第二章 その2 運命の家族会議
〈その2 運命の家族会議〉
「くしゅん……ジョーは?」
「今ヤマで働いてるよ。クローナちゃん、さっきからそればっかり。」
かわいいくしゃみで、ギシギシ。ここは猫人族の集落のハズレ、例のあばら家である。猫人族の軽やかな歩みでかろうじて傾かない、という程度の頑強さであるから、未だ歩くという行為に不慣れなクローナが動き始めると、その被害は甚大、になるはずなのだが幸い彼女は体調不良で寝たままである。
「大丈夫だよ。昨日できたばかりの恋人をすぐに捨てるようなジョーじゃないから。ちゃんと帰って来るよ。」
という以前に一日で恋人をつくれるような甲斐性のある人族には到底思えないのだが。
そもそも「あいつ」は「忠犬」で、ねえちゃん一筋だと思っていたミアルだ。いろいろ考えても、納得いかないことが多い。しかし、そんな彼女から見ても、この人族の娘は美しい(人じゃないけど)。自慢の姉にさほど劣らないくらいだ。真っ白な毛並みに肌、それに宝石のような瞳。つい見とれてしまう。
「ああ、もう、クローナちゃん、ちゃんと毛布に入ってて。そんなんじゃカゼ治んないよ。明日もジョーに置いてかれちゃうよ」
「ダメだ、それはダメなんだ!ジョーとイッショじゃないとボクはしんじゃうよ」
「うわぁ、すごいラブラブなんだね、クローナちゃんとジョーって……まさかいつもイチャラブってる感じ?」
「キミの言うことはわかんないけど……くしゅん、くしゅん……ホントはいつもイッショじゃないといけないんだ」
なかなかの恋人ぶりらしい。ジョーめ、いつの間に……腕を上げたな、「忠犬」のくせに、ちゃっかりと。最初はクローナの世話をしながら、ジョーとのことをいろいろ聞いて面白かったのだが、途中からなぜか面白くなくなってきたミアルであった。
「ところでクローナって何歳?」
見たところ13歳の自分より一、二歳年上であろうが、言動はかなり幼い。実は早熟なだけで自分より年下の可能性すらある。もしもそうならジョーに「早モノ好き」って言ってやらなきゃいけない。端的に言えばロリ認定。
「ボク?せいぞうされて、すぐにきゅうみんにはいったから……さんしゅうかんくらいかな?」
「……ちょっと意味わかんない」
普通の猫人が、わかったら逆にこわいのである。
「ところでミアルたちって、げんごをはなせる、ちのうがたかいキメラだね。どういうれんきんじゅつでごうせいされたの?そざいになったせいぶつはなに?」
「まじ、ぜんぜんわかんないってば!」
こんな感じで、話せば話すほどかみ合わない。それでもこの子に悪気はないのだ、そう言い聞かせながら姉とジョーの帰りを待つミアルである。もちろんお土産のフラスには思いっきり期待している。もしも忘れたらジョーは今晩、「独り野宿の刑」決定である。クローナがジョーの家族になるなら一緒に寝てあげてもいいけど。家族の家族は、家族なのだ。同胞意識が薄い猫人族だが、家族と認めたモノは大切にする種族的特徴がある。ただ、女子猫同士の結束と比べれば男子に対する扱いがザツになるのは、人族と同じかそれ以上だろう。
「クロガネのけはいがする!ジョーだ!……くしゅん」
「え?クローナちゃん?」
「何も感じませんけど……さすがは恋人さんかしら?」
ルミアが帰宅してすぐである。猫人族自慢の聴力ですら全く感じないのに、この風変わりな娘には何か感じられるのだろうか?それこそ「愛の力」?ルミアは、体調もある程度回復して元気なクローナをじ~っと見てしまう。嫌がる彼女に赤いワンピースを着せたばかりなのだが、その幼い言動がなければ本当に美しい娘だと思う。妙に白いのも気になるが。
しかしその数分後、姉妹は昨日同様の振動を感じ、ついで微かな地響きを聞き取った。昨日よりはかなり早い時間ではあったが。
「ホントに帰ったみたいですね」
「うん」
自然と顔を見合わせる猫女子姉妹。
「ジョ~ォ~」
こちらはそのまま待ちきれず小屋から飛び出すクローナである。それを思わず目で追うルミア。しかし、その目が黒い巨体を捕えると、すっと細まり、表情がなくなる。
「姉ちゃん……昨日のアレはもうやめてね。あれじゃあたいだってジョーに同情しちゃうよ」
おそるおそる、のミアルだ。何も言わずに機嫌だけ悪くされては「忠犬」でもかわいそうである。実は頼りにもしてるし、この後のお土産がまずくなるのだけは避けたいのだ。
「……そうですね」
ルミアはそれだけ言って小屋に戻り、クロガネから降りるジョーにクローナが飛びつく場面を見なかった。
「すごいです!こんなに厚い毛布!」
「フラスがこんなにたくさん!もう死んでもいい!」
年頃の女子相手にお土産を忘れるという愚は侵さない、それどころかチャンスとばかり冬物衣料に食料品など、いろいろ買いそろえて帰ったジョーである。それでも日給の半分以上を残し、最低限の買い物で出費を抑える貧乏性だが。無論残金は全てルミアに差し出している。
「こんなに……ああ、どうしましょう。お金がこんなにたくさん!」
留学費用を返金して以来、めっきりお金に円が、いや、縁がなくなったルミアは半ば恍惚としている。昨日の、いや、ついさっきまでの様子とは完全に別人だ。
「フラスだぁ~フラスぅ~フラスの海で泳いでもいいかにゃあ~」
こちらはそれしか考えられないミアルである。一生分の贅沢をする気らしい。
二人ともほとんどフレーメン現象……俗にいう猫にマタタビ状態……である。かわいらしい顔が、トロ~ンとなって無防備状態。ジョー以外の男には見せられたものではない。
「ジョー。もっと早くかえっきてよ。ボクはしんぱいしてたんだよ」
一方、ジョーの膝の上に乗ろうとして降ろされたクローナだ。窮屈な衣服にはさほど興味がなくなったらしいし、食べ物はまだ食べ慣れていないモノが多い。要は主がいればいいのである。それでも数分後、フラスのおすそ分けを食べてうれしい悲鳴を上げることになるのだが。
パンにシチューにハンバーグ。そして食後にフラス。普段ではありえない豪華な食事を済ませ、満ち足りた4人だ。
「これ……ジョーがつくったの?すごぉい!きのうのよりおいしい~」
鉱山町の食堂より高評価だ。食べ物への関心が再燃したようだ。
「違うよ。みんなでつくったんだよ」
これは嫌味ではなく謙遜である。もちろん肉の成形や皿の用意は味付けにさほど関係ない。とは言えここで自分の手柄を主張せず、自然に姉妹に花を持たせるところが彼らしい。あるいは日ごろ躾けられた成果かもしれないが。
そこら辺を考えない姉妹の尻尾は、自慢げにゆったりと左右に揺れている。本当に自分たちも料理に参加した気分らしい。
「そうか。みんなりょうりがとくいなんだ」
もちろん素直なホムンクルスは何も疑わない。
そして……くつろいだ後、ようやくジョーは姉妹に事情を打ち明けることになるのである。悩んだ末にクローナはクロガネに行かせている。「ぶう」とかわいくふくれていたが。
「昨日は何も言わなかったけど」
正確には「あのルミアの有り様ではとても言えなかった」である。
ここでジョーはヤマが「黒布党」という盗賊団に襲撃されたことを話した。自分も襲われ、落ちた地下で、ゴーレムとその中のホムンクルスが自分を主を認めてくれたことも。
「ホムンクルスって?」
「……錬金術で作られた魔法生物です。現代ではその製法は明らかになっていません」
博学なルミアは、ある程度察していたらしく、妹の問いに答えた。ジョーの方が驚いたくらいだ。トリセツで存在は理解していたが、「現代ではわからない」ことは初めて知ったのだ。
「さっすが姉ちゃん。やっぱり物知り」
実は物知りなどというレベルではない。王都でも名門校に留学し、更に創立以来屈指の秀才と歌われたルミアだからこそであろう。ジョーもルミアの成績までは知らされていなかったが、話が分かる聞き手のおかげで随分話しやすくなった。
「ですが……ヒトの生殖細胞がモトになっている、という仮説を聞いたことがあります」
「せ~しょくさいぼ~?」
「コホン…‥まぁ体の一部です」
うら若き乙女の身としてはちょっと言いにくそうである。
ジョーも話を進めることにする。その後、主に捨てられたらしいホムンクルスに敢えて名前を付け「リセット」をさせなかったことや、「クロガネ」と命名したゴーレムで盗賊団と戦ったことなど、一通り話した。自己顕示欲の少ないジョーであるから、淡白な語りとなったが。
「では、クローナという子は、ジョーの恋人ではないのですね」
「いやいや、絶対恋人だって。あんなに一緒にいたがって、単なる主と家来の関係じゃあ……」
言いかけて、姉とジョーを見比べる。
「どうしたのですか?ミアル?」
「なんだい、変な目で見て?」
「……うん、やっぱり……そうだと思うよ。そんなわけないし」
ジョーではないが、何を言ってるか分かりません、である。いや、作者としても、わかってるつもりであるが、少々自信がない。乙女心も、その言動も難しいのだ。
「……それで、今後、ジョーはどうしたいのですか?」
今後。ジョーにとっての未来は、昨日までとても単純なモノだった。出会ってしまった運命が、難しくした気もするが、ゆっくり考えれば実はそれほど変わらなかった。
「僕は今のままルミアと、ミアルちゃんとここで暮らしたい。でもクローナとクロガネも手放せない。だから、できればみんなと一緒に暮らしたいんだ。お願いします」
そう頭を下げるしかないジョーなのだ。
「うわあ、それってツゴーいい男のテンケイだね」
実体験は無くてもこういうことを耳学問で学ぶところは猫人も人族も変わらないようである。
「……それは……無理なのです。わたしはゴーレムもゴーレム使いも嫌いです。あなたがゴーレムを使うのなら、もう一緒にはいたくありません」
ルミアはそう言ってジョーをきつい視線でにらんでしまう。その脳裏には三年前の光景が浮かんでいる。それにひるむジョーだが、それでも簡単にあきらめるつもりはない。
「……でも、クロガネがあれば君たちの暮らしも楽にしてあげられるし。毎日金貨を稼げる仕事なんて他には……」
毎日金貨なんて聞くと思いっきりぐらつくルミアである。一瞬で黄金色の夢に浸ってしまう。
「そうだよ、姉ちゃん。フラスとかショルケとか、いろいろおいしいものが食べられるんだよ!」
こちらはすっかり餌付けされたミアルだ。実は、ジョーが買って来た服もかなりお気に入りである。自分専用の服!ちゃんとサイズがピッタシなのは、さすがは針仕事を任せているだけのことはある。加えて自分の茶色の髪に似合うライトグリーン。意外にわかってるジョーを見直したほどであった。一度袖を通して、もう脱ぎたくないのを、服が傷むからとイヤイヤ脱がされたばかりだ。このままの生活が続けばもう一着くらいは買ってもらえそうかも、と思ってしまうのは、今までの生活を考えれば仕方のない所であろう。
箪笥もない家の片隅に置いた、丁寧に折りたたまれた服に、つい目も尻尾も向かってしまう、正直なミアル。そして、その視線を追いかけた姉のルミア。
「……しばらく考えさせてください」
そう言うのが精いっぱいだった。彼女も自分に買ってもらったスカイブルーの服を思い浮かべる。白に近い灰色の自分の髪に似合う色、しかも長袖の服。思わず左腕を右手でなでる。
「その間は……結論が出るまでは一緒にいても……いいでしょう」
うつむいたままのルミアは、それでも声だけは毅然と、答えを待つジョーにそう告げた。
「それで充分さ。ありがとうルミア。ミアルちゃん……でも、もしもイヤって言われても、隣に勝手に家をつくって毎日やって来るだけなんだけどね」
ジョーは二人を見つめながら明るく笑う。彼の中ではとっくに結論が出ているのだ。
「あんた、そんなにあたいたちの下僕がいいの?」
「下僕はひどいよ、ミアルちゃん。使用人くらいで勘弁してよ」
……時々とは言え、どこの世界に下僕や使用人と一緒に寝る女子がいますか、しかも人族の下僕なんて。つい口元が緩みそうになるのを必死でこらえるルミアだったが、尻尾がユラユラと上機嫌に揺れてることに気づかなかった。