37.高校編 襲われた教室
校内を自由に見て回れるようにと、校長は『学校関係者』と書かれたネックストラップを貸してくれた。これがあれば警備員や先生方から不審者と疑われることもないだろう。
店長と俺はそれぞれのカードに名前を記入し、首から下げた。
校長に挨拶して廊下へ出ると、ちょうど千代ちゃんが隣の職員室から鍵を手に出て来たところだった。仕事が早い!
「音楽室はこっちよ、行きましょ」
案内してくれる千代ちゃんについて階段を上がってゆく。
すれ違う生徒達は俺と店長のネックストラップを見て軽く会釈してくれる。
いい子たちだなぁ……。
先を行く千代ちゃんの背中に店長が声をかける。
「千代ちゃん、うちでバイトしない?」
「……――て、店長っ!?」
そりゃ千代ちゃんの有能っぷりは前から薄々感じてはいたが、俺はお払い箱なのか!? 酢豚にパイナップル入れるから解雇なのかっ!?
俺の悲鳴のような声もスルーで、千代ちゃんは軽く肩を竦めた。
「悪いけど……巫女の仕事、気に入ってるからダメ」
少なからずホッとしつつ、俺は千代ちゃんと店長の後をついて第三音楽室へと到着した。
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第三音楽室はもうずいぶん長い間使われていないようで、ちょっと埃っぽかった。
空気を入れ替えようと窓を開くと、カーテンがふわりと揺れる。
店長は窓際で校庭を見下ろしたり、別棟の校舎へ目をやったりと、さっそくアンテナを張っているようだ。
俺と千代ちゃんは協力して準備に取りかかった。
ピアノは重くて動かせないのでそのままに、机と椅子を部屋の隅に寄せてスペースを作る。
残しておいた机を四つくっつけ、取り囲むように椅子を四つ並べた。
千代ちゃんは本当によく動く……働き者だなぁ。
あっという間に音楽室の準備が整うと、千代ちゃんは壁の時計を見上げた。
「私、授業に行かなきゃ! 放課後、被害に遭った子達が話をしに来られるよう手配しておくわ」
「ありがとう」
店長のお礼に、千代ちゃんは可愛い笑顔で手を振って音楽室を出て行った。
「店長、俺たちは放課後までどうします? 校内を見て回りますか?」
「うん、そうだね」
ふと見ると、店長の首からぶら下がっていたはずのネックストラップがない。
「あれ? 店長……『学校関係者』ってやつ外しちゃったんですか?」
「あぁ、あんな首輪みたいなのごめんだよ。ダサいし、邪魔だし。都築くんがつけてるんだから、僕までつける必要ないだろ」
「…………」
音楽室を出る店長について行き、階段を上がる。
もう何年も前から屋上は封鎖されていて入れないと校長から説明があったため、最上階である四階から探索を始めた。
授業中だから当然だが廊下に人影はない。各教室の前を通ると教師の声が漏れ聞こえてくる。
休み時間の賑わいが嘘のように静かで、ゆっくりと探索できる。
店長はあちこちで足を止め、周囲の様子を窺ったり、きょろきょろ見回したりする。何も感じることができない俺は邪魔にならないよう気を付けながら静かについて行くだけだ。
「きゃああああっ!」
突然大きな悲鳴が空気を震わせた。
三つほど先の教室か!?
走り出す店長に俺も続く。
勢いよく扉を開き、騒然としている教室内へ走り込んだ。
生徒達も教師も教室の後ろ側に寄り、怯えたように黒板の方を見ている。
俺には見えないが、そこに『何か』がいるのは明白だった。
印を結びながら店長が九字を切る。
「なんなんだ、あんた達っ!?」
乱入してきた俺達に驚く教師に駆け寄る。
「校長からの依頼で来てます! 祓い屋です!」
「祓い屋? あの犬の霊を祓えるんですかっ?」
教師は俺の首にぶら下がっている『学校関係者』というネックストラップを見た。しかし、絶賛祓い中の店長の背中へと目をやった教師の顔には「胡散臭い」と書かれている。
まぁ、そうだよな……。
生徒達に安堵の声が拡がる。
振り返ると、店長は印を解いて小さく息を吐いた。
「店長、祓えたんですか?」
「いや、退けた……というより、逃げられた」
ちょっと悔しそうな店長だが、生徒達も教師もまだ恐怖と混乱から立ち直れていないようだ。
店長が教師へ歩み寄る。
「こういう事は頻繁に起こるんですか?」
「いえ、授業中に犬の鳴き声がすることはありましたが、実際に犬の影のようなものが現れたのは初めてです」
「そうですか……」
店長は口元に手をあてて何やら考え込んでしまった。
なんとかショックから立ち直った教師は生徒達に声をかける。
「み、皆さん……落ち着いて席に戻ってください、授業中ですよ。体調が悪い人はいませんか?」
幸い体調不良を申し出る生徒はおらず、皆まだ怯えた表情を浮かべつつも教師の指示に従い動き出した。
「行こう、都築くん」
もうここに用はないとばかりに店長はさっさと教室を出た。慌てて後に続く。
店長の背中からピリピリした空気を感じつつ、少し後ろを歩きながら遠慮がちに問いかける。
「店長、やっぱり犬の……動物霊、だったんですよね?」
「うん。でも、かなり怒ってた」
「怒ってた?」
話しながらも店長は足を止めることなく廊下を進んでいく。逃したという動物霊の気配を探しているようだ。
「それに、あれは普通の動物霊じゃない……と思う」
「普通じゃないって、もしかして八伏家の時みたいな?」
「まだはっきりとは分からない――…」
「…………」
その後、校舎の中も外も、体育館、部室棟まで一通り見て回ったが、犬の霊に遭遇することなく放課後になってしまった。
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「聞いたわよ! 授業中に犬の霊を退けたんですって? もう学校中その話に尾ヒレが付いて大変なことになってるわよ」
放課後、千代ちゃんはちょっと興奮気味で第三音楽室へやってきた。
「尾ヒレ???」
「私が聞いた話では『すっごい美形陰陽師がお供を連れて除霊に来た!』っての」
お供……って、俺か。
まぁ、当たらずといえども遠からず……だが。
椅子に座って窓の外へ視線を向けたままの店長に近寄ると、千代ちゃんはすぐに冗談モードから切り替わった。
「でも、ちゃんと祓えなかったんでしょう? ただの動物霊なら尾張さんが取り逃がすわけないわよね……やっぱり、何か特別な霊なのかしら」
千代ちゃんの疑問に店長は軽く肩をすくめた。
まだ分からないことが多すぎる。
「生徒達から話を聞く手配はどうなってる?」
頭を切り替えるように小さく一つ深呼吸してから店長が問いかけると、千代ちゃんはニコッと可愛く笑った。
「大丈夫! 順番に来てもらうことになってるから、もうすぐ――…」
千代ちゃんの言葉を遮るようにノックの音がして扉が開いた。
入って来たのは、ポニーテールにジャージ姿の女生徒だった。不安と興味と不信感が入り混じった複雑な表情をしている。
「来てくれてありがとう! こっちに座って!」
千代ちゃんが女性徒を招き入れる。
ちらりと廊下を見るとたくさんの生徒が列を作っていた。
千代ちゃんの招集能力すご過ぎないか!?
「ご協力ありがとうございます! 廊下の左側に一列に並んでくださーい!」
俺も千代ちゃんに負けないよう、ウェイターで鍛えた愛想と笑顔で廊下の生徒たちに声をかけた。
【一年女子生徒Aの証言】
私が被害にあったのは部活中です。
あれは陸上の全国大会の日でした。
大会に出場する先輩の応援を終えて、顧問の先生が運転するマイクロバスで学校へ戻る途中、バスの中で犬の鳴き声が聞こえてきたんです。
先輩が優勝して、皆すごく盛り上がって騒いでいたから最初は耳鳴りかと思ったけれど、どんどん大きくなって……。
私の後ろの座席には誰も座ってなかったのに、後ろから髪を引っ張られる感じがしたと思ったら、そこから急にすごく頭が痛くなって……、その日から一週間くらい学校休んで寝込んじゃったんです。
病院に行っても頭痛の原因は不明で、勉強や部活のストレスじゃないかってお医者さんに言われました。




