38.高校編 オカルト研究部
【三年男子生徒Bの証言】
昼休みに教室から学食へ移動する途中、犬の鳴き声が聞こえたんです。
それと同時に後ろから何かにぶつかられて階段から転がり落ちました。
右足を捻ってしまってすごく腫れて、病院では酷い捻挫だと言われました。
でも捻挫だけじゃなく、動物に噛まれたような傷もあるんです。お医者さんも不思議がってました。
気持ち悪いし怖いし、また犬の鳴き声が聞こえるんじゃないかと、ずっとビクビクしています。
この前の全国模試で初めて数学の偏差値が70を超えて、受験に向けて集中したいのに、痛みで夜も熟睡できなくて……すごく困ってます。
次々やってくる生徒達の話を聞きながら、俺はメモをとっていた。
さすがに十人以上も話を聞いてると頭がこんがらがってくる。
メモを見返す。
確かに学年もクラスも部活もばらばら、時間帯も昼休みだったり放課後だったり……場所も学校のあちこちで被害が起こっている。
千代ちゃんの言う通り、全く共通点が見つからない。
店長は生徒達の話を聞きながら何やら考え込んでいる。
千代ちゃんは来てくれた生徒を廊下に並ばせたり、聞き取りでは要点を絞って質問したりと相変わらず有能だ。
「えーっと、次で最後よ。被害者じゃないんだけど、ぜひ話をしたいって……」
「話?」
「えぇ、オカルト研究部なの」
そういえば、俺の高校でもそんな部活あったなぁ……真面目に不思議現象の研究をしたり、UMAのこと調べたり、UFOを呼ぼうとしたりと、けっこう楽しそうな部活だったぞ。
「失礼します」
入って来たのは三人の生徒だった。
先頭は長い髪を三つ編みにした眼鏡の女子生徒。
続いて大人しそうな男子生徒、ショートヘアの女子生徒も入って来た。
後ろの二人はちょっと居心地が悪そうだ。
「どうぞお座りください」
俺は三人に椅子を勧めたが眼鏡の女子生徒はそれを無視し、椅子に座っている店長の方へと真っすぐ近づいて見下ろした。
「あなたが陰陽師なんですか?」
「君は?」
「オカルト研究部の部長で六波羅といいます。教室に現れた霊を祓ったそうですね。どんな術を使ったんですか? 陰陽師なら式神も使役してますよね? 見せてください」
うわ、マズい。
こういう不躾な感じ……店長、めちゃくちゃ嫌いなんだよな。
店長は六波羅と名乗った女子生徒を一瞥し、すぐに窓の外へ視線を戻した。
「残念ながら僕は陰陽師じゃない、ただの祓い屋だ。たとえ陰陽師だったとしても見せる気はないけどね。術は一発芸じゃないし、式神は見世物じゃない」
目線も合わせず突き放したような物言い……うん、ご立腹だ。
気まずい空気が流れる。
六波羅さんについて来た二人の部員は、助けを求めるように千代ちゃんを見た。
千代ちゃんは「仕方ないわね」とばかりに小さく肩を竦める。
「とりあえず座って。今回の異変についてオカルト研究部も調べたりしてるんでしょ? 何か気づいたことがあるなら教えてもらえると助かるわ」
千代ちゃん、ナイスフォロー!!
六波羅さんは不満気な表情をしつつも、渋々といった様子で椅子に腰を下ろす。
他の二人も六波羅さんにならって座った。
ちょっと空気を変えた方がいいかも知れない。
俺は大人しそうな男子生徒に、なるべく明るい声で話しかけた。
「オカルト研究部って普段はどんなことしてるの? 雪男みたいなUMAのこと調べたり?」
「あー、えっと……降霊術とか悪魔召喚を試したり――…」
は――…???
俺が想像してたような平和で健全な部活動とは、ちょっと違う?
俺以上に千代ちゃんと店長が反応した。二人の顔色が変わる。
凍り付いた空気を破ったのは六波羅さんの声だった。
「大丈夫です、呼び出してもちゃんと帰ってもらってますから」
千代ちゃんは小さく息をつき、落ち着いた声で六波羅さんへ話しかけた。
まるで悪戯をした子供を優しく諭すように……。
「六波羅さん、そういう事は遊びでするものじゃないわ。何も修行していない素人でも呼び出すことは出来るけど、お帰りいただくのは簡単じゃないのよ」
六波羅さんはちょっとイラついたように千代ちゃんを睨みつけた。
「それくらい分かってるわ。だから私達普段からちゃんと修行をしてるし、術だってたくさん知ってる!」
「確かに、そのようだ――…」
店長の声に振り返る。
いつの間にか椅子から立ち上がった店長は観察するようにオカルト研究部の三人を見つめていた。
「帰っていただくのに失敗して憑かれている様子はないね」
「でしょう!? 私達は遊びでやってるわけじゃないのよ!」
急にドヤ顔で勢いづいた六波羅さんに、千代ちゃんは困惑の表情を浮かべた。
けれど店長は「分かってない」とでも言いたげに首を振る。
「今までは“たまたま”上手くいっていただけだ。対応できないほどの大物を呼び出してしまったら、その時点で君たちはアウトだよ。そうなった時に泣きついてきても助けてあげないから、分不相応な遊びはやめた方がいい」
『遊びなんかじゃない』と主張する相手に『泣きつく』だの『助けてあげない』だの『分不相応な遊び』だの畳みかける店長。
もしや煽ってる? 店長、大人気ないぞ……。
店長の言葉に、六波羅さんはカッと頭に血が上ったようだ。
「もういいです! もっと有意義なお話ができるかと思ったのに、期待外れでした!」
勢いよく立ち上がった六波羅さんは、ズカズカと音がしそうなほどの勢いで教室を出ていってしまう。
残りの二人も慌てて六波羅さんの後を追った。
なんだか力関係が透けて見えるなぁ……。
あんまり楽しくなさそうな部活動を想像してしまった俺に、店長から驚きの指示が飛んだ。
「都築くん、追いかけて」
「はいっ!?」
「もう二度とバカな遊びはしないように、クギ刺してきて」
「えぇ~っ!? それ必要ですかっ!?」
あんなに怒ってるんだぞ。ちゃんと修行もしてるって言ってたし、それなりにプライドを持ってやってたはずだ。これ以上何か言ったところで火に油を注ぐとしか思えないが……。
「いいから、早く」
店長の声に追い立てられるように、俺はオカルト研究部の三人を追って音楽室を飛び出した。
廊下の角を曲がる三人の姿が目に入り、追いかける。
「ちょっと待って!」
呼び止めると、六波羅さんはイラつきを隠すことなく俺を睨みつけた。
「まだ何かご用ですか?」
この子、迫力あるなぁ……。
「あぁ、いや……だから、えーっと……降霊術とか悪魔召喚は本当に良くないっていうか。せっかくのオカルト研究部なんだし、もっとこうロマンのある――…世界七不思議を調べてみるとか、どうかな?」
「余計なお世話です!!」
ですよね~。
店長の指示で来たものの、どう説得したらいいのか分からない……困ったな。
ふと見ると、六波羅さんの視線が俺の首のネックストラップへと注がれている。
……なんだろう。
軽く背中に触れられる感覚……振り返ると、男子生徒が慌てて手を引っ込めた。
「あの――…???」
「もう私達には構わないで下さい」
はっきりきっぱり拒絶の言葉を俺に叩きつけ、六波羅さんはくるりと背を向けて去って行った。二人の生徒はちょっとバツが悪そうに軽く頭を下げてから六波羅さんについて行ってしまう。
「…………」
これ以上追いかけて何を言っても無駄だ。
俺は仕方なく音楽室へ戻った。




