104.バーベキュー
「都築、遅ーいっ! のど渇いた!」
俺の姿を見るなり、万里とダニエルがタタタッと駆け寄ってくる。
「探しに行こうかと思ってたんですよ。何かありましたか?」
心配そうなダニエルに、俺は「大丈夫」と笑ってみせた。
「悪い。自販機のとこでちょっと休憩してたんだ……ほら、ジュース」
万里とダニエル、それぞれに缶を渡すと、二人は不思議そうに目を見合わせた。
「都築、気が利かない……一緒に遊んでるんだから千颯くんの分も買って来ると思ってた」
「え? ちはやくん???」
ダニエルが苦笑しつつ後ろを振り返る。
「千颯くん、僕のジュースを半分こに――……あれ? 千颯くん?」
「千颯くん、いない……」
万里がキョロキョロと周囲を見回す。
「いや、待てマテまて。お前らずっと二人で貝殻拾ってただろ?」
二人はポカンと俺を見た。
「うぅん、千颯くんって子が一緒に貝殻探したいって言ってきて……」
万里はそこまで言って、はた……と何かに思い当たったように軽く目を見開いた。
「都築に見えてなかったってことは……」
万里とほぼ同時にダニエルもはっとして青ざめ、口元を押さえた。
「でも、そんな風には全然……普通に話して、変な感じもしなかったし……」
二人とも信じられないといった様子だ。
だが、どう考えても結論は一つしかない。
一緒に遊んでたとかいう「千颯くん」は間違いなく霊だ。
霊だと気づかせない程、自然にそこに居た……ということだろう。
あ、れ? ちょっと……待て。
さっき、千尋ちゃんは弟のことを「千颯」って言ってなかったか?
まさか……ま、まままままさか!?
千尋ちゃんの母親は、もう亡くなってる弟を探して!?
いや、待て!
別人の千颯くんかも知れない。そう思いたい!!
「…………」
俺たちは三人それぞれ、微妙な表情でジュースの缶を開けた。
さっきと違って、全然美味しく感じないぞ……。
「今日は移動も長かったし、疲れたよな……そろそろ戻ろう!」
俺の提案に二人は素直に頷いた。
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「う、ま~~~い……あっつ、はふはふっ……」
ニンニクのきいた甘めのタレと旨みたっぷりの肉の脂が口の中で蕩け合い、俺はうっとりと目を細めた。
別荘の大きなバルコニーに据え付けてあるバーベキューコンロの上には、野菜や肉がジュージュー香ばしく焼けている。
「あぁ、ほら……そのお肉、焼き過ぎだよ。都築くん、食べちゃって」
「はーいっ!」
焼肉奉行の店長の指示に従い、俺は肉へと箸をのばした。焦げる前に救出成功!
万里は最初肉を食べまくっていたが、すぐに飽きたようで、今はトウモロコシにかぶりついている。ダニエルはもともと野菜の方が好きなようだ。つまり、店長が大量に買い込んで来た高級肉はほとんどが俺の腹へと収まっているのだ。
そして、抜かりのない店長はしっかりと白飯も用意してくれている!!
俺は肉と白飯をもりもり食べつつ、この世に生を受けたことを感謝していた。
「それで? その子が霊だって、全く気付かなかったの?」
ワイングラスを片手に、トングで野菜をひっくり返しながら店長は二人に問いかける。
「うん」
「分かりませんでした」
店長はワインを口に含み、考えを巡らせるように瞳を揺らした。
「一馬もパトラッシュも反応してないってことは、邪悪なもの……危険なものではなかった、ということかな……」
万里はしっかりと頷く。
「そう思う。千颯くん、ぜんぜん嫌な感じしなかった。」
たとえ危険なものじゃなかったとしても、成仏できなくて彷徨っているなら天国に送ってあげたいところだが……。俺は店長たちの会話を聞きつつ、タレをからめたミスジを白飯と一緒にかき込んだ。
「言っとくけど、次に見かけてもほっとくんだよ。君たち、浄霊はまだできないだろ?」
「尾張サンがしてくれればいい……」
万里の言葉に店長は小さくため息を吐き、ワイングラスをサイドテーブルに置いた。
「それは、万里くんからムーンサイドへの依頼?」
店長の声のトーンが変わった。
まぁ、そうなるよな……店長の辞書に「タダ働き」という文字はない。
万里はいったんトウモロコシに視線を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
「俺のお小遣いで払うとしたら、何ヶ月分?」
「五年と七ヶ月分で、お釣りが百三十円」
計算早っ!!!!
ビジネスライクな店長の言葉に、万里は言葉を詰まらせた。
ダニエルは困ったように店長と万里を見比べている。
店長のワークスタイルを嫌と言うほど見てきた俺は、ここで交渉したり食い下がっても無駄なのはよく分かっている。春、俺と万里の二人で勝手に悠くんを浄霊しようとして大失敗した苦い記憶が蘇る。
さすがに、万里ももう無茶しようとは思わないだろう。
金、金、金の世の中なのだ……。
俺はこんがり焼けたピーマンの苦みを噛み締めた。
その時、ピンポーン――……玄関の呼び鈴が鳴った。
俺は慌ててピーマンを呑み込み、立ち上がる。
「誰だろう。焼肉の煙と匂い、ご近所さんに迷惑だったのかな……ちょっと出てきますね」
気まずい空気から逃れるように、俺は玄関へと急いだ。
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「えーっと、……ご用件は?」
俺の問いに、目の前の三人はちょっと気まずそうに顔を見合わせた。
どう話を切り出せばいいのか分からないようだ。
訪ねてきたのは、煙に苦情を言いに来たお隣さんなんかじゃなかった。
町内会長と名乗る、つるピカ頭の人の良さそうなオジサンだ。役場の職員という二人を連れている。
「遅くにすみません、お食事中でしたか?」
焼肉の香りを纏った俺に、町内会長は申し訳なさそうにハンカチで額の汗を拭いた。
「大丈夫です。何かありましたか?」
町内会から叱られるようなことをした覚えはない。
海で平和に貝殻を拾って、楽しくバーベキューしてるだけだ。
後ろめたいことなんてないぞ、うん!
何やら言いにくそうにしていた町内会長は、とうとう意を決したように口を開いた。
「こちらは、ご高名な霊能力者の方の別荘と伺っています! どうか、どうかっ! この町を助けてくださいっ!!」
いきなり懇願するように叫び、ガバッと土下座した町内会長の勢いに、俺は何が起こってるのか分からず、きっかり三秒固まった。
「ま、待って下さいっ!」
ご高名な霊能力者なんかじゃない俺は慌てて町内会長に駆け寄った。
「頭上げてくださいっ! こんなとこで土下座なんかっ、とにかく中へ! 『ご高名な霊能力者』に話を聞いてもらえるよう、ちゃんと取り次ぎますからっ!!」




