42.霊媒編 終結!酢豚戦争(挿絵あり)
「ありがとうございましたーっ!」
ランチタイム最後の客を見送り、残っていた皿をトレイにまとめてカウンターへ運ぶ。
「店長! ヘルシープレートの日替わりミニデザート、今日のティラミスすっごく好評でしたよ! 他のプレートにもミニデザートつけたら喜ばれるかも知れませんね」
話しながらテーブルを拭いていると、店長が厨房からまかないを運んできてくれる。
「ミニデザートならたいした手間じゃないし考えてみてもいいかもね。都築くん、冷めないうちに食べちゃって」
「はーいっ! 今日のまかないは何かな~?」
わくわくとカウンターの椅子に腰を下ろした俺の目の前には……。
「え? 酢豚……?」
いや、待て! これは……!!
酢豚のあちこちに、甘酢ダレをまとって黄金に輝くパイナップルが顔を覗かせてるじゃないか!!
店長、あんなに「酢豚にパイナップルはなし!」って主張してたのに……。
「あの……これは、いったい?」
「僕の分には入れてない。都築くんのにだけだよ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう店長……いきなりのツンデレ発動か!?
いや、これは素直に喜ぶべきだ!!
「ありがとうございます! いっただっきまーっす!!」
とびきりの笑顔で感謝を伝え、パンッと手を合わせた。
さっそく箸を構えて食べ始める。ごろごろの豚肉は食べ応え抜群! 甘酢ダレが絡んだ人参もピーマンも玉ねぎも……どれもこれもご飯との相性はばっちりだ。
そして――…パイナップル!!
こってりの甘酢ダレとパイナップルのさわやかな酸味は最強コンビと言えよう!
豆腐とワカメの入った玉子スープをすすって一息してから、豚肉とパイナップルをほかほかご飯にのせて一気にかき込む。
し・あ・わ・せ――…!!
「美味しいです! 店長! すっごく美味しいです!!」
箸が止まらない俺を、店長が苦笑しつつ眺めている。
あぁ~、やっぱり「ムーンサイド」で働いてて良かった!!
旨みたっぷりの豚肉と幸せを、俺はめいっぱい噛み締めた。
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「あ、そうだ! 店長、バータイム前の休憩時間に、ちょっと外出していいですか?」
綺麗に空になった皿を洗い終わった俺は、手を拭きながら店長に声をかけた。
「いいけど、珍しいね」
カウンターでランチ営業の帳簿をつけていた店長が顔をあげ、不思議そうにこっちを見る。
「ちょっと買い物に行きたくて……」
「買い物?」
「ドッグフードを買ってきます!」
店長の手からペンが滑り落ちた。
「都築くん、もしかして……そのドッグフードって、犬神に?」
「はい! 祀ったりとか難しいことは出来ないけど、せめてお供え物くらいはと思って!」
「……――っぷ」
店長はいきなりカウンターに突っ伏し、ふるふると肩を震わせて笑いだした。
「ちょっと! なんですかっ? 何がおかしいんですかっ!?」
「ごめんごめん、犬神へのお供えでドッグフードね……っぷ、くくくっ……まったく、都築くんには敵わないなぁ……」
やたらと楽しそうな店長……俺、そんなに変なこと言ったか?
ちょっぴりムッとして店長を軽く睨む。
「そんなに笑うなら、正しい『お供え物』ってのを教えてくださいよ……」
「いやいや、こういうのは気持ちが大事だから! うん、いいと思うよ……ドッグフード!」
「…………」
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近くのスーパーで買ってきたドッグフードを自分のロッカーへ入れ、パタンと扉を閉める。
「これでよし!」
バータイムの営業開始まで残り二十分くらいだ。
店舗前の掃除もしたし、店内装飾の入れ替えもOK! 他に何か忘れてることはないか考えつつ事務所を出ると、店長が女の子を招き入れるところだった。
「お客様ですか?」
「うん、予約はなしだけど祓いのお客様だよ」
珍しい。
店の前に「祓い」や「占い」の看板を出していないため、飛び込みの客が来るなんて俺の記憶では初めてだ。
女の子は千代ちゃんと同じ高校の制服を着ている。
あぁ、そっか……犬神事件を解決したのがいい宣伝になったんだな。
でも、うちの「お祓い料金」分かってるんだろうか……かなりいいお値段ですよ?
俺の心配をよそに、店長は「お客様」を店舗奥のソファセットへと促した。
女の子はずいぶん緊張しているようだ。ちょっと顔が強張っている。
「まずはお話を伺いましょう。ご依頼されるかどうかは料金と相談なさってからで大丈夫ですよ」
店長が優しく声をかけると、女の子はようやくソファへ腰を下ろした。
俺は軽く頭を下げてから厨房に入り、お客様用の湯呑を取り出した。
二人の話を聞きながらお茶を淹れようとして、手が止まる。
相手は「女子高生」だぞ……緑茶じゃダメな気がする。
少し考えてからグラスを取り出し、冷蔵庫からオレンジジュースを出して注いだ。
店長にはいつも通りの緑茶を淹れてトレイにのせ、二人の元へ運ぶ。
それぞれの前にグラスと湯呑を置き、会話の邪魔にならないよう、俺は遠慮がちに店長の隣に座った。
「とにかく、毎日怖くて不気味で……どうしたらいいのか……」
「ふむ……常に見えてるわけではないんだね?」
「はい。何かのタイミングでスイッチが入るみたいに、急に見えるようになるんです。しばらくするとだんだん見えなくなるんですが、ほとんど毎日だからずっと怖いんです」
相談を一言でまとめると「見たくもない霊が見えて困る」というものだった。
依頼人の名前は百園さん。
千代ちゃんと同じ高校の一年生だそうだ。
祓う能力はないのに「見える」なんて、怖いし辛いだろうな。しかも毎日……。
喉が渇いていたのか、百園さんはオレンジジュースをコクコク飲み、ホッと小さく息を吐いた。
店長も何やら考えながら湯呑を口に運び、改めて百園さんを観察するように見つめた。
「今は見えない状態だね?」
「はい」
何だろう……今もし百園さんが「ばっちり見える状態」だったら、こんな風にゆっくり座ってなんかいられないようなモノがここに居るってのか?
思わず店内を見回す。
うん、俺に見えるわけないよな……。
「思春期の……特に女の子は一時的に霊感が強まることがある。そういうものなら、御守りやお札を上手に使って大人になるまでやり過ごすのが一般的だけど……」
「私は小さい頃からずっとなんです。物心ついた頃にはもう、そんな状態でした」
「それなら、生まれつき『見える』体質ってことか……」
店長は、ふむ……と口元に手をあてて考え込んだ。
小さい頃からずっと、毎日がお化け屋敷やホラー映画状態ってことか……想像するだけでも辛い。
「選択肢としては二つ、かな。一つめは、御守りやお札を定期購入してそれらを寄せ付けないようにする。まぁ一生買い続けるのはけっこう大変だと思うけど……」
お祓いアイテムの定期販売!?
さては店長、商売の幅を拡げようとしてるな。
「二つめは、自力で祓えるようにする。霊感がそれだけ強いなら、霊力だって修行次第でそこそこ使い物になるんじゃないかな。霊感が強いというのを忌々しい体質だと思わず、『才能』と考えて伸ばす。商売としてやっていけるようになったら普通の会社員よりずっと稼げるよ」
店長の言葉に、百園さんは驚いたように目を瞬かせた。
まさに『目からウロコ』のプラス思考!
「どちらを選ぶかは、君が決めることだ」




