41.高校編 音楽室の儀式
「そう考えれば、色々と説明がつくだろ?」
店長の言葉に、千代ちゃんがハッと息をのんだ。
「ちょっと待って! もしかして、夏休み明けからどの部活も急に大会でいい成績出したり、学校全体の偏差値が上がったりしてるのって……」
「犬神の力だとしたら?」
「でも誰も犬神を祀ったりしてないわ。お供えだってしてない!」
「そりゃ怒るだろうね。それで、生徒達に被害が出てるってこと」
確かにそれなら説明がつく……けど、本当にそんなことが?
俺は改めて六波羅さんを見た。
この子は、自分がどんなに大変なことをしでかしたか理解しているんだろうか。
「もういいでしょ!? 全部話したわ! 早く助けてっ!!」
六波羅さんは返ってきてしまった『呪い』に怯え、涙声で助けを求めている。
そろそろ限界か……。
「……店長」
「しょうがないな……」
店長は小さくため息を吐くと、印を結んで何やら呪文を唱えた。
助けたくないけど渋々……といった様子だが、店長は手を抜くことなくちゃんと『呪い』を祓ったようだ。
六波羅さんはへなへなと脱力し、地べたに座り込んだ。
「あ、あり……が、とう」
店長は六波羅さんの前に立ち、冷たく見下ろした。
「もう二度と、呪術の真似事はするんじゃない。次は助けない、分かったね?」
「はい……」
六波羅さんは、震える声で答えた。
慌てて下駄を脱ぎ捨ててスニーカーに履き替えた六波羅さんは、散らばっている『丑の刻参りセット』をかき集めて紙袋に突っ込んだ。
「……ごめんなさいっ」
消えそうな声で謝り、六波羅さんは逃げるように走り去ってしまった。
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翌日の昼休み――…。
店長と俺は第三音楽室で千代ちゃんが売店で買ってきてくれた缶コーヒーを飲んでいた。
「それで、どうするの? 犬神の対処なんて……」
千代ちゃんは紙パックのイチゴ牛乳をちゅぅ~っと吸って、店長と俺を見比べる。
「一晩考えたけど、なかなかに難しいね。犬神は一種の『契約』だから普通に祓っても除霊なんかできない。かと言って、学校が正式に犬神を飼うなんて無理だろうし……」
店長は缶コーヒーを口に運んでコクリと喉を鳴らし、続ける。
「そもそも犬神は完全に僕の専門外だ。これは橘くんに相談した方が手っ取り早いかも知れない」
「橘の専門分野なんですか?」
「まぁ、一番近いんじゃないかな……橘くんなら犬神を引き受けて飼うにしろ消滅させるにしろ、適切に対処できると思うよ」
さすが橘!
俺はちょっぴり誇らしい気分で缶コーヒーをグビグビと喉へ流し込む。
「橘くんもたくさん仕事を抱えて忙しいだろうし、とりあえず犬神の持ち主を学校から都築くんに変更しようと思う。それくらいなら僕でも出来るからね」
ブ――――――ッ!!
盛大にコーヒーを噴きだした俺に、千代ちゃんが眉をひそめつつポケットティッシュを渡してくれる。
軽く咽ながら俺はティッシュでコーヒーを拭いた。
「な、なんで……俺に???」
「橘くんに対処してもらうまでの時間稼ぎだよ。都築くんが持ち主なら、犬神は意思や欲望を読み取ることも出来ない。持ち主に祟ろうとしても都築くんなら影響はないだろ?」
にっこり笑顔の店長に言い返す言葉もない。
「なるほどね~、文字通り『飼い殺し』作戦!」
千代ちゃんが納得の声をあげる。
空になった缶を机に置いて立ち上がった店長は、楽しそうに軽く首を傾げた。
「橘くんがこっちに遊びに来た時にでも対処してもらえばいいんじゃないかな」
「…………分かりました」
そうだった――…。
これは霊力も霊感もない俺の仕事だ。依り代の代理、逆凪の肩代わり……色々こなしてきたが、とうとう犬神まで引き受けることになろうとは……。
そうと決まれば儀式の準備だ。
俺と千代ちゃんは音楽室の窓を閉めてカーテンを引き、机や椅子を片づけてスペースを確保する。
店長は紙と筆ペンを取り出し、何やら書き込んで数枚の護符を作った。
「これでよし! 都築くん、そこに立って」
「はい」
店長は黒板からチョークを持ってくると、俺の周りに陣のようなものを描いた。
相変わらず生贄感が強い……。
儀式の準備が整うと千代ちゃんは部屋の端っこに下がり、店長は静かに目を閉じる。
俺も神妙な気分で陣の真ん中で大人しく立っていた。
いつになく、儀式に入るまでが長い……。
店長、犬神は専門外だと言ってたが……やはり色々と難しいのだろうか。
ようやく儀式が始まって店長が何やら呪文を唱えだした時、俺はぼんやりと犬神のことを考えていた。六波羅さん達オカルト研究部に酷い殺され方をしてしまった可哀そうな犬神――…。
元々野良犬だったんだろうか……名前は、あったのかな?
きっと、ものすごく腹ペコで辛かっただろう。
死んだ後も成仏できなくて……犬神にされて持ち主のために働いても、ちゃんと祀ってもらえず……。
考えれば考えるほど不憫すぎる。
俺はグスンと鼻をすすった。
そうだ、俺のとこにくればいい――…そしたら橘がちゃんとしてくれる。あいつはすごく優しいんだ、きっと全部……ちゃんと、いいようにしてくれる――…。
「……――おいで」
俺は小さく呟いた。
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儀式は粛々と進み、犬神の持ち主は学校から俺へと変更された。
音楽室を片づけて校長に挨拶し、千代ちゃんに見送られて学校を出た時には、もう夕方だった。下校する生徒達の流れから外れ、俺はスマホを取り出して橘への通話ボタンを押す。
「あ、もしもし? 橘?」
橘はすぐに出た。
あっちも放課後なのだろう。歩きながら話しているようだ、下校途中かな。
軽く挨拶し、今回の件を手短に説明する。
「…………というわけで、まぁ急ぎじゃないんだけど……うん、こっちに来た時に頼む。……え、栗ようかん? ……そりゃ楽しみだ! あぁ、分かった! じゃあ、またな!」
通話を切り、隣を歩く店長に報告する。
「橘がOKしてくれましたよ。お土産に橘オススメの栗ようかんを持ってきてくれるそうです! 楽しみだなぁ……」
「それは良かった。橘くんのオススメなら期待大だね――…ふぅ、さすがに今日はちょっと疲れたし、甘い物が食べたいな……都築くん、たい焼きでも買ってく?」
「いいですね! 行きましょう!!」
空はオレンジと紫が入り混じり、まさに絵に描いたような「逢魔が時」……橘もこんな空の下を歩いているのだろうか。
橘がこっちに来るまで、犬神とは仲良くやっていきたいもんだ。
俺は心の中で小さく呟いた。
「短い間だろうけど、よろしくな……!」
★今回の最後の部分、橘との通話は「35.黒崎奇譚 夕方の教室」の最後の部分とリンクしています。




