第1話 失ったのは僕?
「よ、和也久し振り!」
料理居酒屋の店内に入ると奥のテーブルから聞き覚えのある声。
高校時代の親友赤木龍弥。
僕は約束の7時ちょうどに着いた筈、でも先に待っていた様だ、相変わらずだな。
「龍弥久し振り、2年振りかな?」
軽く手を上げ、向かいの席に座る。
テーブルには何も置かれてない所をみると僕が来るまで注文しないで待っていたのか、義理堅い所も変わってない。
「それじゃ乾杯!」
「おう」
注文を済ませ、運ばれてきた生ビールのジョッキを合わせる、空腹で真冬のビールは些か冷える。
働きながら夜に大学へ通っている龍弥は慣れているかもしれないが普通の学生である僕はチェーンの居酒屋以外、酒場に場馴れしてない。
「早速だけど来週の同窓会の件で....」
最初のビールを飲み干した龍弥はお代わりに日本酒の燗を注文し、枝豆を摘まみながら本題に入る。
僕のジョッキにはまだビールが半分残されていた。
「しかし同窓会するには早くないか?
まだ高校を卒業して4年しか経ってないぞ」
幹事を勤める龍弥に悪いが正直な気持ちを伝える。
同窓会ってもっと時間が経ってから昔を懐かしむ為の物だろ?
「いや、社会人になったら新しい環境になるんだ。
そうなれば昔の仲間なんて益々没交流になってしまうもんさ」
龍弥の言葉は説得力がある、4年間職場で揉まれて僕より大人になったと感じた。
「まあ佳織の受け売りだがな」
「なんだよ」
龍弥は表情を緩めネタばらしをした。
佳織は龍弥の奥さん、高校時代に付き合いだした2人は卒業して直ぐに結婚していた。
確か子供が...
「佳澄ちゃん今幾つだっけ?」
「3歳だ、可愛いぞ」
龍弥は携帯を取り出し、娘の画像を次々と見せた。
見せたい気持ちは分かるが、そこまで興味は無い。
だいたい年賀状や暑中見舞で見てるし。
「おっきくなったな」
一応の反応、空気を壊すのは本意じゃない。
「だろ?成人式の時はまだ1歳だったからな」
「...そうだな」
『成人式』何気ない龍弥の言葉が胸に刺さる。
2年前の成人式に僕は龍弥達、高校時代の友人達と会ったんだ。
高校時代の恋人、宮崎紗央莉と最後に会ったのも成人式だった。
「そういえば宮崎も来るってさ」
「み、宮崎って宮崎紗央莉か?」
思わぬ名前、僕は龍弥に迫っていた。
「そうだ、でも遠距離で自然消滅だろ?
今会ったら想い出話くらい出来るんじゃないか?」
龍弥は笑顔で話すけど、僕は笑えない。
紗央莉とは自然消滅じゃない、僕は振られたんだ。
成人式の後で...
「どうした?」
心配そうに僕を見る龍弥、怖い顔でもしてたかな。
「想い出話か、でも竜ヶ崎に悪いから止めとくよ」
「竜ヶ崎?竜ヶ崎美里か?」
「そうだよ」
龍弥は驚いた顔。
美里は高校時代いつも一緒だったグループじゃない、1人静かに教室で佇んでいたからな。
でも綺麗な彼女は凄く目立つ存在だった。
実際よく告白されていた、結局誰とも付き合ったりしなかったが。
「意外だな」
「そうだろうね」
殆んど彼女と接点が無かった龍弥にとって、僕が竜ヶ崎と付き合ってるのは本当に意外だったみたいだ。
でも僕と竜ヶ崎の間には秘密がある。
高校時代、美里から告白された事。
既に紗央莉と付き合っていた僕は断った事。
そして成人式の後、僕が振られて男の車に乗り消えて行く紗央莉の姿を見ていた事。
「そうか、それじゃ元カノと会うのは不味いな。
同窓会に竜ヶ崎も来るみたいだしな」
龍弥はリストを確認しながら呟いた。
確かに美里も参加すると言ってた、余り高校時代接点が無かった彼女だから僕も意外と思ったが。
「そんなに気にするなよ、紗央莉とは終わったんだ」
そう終わったんだ。
もう関係無い、ただの同級生、恋人でも友人でも無い、単なる他人だ。
「参加するか?」
龍弥が不安そうに尋ねた。
やはり友人だった僕の動向が気になるのか。
「美里に聞いてみる、彼女が参加しないなら僕も止めとくよ」
「分かった」
龍弥はあっさり了承した。
僕と紗央莉の仲をよく知るから当然か。
2年前、紗央莉と別れたと聞いた時も酷い慌て様だったし、元鞘を期待していたのかもしれない。
でも僕にその気は全く無い。
あれだけこっぴどい振られ方をした僕を懸命に支えてくれた美里を裏切ったら、僕まで屑になってしまう...紗央莉の様に。
「辛気臭い話は止めようぜ、久し振りに会ったんだ」
「そうだな、今日はとことん飲もうぜ!」
明るく笑うと龍弥も元気に笑った。
龍弥の奥さんは娘と実家で泊まるそうだ。
その後、僕と龍弥は懐かしい高校時代の話に華を咲かせた。
「それじゃな」
「おう、連絡待ってるぜ」
10時を回り、へべれけ寸前の龍弥をタクシーに詰め込む。
消え行くタクシーを確認すると僕は携帯を取り出した。
美里に連絡をするために。
「もしもし美里?」
『和也、どうしたの今夜は赤木君と飲んでるんじゃ?』
たったワンコールで彼女は電話に出た。
優しい声に胸が熱くなる。
別れる前、素っ気なくなってしまった紗央莉と比べてしまうのは僕が酔っているせいなのか?
『和也?』
黙ってしまった僕に美里は心配な声、駄目だ彼女に心配を掛けるなんて。
「ああごめん、龍弥と今別れたんだ。
で、聞いたんだけど同窓会に宮崎も来るって」
『宮崎って紗央莉の事?』
「うん」
『...そうなんだ』
電話の向こうで黙る美里、いきなりの電話でこの話は不味かったかな。
『和也はどうするの?』
「僕は美里が行かないなら止めとくよ、龍弥に悪いけど...会いたくないんだ」
美里に紗央莉の名前を口にしたくなかった。
『参加しましょう』
「え?」
美里はしっかりと言った。
普段からハッキリと話すが、今は言葉に力が籠っている。
『ハッキリとさせたいの、私が和也の恋人だって、みんなに』
「そうだな、僕は美里の恋人だしね」
美里の強い言葉に僕もしっかり返す。
もう酔いは醒めていた。
『ありがとう和也』
「こっちこそ」
電話口の向こうで美里が微笑んでいるのが分かる、それが無性に嬉しかった。