36.高校編 勃発!酢豚戦争
「またのご来店、お待ちしてまーす!」
笑顔でランチタイム最後の客を送り出し、店のドアにかけてある「営業中」のプレートを「休憩中」へとひっくり返す。今日もムーンサイドのランチ営業は大盛況だった。
俺は心地よい疲労と達成感とともに店内へ戻った。
「新メニューの『チキンの香草焼きヘルシープレート』すっごい人気でしたね~」
テーブルに残っていた皿とコップをまとめてトレイにのせ、カウンターへ運びながら店長に声をかける。
「デザートにミニプリンまでついて総カロリー五〇〇以下っていうのがポイント高かったみたいだね――…あ、都築くんもお昼食べちゃって」
綺麗な笑顔で洗い物を厨房へと下げていく店長もご機嫌だ。
「はーい!」
今日のまかないは何だろう?
わくわくとカウンターの椅子に腰を下ろす。
店長が厨房から運んできてくれたのは……。
「酢豚っ!! ウマそう~っ!!」
たっぷりの甘酢ダレが絡んだボリューミーな豚肉、シャキシャキピーマンやごろごろ人参……玉ねぎはしっかり炒められてて文句なしだ!
俺はパンッと手を合わせた。
「いっただっきまーすっ!!」
食べ始めたら、もう箸が止まらない。ほかほかのご飯がすすむ。
ほとんど食べ終わりかけたところで、ふと……何かが足りない気がした。
「あれ? そういえば、この酢豚……パイナップルが入ってない……」
「えっ? 都築くんって酢豚にパイナップル入れる派っ!?」
店長が驚愕の声をあげた。
信じられないモノを見る目だ。
店長、俺に霊感がないと知った時と同じ目をしている……。
「こってりの甘酢ダレにさっぱりのパイナップル、最強の組み合わせかと……」
「えぇ~っ? 炒めたら温かくなっちゃうよ? 温かいパイナップルなんて気持ち悪いじゃないか」
「いやいや、普通入れるでしょ」
「普通、入れない」
「…………」
俺と店長はお互い一歩も譲る気などなく、気まずい沈黙が流れた。
ここにきて、決定的な方向性の違いに気づいてしまうとは――…!
残っている酢豚をご飯の上にのせてかき込む。
うん、やっぱりこれにパイナップルが入ってたら絶品なのに!!
作ってもらった料理に文句を言うなど言語道断なのは百も承知だが、だが! どうしても惜しい気持ちが勝ってしまう。
「ご馳走様でした」
気まずい空気を引きずったまま、俺はランチ営業の後片付けと掃除にとりかかった。
店長も複雑そうな表情で空になった皿を厨房へと下げて行く。
しかし、洗い物をすませて戻って来た店長はいつもと変わらない様子だった。
いや! 騙されるな! このままで済むはずがない!
俺の頭の中の警戒アラームは鳴りっぱなしだが、店長が思い出したように口を開く。
「そうそう、今日は祓いの仕事があるから夜は臨時休業にするよ。バータイムの準備はいらないから、掃除が終わったら出かける準備してくれる?」
「……分かりました!」
警戒を解くことなく、俺はさっそく掃除に取りかかった。
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「え? 学校?」
店長に連れられてやってきたのは、店から一番近くにある高校だった。
徒歩でもニ十分かからない距離だ。
校門のところに千代ちゃんが立っていた。俺達の姿を見つけて手を振っている。
千代ちゃんの制服……ふむ、セーラー服なのか。悪くない。
「ちょっと都築くん、今制服見て可愛いとか思ったでしょ? 警察呼ぶわよ!?」
可愛いと思っただけで警察沙汰なら、世の中犯罪者だらけだぞ。
心の中でツッコミを入れつつ、店長と千代ちゃんを見比べる。
「今日は千代ちゃんからの依頼なんですか?」
「まさかぁ! 神社からならともかく私個人が依頼するはずないでしょ! 借金まみれになって人生棒に振りたくないもの……!」
人生棒に振りつつある人間にそれを言わないでくれ……。
店長が小さく苦笑する。
「依頼主は校長先生だよ。…――千代ちゃん、校長室に案内してくれる?」
「こっちよ!」
千代ちゃんの案内で、店長と俺は学校内に足を踏み入れた。
校長室に着くまでに千代ちゃんが簡単に説明してくれる。
夏休み明けから、この高校で怪奇現象が起こっているらしい。千代ちゃんが勤めている神社が対応を依頼されたが宮司の手に負えず、ムーンサイドが紹介されたとのことだった。
「私はこの学校の生徒だし尾張さんの知り合いでもあるから、私が案内係ってわけ」
えっへん! と威張る千代ちゃん。
今は休み時間なのだろう。校庭や廊下にも生徒がいて、俺達を物珍しそうに見てくる。
校舎に入ってすぐの下駄箱横には大きな飾り棚があり、優勝盾やトロフィーがずらりと並んでいた。
通りすがりにチラッと見ただけだが、体育系の部活だけでなく吹奏楽部など文化系のものも所狭しと並んでいる。ずいぶん部活が活発なんだな……。
「ここが校長室よ」
「ありがとう」
店長がドアを軽くノックすると、小太りの優しそうなおじさんが出て来た。
校長先生は威厳など微塵も感じさせない腰の低さで、店長と俺に何度も頭を下げつつ挨拶した。
ソファセットに俺と店長が並んで座り、校長先生が向かいに腰を下ろす。
千代ちゃんは優等生のような顔で、すましてドアの近くに立った。
怪奇現象の詳細について、校長先生から改めて説明を聞く。
校長先生が話し終わると、店長はくるりと校長室を見回した。何か見えているのだろうか。
「それでは、特定の教室や時間に怪奇現象が起こるわけではないんですね?」
「はい、学校中……あちこちの教室で怪奇現象が多発しています。最初は生徒達の悪ふざけかと思ったのですが、真面目な生徒達まで被害を訴えておりまして……」
「被害、というのは?」
「原因不明の腹痛、発熱、吐き気。何もないところで転倒して怪我をしたり……様々です。そしてそういった症状に悩まされる生徒は皆『犬の鳴き声が聞こえた』と言います」
……犬? 動物霊かな。
八伏家のバロンのことを思い出す。
だけど、学校中で色んな生徒に悪さするなんて……どういうことだ?
「体育の授業中に大きな犬の影がグラウンドを横切るのが見えたという生徒もいまして……」
校長の話を聞き、店長はしばらく考えてから口を開いた。
「例えば、生徒の誰かが校内で犬を虐待死させた……なんてことは?」
「まさか! うちの生徒がそんな――…、いや全く可能性がないとは言いませんが、しかし……」
校長は困ったようにゴニョゴニョと口ごもり、ポケットからハンカチを出して額の汗を拭いた。
「うちの学校は部活動も盛んで、生徒達も積極的に大会などに参加していい成績を残してくれています。本当にいい子たちばかりで……」
あー、客観的に現実を直視できないタイプの人なのだろうか……。
この校長にこれ以上質問しても意味がないと思ったのか、店長は入口近くに立っている千代ちゃんに声をかけた。
「千代ちゃんはどう思う?」
「そうね……私が知る限り、犬をどうこうしたなんて話は聞かないわ。それに、犬が殺されたならその場所で異変が起こるものじゃない? 広い学校中あちこちでってのも不思議だし、被害に遭う生徒の学年もバラバラ……全く共通点が分からない。それに……悪戯で殺されたとか、そういった類の動物霊なら、うちの宮司でも除霊できたんじゃないかしら」
「うん、そうだね」
校長よりずっとしっかり分析している……さすが千代ちゃんだ。
普通に除霊できないってことは、やはり八伏家のバロンのように何かあるのだろうか……。
店長は口元に手をあて、考え込んでしまった。
校長室に沈黙が流れる。
俺と千代ちゃんは、店長の思考を邪魔しないよう静かに見守る。
校長だけが戸惑うように俺達を見比べていた。
しばらくして、店長はゆっくりと顔を上げた。
「調査をします、拠点にできる空き教室を一つ下さい。被害に遭った生徒で、話が出来る状態の子からは聞き取りをさせていただきます」
「え? ……は、はいっ、えーっと……空き教室ですか?」
提案や相談ではなく決定事項として告げる店長に、校長はどう反応していいのか分からないらしく、戸惑うように目線を泳がせた。
校長の代わりに千代ちゃんが一歩前に出て返事をする。
「第三音楽室がずっと使われてないから、職員室で鍵を借りてくるわ。それから、生徒会とクラス委員のグループLIMEから呼びかけて、各クラスで被害に遭った生徒に招集をかけるわね」
さっそく校長室から出て行く千代ちゃん。
フットワークが軽い!
千代ちゃんの有能さに感心しつつ、俺は頼もしい背中を見送った。
※八伏家のバロン
お仕事編「06.ポルターガイスト」からのエピソードです。




