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第一章 その5 生体部品は甘えたがり

〈その5 生体部品は甘えたがり〉

 

 クロガネの心臓部は、分厚い胸の装甲の奥にある。それが今、扉の如く開かれた。

 ジョーはクロガネの掌に乗って、それをまのあたりにしている。いくつもの複合装甲が開かれ、透明な物質に覆われた心臓部が見える。そこにいるのは……

「わかっちゃいたけど……何が『生体部品』だ。ますます人にしか見えないよ」

 透明な膜の中から、ジョーを興味深げに見つめているのは、純白の美少女だった。髪も肌も真っ白。その瞳だけがルビーのように赤い。おそらく十代前半くらい、ミアル以上ルミア未満だろう。腰まで届いている髪は、よく見れば白より白銀に近い。大きく見開き自分を見るまなざし。小さく、通った鼻筋に淡い朱色のくちびる。美しい顔も体形も全体に小づくりでほっそりしている。もっとも途中でジョーは目を背けた。その顔が、耳が赤い。

「……ジョー?ホムンクルスをみるの、はじめて?ボク、そんなにきみがわるい?」

 あちらの方を向いたジョーの反応を見て、悲しそうなクローナの思念が届く。

「違う、っていうより、年頃の女の子の裸なんだ!見ちゃいけない!言わせるなよ、恥ずかしいから」

 見られる方は平気だが、見た方はめっぽう恥ずかしがっている。ちなみにミアルの水浴びはこの際「裸を見た」中には入っていないし、裸で寝るルミアたちも「見て」はいない。

「ボクはオンナじゃないよ。きのうてきにはオンナだけど、こどもはつくれない。だからはずかしがることなんてないよ?」

 そう言われても、ジョーは顔を背けたままだ。外見も機能的にも女の子に間違いないのだ。子どもができないだけで「そういうこと」は可能とトリセツにはあるのだから。ちらっとしか見ていないクローナの裸身は、しっかりジョーの脳裏に刻まれてしまっていた。

「いいから!早くそこから出るんだ。で、これを着て」

 ジョーが拾ってきた作業着だ。血もついていないし、単純な作りで着やすく、あちこち破れているが女の子の大事な部分くらいは隠せそうだ。が、ジョーの言葉は言下に否定される。

「イヤ」

「いやって……これ着てくれないと……裸じゃ外に連れ出せないよ」

 「リセット」を却下した時よりも強い拒否の念ではないか?何かあるかと服を再チェック。

「でもイヤだ。ボクはいままでふくをきたことがない。ホントはそんなきゅうくつなモノなんてきたくない。だけど、せっかくはじめてきるふくがこんなダサくてきたないいなんてもっとイヤだ!どうせなら、きれいでかわいいふくをきたい!」

 この子はこの子で、それなりに人間らしいところがあったけど、わざわざそこなのか?変な

ところだけ人らしい反応だが、今この場でその願いは実現不可能。そう悟ったジョーは、今度

はあっさり説得を諦めて、さっさと使用者権限を行使した。


で、結果がこれである。

「ひっく……ボクのたいせつなはじめてがうばわれちゃった……ボクのからだもけがされちゃったよぉ」

「人聞き悪すぎ!ただ服を着ろって命じただけだよね」

 ジョーの後ろを泣きながらトボトボとついて来る半裸の少女。しかもあの述懐。

 そんな二人連れがやってきて、人情厚い監督が怒りだしたのも無理なからぬことではある。

「若いの……お前、見所があるやつだと思っていたのに……さてはあのゴーレムで脅して……」

「それ全然違うから~~」

 信じてもらうにも、後ろの光景が説得力あり過ぎで、本人もこれ以上言い訳する気なしである。義憤に駆られた監督がついにジョーの襟首をつかんだ。とたんに

「ジョーになにするんだい!」

 被害者のはずの華奢な少女が、頭二つは大きい監督を片手で持ち上げたのである。

「ボクのジョーにてだしはさせないから!」

 そう言って監督を振り回すクローナに

「いや、それ全部、君のせいだから」

 ジョーは冷静に事実を告げ、首をかしげるクローナをどかして、監督に謝るのである。

「監督、ホントすいません。この子、あのゴーレムの魔力供給者ですけど、とにかく非常識で」

 監督が事情を……ウソだらけだが……理解するまで少々の時間を擁したのは言うまでもない。


 鉱山町では、ヤマの騒ぎが伝わって大騒ぎである。すぐに救援が派遣され、生きてる盗賊たちも捕まえようと、大勢がジョーたちと入れ替わりでヤマに向かった。

 ジョーは雇い主の受付で約束通りの日給を受け取り、まず服の確保に向かった。野郎ばかりのこの町でも野郎相手の店で働く女もいるし、家族向けの土産なのか女性の服も売っている。

 むしろ猫人族相手の市場より、充実してるくらいだ。そこで気に入った赤い服を買ってもらい、ようやく機嫌をなおしたクロ-ナと、財布が寂しくなり不機嫌なジョーである。

 なにしろ、服とおそろいの赤い靴まで買ってやった相手に

「やっぱりふくもくつもきゅうくつでいやだなぁ」

 などと言われた日には、ジョーは、この少年にしては珍しく怒りだした。そもそも歩き慣れないクローナを、ヤマから鉱山町まで背負ってきて疲れていた。まだ食事もとっていない。

「クローナ!わがままばっかり言って、キミなんかすぐクロガネの中にもどってろ!」

 そう怒鳴るのも、やむを得ないのだが……

「え……ジョー……ボクをすてるの!せっかくここまでつれてきてくれたのに、さっき、これからもいっしょだっていったのに……ようじがすんだら、やっぱりもうボクなんかどうなってもいいんだね!……ひどいよ、ジョー……ひっく……ええ~ん……ええええ~ん」

 もう大泣きされて、周りの見る目が冷たいのなんの、である。

 結局慌ててクローナを連れ出し、見つけた緑地のベンチで、クローナを抱きながらあやす羽目になった。傍から見れば、恋人同士の痴話ゲンカだが、ジョーからすれば子守以外のナニモノでもない。それでも猫女子姉妹の相手……主に妹…‥で慣れてるせいか、髪を撫でながら落ち着かせる様はなかなか堂に入っている。そこを褒められてもうれしくないだろうが。

「ゴメン。ちょっと言い過ぎた。クローナを捨てたりするわけないだろ、な……」

 本来ジョーに非がないのは、作者自身が保証してあげたいのだが、なにしろ泣きだした女の子には正義も道理も通用しないのである。まして実年齢は不明だが社会経験は恐ろしく乏しい相手だ。忍耐強く、ひたすら謝罪と慰撫を繰り返すジョーは大人と言える。

「……ぐっすん……ホント?ボクをすてない?ジョー、もうおこってない?」

 その甲斐あって、ようやくクローナも機嫌を直し、その後遅い食事をとることになった。

 もちろん、ここでもクローナは

「うまれてはじめてのしょくじだからおいしいものがたべたい」

「しょうかにわるいのはダメ」

「これ、きらい。ジョー、かわりにたべて」

「さっきの、おかわり」

 などと繰り返し、ジョーの忍耐力と財布の中身をさらに消耗させた。

「しかし……クローナ。服も食事も初めて?歩くのも慣れてなかったし?」

「うん……ボクはまえのゴシュジンサマにきらわれていたみたい。白子アルビノだからかな。だから、クラウンからおりたことはほとんどないし、たべもののかわりにえいようざいで、はなしもあまりしてくれなくて、だから……」

 主に最大の関心を払うホムンクルスが、主に相手にされなかった。それがこの「生体部品」にとってどれだけつらいことか、ジョーには容易に想像できた。それなのに、新しい主と思ったジョーに、早々と「リセット」を薦めさせるようになっている。とんでもない初期設定をする、とジョーは古代人を更に嫌いになった。

「でも……ジョー。クロガネ、あそこにおいてきてよかったの?」

 発掘場の片隅に駐機姿勢で置いてきたことを言っている。

「だって、あのままキミを乗せておくわけにはいかなかったんだろ。更に消耗しちゃうって。もちろん元気になったら戻るよ」

「うん……でも」

「どうかした?」

「まだあしがいたいよ」

 ほとんど歩いてなかったろ……ジョーは「それ」をかろうじて飲み込んだ。飲み込めるだけ、クローナのことがわかってはいる。「生体部品」のこの子にとって、自分の状態を主に正確に知らせることも大事な機能なのだ。ただ、それを理解しないと全部「ワガママ」に聞こえてしまう。ジョーはクローナを「素直」で「正直」な子だと思うことにした。苦労人なのだ。しかし

「だから、ジョー、またオンブして」

 さすがにこれはワガママだろう、期待して自分を見つめるクローナに、どう答えるか悩むジョーである。しかし、この人のいい少年が「見た目は少女、中身は幼女」のワガママを聞かざるを得ないのは、おそらく本人以外にとっては自明の理なのだ。


「姉ちゃん、ジョー遅いね」

 夕日が落ちようとする空をミアルが眺めている。秋も深まる昨今、日が暮れるのも随分早くなった。遠くでなんか音が響いてるようだが、何だろう?

「……先に晩御飯をつくりましょう。お供えあれば憂いなしともいいますし」

 まるでいかがわしい宗教詐欺師が言いそうなセリフであるが、ミアルは騙されなかった。

「ええ~姉ちゃんがつくるの!しかも、またブウンの実?」

 明らかにイヤそうである。いつぞやの半生の混沌(?)を思い出したらしい。ちなみにブウンの実とは、栗みたいなものだと思っていただきたい。どうすれば不味くなるかは作者も謎だ。

「……では、あなたがつくってくれるの?」

 さらにイヤそうなミアル。このあばら家をあわや半焼させかねなかったことも思いだす。

「じゃあわたしがつくるしかないでしょう?ジョーだって疲れて帰ってきたのに、何も食べるものが用意されてないとがっかりすると思うし」

「そうかなぁ。帰ってきて大事な食料が台無しにされてた方が、よっぽどがっかりするんじゃないかなぁ」

 妹の言うことの意味を悟って、ルミアの猫耳がピクピク動き、尻尾がピクンと立ち始める。

「ミアル!よくも言ったにゃあああ!」

 興奮すると語尾に「にゃあ」がつくのは猫人族の習性である。こういう時、ルミアの整い過ぎた顔は迫力があってとても怖い。ミアルの背中にゾクゾクと危険信号が走る。それは尻尾にまで伝わり総毛だたせる。ちなみに尻尾は脊髄に直結していて、しかも俊敏な動作をする猫人族の身体バランスをとる大切な器官である。敏感で、猫人のプライベートゾーンでもあるのだ。

「ゴメンなさいにゃあああ!」

 姉はもともとは「おてんば猫」のルミアだった。それが留学から戻ってから、自分にも気を遣ってか丁寧な言葉遣いになって、おしとやかになったように「見える」。もちろん「見える」だけなのはミアルにはわかっている。騙されるのはお人よしの「忠犬」ジョーくらいだ。うかつに怒らせた自分を呪い、ひたすら謝る。怯えまくって、もう耳はペシャンコで尻尾もたれて、見るからにションボリだ。しかし姉の沸点がいつもよりかなり低いのは予想外であった。

 必死の謝罪の甲斐あってか、ルミアはすぐに己を取り戻した。王都で同級生に周りを囲まれ、「にゃあって言えよ」と散々バカにされて以来、彼女は猫人族の習性を隠し、帰郷後も言葉遣いがかなり丁寧になってしまった。トラウマなのである。だから妹相手にも「忠臣」相手でも丁寧語なのである。

「……わかればいいのです。あなたもいつまでもジョーに頼ってばかりではいけませんよ」

「はぁ~い」

 ミシッ。突然あばら屋の壁がきしんだ。

「どうしたのかしら? 地震?」

 山岳部近い集落である。可能性はゼロではない。

「地震って?」

 それでも知らない者もいる。若い猫人はなおさらだ。

「地面が揺れるんですよ。火山や海岸付近でごくまれに起こります」

「へ~やっぱり姉ちゃん物知りだね」

 ズシイイン……ギシギシ。またまた響く音に、揺れる小屋。

 しかも音は次第に近づくようである。揺れも大きくなる。

「あ、でも音しなくなったよ」

「……そうですね。家もジョーが補強してくれたおかげで、無事なようです」

 ほっとする二人に聞こえる、待ち人の声。

「ただいまぁ……ルミア、ミアルちゃん、遅くなってごめんなさい。」

「もー遅いよ、ジョー。おかげで姉妹の危機だったんだから」

 正確にはミアルが自分で招いた危機である。

「ジョー、お帰りなさい。疲れたでしょう?ケガはしてませんか?……で、それはなんですか?」

 優しいルミアの声が途中から一変した。オクターブがまるまる一つ下がったであろう。

 開いた扉から見えるのは、確かにジョーである。しかし彼は大きく黒い人型の掌に乗っている。それを見るルミアの目がすうっと細くなっている。

「ええっと……ゴーレム。拾ったんだ」

 ジョーは、ぎこちなく微笑み、自分の主の反応を待つ。まるで主人にお預けされた小型犬のようなそぶりだが、結果はすぐ出た。

「そんなもの拾ってきてはいけません。どっかに棄てて来て」

 そう言ってルミアはぴしゃりと戸を閉めた。こちらは捨て猫を拾ってきた子どもに対するような対応である。ジョーは固まって、行動不能だ。

「ええ?やはりボクたちすてられちゃうの?イヤだよ~ジョー、すてないで」

 閉じた戸の向こうから聞こえる雑音は、ルミアには冷たく無視されたが

「姉ちゃん!女の声だにゃあ!ジョーのヤツ、女の子を連れ込んだにゃあ!」

 こちらは興味津々なミアルである。好奇心で目が輝いていた。ミアルは姉の止める間もなく外に出て、途方に暮れていたジョーの手を取って家に入れた。結果、ジョーが背負っていたクローナも家に入ることになる。

 ジロリ。ルミアが三人をにらみ、ジョーが硬直する。まるで、蛇ににらまれたカエル、猫ににらまれたネズミである。

「ルミア…‥あの、これは……」

「姉ちゃん、ジョーが晩御飯つくってくれないと、あたいたち、お腹すいて死んじゃうよ?食べながらジョーのカノジョをシナサダメしてやろうよ」

 クローナが何か言おうとしたが、ジョーは器用にも背負ったまま少女の口を塞いで、起こるべき災禍を未然に防ぐ。

 ルミアは、そこで初めてジョーに背負われた少女に目を向ける。

 腰まで届く白銀の髪に、恐ろしいほど透き通った白い肌。それに輝くような赤い瞳。同じ色のワンピースがよく似合ってとても可憐だ。自分と同じ年くらいの、そんな小柄な人族。今ジョーの背から降ろされたが、少しぐらついている。足でも痛めているのだろうか?赤い靴に包まれた足をぎこちなく地につける。細い脚がチラリと見えた。

 ルミアは今度はそっぽを向いた。

「姉ちゃん?ホントにどうしたの?こんなに不機嫌だなんて?ゴメンねぇ姉が年甲斐もなく……あたい、ミアル!あんたは?ジョーのカノジョさん?」

「年甲斐とはなんですか、わたしはまだ15歳です!」

 びくっ!怯えるミアルとジョーの二人。訳が分からないままのクローナ。

「どうしたんだい?ルミア……なんか、さっきからおかしいよ?」

「そうなの。姉ちゃん、さっきから変なのよ」

 ルミアは、自分の機嫌が悪い理由はわかっているつもりである。あの大きな黒いモノを見たから。

「ジョー!あなたこそ、どういうつもりでゴーレムなんか。あなたもやはり人族なのですね」

 それっきりルミアは口を利かず、衝立の奥に引っ込んで毛布をひっかぶった。

 ミアルはさすがに姉に声をかけたが、一向にらちが明かない。主の機嫌を損ねたジョーは食事の支度だけして今夜はクロガネの頭上で寝ることにした。この間、クローナには断固として一言も口を利かせなかった。

 いろいろ不自然に思ったミアルだが、さすがに今日の雰囲気は察し、ジョーのつくった麦がゆをいただいた後はなけなしの毛布を貸して、家から送りだすことにした。

「姉ちゃん……あたいも入れて。」

 さすがに毎晩一緒に寝ている姉妹である。ルミアも無言で薄い毛布に妹を迎え入れた。

「ありがと。姉ちゃん、今夜は仕方ないけど明日話してね。あれじゃジョーもかわいそうだよ」

 それでもルミアは無言のままだった。

「ジョーじゃないけど、やれやれ、だにゃあ……んしょっと」

 そう言ってミアルは姉に抱きついた。そこはいつもの姉妹である。寒がりの猫人族は家族で抱き合って眠る。ルミアの寝相が悪い時は、ミアルはジョーの毛布にすら潜り込むのだ。それで寒さで目覚めたルミアが、ミアルを挟む川の字で三人一緒に寝ることすらある。彼も二人の家族なのである。もっともそんな夜は、若い男子のジョーにとって「大変な苦行」なのだが。


「やれやれ……はっくちゅん」

「ジョー……あの合成生物キメラはなんだい!ひょっとしたらボクのせいかもしれないけど、あの……モガモガ」

 片手でクローナの口を押え、片手で自分の額を抑える器用なジョーである。キメラ……聞かれなくて何よりだ。猫人族はネコ属ではなく人族の亜種なのだが、五感の中でも聴力はネコ属に近い。頭の上でよく動く大きな耳はダテではないのである。

 最初に確認しなかった自分が悪いが、クローナが覚えている「昔」には、猫人族などの獣人族はいなかったらしい。それで犬人や猫人を「合成生物キメラ」と認識していた。

 クロガネに膝をつけた駐機姿勢をとらせ、その頭部のスキマに潜り込み、ジョーは毛布にくるまる。問題は、クローナだ。自分の居場所、心臓部にいこうとしない。当然の如くジョーの毛布に潜り込んでくる。しかも買ってやった赤のワンピースも靴も脱ぎ捨てている。いや、心臓部に入ると思って、目をつぶりながら服を脱がせたのは数分前のジョー自身。買った時は店員に任せて気づかなかったが、クローナはちゃんとした服を脱ぎ着することができないようだ。

「クローナ、女の子がはしたないよ」

「ボクはホムンクルスだ。オンナのきのうはあるけどオンナじゃない!キミの『生体部品ハート』としてはここでごえいするのがとうぜんだ!」

「その前にクロガネの『生体部品ハート』だろ」

「クロガネはがんじょうだけど、キミはそうじゃない!『操縦ユニット』がないむぼうびないま、キミをまもるのはさいゆうせんだ。それに……」

 急に気弱な声になる。

「それに?どうしたの?」

 そんな声を聴くと、つい優しく聞いてしまう、人のいい少年だ。

「きっとボクはまえのゴシュジンサマにすてられたんだ。だから、ずっとクラウン……クロガネときゅうみんさせられていたんだ。それなのに、ジョーがまたボクをすてようとしたら……」

 考えるだけで怖いのか、震えて抱きつくクローナ。

「やれやれ……そこはいい加減信用してよ」

 子どものように甘えられると弱いジョーである。突き放すこともできず、結局はクローナを抱っこしてしまう。冷たいが滑らかな肌。ほっそりしているが年頃の女の子の体。ふくらみかけの、まだ固い弾力にドキリとするが、幸か不幸か、ルミアやミアルと同居していたせいでジョーの自制心は強固だ。「Hは禁止」と、ルミアの「言いつけ」をこっそりつぶやく。ほとんど聖人である。

「だいたい……」

 さっきも思ったことを聞いてしまう。トリセツで理解したつもりでもやはり時代というか、文明が異なるため、ピンとこないことが多いのだ。

「クローナ、捨てられるのはこんなに怖いのに、『リセット』は怖くないのかい?」

 今の自分を物理的に消去してしまえば、新しい「生体部品」はただの別人(?)なのである。

「なんでそんなこときくの?べつになんとも?」

 無邪気な赤い瞳が不思議そうにまばたく。話の内容を考えなければただの女の子なのだが。首を振ると腰まである髪がサワサワと揺れる。つい前髪を整え、隠れた顔を出してやる。風変りだけど、とてもかわいい女の子がそこにいる。毛布の中で自分に抱きついている。

「だって、『リセット』したら、君は消えちゃうんだぞ。クロガネにも僕にも会えないんだぞ?」

「でも……それであたらしい『生体部品ボク』がもっとキミのやくにたてるなら、そのほうがいいとおもうんだけど?……ああ!やっぱり『リセット』したくなった?」

 むしろ勢い込んでそう迫るクローナだ。自分の「死」より主の役に立つことを優先するホムンクルス。とても哀しくなって、ジョーはクローナの柔らかいを抱きしめた。

「どうしたの?ジョー……?」

「なんでもない!」

 裸の美少女を抱きしめたまま眠る。そんなことへのタメライも何もなくなった。このかわいくて不自然な生き物を造った古代文明を、ジョーは壊してやりたいとすら思った。

「ひょっとして、ルミアもゴーレムを……クロガネを見て……似たことを感じたのかな?」

 普段は穏やかで優しいルミアだ。自分の母か姉のようにふるまうルミア。自分にとっては一番大切な人。それが、あんなに……。明日機嫌が直ってたら、ゆっくり話をしたい。

 いつしか冷たかったクローナの体温も温められ、互いの暖かさを感じながら、星空の下で二人は静かに寝入った。

  

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