第一章 その4 対決、黒と黒!
その4 対決、黒と黒!
ガアアアアン。
音を立てて膝をついたのは、ヤマを発掘していた、マン・マテリアルのストーンゴーレムである。といっても大きな損傷はない。ゴーレムに指示を出していた操り手が後ろから剣で脅され降伏したのだ。
「ええい、お前ら、もっとしっかりしろ!」
監督は4体のオートマータと20体のボーンゴーレムを指揮していた。大型ゴーレムが入ってこられない奥や地盤が不安定な場所では、意外に善戦している。ただ人間の部下の方が連携できず、一人一人囲まれ、殺されたり降伏したり逃亡したり、被害は徐々に増えていく。
広い地表の戦いも、護衛用のゴーレムが苦戦中だ。
ヤマシ側の主力は、現代種のフレーム型ストーンゴーレムである。石の地肌にゴツイ人型。右手には大矛、左手には大盾を装備している。フレーム型とは古代種ゴーレム同様、素材を骨格・関節に加工し、そこに下級魔術「ゴーレム骨格形成」術式を使ってボディーを組み立てる。古代種と違うのは、ボディーに取り付ける動力部と操縦部が連動しており、操縦者の魔力のみで作動する単座式ということだ。動力部に魔術師を配置して操縦者と分ける複座の古代種とは大きく違う。一言で言えば魔術師の搭乗が不要な単座型が現代種フレーム型と言える。
その操縦席は胸部に内蔵されており、操縦棹やペダルで直接操縦する。よって一般には外部から声で指示するタイプより安全でかつ敏捷である。
それ故、マン・マテリアル・ゴーレムが主力の黒布党側も、数では圧倒しながら押し切れないのだ。ただ、ここでも連携の良しあしが形勢を決めつつある。
「うわあ。きたねえぞ」
4体いたヤマシ側のフレーム型も、一体ずつおびき出されたり、取り囲まれたりと次第に数を減らし、今では2体。それでもこの2体は強かった。この2体で既に6体ものゴーレムをたおしている。ついに発掘場の中央に背中合わせになり、更に数体を葬る。
が、中央部で並んだのを逆手に取られた。近くにいたゴーレムが一度離れる。
「お前ら。今だ。一斉に撃て!」
黒布党のゴーレムたちは、足元の大岩を拾い党目の合図で一斉に投げつけた。とっさに大盾を構えたヤマシ側も、離れた場所からの攻撃、しかもその後二度、三度と続く波状攻撃に、ついに盾は壊れ、矛を取り落とし、機体に直撃を受ける。素材と同じ大岩が投げつけられることにより、ヤマシ側のゴーレムはみるみる破損し、バランスを崩して転倒する。特に内部に伝わる衝撃は操縦者を負傷させた。ついに、動かなくなった二体。
「直せば使える。どうせ一番壊れたのは操縦者だろ。フレーム型は丈夫だしな」
戦いに慣れ、それなりに組織化された盗賊団相手では、襲撃に備えていたつもりでもバラバラな護衛では敵にはなり得なかった。
「畜生!ゴーレムがやられちまったら……」
健闘している監督と手勢の小型ゴーレムたちだが、所詮は脇役。主力戦で決着がついてしまえば、大型のゴーレムは倒せない。降伏か?しかし、降伏して命が助かるとは限らない……。
ゴオオオオン……グワシャアアン!
発掘場の少し離れた場所にいた2体のマン・マテリアルは、クレイ(粘土)とウッド(木材)だ。しかし、一瞬後には、重い破壊音と共に粘土がぐちゃりと、と木がパーンと破片を飛び散らせ、粗大ゴミに変わっていた。近くにいた盗賊たちは、腰を抜かして、こちらはもうただの生きた生ゴミである。
「ゴーレムに命令出してなかったのかな?無防備すぎだろ、盗賊のくせに」
「ちがうよ、ジョー。ちゃんとかまえようとしてた。でもこのコのほうがはやくてつよかった」
「こいつ、速いのか?」
「はや(速)くないけど、はや(早)いの」
「なるほど……なんとなくわかるよ」
多少の不整地はものともしない重心の低さと重量だ。もっとも、うかつに浅い岩盤を踏み抜いて落っこちたら、クロガネは平気でもその頭に乗ってるだけの自分は死ぬだろう。だてに「主殺し」に乗ってるわけじゃない。ゴーレムがどんなに強かろうと、指示を出すジョーは無防備で、体の固定すらできないのだから。
「あれ?そう言えばクローナはクロガネのどこにいるんだっけ?」
「……クローナ?……むう……ジョーはちゃんとソウテンがあたまにはいってないの?だから、へんなことばかりするんだね」
まだ自分に名前を付けられたことに納得いってないようだ。いちいち会話が止まる。
「あ……左胸だったね」
「そう。ボクはクロガネの『生体部品』だから」
ズシン、ズシンと、他の大型ゴーレムと比べてもひときわ響く足音は、発掘場に広がり、次第に注目の的になっていった。見慣れぬ黒いゴーレムに、黒布党のゴーレムが押し寄せてくる。しかし、近寄ったゴーレムは、クロガネの攻撃範囲に入った途端に
「ゴーレムパ~ンチ!」
棍棒を持ったサンド(砂)・ゴーレムは崩れて砂場になり
「ゴーレムエルボォー!」
後ろから近寄ったストーン(石)・ゴーレムは砕けて辺りの岩場と同化し、
「ゴーレムチョ~ップ!」
大剣を振りかざしたアイアン(鉄)・ゴーレムは真っ二つにされスクラップと化した。
「なるほど。命令を受けてから判断して実行する早さが、他のと段違いだ」
「うん。おもいからあるくのはおそいけど、どうさははやいよ。それにちゃんとジョーをふりおとさないようにうごきはちいさくしてるし。かしこいコだよ」
そう伝わる思念に微かな違和感を感じたジョーは、首をかしげる。意外に勘がいいのだ。
「……ひょっとして、クローナ、疲れてない?」
「え?……うん。なんでわかったの?ずっときゅうみんのままクラウン……クロガネをかんりして、いきなりせんとうだから、ボクのまりょくはのこりすくないんだよ」
下手に隠したりしないのは素直で助かる。ジョーは早くケリをつけるべく、盗賊団の頭目を探すことにした。それで見つけたのは、人骨だらけの一団に囲まれた中年の人族だ。
「監督!?無事だったんだ」
「ええ!お前……あの若いの?どこでこんなもん……しかし『主殺し』じゃないか。そんなのに乗って戦ったんじゃ、すぐ死んじまうぞ。捨てて逃げろ。かわりに俺が乗って戦うから」
人の好い監督は、知り合いの若者を案じて言っただけである。しかし
「イヤ!」
監督には聞こえない思念が、悲鳴がジョーの脳を強く刺激した。地味に痛い。
「ジョー!ボクはキミのモノだよ。クロガネの『生体部品』で、キミの『生体部品』!ほかのヒトにわたさないで!」
ほとんど泣きそうな、そんな思念。「リセット」は平気でも「主」を失うことをこんなに怖がってる。そんな不自然な存在に、ジョーは悲しくなった。そのせいだろう。
「安心して。君は……クローナは僕の友達だ。そう言っただろ。ヒトに渡したりしないから」
そう伝えるジョーの心の声はとても優しい。
「ホント?わたさない?」
「本当だ。信じてくれ。僕のクローナ」
クローナ。そう呼ばれることを「生体部品」は、その時、初めて受け容れることにした。いざ、そう決めると、不思議と不快ではなく、張り切って主に応えるのだ。
「うん。ボクは、ジョーの『生体部品』。クローナは、ジョーをしんじる」
ジブンも「はいきほりゅう」したせいでおかしくなったかもしれない。それでも……。
そんな言葉になる以前の思念まで伝わって、ジョーはうれしくなった。大きく身を乗り出して下に叫ぶ。
「監督!こいつはもう僕の所有物で登録しちゃったんだ。だって、そうしないと、あいつらに奪われちゃったよ……だからさぁ、コイツでみんなを助けるから、僕のモノだって正式に認めてよ。そうしないと、みんな殺されちゃうか奴隷として売られちゃうよ」
「若いの……お前、人が悪くなったな。俺たちの命で取引かよ!?」
監督は、さっきまでの少年と、目の前のジョーがどこか違うことに気づいた。ゴーレムという「お宝」を見つけて、欲に駆られたせいと思い、失望する。ただ、その割には、その声は意外なほど不思議に明るく響くのだが。
「違うよ。必死なだけさ。僕もこの子も!」
「この子? ゴーレム相手になんて優しい声を出しやがる。お前、変態か!?まだ若いのに……」
なんだかかわいそうな目で見上げる監督だ。
「そういう特殊な趣味か、かわいそうに……んんん~……しかしなぁ」
説得するジョーを尻目に、しばらく熊のように唸っていた監督も最後には屈した。
「わかった。そいつはくれてやる!だから……」
「わかってる。みんなは僕とクロガネが」
あと、クローナもいるけど。
「必ず助けるさ!困ってる人は助けなきゃってルミアの言いつけさし。で、敵の頭目どこかわかる?」
ジョーは監督が指さす方に、真っすぐクロガネを向かわせた。
ズシィィンッ…‥ズシィィインッ……。
クロガネの一歩は重く、遅い。しかしその歩みを妨げるものはことごとく塵芥と化していく。そのほとんどはマン・マテリアルの量産品だ。足止めにもならなかった。しかし飛来する大岩!
「ジョーをまもって!」
飛んできた大岩を、クロガネは時に拳で砕き、時に両腕で頭部をかばった。さっきの単調な動きと比べ、各関節が連動して、人の動きに近く感じられる動きだ。それでも破片までは防げず、いくつかがジョーに当たり、一つはヘルメットにはじかれ、一つは右頬をかすって出血させた。この場所は、かなり、いやきわめて心臓に悪い。さすがは「主殺し」である。
「やれやれ……死ぬかと思った。今のはクローナなの?」
「うん。まりょくすくないけど、きんきゅうだから。ボクがちょくせつうごかせば、ずっときように、はやくなるんだ」
「まだ強くなるんだ。じゃ、僕の魔力も使えないかな?」
「『操縦ユニット』がないとムリ。ジョーにまりょくてきせいがあるかもわからない」
「『操縦ユニット』?トリセツにあった『ブレイン』か。そこら辺にないかな?」
「あればわかる。でもかんじないよ」
どうやら今のクロガネは最も重要な部品がない欠陥品らしい。やはり「主殺し」だ。もし次があったらここのスキマだけでも絶対に改善してやると決意するジョーだ。まずは手すりと絨毯だ。つかまるところがないから、いちいち滑って、しかも壁の床も固くて冷たい。ルミアとミアルの猫女子姉妹を乗せたら、寒がりの二人は音を上げるに決まってる。ふとその光景を思い浮かべて笑ってしまう。見ようによってはアブナイやつに見えるタイミングではあるが。
「ジョー?」
「何でもない。……あれだな、頭目って。こいつといい勝負の大きさで黒さだね」
少し平らな岩盤の上にそのゴーレムは立っていた。実際は相手の方が体長は大きいが、漆黒の機体は細身で素早そうだ。しかも大きな戦斧を持っている。
「フレームの戦闘型じゃないか!?素材はアイアン(鉄)……いやスティール(鋼鉄)だろ?」
冗談ではない。人族の王国軍でも騎士階級以上でなければ乗れない希少で高性能のゴーレムなのだ。頭目とは言え所詮は盗賊団がこんなモノを所有しているのは、想定外にも程がある。
「さすがにやばいよね。そういやクロガネの素材は……鉄じゃないんだっけ?……オリハルコン?なにそれ?聞いたことないんだけど?」
「ジョーのいうことのほうがわからないよ。せんとうがた?せんとうがたじゃないゴーレムってなんだい?むかしのまほうせいぶつかい?じゅつしきだけでつくってたじだいのヤツ」
「それは原始種。あれは現代種。で、こいつは古代種って分類になるはず」
「こだい!?なんだい、それ?いまってシリウスきげんのなんねん?」
それは後にして、ジョーはそう言いそびれた。頭目から話しかけられたのである。ゴーレムの拡声器にあたる口の部分から流れる声は、まだ若い男のものだった。操縦席は内臓式なので姿は見えないが、胸央部にあるはずである。
「そこの『主殺し』に乗ってるヤツ。よくも散々やってくれたが……今ならそいつをよこせば、お情けでお前は助けてやるぞ」
やれやれ、またその展開か。そう思ったジョーに向けて
「……ジョォ~?」
不安そうなクローナの思念だ。今度は失笑がこぼれる。信用ないな、って思う。よっぽど自分のやることなすことが、クローナの常識からかけ離れているのあろう。さっきみたいな悲鳴じゃない分マシだが。
「だから大丈夫だって。君を渡したりしない。クローナは僕の友達だ」
「ちがうよ。ボクはトモダチなんかじゃないよ!」
ここで、まさかの造反か!?ジョーに思わず緊張が走る。
「ボクはキミの『生体部品』! キミの『モノ(クローナ)』なんだ!だから、トモダチなんかじゃない」
トリセツで「生体部品」が何かは知識としては知っているジョーだが、感情としては納得していない。だからつい人族と同じように扱ってしまう。しかし当の本人、というか「部品」自身はその扱いに却って困惑している。その辺りも後で言い聞かせなくてはいけない。
だけど今はちゃんとこの目覚めたばかりのホムンクルスに伝えることがあるのだ。
「とにかく僕を信じてよ。クローナを誰かにやったりなんか絶対しない」
「……うん」
動揺した自分を恥じるような、クローナの気弱気な思念がポツリ。それがジョーにはかわいらしく、やっぱり人と変わらないじゃないかって思わせる。
「おい!」
「やれやれ。短気だね。ちょっとこっちも事情があるんだよ」
口に出せない事情ではあるが。続いて拡声器がないから大声で叫ぶ。
「こいつは僕のモノだ!モノっていうか、大事な存在!絶対に人にはやれないよ!」
「ジョー!」
今度は弾むように元気な思念がジョーの頭に飛び込んできて、思わず頬が緩む。
一方、対する頭目は不愉快極まりなく、歪んだ嘲笑を投げつける。
「へ、じゃ、死ね。頑丈で強そうな機体だが所詮は『主殺し』。頭に乗ってるお前だけ潰して機体はそっくりいただくさ!」
そう言って向こうから一気に距離を詰めてくる。重い鋼鉄の機体が素早く軽やかだ。さっきまでのマン・マテリアルとは明らかに違うのは、フレームも魔力伝達率も優秀なのだろう。
ギシィン!
頭上から振るわれた戦斧を、両腕を交差したクロガネが防ぐ。クロガネの肘関節から先の前腕部は一回り太く、特に装甲が厚いのだ。
「思ったより更に頑丈で、「脳なし」のくせに反応がいいな」
「そりゃどうも」
とヘラズ口を叩くジョーだが、目の前に巨大な斧身が迫る!その圧倒的な質量は恐ろしい。しかし彼の意志とクローナの支援でクロガネの太い腕がそれを遮る!
ガシッ!
斧と腕が衝突した時に散った火花が、頭部のあちこちにまで飛ぶ。
ジョーの目に、その火花が焼き付いた。それでも目をとじずにこらえながらも、その実、とんだ火花があたり、彼ですらなかなかに熱く、怖かった。今も目の前に自分の体より大きな斧身があって、それがギシギシきしむ音さえ聞こえる。ハッキリ言って気味が悪い。加えて言えば、やはり揺れるし、ぶつかった音もまだ耳の底に残って、響いて痛い。
「熱い、怖い、揺れるし、痛い!居住性悪すぎだろ」
別に住んでるわけではないのだが。
ガキィィィンッ!
今度は横から振るわれた戦斧が胴体に激突する。またまた揺れるジョー。だがクロガネはよけもしなかったし、実際その胴体部には傷跡一つない。むしろ戦斧を跳ね返し、その刃をボロボロにするほどだ。
「なんだ?この固さは!?」
「スキありだよ!」
クローナの思念がクロガネを操った。頭上に交差していた両腕が降りた。ついで右腕が肘を曲げたまま大きく後ろに引かれる。
グオオオオン……という駆動音が唸り、右肩が、右ひじが、右手首の関節が連動して拳を前に動かした。腰の関節も同時に回転する。そのままクロガネは、まだ斧を構えていた漆黒の胴体に右拳を突き出したのだ。
ガシャアアンッ!破壊音が続く。その一撃が、全てを終わらせた。
頭目のスティール・ゴーレムは、胴に穴をあけたまま大きく吹き飛ばされ、ついで、やはり四散した。頭目自身はその前に、拳の衝撃で即死していた。
「ジョー、ケガなんかしてないよね」
まるで何事もなかったような、クローナのおざなりな思念。
「……心にちょっと」
一見圧勝に見えるこの戦いも、ジョーからすれば悪夢でうなされそうなシロモノであった。下手すればトラウマものだ。だけど、この無邪気な思念は、きっと気づいてない。大事な使用者でも肉体的に無傷なら問題なしという認識のようだ。なにしろ
「こころ?それってじこしゅうふくできるの?」
である。
「……たぶん」
その薄い反応に、ジョーとしてもあまり騒ぐまい、と男の子として決意せざるを得ないのだ。
「クローナこそ、疲れてるんだろ?魔力は大丈夫?」
「つかれた。まりょくもげんかい」
トリセツによれば、一度ゴーレムから降ろして休憩させるべきだろう。このまま搭乗していれば、電力を使い果たした乾電池のようになってしまうのだ。その前に我々の言うところの「充電」が必要な状態だ。なのだが
「じゃ、きんきゅうじたいもすんだし、これでやっとジョーはボクを『リセット』できるね」
「充電」するより「廃棄」して「再生」しろということだ。能率的とでも言いたいらしい。
そんな思念の気軽さに、ジョーは意外なほど頭に来た。だから言葉に強い怒気が込もる。
「そんな簡単にリセットなんて、自殺なんて言うな!記憶を捨てるなんて言うなよ!」
本来「生体部品」は主の細胞から生成される。そして主と対の「性」、異性として成長する。それにより主と同質でありながら異極という、本来あり得ない魔力を所有する。
この二つの魔力を併用すれば、通常の魔力炉よりも数倍の高出力が達成できる。これが当時でも最新の陰陽原理に基づいて、魔術と錬金術を融合し制作されたクラウンの仕様だ。
それ故、機体の所有者が変わった場合、既有の「生体部品」は「廃棄」され、新しい主の細胞を使用して「再生」されることになる。これを「リセット」と呼んでいる。
細胞を取り込んでから新しい「生体部品」が再生するまで、ほぼ三日。
「もうあんぜんだから、ボクを『リセット』すれば、あたらしいボクがキミ……ジョーのモノになるんだ。ちゃんとキミにどうちょうした『生体部品』のほうがまりょくがつよいんだよ?」
「でも、そうしたら、新しいキミは今までのことを覚えてないんだろ。それは僕のクローナじゃないんだ」
「……あたらしい『部品』もクローナってよべばいいじゃないか」
「バカ!僕のクローナは君で、これからも君だけだ。せっかくの記憶を手放すなよ!死ぬなんて言うなよ!」
ジョーは、自分が目覚めた時のことを思い出す。3年前の、ルミアの背中の上で目覚めた、何も覚えていない自分。あの時感じた心細さを忘れさせてくれたルミアの言いつけは、強く心に刻まれた。僕はルミアに救われて、彼女の言いつけを守る。だからこの子も見捨てない。この子は自分じゃ困ってないみたいでも、こんな境遇からは絶対に救いたいと思ってしまう。
「クローナ。これは僕の頼みだ。聞いてくれるね」
「……それって、しようしゃけんげんでのめいれい?」
使用者とは主がいない場で整備や改装を行うために権限をゆだねられたものである。当然、絶対の主よりは強制力は下がり、同調率や服従性は絶対ではない。所詮は「仮」で「一時的」なのだ。だから最終的には「部品」との信頼が必要になる。
「できれば命令じゃなくて、お願いとして聞いてほしい」
「ぶう……ムリ。わけわかんない」
返ってきたのはむくれた思念。溜め息をついて、ジョーは諦めた。説得することを諦めた。
「残念だ。わかってほしかったけど……んじゃ、命令だ。リセットなしで、君は、クローナは、クロガネのジョーのモノなんだ」
「こんどはめいれいなんだね。しようしゃ、クロガネのジョーのめいれい……いいよ。きいてあげる。じゃあ、ボクはキミの『生体部品』のままだ。ほんとうにそれでいいんだね?」
「ああ。僕のクローナは君だけだ」
「生体部品」?心があるモノになんてことを命じているのか。こんな面倒な設定をつくった古代人を、ジョーは心からキライになった。同時に、手に入れた巨大な力と、この厄介なトモダチとの今後を思って、途方に暮れている。それでも少し胸が躍っているのはなぜだろう?
一方、「クローナ」の困惑は極まっている。なぜこの使用者は、主にもならず操典どおりのことをしないのか?大きな疑問。しかしその前に切実な問題を思い出す。
「ジョー……ボク、もうそろそろおちるんだけど」
「はいはい。んじゃ、お世話タイムだな」
クローナをいったんクロガネとの接続をきって、心臓部から出して、食事に睡眠……。
やることは山ほどある。ついでに監督にちゃんと所有者証明書を発行してもらうし、今日の給金くらいは払ってもらおう。なにしろ冬支度で、いろいろ入用なのだ。