第2話 失ったのは私?
「変わらないな」
4年振りに高校のある駅に降りた。
駅前ロータリー、ガード下に並ぶたくさんの飲食店。
そして高校時代、みんなで通ったクレープ屋さん...
『和って、またバターシュガー?』
『定番だけど、これ旨いんだぜ』
バターを溢さない様にクレープを食べていた和也の顔が目に浮かんだ。
「...止めよ」
クレープ屋に行き掛けた足を止める。
素敵な想い出は素敵なままにしておきたい。
懐かしい通学路を歩く。
将来の悩みなんか無かった、仲間と一緒に騒いで笑い合い、楽しい時間が永遠に続くと思っていた。
「昔のままね」
高校の正門から校舎を見つめる。
たった4年しか経ってないから当然だ。
でも私はもう...
「...そろそろ行かなきゃ」
美しい想い出なんか今の私には残酷でしかない。
こんな事をするためにこの駅に降りたんじゃないんだ。
駅前に足を戻した。
「ここか...」
着いたのは駅前にある美容室。
高校時代は気づかなかったけど、口コミの評価も高いこの店に予約を入れていた。
「すみません、予約していた宮崎ですが」
店は外観だけじゃなく店内もオシャレに飾られている。
私が普段使っている東京のサロンより。
「はい、どうぞ」
1人のスタッフが私に近づいて来た。
凄く綺麗な人、背も高くナチュラルなメイクは元の地顔の良さを損ねる事無く一層の美しさを放っていた。
「どういたしました?」
「あ、すみません」
顔をじっと見つめていたらスタッフさんは首を傾げた。
慌てて頭を下げ、奥の椅子に向かう。
「本日はカットと髪を黒く染めるとありましたが...」
スタッフさんは予約表を見ながら私の髪を確認した。
困惑している、だって私の髪は、
「分かってます、先月黒に染めましたから。
でも綺麗に染め直して欲しいんです、ナチュラルな黒髪に」
そう、就活用に染めたんじゃなく本当に戻したい。
高校時代の様に、『紗央莉の髪は綺麗だね』
そう和君が言っていたあの頃の髪に...
「畏まりました、少し時間が掛かりますが、何とか痛めるのを最小限に致します」
スタッフさんに気持ちが伝わった様だ。
後は簡単な打ち合わせを済ませてセットチェアーに場所を移した。
「今日同窓会ですか」
「ええ、久し振りに会えるんで嬉しくって」
スタッフさんと他愛も無い会話。
余り話すつもりも無かったけど聞き上手なスタッフさんに乗せられ自然と会話が弾んだ。
「妹も今日同窓会って言ってました、シーズンってあるのかな?」
「あるのかも知れませんね」
スタッフさんの妹さんも同窓会か、きっと綺麗な人なんだろうな。
「昔の友人に会えるんですよね、好きな人とか再会したりなんかして」
「そんな...」
『好きな人』その言葉に息が詰まる。
だってその人に会うため今回帰って来たんだ。
高校時代の恋人、卒業しても絶対別れないと誓った人。
....裏切って捨てた人...
「どうしました?」
「いえ、何でも」
駄目だ、涙が出そうになる。
気まずい空気にスタッフさんも無言になる。
疲れから眠気が私を襲う、この所殆んど寝てなかったからだ。
不安で、不安で...
「少しおやすみ下さい、終わりましたらお知らせしますから」
「はい」
気遣うスタッフさん、お言葉に甘えさして貰おう。
いつしか私は眠りに落ちていた。
『じゃあな紗央莉、東京でしっかりな』
『うん、和も元気で』
脳裏に浮かんだのは私が東京に出発したあの日の光景。
東京の大学に進学が決まり、恋人に見送って貰った日。
『毎日連絡するからね』
『ああ、待ってるよ』
優しい笑顔で彼は言った。
それなのに私は...
『へえー紗央莉ちゃんって1人で東京に?』
『はい、初めての東京なんで分からない事だらけで』
『それは大変だね、僕で良かったら色々教えてあげるよ』
大学の新歓パーティー、サークルに入った私に声を掛けてきた男。
都会なれしている様子の彼は私に優しく言った。
『宜しくお願いします、先輩!』
...馬鹿だった。
これが過ちの始まりとも知らずに。
『恋人と離れ離れか、寂しいでしょ?』
『ええ、でも毎日連絡してますから』
『でも会えないのは辛いな』
気丈に振る舞うが本当は寂しかった。
和は地元の大学で仲間も沢山居る。
でも私は一人ぼっち、一緒に進学した友人も居たが寂しさは隠せなかった。
『それじゃ、今度仲間と一緒に遊びに行こう。
車出したげるから』
『本当に?』
気づけば私はすっかり男に依存していた。
それが男の手だとも気づかず。
刺激的な都会の日々、段々と恋人との連絡が減って行った。
[最近どうしたの?]
そんな彼からのメールやラインにも返事を返す事が少なくなった、電話も同じ。
『ごめん今忙しいから』
素っ気なく通話を切る。
ベッドの隣には男が居た。
『良いのか?』
『うん、せっかくの時間が台無しになっちゃう』
そんな日々が2年続いた。
そして向かえた成人式、髪を染め、ピアスを開けた私を見て両親は絶句していた。
『お前、それは...』
『紗央莉ちゃん、あなた...』
言葉に詰まる両親、私はそんな2人に言った。
『大丈夫、今だけだから、ちゃんと卒業前には戻すよ』
戻れる所はもう過ぎていた。
実際そんな気持ちは全く無くて、私はすっかり男の言いなりになっていた。
『紗央莉、お前どうしたんだ?』
成人式の後、和が私を呼び止める。
この頃は全くメールや電話も返さず、無視を決めこんでいた。
『どうしたって何?一体何の事?』
煩しかった。
久し振りに会う和は田舎臭く野暮ったい男に見えた。
『だって連絡も無いし...』
私の態度に驚いた表情、しかし早く立ち去りたかった。
『君が中川和也君かい?』
駐車場で話していると車を降りた男が和の前に立ち塞がった。
『そうですが、あなたは?』
『紗央莉の恋人だ、君は振られたんだよ』
『え?』
『連絡も来ない時点で気づけよ、未練たらしい奴だ』
男の言葉に絶句する和、私も男の腰に手を回した。
『そういう事だから、私の連絡先消してね。
もう私の携帯はあなたの名前は消してるし、この後着信拒否にするから』
唖然とする和を残し私は男の車に乗り込み、そのままホテルに直行した。
私が醒めたのは半年前、男が大学の空手部OBから激しい暴行を受けた事が切っ掛けだった。
私の時の様に大学の新歓コンパでOBとして参加していた男。
新入生に言い寄り、恋人から奪おうとした、なかなか上手く行かず、強引にホテルに連れ込もうとして警戒していた新入生の恋人に殴られたそうだ。
暴行事件に発展し、大学は大騒ぎとなった。
そして事件の詳細から男の行状が明らかとなった。
男は私だけじゃなかった。
私以外にも大勢の女が居たのだ。
男のしていた事が明らかとなり、私は男に弄ばれた女と知られ大学での居場所を失った。
大学だけじゃない、恋人も、地元の友人関係も、全て。
そんな私に同窓会のお知らせが来ていると母さんから電話が有った。
僅に繋がっていた地元の友人に連絡を取り参加を伝えた。
会いたい、和に会いたんだ!
「終わりましたよ」
「は、はい」
スタッフさんの声に目を覚ます。
どうやら寝ていた様だ。
「どうですか?」
「これは...」
鏡には私が居た、そう高校時代の私、男に染め上げられる前の私が...
「化粧を薄く引いておきました、サービスです」
「え?」
「随分肌も荒れてましたね、化粧品が合わなかったのかな?」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んだスタッフはやっぱり綺麗で...
「それとこれを」
スタッフは小さな袋を手渡した。
「これは?」
「ピアスです、穴はファンデーションで隠しておきました」
耳の穴は完全に分からない、男と開けたピアスはもう無い。
染められた髪、戻りたい頃の私に戻っていた。
会計を終え店を出る。
最後に、
「すみません名刺を」
「ごめんなさい、今名刺を切らしてまして」
スタッフは小さく笑い頭を下げた。
まあ、次来るときに貰おう。
「それじゃあね、紗央莉ちゃん」
扉を閉める前にスタッフの小さな声が聞こえた。
名前を言った記憶が無いけど、きっと言ったんだろう。
それより早く行かなくては、この姿を和に見せるんだ、そして...
同窓会の会場に急いだ。