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44.霊媒編 ついて来る霊

「お久しぶりです! 十和子さん、どうぞ!」


 俺は驚きながらも笑顔で十和子さんを迎え入れ、ソファセットへ促した。

 百園さんが慌てて頭を下げる。


「百園と申します! よろしくお願いしますっ!」


 ガチガチに緊張しているようだ、そりゃそうだよな。

 店長は百園さんに優しく微笑み、紹介を始めた。


「こちらは涼宮十和子さん、霊媒師だ。今、百園さんは『見る』ことしか出来ない。僕の見立てからも力技でねじ伏せるタイプじゃなさそうだし、十和子さんみたいな人に色々教えてもらうのが一番いいと思う」


 確かに、そうかも知れない。


「それに、前から『お手伝いの子が欲しい』って言ってたから。十和子さんにとってもちょうど良いんじゃないかな」


「えっ? そうなんですか?」


 思わず聞き返す。初耳だ。

 十和子さんはちょっと恥ずかしそうに着物の袖で口元を隠した。


「尾張さんと都築くんを見ていたら、羨ましくて……」


 店長と俺のいったいどこを見て羨ましく思ったのか、……全く見当もつかない。


 俺が頭をひねっていると、十和子さんが何かに気づいたように動きを止めた。大きな瞳を見開き、顔を強張らせる。


「あ、あの……都築くんに、何か……もの凄く怖い気配が憑いているような……大丈夫なんですか?」


 十和子さんは心配そうに俺の顔をまじまじと見つめ、店長に問いかけた。

 なんと! パトラッシュはハウスしたのに気配を感じることができるのか!? さすが十和子さん!


「は、ははははっ! 大丈夫です! ちょっと怖いかも知れないけど、悪いやつじゃないんで!」


 まったく、どんだけ怖いオーラ出してるんだか……。

 見ることも感じることも出来ない俺には、パトラッシュの怖さがさっぱり分からない。しかし百園さんや十和子さんの怖がりようからみて、かなりのものなんだろう。


 俺は申し訳なく思いつつ、十和子さんのお茶を用意しにカウンター奥の厨房へ向かった。




 お客様用の湯呑にとっておきの玉露を注ぎ、トレイにのせて店内へ戻ると、ソファセットで十和子さんと百園さんが話し込んでいた。

 店長は少し離れてカウンターの椅子に腰かけ、二人を見守っている。

 俺は十和子さんの前に湯呑を置き、話の邪魔にならないよう店長のいるカウンターへと移動した。


「十和子さんも小さな頃から、ずいぶん大変だったようだから……百園さんの良い相談相手になってくれるんじゃないかな」


 二人を眺めて呟く店長の瞳は、優しいのにどこか寂し気だ。

 店長には相談にのってくれるような人……いなかったんだろうか。


 店長は自分のことをほとんど話さない。

 祓いや呪術のことを質問すれば、それはもう饒舌に懇切丁寧に説明してくれるが、話題が店長自身のことになると途端に話を切り上げてしまう。

 

 秘密主義かも知れない。

 語りたくもない過去なのかも知れない。

 何にしろ、俺は空気を読む大人だ。

 詮索はしない。


 俺は店長専用の湯呑に玉露を淹れ、カウンターにそっと置いた。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 正式に十和子さんの「弟子」兼「お手伝い」になった百園さんは、どこか足取りも軽く、俺と並んで夜の住宅街を歩いている。


「十和子さんと店長は仕事仲間だし、俺達もこれから一緒することがあると思う。その時はよろしく!」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 バイトがなくなり、俺は百園さんを家まで送ってあげることにしたのだ。女の子が一人で帰るのを心配するほど遅い時間じゃないが、今の百園さんは「見える」状態だ。

 一人じゃ心細いだろうと、俺は付き添いを申し出た。


 百園さんだけでなく十和子さんまで「よろしくお願いします」と頭を下げたので、ちょっと恐縮してしまった。


 大通りから脇道へ入ると一気に人通りはなくなり、二人並んで住宅街を抜けていく。

 ふいに百園さんが足を止めた。

 前方の電柱を見つめ、青ざめている。

 何か見えるのだろう。


「大丈夫?」


「は、はい……」


 百園さんはきゅっと口を結んで意を決したように歩き出す。

 俺は百園さんを庇う形で電柱側を歩き、早足の百園さんに歩調を合わせた。


 この子は今までずっと、こんなふうに怯えながら暮らしてきたんだな……。


 百園さんはしばらく歩いてから軽く振り向き、ほっと息を漏らした。

 無事に通り過ぎることが出来たようだ。

 俺も少し緊張を緩めて歩き続ける。


「さっきみたいなの、ついて来ちゃう事もあるんです」


「えっ!?」


 マジか……。

 思わず顔が引きつってしまう。


「そういう時はどうするの?」


「前は近くの神社に逃げ込んでいました、中までは追って来ないので……。しばらくして居なくなってから家に帰るようにしてたんです。家まで来られたら嫌だし……」


 あぁ、そうか……鳥居の中は神域だから悪いものは入れないんだったな。

 絵馬事件で店長から教わったことを思い出す。


 神社に逃げ込むことが、百園さんなりの精一杯の対策なのか……。


「でも夏になって、何故か鳥居の中にまで入って来るようになったんです」


 あぁ~! 夏といえばちょうど絵馬事件の頃だ!

 あの時は神様がお留守にしてて、鳥居の内側にも低級霊がうろうろしてるって店長が言ってたな。

 たしか神様はお留守になさる事も珍しくないとか……。


「鳥居の中も、いつでも絶対の『安全地帯』ってわけじゃないんだね」


 話しながら歩き続け、公園の横を通り過ぎようとした時――…。


「都築さん、あの……公園におじさんが居るの見えますか?」


「おじさん?」


 小声で問いかけられて、思わず小さく聞き返しながら公園へと目をやる。軽く見渡したが、おじさんどころか人影の一つもない。


「いない、と思うけど。見えるの?」


「はい。もしかしたら霊じゃないのかもと思うくらいに、はっきり見えるんです。でも、こちらをじっと見てて不気味で……怖いです」


 うわ、目が合っちゃってるのか。それは怖い。

 俺に見えないってことは、間違いなく霊だ。


 再び早足になった百園さんに合わせて俺もスピードを上げる。

 公園を完全に通り過ぎてから、百園さんはチラリと振り向き、顔を強張らせた。

 百園さんが急に走り出し、俺は慌てて後を追う。


「百園さんっ!?」


「ついて来てますっ!」


「!! ――…急ごう!」


 左手で百園さんの手を掴み、スピードを上げる。

 右手でポケットからスマホを引っ張り出し、店長へ通話ボタンを押す。

 すぐに店長が出た。


「都築くん、どうかした?」


「百園さんと一緒なんですけど、やっかいなのに追われてますっ! どうしたらいいですかっ!?」


 一瞬の沈黙の後、店長の声のトーンが低くなった。


「店に戻って来るのと、神社に行くの、どっちが早い?」


 走りながら周囲を見回し、位置関係を思い浮かべる。


「えーっと、ここからなら神社かな」


「じゃあ神社へ! 宮司と千代ちゃんには連絡しておく。僕もすぐに向かうから!」


「分かりました!」


 スマホをポケットに突っ込み、百園さんの手を引いて神社へ向かって走り出す。


「都築さんっ! あの霊、すごく速いっ! 追いつかれそう!!」


 百園さんが涙声になっている。


「もうちょっとだ! 頑張れっ!!」


 俺達は息を切らしながら必死で走った。

 悔しい……!

 俺は見ることも感じることも出来ず、その辛さを分かってあげられない。

 祓う能力ちからもない。

 俺に出来ることは、ただ――…百園さんを連れて逃げるだけだ。


 えぇい! こうなったら、何がなんでも逃げ切ってやる!!

 百園さんを引っ張る手に力を込めた。


 この坂を上りきれば神社の鳥居が見える。

 必死で息を吸ってるのに全然肺に入って来ない。足がもつれる。

 でも、百園さんを神社に届けるまでは絶対に止まらないっ!


 よろめいて転びそうになる百園さんの腕をグイッと強く引っ張る。百園さんは何とかバランスを取り、学生カバンを投げ捨てた。


「都築くんっ!」


 鳥居が見えた瞬間、千代ちゃんの声が耳に飛び込んでくる。

 宮司さんと千代ちゃんが鳥居の前で「急げ!」と手を振っている。


「千代ちゃんっ!!」


 千代ちゃんと宮司さんはギョッと目を見開いた。

 俺達の背後を凝視している。

 そんな怖いモノが追いかけて来てるのかっ!?


「あっ!」


 百園さんがバランスを崩した。

 強く手を握っていたのが災いし、百園さんは勢い良く転んでしまう。


「百園さんっ!」


 宮司さんと千代ちゃんがこちらへ駆けて来る。

 慌てて助け起こそうとするが、百園さんの瞳は追ってくる何かへ釘付けになってしまっている。

 

 ――…来たか!!


「ひっ!」


 百園さんが息をのむ。


「都築くんっ!!」


 千代ちゃんの叫び声が夕暮れの空に響いた。

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