第3話 もう失ったりしない。
[美里、やる事はしたから後は頑張りなさい。美しい姉より]
「ありがとうお母さん」
母から届いたメッセージに小さく呟く。
美容師のお母さんに宮崎紗央莉の予約が入れば担当して欲しいと頼んだのだ。
地元では名の知れた美容師の母は顔も広く、母の要請に協力してくれた美容室には感謝だ。
アイツはきっと昔の自分に戻りたいと考えるだろうと踏んだのだ。
予想は当たった、これでアイツは同窓会に間違いなく出席する。
汚れきった自分を偽りの姿で隠して。
でもお母さん「姉より」って少し図々しいよ、もう40過ぎの癖に。
「お待たせ」
「ううん大丈夫だよ」
バイトが終わった和也は待ち合わしていた喫茶店に息を切らしてやって来た。
今日も時間ギリギリまで家庭教師のバイトするなんて、
『あの子は高校受験だから勉強スケジュールは変えられない』彼らしい言葉だ。
責任感が強いのは高校時代から変わらない。
優しくって、自分の事より他人の事ばかり一生懸命、そんな彼だから私は強く惹かれた。
告白しても、断られても、諦め切れない程に。
「少し走るか?」
「うん」
差し出された手をしっかり握る。
手袋越しに伝わる暖かい彼の手、私は絶対に離さない、あの女みたいに...
「間に合ったな」
「ええ」
同窓会の会場は大きなイタリアンレストラン。
和也が以前家庭教師をしていた生徒の親が経営している店。
『和也君が同窓会するなら是非使ってくれ』
そう言われたそうだ。
彼がいかに素晴らしい先生だったか分かる。
「こんばんは」
店に入ると店内に居た男性が笑顔で迎えてくれた。
「おお、和也君、さあ早く入りなさい。
さあ彼女も早く!」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
『彼女』その言葉に顔が赤くなる。
どうして私が和也の彼女って分かったのかな?
「お、和也来たな、竜ヶ崎さんも久し振り!」
受付カウンターに座っていたのは龍弥君。
今回の幹事で同窓会の企画者、表向きは。
「どうも」
頭を下げる私に龍弥君はにっこりと微笑んだ。
どうして?
「本当に付き合ってるんだ」
「は?」
「龍弥君何を?」
「手」
「「あ!」」
しっかり握り合った私と和也の手を見て龍弥君は笑う。
すっかり忘れていた。
だからさっきの男性も私が彼女って分かったんだ。
出席名簿に名前を書いた私達は店内に、会場は大きなテーブルが並び、席は殆んどの人で埋まっていた。
「さて...」
店内を見渡しアイツを探す。
今日は引導を渡すんだ、和也を裏切り、傷つけたアイツに。
「美里」
「何?」
「僕の隣に」
「うん」
和也の隣は私、この場所は譲れない。
私は和也の隣に座った。
「さあ、皆揃ったか?」
しばらくすると受付カウンターから龍弥君がやって来た。
おかしい、アイツの姿が....
「...いた」
そいつは会場の隅に座っていた。
2年前、成人式で見た金髪でもケバケバしい化粧でも無い。
高校時代の姿に化けて和也を見つめていた。
「母さん、やり過ぎだよ」
見事に化けたアイツの姿に溜め息が出る。
今回は協力をお願いしたけど、ここまでやるなんて。
「大丈夫だから」
「あ、うん」
アイツを睨む私に和也が囁いた。
和也もアイツに気づいた様だ。
「それじゃ第1回北山高校同窓会を始めます、先ず開会の挨拶を...」
幹事の龍弥君が進行し無事同窓会が始まった。
たくさんの知り合いが和也のテーブルに集まる。
友人の多い和也、今更ながら彼の人望は凄い。
「おい和也、お前本当に竜ヶ崎と?」
「ああ、付き合ってるよ」
「ええ、付き合ってるの」
何人もの友人達が同じ事を聞く。
その都度私と和也は微笑んで見つめ合う。
それだけでもう分かってしまうんだろう。
私と和也の信頼度の高さが。
テーブルの隅でアイツの視線が強くなるのを確かに感じる。
『早く来なさい!引導を渡してやる!』
その都度私も睨み返すが予想に反しアイツは来ない。
ひょっとして反省を?
いいや、そんな殊勝な奴じゃない。
あれだけの事をしたんだ、普通の人間ならこの場所に来られる筈ない。
「美里」
「佳織さん」
後ろから声が掛かる。
振り返ると龍弥君の奥さんとなった親友の佳織が立っていた。
「ちょっと来て」
「でも」
佳織に呼ばれる、その隙にアイツが和也の元に来ないか心配なんだけど。
「大丈夫、紗央莉は動けないから」
「え?」
「説明するから」
佳織は私を自分の席に引っ張る。
心配そうな和也に私は頷いた。
「座って、子供は両親に預けて来たの」
「そうなんだ」
別室に案内され、私と佳織は2人切りに。
「美里の言った通りだったわ」
「それって?」
「紗央莉よ、あの子本当にモトサヤ狙ってたわ」
「へ?」
「来るなりいきなり『和也はどこ?』って」
「なんとまあ...」
呆れた表情の佳織、私も呆れ果てる。
佳織は知っているのだ、アイツが浮気の果てに和也を捨てた事を。
私が言ったのだから。
「美里が今回を考えて無かったら紗央莉は暴走して和也に突撃していたよ」
「でしょうね」
今回の同窓会を企画したのは私。
東京で紗央莉が捨てられた事を知ったのが発端だった。
紗央莉と同じ大学に通う高校時代の知り合いから聞いたのだ。
依存先を失ったアイツは必ず和也の元に現れる。
そんな馬鹿な事を防ぐ為だったのだが。
「真相を知ってる子も結構居たよ、東京でかなりやらかしてたみたいだから」
「そう」
「それで紗央莉に『本当の事を知ってるわよ!』って両脇を固めてね、和也君に近づけなくしてるの」
「成る程」
だから突撃して来ないのか、さすがに恥を感じる人間性は残っていたのか。
でも普通は逃げ帰るだろ?
やはりアイツはマトモじゃない。
「和也君を支えたんだね美里」
「うん」
佳織の言葉に涙が浮かぶ。
高校時代、失恋した私を励ましてくれたのも佳織だった。
「美里が和也君と付き合ってる事は内緒にしてたんだよ、主人にも黙ってたんだから。
さあ幸せな姿を見せてやりなよ、もう紗央莉の入る隙なんか無いって事をさ」
「ありがとう」
凄い、さすがは母になった佳織は凄い。
元々母性が強い人だったね。
「今失礼な事を考えて無かった?」
「どうして?」
勘も鋭くなったか。
「もう」
「ごめん」
私達は心から笑いながら会場に、再び和也の隣に座った。
「どうしたの?」
「ううん」
心配そうな和也の手をもう一度握る。
アイツの視線は全く気にならなくなっていた。
「それじゃまた!」
「お幸せに!」
「結婚式には呼べよ!」
2時間後同窓会はお開きとなった。
中には次の場所に移る仲間もいたけど、私と和也は帰宅の途に、もちろん握った手は離さない。
いつの間にかアイツの姿は消えていた。
どうやら諦めて帰ったか。
アイツに引導を渡せなかったのは少し心残りだけど、まあ良い。
だって、こんなに幸せなんだもの。
「これからどうする?」
「どうって?」
「家に来る?」
まだ離れたくない、もっと和也と居たかった。
「そうだな」
「やった!」
和也と泊まりだ、早速お母さんに電話を...
「....和君」
「は?」
物陰から現れた女、薄暗いが誰か分かる。
「お前は」
宮崎紗央莉だ、油断していた。
異様な雰囲気、コイツ酒に...
「帰れ」
「嫌、私とね、和也また...」
「ふざけるな」
和也の冷たい言葉にも全く怯まない紗央莉、これは不味いな。
「もう昔の紗央莉だよ、ほら和君が素敵だって言ってた髪も...」
「何がだ!染め直しただけだろ!」
思わず叫んでいた。
「え?」
「...美里」
何が昔のだ、お前はもう和也の恋人じゃない!
裏切って傷つけたんだ!
消えろ!
「な、何よ和君に振られた癖に!」
そう来たか。
でもどうして知ってるんだ?
カマを掛けてるのか、まあどうでも良い。
「確かに私は一度振られて恋を失った...
でも取り返したんだ、お前のせいで傷つき、苦しみ喘いでいた和也を元の和也に!」
私の脳裏に2年前の和也が、塞ぎ込み、苦しんでいた、和也の姿が!
「...それは」
まだ何か言うのか?
「止めろ美里」
和也が私の前に立った。
「もう戻れない、分かってるんだろ」
「でも」
「僕の高校時代、お前との想い出を悪夢に塗り替えたんだ。
お前は...もう悪夢でしかない。
美里が居なかったら、僕は...きっと、多分」
「和也」
後ろから和也を抱き締める。
大きな背中が震えて...
「今のお前は所詮偽りなんだ、染められたんじゃない、自分から染まったんだ」
「....そんな!!」
和也の言葉にアイツは崩れ落ちた。
泣きじゃくる姿、全く可哀想と思えなかった。
「行こう」
振り返った和也に涙は無い。
私に向ける笑顔に全てを理解した。
和也は振りきったんだ、悪夢からアイツの呪縛から!
「うん、行こう!」
私達は歩き始めた、明るい明日へと。
ありがとうございました。