30.深淵編 式神の導き
「う……いたた、……っ…」
殴られたところがズキズキ痛む。
俺は後頭部に手をやりながら、呻き声と共に目を開けた。
「都築くん、大丈夫?」
店長の声で顔を上げると、ちょうどアレクも起き上がるところだった。
「ここは――…?」
「物置小屋みたいだね……でも、何もない。人を閉じ込めるための場所として使われているんだろう」
「どうして俺達が閉じ込められるんだ?」
戸惑いの声をあげつつもアレクは入口へと向かい、ドアを開けようとガタガタいわせる。
「無駄だ、アレク。僕もさっき開けようとしたけど鍵がかかってる」
「橘はどこへ?」
俺の問いに、店長もアレクも黙り込んだ。
「俺、九谷さんが話してるのを聞いたんです! 『久しぶり』とか『こども』とか……橘のことですよね? 橘を……橘を探さないとっ!」
「急いで鍵を開けよう」
「え? どうやっ……っ、……」
店長に問いかけようとしてアレクの手に制止され、俺は口をつぐんだ。
目を伏せ、何やらぶつぶつ唱える店長を半信半疑で見守る。
術で鍵開けまでできるのか!? もう何でもアリだな……。
ガチャッと金属音がして、俺はドアへ近づいた。
恐る恐るドアを開くと地面に南京錠が転がっている。
「これ、どうやって……」
理解が追い付かない俺の後ろでアレクが苦笑した。
「陰陽師なら式神、魔術師なら使い魔……そういった類を使役できる奴を閉じ込めるなら、ちゃんと霊的結界も張っとかないと、こうやって簡単に脱出されるってことだ」
「店長、そんなの使えるんですかっ!?」
「あぁ、今回は僕のじゃないよ。橘くんの式神が僕たちを探してうろうろしてたから、ちょっと頼んで開けてもらったんだ」
…………開いた口が塞がらない。
俺には見えないが、橘の式神がいるってことは、つまり橘はまだちゃんと生きてるってことだよな?
外へ出ると、そこは九谷さんちの庭の物置小屋だった。
見張りはいない。
「橘くんの式神が案内してくれるみたいだ、行こう!」
店長とアレクが走り出した。
俺も慌てて追いかける。
夜道はほとんど外灯もないが、店長とアレクの足取りは確かで速い。案内してくれているという式神のおかげだろう。
「それにしても、橘の式神はずいぶん器量よしだな。尾張の使い魔とは大違いだ」
「うるさい」
俺は思わず前方へ目を凝らした。
見えないのは分かってる……が! めちゃくちゃ見たい!!!!
「ここだ!」
辿り着いたのは村の集会所だった。
夕方、村を散策した時にも一度前を通っている。
急いで中へ入ろうとして足元の何かにつまずきそうになり、俺は息をのんだ。
「なん……だ、……これっ……!?」
カラスが死んでいる。
どこかに大きな傷を負っているのだろう、血まみれだ。
死骸は紙の上にのせられている。よく見ると、その紙には円の中に星が描かれていた。
「黒魔術の結界だね。都築くんならそれに触れるだろ? 建物から離れた場所に紙と別々に捨ててきて!」
「えぇええ~っ!?」
触れるけど触りたくない!!
いや! この結界を何とかしないと店長たちが中へ入れないなら、俺がやるしかない!! ぐっと歯を食いしばり、カラスに手を伸ばす。
カラスだって黒魔術の結界に使われるなんて超不本意だったに違いない。
俺は紙を丸めて遠くに投げ捨て、カラスの死骸を両手で抱えた。集会所の敷地から外へ運び出し、道路脇の茂みの奥へ置いてやる。一瞬だけ手を合わせて、俺はすぐに取って返した。
集会所に戻ると店長とアレクが中へ入って行くところだった。
まだ橘の式神が案内してくれているのだろう、二人は迷うことなく集会所の階段を地下へと駆け下りてゆく。俺も必死で後に続いた。
階段を下りきったところにある大きな扉の前で、店長とアレクはいったん立ち止まった。
その扉には大きな布が貼り付けられており、そこにはカラスの下に置いてあった紙と同じマークが描かれていた。
円の中に五芒星……いや、この五芒星は逆さまだ。
こんなマークがあるのか……?
「店長、これっていったい……」
「この中で行われてるのは、『夜宴』だ」
店長の声がいつになく低い。
アレクが首から十字架のネックレスを外す。
「子供を生贄にして悪魔に忠誠を誓い、願いを叶えてもらう…――悪魔の儀式だ」
聖書を持つ手にネックレスのチェーンを巻きつけながら、アレクは苦々しい表情で吐き捨てるように言った。
そんなことが現代日本で行われているのか!?
こんな平和そうな何の変哲もない田舎の村で?
信じられない――…!!
俺は言葉を失った。膝が震えている。頭が追い付かない、理解できない。
店長にグイッと強く肩を掴まれ、俺はハッと我に返った。
「都築くん、中に踏み込んだら僕とアレクのことは気にせず、真っ直ぐ橘くんのところへ行くんだ。橘くんがどんな状態だったとしても、抱えてでも引きずってでもここから連れ出すこと。いいね?」
俺の瞳を覗き込み、言い聞かせるような店長の言葉に、俺は両手で自分の両頬をバチン! と叩いた。しっかりしろ! 俺!!
「アレク、準備は?」
「OK!」
「よし! 行くよ!」
店長は一つ大きく深呼吸し、勢いよくドアを蹴破った。
二人に続いて俺も部屋の中へ飛び込む。
想像以上に部屋は大きく、大勢の村人がいた。
全員が黒いローブのようなものを着てフードを被っている。
そして壁には、やはり大きく上下逆の五芒星が描かれていた。
「たちばなっ!!」
部屋の一番奥……祭壇のようなところに橘が寝かされている。
俺は走った。
村人たちの怒号と店長とアレクの声、聖書の文言だか呪文だか知らないが、とにかくすごい騒ぎだ。
ガシッと村人の一人に腕を掴まれ、咄嗟に振り払おうともがく。
その時――…、ガッ!!
俺の腕を掴んでいた村人がアレクに殴られ吹っ飛んだ。
自由になった俺はアレクに礼も言わず、転がるように橘へと駆け寄る。
「橘っ! 大丈夫かっ!?」
意識はあった。
大きな怪我はなさそうだ。
しかし猿ぐつわを噛まされ、両手両足をがっちり縛られている。
猿ぐつわを引き剥がし、手足のロープを解きにかかる。
焦って手が震える。
「つ、都築さ……っ、……」
涙目の橘は青ざめ、ガクガク震えている。
そりゃ、めちゃくちゃ怖かっただろう……。
それでも俺たちのとこへ式神を送ってきたんだ、お前すごいぞ!
「立てるかっ?」
解いたロープを投げ捨て、橘の手を掴んで立ち上がらせた。
橘は軽くふらついたが何とか踏ん張る。
その時、大騒ぎだった村人たちが急に静かになった。
振り返ると黒いローブの集団が床に倒れている。
店長が印を結び、部屋の真ん中に立っていた。
アレクは少し離れた場所で膝をつき、肩で息をしている。
「まったく……こんなに大勢、一度に眠らせるなんて初めてだよ。でも、そんなに長くはもたない」
店長の術が効いてるうちに逃げないと!
「行こう、橘!」
俺は橘の手を掴んだ。が、橘は急に青ざめて体を強張らせた。
「ダメですっ! 悪魔が……!」
悪魔? ここに悪魔がいるのか!?
アレクの声が響く。
「都築っ! 悪魔の爪が橘の首にかかっている、無理に橘を引っ張るな! 首が飛ぶぞ!」
「な――…っ!?」
アレクがこちらへ聖書をかざし口を開きかけたが、悔し気に首を振る。
「ダメだっ! こんな強力な悪魔を退けるほどの高度な呪文……俺は知らないぞっ!」
えぇええ~っ!?




