い出したように俺を見た。
「都築さんも、ありがとうございます……!」
都築さん「も」って……、パトラッシュのついでのような感謝をもらい、俺は乾いた笑顔を浮かべた。
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百園さんは転んだ時に膝をひどく擦りむいていて、社務所で千代ちゃんから手当てを受けることになった。
後からやってきた店長は、宮司さんとお茶を飲みつつ今回の件について話している。公園の霊は少し前からこの辺の霊能力者の間で問題視されてたらしい。近いうちに祓う予定だったそうだ。
パトラッシュの大活躍を楽しそうに聞く店長の横顔……完全に面白がっている……。
千代ちゃんは百園さんの傷を綺麗に消毒してガーゼを当て、テープで止めた。
「傷あとが残るほどじゃないと思うけど、かなり酷いわね……」
千代ちゃんの優しい声かけに、百園さんは軽く首を振った。
「一人で逃げ回った時には川に落ちちゃったこともあるし、もっと酷い怪我をしたことも……これくらい大丈夫です」
苦労してるなぁ……。
百園さんの手当てを終え、千代ちゃんが俺へと視線を向けた。頭のてっぺんから足元まで確認するように見られる。
「都築くんは大丈夫そうね。まったく! 女の子に怪我させるなんて騎士失格よ!」
「すみません……」
項垂れた俺を横目に、千代ちゃんは救急箱の蓋をパタンと閉じた。
「その犬神……えーっと、パトラッシュだっけ? その子、ちゃんと褒めてあげなきゃダメよ?」
「褒める?」
「さっきからずっと都築くんの横でお座りして尻尾を振ってる。どう見ても『褒めてもらい待ち』だと思うわ」
百園さんもコクコク頷いた。
千代ちゃんが指差す辺りへ目を向けるが、当然俺には何も見えない。
……どう褒めればいいんだろう。
少し考えてから、そっと手を伸ばす。
もちろん触れることは出来ないが、そこは想像でカバーだ。
「パトラッシュ……百園さんを守ってくれて、ありがとう。すごく――…すごく、助かった」
俺は見ることも感じることも出来ない。当然、祓うことも戦うこともできない。
自分の無力さに歯がゆい思いをするのは何度めだろう。
百園さんを守り切れたのは、全部パトラッシュのおかげだ。
人間に酷い殺され方して、成仏も出来ずに犬神にされてしまったってのに、それでも人間を助けてくれるなんて――…お前、ホントにいい奴だな。
「満足したみたいね。都築くんの中に戻っていったわ」
「俺の中に???」
千代ちゃんに問い返すと、百園さんが微笑みながら頷いた。
「私にも、都築さんの中にパトラッシュが吸い込まれて消えたように見えました」
つまり『俺』がパトラッシュの『ハウス』って認識でいいのか?
店長が言ってた『アストラル界』とかいうのより、ずっといい気がする。
パトラッシュ、本当にありがとう。
心の中でもう一度小さく声をかけ、胸に軽く手を置いた。
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俺のアパートの六畳一間の端っこに、近所のスーパーからもらってきた段ボールを置く。一番陽当たりのいい場所だ。
今まで俺の昼寝スポットだったが、ここにパトラッシュを祀るための祭壇を作ると決めた。
「これでよし!」
近所のスーパーから貰ってきた段ボールの上に犬用の皿を二つ並べる。一つにドッグフードをザラザラーッと入れ、もう一つには水を入れた。
ペットショップで買ってきた大型犬用の赤い首輪と、想像で描いたパトラッシュの絵も飾る。
うん、なかなか良いんじゃないか?
改めて段ボールの上を眺めた俺は、目を瞬かせた。
ちょっと待て、何だかこれ……死んじゃったペットの供養みたいじゃないか?
「ごめん、パトラッシュ……ちゃんとした祭壇の作り方を店長に教えてもらうから、とりあえずはこれで我慢してくれ。知識不足の飼い主で申し訳ない」
姿を見るどころか、鳴き声も聞こえず気配すら感じない。それでも俺は確かにパトラッシュとの友情を感じるようになっていた。
スマホのアラームが鳴る。見ればそろそろバイトへ行く時間だ。
今日は日曜だから、ランチタイムは家族連れの客も多くて大忙し間違いない。
俺は気合い充分で立ち上がった。
「行くぞ、パトラッシュ! 今日もがっつり稼ぐぞーっ!!」
どこかで『ワンッ!』という返事が聞こえたような気がした。




