40.高校編 呪いの正体
「呪いで人を傷つけたり殺したりしても罪に問われないのよっ! だから私は捕まらないわ!」
それまで傍観者だった店長が小さくため息を吐き、六波羅さんへ近づいてしゃがみ込んだ。目線の高さを合わせて優しく話しかける。
「ここは神社の敷地内だよ。夜中に入り込んだりして、立派な『不法侵入罪』だ。刑法第一三〇条に該当する。三年以下の懲役または十万円以下の罰金だね。それから、君が釘で傷をつけた木は神社の所有物だから『器物損壊』にもあたる。千代ちゃんが警察を呼べば、君は間違いなく逮捕されるよ」
「……な、……あ……うぅ……っ……」
現実を突きつける店長の詰め方……俺はあんまり好きじゃないが六波羅さんには効果抜群のようだ。青ざめ、口をパクパクさせている。
「それに――…」
店長の声が低くなる。
「君はもっと心配しなきゃいけないことがあるよね? 僕たちに見られたんだ……呪詛が返ってきちゃうよ」
楽しそうに、優しく、他人事のように、六波羅さんの瞳を覗き込んで暗示でもかけるような店長の声は、まるで怪しい呪文を唱えているみたいだ。
「――…っ!? ひっ!!」
六波羅さんが悲鳴を上げながら周囲を見回す。
俺には見えないが、明らかに何かに怯えている。
「い、いやっ! やめて! 来ないでっ!!」
涙目で両手を振り回し、何かを追い払おうとしているかのようだ。
丑の刻参りは、誰かに見られたら失敗となる。呪いが術者に返ってくるというのは俺でも知ってる有名な話だ。
店長はチラリと周囲へ視線を走らせ、改めて六波羅さんの顔を覗き込んだ。
「こういう場合、普通は見た人間を殺すけど……君には僕たちを殺すような覚悟も根性もないだろうし、返って来る『呪い』を甘んじて受ける?」
「そ、そんな――…っ、……や、やめ……いやっ……」
青ざめてガクガク震え、怯えまくりの六波羅さん……ちょっと苛めすぎじゃないか? 店長。
「まぁ助けてあげてもいいけど……」
「た、助けてっ! 祓い屋なんでしょ? 早く助けてよ!!」
「祓い屋はボランティアじゃない。でも、高校生の君にまともな支払い能力があるとは思えないな……そうだ、お金の代わりに情報でも貰おうかな」
「情報……?」
あぁ~、店長の狙いはこれか……。
そりゃ誰でもこんな状況なら、知ってる事あらいざらい吐いちゃうよなぁ。
「学校で起こってる怪奇現象は、君たちオカルト研究部の仕業?」
「ち、違うわ……」
「じゃあ、呪術の生贄に犬を使った事は?」
「…………」
六波羅さんは気まずそうに黙り込んだ。
あるのかっ!?
千代ちゃんは六波羅さんと店長を見比べ、疑問を口にする。
「でも、呪術が成功したなら贄として犬の魂は回収されて悪さできない。呪術が失敗して犬が殺されただけになっちゃったとしても、そんな動物霊なら除霊は難しくないはずよね?」
「ただの生贄じゃないんだね?」
問いかける店長の声は、責めてるようでも怒ってるようでもないのに何故かすごく怖い。
「――…! わ、分かってるなら……わざわざ聞かなくてもいいでしょ!」
「君の口から聞きたい」
「…………式神が、欲しかったの。……でも、鬼なんて使役どころか呼び出すこともできなくて……」
「えぇっ!? 鬼を使役っ!?」
驚きの声を上げた俺に、千代ちゃんから冷たい視線が飛んでくる。またしても「そんな事も知らないのか」とでも言いたげだ。
「都築くん……『式神』って、元々は使う鬼と書いて『使鬼神』っていうのよ。でも鬼を使役するなんて高度なこと出来る人がほとんどいないから、鬼の代わりに動物霊を使うのが一般的になったの」
またしても素人丸出しで恥をかいてしまったのか、俺は……。
けど、それはあくまで陰陽マメ知識……知ってないと恥ずかしい一般常識ではないと思うぞ。
「……でも、その辺にいる動物霊もなかなか言うこと聞いてくれなくて」
六波羅さんは俯いてしまった。
まぁ、確かに……うろついてる動物霊に、いきなり「俺様に仕えろ!」と言っても「分かりましたー!」なんて返事がかえってくるわけないよな。
「で、どうしたの?」
六波羅さんに続きを促す店長の声が、気持ち悪いくらい優しい。
「…………犬神、を……」
「何ですって!?」
ごにょごにょと言いにくそうな六波羅さんの声に被せ気味に千代ちゃんが叫んだ。
「ちょっとあんた! まさか犬神をうちの神社でやったんじゃないでしょうね!?」
千代ちゃんは噛みつきそうな勢いで六波羅さんの胸倉をつかんだ。
「が、学校でやったのよ! 部活の皆で――…っ、……」
「千代ちゃん、落ち着いて! ……その『犬神』ってのは何なんだ?」
今にも六波羅さんを張り倒しそうな千代ちゃんを俺は慌てて止めた。
店長が立ち上がり、周囲に視線を巡らせながら説明してくれる。
「式神の一種だ。犬を生きたまま首だけ出して土に埋め、ギリギリ届かない所に餌を置く。そして飢餓状態になるのを待って首を落とす。犬の頭部だけが目の前の餌に飛びついたら仕込みは成功。その首を焼いて残った骨を四つ辻に埋める。犬の首は人々に踏みつけられ、増幅された恨みから犬神が生まれる」
「……な、なんですか……それ……、……っ……」
店長の説明にまともな言葉が出ない。
俺は信じられない思いで、目の前の六波羅さんを見つめた。
本当にこの子が……?
どこにでもいそうな普通の女子高生のこの子が、犬を飢餓状態にして、首を――…おとし、た?
学校の、部活動として?
地面がぐにゃりと歪むような感覚――…怖いというより、あまりに残酷だ!!
犬が可哀そうすぎる!!
「そんな、酷い……犬の霊を無理やり使役して、言うこと聞かせて――…怪奇現象を起こしてたっていうのか?」
信じられない、理解できない。
さっき六波羅さんの胸倉を掴んだ千代ちゃんの気持ちが、ようやく分かった。
止める必要なかったな……。
「違うわ! 『犬神』の儀式はしたけど使役できなかったのよ!」
「え? ――…それって、どういう?」
店長は口元に手をあてて少し考え、すぐに何かに思い当たったように顔を上げた。
「なるほど、そういうことか……!」
「店長、どういうことなんですか?」
「犬神ってのは決して従順じゃない。勝手に動くから使役はすごく難しいんだよ。たとえば、犬神の持ち主が誰かのことを『あいつちょっと気に入らない』って思っただけで、勝手に殺しに行っちゃったりする」
「マジですか……」
意思の疎通も何もあったもんじゃない……持ち主のためとはいえ、忖度が過ぎる。
「そうやって勝手に動くわりに、ちゃんと祀って定期的にお供え物をしないと持ち主を祟ることも珍しくない」
…………頑張ったのに褒めてもらえないと拗ねちゃうわけか。
「でも、六波羅さんには犬神なんて憑いてないわよ?」
不思議そうに首を傾げる千代ちゃんに、店長はふっと口元を緩めた。
「犬神っていうのは、個人じゃなく家に憑くものだよ」
「家ってことは……六波羅一族に憑いたってことですか?」
俺の問いに店長は首を振った。
「いや、今回は部活動として『犬神』の儀式をしたんだから、学校に憑いたと考えられない?」
「は??? 学校って……、……っ!? がっこぉぉおお~~~~っ!?」
素っ頓狂な俺の声が雑木林に響き渡った。




