33.深淵編 タロット占い
「そういえば店長、トランプってタロットが元になったって言ってましたよね?」
「うん、そうだよ。正確にはタロットの小アルカナって部分がトランプと共通なんだ。大アルカナの部分はまた別」
「小あるかな???」
俺のタロット知識がゼロなのを察した店長は小さく笑い、いったん店の奥にひっこんでタロットカードを手に戻って来た。
タロットは呪術の道具だと店長が言ってたのを思い出す。それにしたって、うちには本当に何でもあるんだな……。
店長は俺の手からトランプを取り、カウンターにカードを拡げると、タロットと一緒に並べて説明してくれる。
「トランプには、クラブ、スペード、ハート、ダイヤの四つのマークがある。それぞれがタロットの棒、剣、聖杯、硬貨に対応してる。四組が十枚の数札というのも同じ。人物札は、王のKと女王のQはそのまま。騎士と若者が一つにまとまってJになったんだ」
「おぉー! なるほど! 分かりやすい!」
アレクと橘も興味深そうに店長の説明を聞いている。
「カードの意味も共通してるよ。トランプのダイヤ9は『予期しない利益』、タロットの硬貨9は『隠れた収益』。トランプのスペード9は『悪意ある妨害』、タロットの剣9は『悲しみと恐怖』だ。僕はインスピレーションで読み取る時は同じカードとして認識してる」
それぞれ対応するカードを並べる店長の手捌きは、まるで手品師みたいだ。
「店長は『祓い』だけじゃなく『占い』もできるんですね」
「あぁ、占いの依頼は都築くんに手伝ってもらってないから知らないよね。ムーンサイドのお客様は祓いより占いの方が多いんだよ。芸能や政治関係は特にこういった物に頼りがちだから。橘くんのところもそうだよね?」
「はい」
「へぇ~、そうなんですか」
千代ちゃんがソファの方から声を上げる。
「橘くーん! そっちで話し込んでないで、早く戻って来てよ! 星占いの話の続きが聞きたいわ!」
「星占いじゃなく『占星術』なんですが……」
橘は持っていた空のコップにオレンジジュースを注ぎ、苦笑しつつソファの方へ戻って行った。
「……あの村のこと、警察に届けなくて良かったんでしょうか……」
「都築くんが届けるべきだって思うなら、そうすればいい。僕はしない」
「店長は九谷さんたちがちゃんと裁かれるベきだって思わないんですか?」
あの村のどこかに犠牲になった子供達の遺体が埋まってるかもしれない。帰ってきてからずっと、俺の中に呑み込み切れない何かがあった。
「九谷さんの娘さんが亡くなってなかったとしたら?」
「え?」
突然店長から飛び出した情報に、目を見開く。
「もしもの話だよ。九谷さんの娘さんは医者から余命三ヶ月と宣告されて、もう半年……なんとか生きながらえている状態だったとしたら?」
「どういうこと、ですか……?」
箸を持つ手が震えている。
俺は箸を置いた。
「悪魔の力を借りて娘さんの命をながらえさせていたとしたら……誰かの命を奪ってでも、大切な人を失いたくない一心であやまちを犯してしまっていたのだとしたら……都築くんは、九谷さんを責めることができる?」
「……九谷さんは許されないことをしたと、思います。でも、俺は……責める気には、なれま……せん」
声が掠れる。
千代ちゃん達の楽しそうな声が遠ざかっていく。
「それに、悪魔を信仰した罪からは誰も逃れられない。法で裁かれなくても、神から裁かれる……」
店長の言葉はひどく淡々としていて、俺は何故か泣きたくなった。
うつむいて唇を噛む。
「僕は自分の価値観をまったく信用してない。正義だの悪だの決めたり、この人は裁かれるべきだなんて判断……怖くてできない。まぁ、僕だって叩けばホコリが出る身だからね……誰かを叩こうなんて思わないよ」
最後の部分は冗談めかした店長だったが、確かにこの人もそれなりに「悪いこと」をしてそうな気がする……。うん、色々してそうだ。
心のもやがすっきり晴れたわけじゃないが、俺は考えるのをやめた。
気持ちを切り替えよう。
「そのカード、サルバドール・ダリか。また随分クセが強いのを使ってるんだな」
タロットの絵柄を見つめながら、アレクが意外そうに口を開く。
「そう? 慣れればすごく使い勝手がいいよ」
「尾張のことだから、アレイスター・クロウリーのトートを使ってるかと思ってたぞ」
「あれは名作だけど、ちょっと危なっかしいから普段は使ってない」
アレイスター・クロウリーって名前、店長と六芒星の話をした時にも出て来たな。店長が「先生」なんて敬称をつけていたのを覚えてる。
俺は二人の話の邪魔にならないよう遠慮がちに動いて、大皿からサンドイッチを取り皿によそった。
「五芒星の小追儺儀式にも驚いたぞ」
アレクの言葉で、カードを揃えていた店長の手がとまる。
そういえば夜宴で店長が悪魔を退けた時、アレクがすごく驚いてたな。
「あんなの、別に珍しくもないよ……」
「尾張、もしかしてお前の本当の専門って――……」
アレクが言葉を切った。
見ると、店長が人差し指を口元に当てて「内緒」とでもいうように微笑んでいる。
「ま、いい……」
アレクはジンジャーエールをグイッと呷り、お代わりを注ぎにペットボトルの方へ移動してしまった。
「店長、質問いいですか?」
俺が右手を上げると店長は軽く首を傾げた。
「なに?」
「あそこにいたのって『悪魔』だったんですよね? 橘が陰陽道で作った結界でちゃんと効果あるんですか?」
店長は目をパチクリさせた。
あれ? 俺また素人丸出しな質問しちゃったか?
「……都築くん、悪魔も鬼も妖怪も全部同じものだよ?」
「えぇっ!?」
「時代や地域によって呼び方が違うだけで、全部同じ。猫が長生きしてちょっと力を持っちゃったみたいなのから、元は神様だったけど堕ちて悪魔になったっていうのまで……力や影響力はピンキリだけどね」
「でも店長……夜宴で悪魔を退けた時、いつも使ってる陰陽っぽい術じゃなくて、『五芒星小つい……何とか』って術を使ったんですよね?」
「あぁ、あれね……」
店長は天井へと視線を向け、軽く首を捻った。
どう説明しようか考えてるようだ。
「たとえば、都築くんもお説教受ける時は英語で叱られるより母国語の日本語で叱られた方がこたえるだろ? そんな感じ」
なんじゃ、そりゃ……。
分かりやすいような分かりにくいような、変な例えだ。
店長が持っているタロットに目をやる。
「そうだ、せっかくだし俺のこと占ってくださいよ。店長!」
「都築くん、悩みなんかあるの?」
「悩みっていうか俺もそれなりに将来が気になるし、日々こういうこと頑張って行くといいよ! みたいな……アドバイスとかもらえたら嬉しいです!」
「ふむ、それならヘキサグラムかな」
店長はタロットをカウンターの上に拡げてシャッフルしてから一つにまとめ、裏返しの状態で並べていく。一枚のカードを中心に六枚のカードがその周りを囲むような配置だ。
「はじめるよ。……――まずは『過去』……『未来』……それから『現在』……ふむ、……『環境』……なるほどね」
一枚ずつカードをめくりながら店長が呟く。
それぞれのカードが俺の『過去』や『未来』を表しているってことか。
カードを見て店長が小さく苦笑する。
いや、あの……説明して下さい。
「……それから『願望』……、……ふぅ~ん……」
いや、だから! 説明して下さいって!!
「そして、『最終結果』――……っ、……」
最後の一枚、真ん中のカードをめくった店長の手が止まる。
なんだ? 表情が読めない。いいのか? 悪いのか?
「ごめん、失敗みたいだ」
え???
店長は拡げていたカードをまとめて揃え、ケースへとしまう。
それ、めちゃくちゃ悪かったとしか受け取れないぞっ!!
なんだ? 俺、死ぬ!? 死ぬのかっ!?
「都築くんは本当に無敵だから、占いまで弾かれちゃうなんて……商売あがったりだよ、まったく」
軽く肩をすくめ、店長が苦笑する。
なんだ、そういう事か。
「商売って! この占いでもお金取るつもりだったんですかっ!?」
「当然だろ?」
油断も隙もあったもんじゃない、本当にこの人には気を付けないと!!
下手したら一生ムーンサイドでこき使われるぞ……。
俺はサンドイッチを摘まんでかぶりついた。
シャキシャキレタスと玉子の塩加減が絶妙だ。
まぁ、店長の手料理がまかないで食べられると思えば、ムーンサイドの仕事もそれほど悪くはないかもしれないが……。




