39.高校編 丑の刻参り
音楽室へ戻ると、店長と千代ちゃんが何やら話し込んでいる。
俺は二人に近づきながら声をかけた。
「店長、話してはみましたけど……全く聞く耳持たずって感じでした。無駄に反感買っちゃったんじゃないかなぁ、あれ」
「それでいい。しっかり反感買ってアピールできたなら上出来だ。ちゃんとネックストラップの名前も見てもらえた?」
「どういう……意味ですか?」
見てた! 見てたぞ――…!!
確かに、さっき……六波羅さんは俺のネックストラップを見ていた!!
「ちゃんと説明して下さい! 店長!!」
六波羅さんほどじゃないが俺もいい加減イラついてきて、声を荒げる。
店長は軽く肩を竦めた。
「あぁいう子は、自分の力を認めさせたいタイプだ。材料さえ渡しておけば呪詛でもかけて来るだろうと思ってね」
「…――は?」
理解できない。
わざわざ煽るような物の言い方をしたり、しつこく説得しに行かせたのも全部――…呪詛をかけさせる、ため?
「そりゃ、俺なら呪詛かけられても体質的に被害ないですけど……なんでわざわざそんな事させるんですか?」
「簡単に言えば尻尾を掴むため、かな」
「もしかして、怪奇現象の原因……あのオカルト研究部を疑ってるんですか?」
俺の質問に、店長は軽く首を振った。
「まだ何とも言えない。けど……あの子達が何か関わっている、もしくは知っている可能性は高いんじゃないかな。たとえ全く関係なかったとしても――…」
「……?」
いったん言葉を切った店長に、俺は何故か一瞬ゾクリと寒気がした。
「あぁいう子は本当に取り返しがつかなくなる前に、ちゃんと一度痛い目にあっておいた方がいいんだよ」
窓の外へ視線を投げて薄く微笑む店長の横顔は、ひどく冷たく、やけに綺麗で、見惚れるほど禍々しかった――……。
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深夜の住宅街は人通りもなく静まり返っている。
千代ちゃんの情報網により六波羅さんの住所を入手した俺達は、彼女の家の前で『張り込み』をしていた。
ここに来る途中コンビニで買った肉まんを頬張る俺の横で、千代ちゃんはパックのイチゴ牛乳を飲んでいた。
「店長はいらないんですか? 肉まん、もういっこありますよ?」
「こんな時間にそんなもの食べて……太るよ、都築くん」
意識高い系店長の咎めるような視線を無視し、俺は二つ目の肉まんにかぶりついた。
飲み終わったパックを綺麗にたたみつつ千代ちゃんが質問してくる。
「都築くん、名前を確認された以外には背中を触られただけなのね?」
「うん。他には、特に何も……」
改めてあの時の状況を思い出し頷く。
「服についてた髪でも取られたのかしら……」
「髪?」
「名前と髪が一本あれば、大抵のことは出来るのよ」
そういえば橘が俺の人形を作った時にも、髪を一本欲しいと言われたな。
千代ちゃんが俺に聞き取りしている横で、店長は六波羅さんの家を眺めている。
「体質的に被害はないって分かってても、やっぱり怖いものは怖いなぁ……どんな呪われ方するんだろう……」
俺は複雑な気分で小さくため息を吐いた。
「あの子程度の力なら、ちゃんと効果が出せる呪術なんてたかが知れてる」
六波羅さんの家から視線を外すことなく店長が答える。
「予想つくんですか?」
「まぁね……。儀式を始めればここからでも分かるから、すぐに踏み込んで現場を押さえる。でも、外に出かける可能性の方が高い。出かけるようなら尾行する……都築くん、見失わないようにね」
「……はい」
うーん……「現場を押さえる」とか「尾行」とか、まるで刑事みたいだな。
「それにしても千代ちゃん、こんな時間まで大丈夫? 家の人、心配してるんじゃない?」
ビスクドール事件の時にも、一晩中祓いの手伝いをしてくれたのを思い出す。
千代ちゃんだって年頃の「お嬢さん」なんだ。俺が親だったら心配で堪らないだろう。
「大丈夫よ、うちはそういうとこ理解あるもの。それに今回はうちが紹介した依頼だし、むしろ尾張さんを手伝ってこい! って感じ」
「紹介……?」
「言ったでしょ? 最初は神社に依頼が来たけどお父さんの手に負えなくて、尾張さんを紹介したって」
「え? お父さんって……宮司さんが千代ちゃんのお父さん!?」
「あら、言ってなかった?」
聞いてません……。
つまり、巫女って……バイトというより家業を手伝ってるって感じなのか。
絵馬事件で会った宮司さんの顔を思い出してみる。親子といっても千代ちゃんとはあんまり似てないな。
「動いたよ」
店長の声で家の方へ目を向けると、ちょうど玄関から六波羅さんが出てきたところだった。何やら紙袋を抱えている。
六波羅さんはあまり警戒していないのか、周囲を気にすることなく歩き出した。
俺達はしっかり距離を取ってついて行く。
店長はある程度予想がついているようだが……どこへ行くんだろう。
ん? ここって――…。
到着したのは絵馬事件で来た神社だった!
一番近い神社はここなのだろうが、それにしても……選りによって。
俺の隣で千代ちゃんがギュッと拳を握った。
「うちの神社でなんて事してくれんのよ……」
苦虫を噛み潰したような表情で千代ちゃんが呟く。
六波羅さんは紙袋から懐中電灯を取り出し、鳥居をくぐった。
用意周到……というか、かなり手慣れている。
六波羅さんは迷いのない足取りで本殿前を通り過ぎ、大きな御神木の横を通って奥の雑木林へと入っていく。
まるでホラー映画に出てきそうな場面だ。
雑木林に入って少し歩くと、六波羅さんは紙袋からガサゴソと何やら取り出して地面にひろげた。
……レジャーシートだ。
ピクニック気分からは程遠く、六波羅さんは紙袋から次々と怪しいアイテムを引っ張り出してレジャーシートに並べていく。
ど真ん中にでかでかと『呪』と書かれた呪符のようなもの、ロウソク、木槌、大きな釘……、そして予想通りの――…
「…………ワラ人形」
俺は軽い頭痛を覚えた。
もちろん六波羅さんからの呪いなんかじゃなく、絵に描いたような『丑の刻参りセット』が、あまりに胡散臭く見えたからだ。
怪しげなネット通販で売ってそうだ。
六波羅さんはさっそく準備にとりかかった。
「店長、まだ止めなくていいんですか?」
見てられなくなって、こそっと店長に耳打ちしてみる。しかし店長は小さく微笑んだ。
「面白そうだから、もうちょっと見ていよう」
「…………」
自分を呪う準備なんか見たって、俺は面白くもなんともないぞ……。
六波羅さんはアウトドアで使う足の長い五徳をひっくり返し、足部分にロウソクをぶっ刺していく。マッチで火をつけ、五徳を頭にのせる。
それ、けっこう危ないしロウが垂れてきたら火傷するんじゃないか?
続いてスニーカーを脱ぎ、一本歯の下駄に履き替えた六波羅さんは、ふらつきながらも何とかバランスを取っている。
う~ん……なんだろう、誰かを呪うってかなり大変だな。
俺は複雑な気分で危なっかしい六波羅さんを見ていた。
六波羅さんはワラ人形と木槌、五寸釘を手にバランス悪くよたよたと近くの木に近づき、木にワラ人形を押し当てた。釘を刺し、木槌で打ち始める。
コ――――ン!
想像してたよりずっと甲高い音が雑木林に響く。
「呪いあれ~」
よろめきながらも、精一杯おどろおどろしい声を出しているのだろう。
見てるだけで痛々しい――…、流石にもう止めてあげないと可哀そうだ。
「店長、行きましょう!!」
俺は笑いを堪えている店長の腕を掴み、六波羅さんの方へと歩き出した。千代ちゃんもついてくる。
「六波羅さん!」
「…――きゃっ!?」
俺の声に驚いた六波羅さんは大きな悲鳴を上げ、バランスを崩して尻もちをついた。
六波羅さんの頭から五徳が転がり落ちる。落ち葉に引火したらどうすんだ……。
呆れつつ、俺は火を踏み消した。
「な、何よっ! あんた達、いったい何なのっ!?」
叫ぶ六波羅さんを見下ろし、千代ちゃんは怒りを隠すことなく声を荒げた。
「それはこっちのセリフよ! 夜中にうちの神社に入り込んで……こんな馬鹿なマネして!」




