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32.深淵編 脱出

 俺は震える手でアレクの体を抱きかかえ、村人達を睨みつけた。

 

 涙が溢れる。悔しい、泣きたくない!

 恐怖より怒りの方が大きかった。


「あんた達、どうかしてるっ! 悪魔なんか……っ、悪魔なんかクソッくらえだっ!!!!」


 怒りに任せて叫ぶ。…――と同時に村人達はバタバタと倒れてしまう。

 意識を失った? 全員一度に?


 そうか! 橘と店長の結界が完成したんだ!


「アレク! アレク! 頼むから死ぬな! アレクっ!!」


 ぼろぼろ零れる涙も気にせず、必死でアレクの名を呼ぶ。

 救急車! そうだ救急車を呼ばないと!!

 スマホを引っ張り出すが――…、あぁ、ここは圏外だった!

 手からスマホが滑り落ちる。


 どうしよう、どうしたらいいんだ!?


 パニック状態でおろおろするだけの自分が腹立たしい。

 俺はまともな応急処置も知らない。

 自分の不甲斐なさに、鼻の奥がツンと痛む。


 ふいに、アレクの手が動いた。


「……――?」


 アレクは腹に刺さっているナイフを自分で引き抜き、地面に捨ててしまう。


「そ、それ抜いたらすごい出血とかがががががが」


 日本語がおかしいのは、目の前の光景を理解できないからだ。


 アレクが服の下……内ポケットから聖書を取り出す。

 聖書の革表紙にはナイフが刺さった痕が、深い傷になっていた。

 つまり――……、


「すまん、都築……俺は刺されていない」


 ものすごーくバツの悪そうなアレクの声に、俺は一気に脱力した。


 謝るな! バカ!!!!

 俺がハズカシイだろ!!


「都築さん! アレクさん!」


 橘と店長が駆け寄って来た。

 地面にへたり込んでいる俺とアレクに、店長が眉を寄せる。


「アレク、怪我したのか?」


「何でもないっ! 大丈夫だっ! 大丈夫っ!!」


 誤魔化してくれるアレクに感謝しつつ、俺は橘に問いかけた。


「それより結界は? 村の人達が急に倒れたんだけど、結界が張れたってことだよな?」


「はい! もう悪魔はこの土地に寄り付くこともできません。あの人達も目覚めたら、どうしてこんなに夜宴(サバト)にのめり込んでいたのかって不思議に思うはずです」


「そっか……」




 倒れている村の人達をその場に残し、俺達は山道を下った。

 正直めちゃくちゃ疲れていたが、一刻も早くここから離れたかった。


 村を抜け、けもの道を通ってバス停まで誰も言葉を交わすことなく、ただひたすら歩いた。

 バス停に着くと同時に橘が転びそうになり、俺はとっさに腕を掴んで支えてやる。


「す、すみません……ちょっと足がもつれて……」


「あれだけの結界を作ったんだ。限界だね」


 店長の言葉を聞いて、俺は橘をバス停のベンチに座らせた。

 

 これ以上橘に無理させるわけにはいかない。

 下山を諦め、俺達はバス停で朝まで過ごすことにした。

 念のため交代で見張りながら二人ずつバス停のベンチで休もうという店長の提案に、誰も異論はなかった。


「何かあったら、すぐに起こして下さいよ?」


「分かってるって。ほら、都築くんも体力限界だろ? さっさと休んだ方がいい」


 店長に促され、俺と橘はベンチに寝転がった。

 しばらくして橘の寝息が聞こえ始める。


 怖い思いして、力も使いまくって……こいつが一番大変だったよな。

 俺も疲れているはずだが、変に目が冴えて眠れない。




 バス停に灯りはなかったが、月明りのおかげで周囲の様子は分かる。

 遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声はフクロウだろうか。


 ようやくうとうとしかけた時、ふいに店長が動く気配がした。

 横になったまま視線だけ向ける。

 店長はポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けた。


 禁煙したって言ってたのに……。


「いるか?」


「いや、いい……」


 煙草を差し出した店長にアレクは首を振った。

 店長はゆっくりと煙を吐き出し、もう一度ポケットを探って何かを取り出すと、アレクへ投げてよこした。


肋骨(あばら)、折れてるだろ。鎮痛剤だ、飲んどけ」


「都築と橘には言うなよ」


 アレクは受け取ったそれを口に放り込み、ガリガリと噛み潰した。


「別に隠す必要ないと思うけど……」


「かっこいいだろ?」


 ニヤリと笑うアレクの横顔は、本当に……かっこ良かった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 カウンターに所狭しと並ぶ店長自慢の料理を、俺とアレクはもりもり食べていた。


 明日、京都へ帰る橘の送別会で「ムーンサイド」は貸し切りだ。

 店舗奥のソファセットで千代ちゃんと十和子さんに挟まれ、橘は質問攻めにあっていた。


 橘たちを眺めつつ唐揚げを頬張る。

 うっま! 皮はパリサクで香ばしく、旨みたっぷりの肉汁が口の中に溢れる。


「やっぱ陰陽師の人気って、別格なんだなぁ」


「そりゃそうだ」


 アレクは小さく苦笑し、ジンジャーエールのグラスを口に運んだ。

 店長が厨房からペットボトルをいくつか抱えてくる。


「飲み物のお代わりは大丈夫?」


「カウンターにペットボトル並べとけば皆勝手に注ぎますって! ほら、店長も一緒に食べましょう!」


「身内ばっかりだし、それもいいかな」


 店長は軽く首を傾げて綺麗に微笑み、カウンターの椅子に腰かけた。


 こうして店長の美味しい料理を食べられるのも、生きて帰ってこれたおかげだ。

 俺はしみじみと村でのことを思い出していた。


「それにしても大変でしたね。でも、村の人全員が悪魔を信仰しちゃうなんて……」


「んー、元々は廃村状態だったとこに、悪魔信仰の人達が儀式のために集まってたんじゃないかな。あのままだったら、どこかでまた子供が行方不明になってたと思う」


 店長は取り皿にサラダを取り分けながら物騒な事を口にする。


「でも、なんでわざわざあんな田舎で?」


「村人全員が共犯なんだから、何をしても外部に漏れることはないだろ? 都心の繁華街に行けば家出してきた中高生なんかいくらでも手に入る。それに村に連れてくれば生贄の片付けも簡単だ。日本って国は遺体さえ見つからなければただの行方不明。『事件』にはならないからね」


「…………」


 橘が空になったコップを手に、カウンターの俺達の方へ来た。

 お代わりを注ぐとか言って、千代ちゃん達から逃げ出してきたのか。


「昨日、花山さんから連絡がありました。あの絵画、暗い森の絵から綺麗な山の風景に変わったそうです。花山さんのお父様も、まだ入院中ですが回復に向かってるとのこと……僕の『お仕事』も無事完了です。本当にありがとうございました」


「そうか、あの絵が……目くらましがとれて本来の姿に戻ったんだね」


 店長は軽く頷き、生ハムサラダを口に運ぶ。


「店長、結局あの絵は何だったんでしょう? どうして同じのを何枚も描いてたのかな……」


 軽く肩をすくめ、「分からない」と首を振る店長の代わりに、黙っていたアレクが口を開いた。


「あの村には近づくな、という警告。もしくは俺達みたいなのを呼び寄せるための――…。描いた本人が亡くなってしまってるから本当のところは分からないが、悪魔によって目くらましが施されていたくらいだ。俺は警告してくれていたと思いたいな」


「そっか……うん、そうだな」


 俺はちょっぴり複雑な気分で、から揚げのおかわりを皿によそった。

 



「そうそう、忘れるとこだった……」


 店長が何やら思い出したように立ち上がり、カウンターの奥から紙袋を手に戻って来る。


「結界を張るのに借りた物、もう使えないから新しいのを用意したよ。アレクにはロザリオ、橘くんには念珠、都築くんにはトランプ」


 店長は紙袋から一つずつ取り出し、それぞれに渡してくれる。

 綺麗に包まれたそれは、リボンまでかかっている。

 まるでプレゼントみたいだ。


「気にしなくていいのに……」


 なんて言いつつも、アレクは嬉しそうに包装紙を剥がして箱を開け、繊細な飾り細工が施された十字架に目を細めた。


「僕にまで……ありがとうございます」


 橘が開いた箱には、透明な珠が綺麗に並んだ数珠のようなものが入っていた。

 濃紺の組み紐のような飾りがついていて、芸術品のように綺麗だ。

 橘はさっそく腕にはめ、嬉しそうに店長に頭を下げた。


「大切に使わせていただきます」


 俺も包装紙を開けてみる。

 ごく普通のトランプだが、店長がくれたってだけで何だかすごいアイテムのような気がするぞ。


「都築くんが貸してくれた勾玉は、千代ちゃん達からもらったってことが大切なんだろうと思って……。僕から代わりの勾玉もらってもしょうがないだろ?」


 そういうところは、ちゃんと分かる人なんだよなぁ……。


「ありがとうございます。トランプ、ありがたく使わせてもらいます!」

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