第一章 その3 そして少年はクロガネのジョーと名乗る
〈その3 そして少年はクロガネのジョーと名乗る〉
ゴウン……ゴゴゴゴオオン……
大きな地下空洞はもとは人工の施設だったのだろう。地表や壁は自然な岩肌ではない。
ジョーは薄明りのせいもあって気がつかないが、よく見れば光沢があることがわかったはずである。
「下に空洞があったぞぉ。遺跡かもしれねえ」
「デスタのバカヤロウ。うかつに岩を投げさせるな。いいブツが壊れてたら弁償させるぞ」
「スンマセン。ですが逃げたヤツが見えたんで」
「降りるついでに捕まえろ。売れば金になる。下にお宝があれば更にいいけどな」
黒布党が緩い斜面を探し、こっちに降りてくる気配であるが、この広い空洞ではまだ遠い。
「ちぇっ。ヤマ狙いの上に奴隷商かよ…‥最低だな」
ジョーはさっき声がした方へ目をむける。いや、実はあの声は自分の頭の中に響いたのだが、それを発した心当たりは、あれしかあるまい。視線の先の巨像の輝きはすでに消えている。
しかし未だに目の前にあるモノは、ホコリにまみれているが、透き通るような、透明感のある黒い光沢に覆われている。あまりに巨大で全体像こそ見えないが、強くて硬い人の形。魔法鋼像に違いない。
「ダレなの?……でてきてくれないの?」
岩陰から眺めるだけのジョー。しかし、その巨人は間違いなく岩陰のジョーを見つけ、呼びかけている。その呼びかけが、巨人のモノとは思えないほど、細く甲高いのが気になるが。
「こいつ、『脳なし』だよな?しかも『主殺し』だよ……しかし、どっから、っていうか、誰が声なんか出してるんだ?魔力供給者が乗ってるのかな?」
おそらくはゴーレムであろう巨影は、額から上の、人族で言えば脳にあたるはずの辺りが不自然に小さく、逆にくぼんでいる一方で、その周りには壁に覆われた広いスキマがある。そのスキマに人が余裕で乗れそうだ。しかし、それにしては操縦装置が見えない。ならば人が操縦するタイプの現代種ではなく、もちろんこの大きさで自律式は、原始種ではありえない。そしてこんな地表付近に置かれているからにはやはり古代種であろう。
であれば、これはたまに出土する「脳なし」の「主殺し」となる。魔力供給者を主と認識するタイプだが、主は声に出して指示しなくてはならない。つまり、もしも戦闘になったら主が真っ先に狙われる。一応頭の上に主用のスペースがあるが、ゴーレムの腕が直撃すればむろん、即、圧死。大きく動いたり転んだりしたら転落死。人間相手でも狙撃されたら死ねる。そこでついたあだ名が「主殺し」。とても戦闘向きとは言えず、古代から現代にかけてつくられた、本流でない派生種、つまりは失敗作だと思われている。
しかし盗賊たちは次第にこちらに近づいてくる。これが例えその失敗作であろうと、贅沢を言ってる、そんな余裕はなさそうだ。
「疑問は後回し…‥これしかないか」
自分に何かがあれば、あの姉妹はきっと冬を越せない。猫女子としては最後の手段がないわけではないが、それはジョーは絶対に認められない。なら、なんとかして生きて帰るしかない。ルミアの愛らしい笑顔と、おまけにミアルの怒った顔を思い浮かべ、ジョーは横たわっているゴーレムと思しき人型の頭部に潜り込んだ。
「ホントに何もない……魔力供給装置もないけど……音声指示型だよな?んじゃ……立て!」
グウウウウン…‥重い駆動音が辺りに響き、それとともにゴーレムが大きく揺れ、頭部が上に持ちあがる。その間、彼一人には広いスキマで揺れたり落ちそうになったり大騒動のジョーだ。回転する乾燥機の中のぬいぐるみを思い浮かべていただければいいだろう。すりむいた膝が痛い。ぶつけた額がうずく。なにしろここには操縦棹はおろか手すりすらないのだ。
そしてようやく立ち上がったモノは、おそらくジョーの5倍以上は背が高い。横幅はジョ-のそれの10倍近くはありそうだ。人よりもがっしりした体格と言える。その威容は重厚にして勇壮だ。
「キミ……ボクのゴシュジンサマじゃないね。なのに、このコがいうことをきいた……キミがあたらしいゴシュジンサマ?」
声はやはり直接ジョーの頭に響いている。できるだけ落ち着いて答える。
「ゴメン。そうじゃないと思う。でも力を貸してくれ。」
ジョーの頭に、「はてな」のイメージが伝わる。自分の言ったことが理解されていないらしい。
「あの……ゴシュジンサマいがいに、このコがこたえることはないよ。だからキミはあたらしいゴシュジンサマ。なら、ボクをリセットして。そしたらあたらしい「生体部品」がキミをサポートするから」
ジョーの頭に、今度は膨大なイメージが伝わる。このゴーレムの操典らしい。主要な情報が送られ、終わるまで、それは現実では数秒のことだった。
機体名クラウン。シリウス星紀382年製。制作者アンティ・ノーチラス。
外部操縦ユニットを頭部に接続することで、主である操縦者は安全かつ効率的に戦闘可能。主動力は内臓式魔力炉。左胸部に内装された生体部品から魔力を供給する。なお生体部品とは…………。
「ばっかやろぉ!」
生体部品の概要を理解すると同時に、ジョーは思わず叫んだ。怒っている。
「おい。君!僕はリセットはしない!今は戦闘時だし、操縦ユニットがない緊急時だ。使用者権限に置いて、僕は仮の主、使用者となる。君は引き続き、記憶・生命活動を保持したまま僕の管理下に置かれる!」
自分の思念を受け取った相手が、大いに困惑している。同意しかねるようだ。
「……『かり』の?『しようしゃ』?だけど、そのトクレイジコウでは……」
だが、その反論をねじせる意志と理由がジョーにはあった。リセット。つまり、この声の主を廃棄して、新しい部品を生成することである。この子は自分を殺せ、と言ってるのだ。生きてる者を簡単に廃棄するシステム。それこそ部品のように。それにジョーは本気で怒っているのだ。
「君の知識や経験を欠いて、僕の生命維持はおぼつかない事態だ。どうせ『リセット』も間に合わない。これは特例事項に該当する!」
「…………わかった」
一瞬の沈黙と、その後の服従の思念がジョーに伝わり、思わず息を吐く。
「……じゃあ、いちじてきにかりのゴシュジンサマ……しようしゃであるキミと、はいきほりゅうのボクで、このコをうごかすよ……ねえ、キミ、なまえをおしえて。あと、このコにあたらしいこゆうめいしょうをつけて」
「固有名称って、要は名前じゃないか。前と同じでいいよ。面倒くさい」
「でも、こゆうめいしょうはゴシュジンサマといっしょにとうろくされるんだ。ないと、ボクはこまるんだ」
少し離れた位置で、盗賊たちがついにこちらを見つけたらしい。騒ぎ始めている様子を見て、ジョーは妥協することにした。実際、念話の相手の、異常続きで困惑している様が思念で伝わってくる。かなりの負荷がかかっていて、なんだかかわいそうだ。いや、自分がいじめてるみたいで今は罪悪感すら感じる。
「現時点での固有名称は……クラウン?機体名のマンマじゃないか?前の主って、合理的な人なんだな」
ジョーは、地面で見たこのゴーレムを思いだす
地に横たわる黒い影。闇に浮かぶ巨大な鉄の塊。そのイメージが自然と沸き上がり、ジョーの顔には会心の笑みが浮かんだ。
「こいつはクロガネ!そして僕は、クロガネのジョーだ!」
これしかない!その思いは思念でも「相手」に伝わった。
「わかった!いまからこのコはクロガネ!キミはクロガネのジョー!」
復唱する「生体部品」の思念は、まっすぐで一生懸命に思える。だからジョーは決めた。
トリセツからすればバカバカしいことで、でも、もうためらわずに告げる。
「そして聞いて。君の名前はクローナだ!」
思った通り、幾度目かの困惑する思念が返ってくる。限りなく大きい「はてな」の思念。
「『部品』のボクにこゆうめいしょうはいらないよ。それに、このせんとうがおわったらリセットされるし」
こんなに混乱させてばかりで、ホントに申し訳ないと思う。トリセツの情報からすれば、自分がかなり「この子」に不当な要求をしていることは判断できる。それでも
「リセットなんてするもんか!」
そう叫ぶジョーである。そして、
「いいかい、一緒に戦うクローナは戦友だ。友達だ。だから僕は君をリセットなんかしない!そんなの、ルミアの言いつけでも許さない!」
「生体部品」はついに沈黙した。しかしそれは納得からはほど遠いようだった。混乱の末に「わけわかんない いまはいうだけムダ」というアキラメの心境に近い。
「おい。動いてるぞ」
「慌てるな。よく見ろ。「『脳なし』じゃないか。頭を狙えばイチコロだ!」
散発的ではあるが、クロガネの頭部、要はジョーがいる場所をめがけて矢や石が飛んでくる。
ここに立ったままだと、狙われ放題だ。まるで夜店の射的である。当たった場合の景品はこのゴーレムであろう。
幸い周りは壁らしいもので囲まれてる。ジョーは座って、正面の一段低くくぼんだ部分から顔だけ出した。そこに石がゴツンと当たって落ちる。鉱夫用ヘルメットはかぶっていたが。
「イテテ!……ええっと、クローナ。あいつら、やっつけたいんだけど。どうすればいい?」
「……クローナ……ぬ…‥ソウテンにあったよね。ふつうにヤッツケテっていえば、このコはかしこいから」
「操典って、さっきのトリセツか。ああ…‥んじゃ、クロガネ、こいつらをやっつけろ!」
どうせ罪のない人たちをさんざん襲ってきた盗賊である。さすがにジョーも頭にはきている。クロガネは、対象も手段も目的も相当にいい加減なジョーの命令を、しかし過不足なく実行した。要は、黒い布をつけてこちらを攻撃する存在を戦闘不能にすればいいのである。別に殺さないようにとか、逆にとどめを刺せとかいう、付帯条件がない分、適当に暴れていればよい。命令者の意図を類推できる優秀さだ。
「これってクローナがやってるんじゃないのかい?」
「……クローナって……まぁ……あのね、これくらいならクロガネははんだんできるの。もっとむずかしくなったりしたら、ボクやキミがそうじゅうすることもできるけど」
名前を呼ばれることに抵抗があるらしく、いちいち不満げな「生体部品」だが、表立って反論している場合ではない、ということなのだろう。
揺れるクロガネのスキマにしがみつきながら、盗賊たちが蹴散らされ、追い払われるのを見ているジョーだ。なにしろスキマの内部は何にもなくて、つるんとしてる。油断すれば振動で転ぶし、下手すれば下に落ちて死ぬ。
「あ!あれもゴーレムだ。わざわざ降りてきやがった。バカだなぁ。待ち伏せてりゃこっちが上がんなきゃ行けなかったのに、そんな足場の悪いとこに……クロガネ!やっちゃえ!」
盗賊団からすれば、さっさとここを終わらせて、ヤマ、つまり発掘場に向かいたい事情もあるのだが、いずれにしてもチャンスなことに変りはない。
だがクロガネの歩みは、足元が不整地なためか、乗り手を気遣ってか、ゆっくりである。
狙う対象は、さっき大岩を投げた茶色のウッドゴーレムだ。クロガネより一まわり小さいが、腰には大きな棍棒をぶら下げている。それがようやく地面に降り立った。空洞には降りてこない指示者があわてて、大声で敵に向かって振り向くよう指示した。次の瞬間である。
ようやくたどり着いた、横幅のある黒いゴーレムが動き出した。その手に武器はない。
ゴオオオオン……グガワアアアン!
クロガネは肩と肘の関節部分だけで大きく右腕をふるい、前に拳を突き出した。人の格闘術のように重心移動とか腰の回転というものはない。しかしその剛腕が繰り出す威力は!
当たった瞬間、拳がウッドゴーレムの胴体部を貫通し!
次の瞬間、粉砕された胴も、頭部も四肢も全て粉々になって四方に飛び散り!
そして、そこには何も残らなかった。
その拳がゴーレムを貫いた音だけが、空洞に反射し響きつづけていた。
あまりのことに、この場の黒布党一団もその場にヘナヘナと倒れこんだ。
「すごいや……ていうか、こいつ、すごすぎだろ?」
あきれるジョーの述懐も、残響で全く聞こえないはずなのだが。
「このコ……クロガネはいまのじょうたいでもつよいよ。でもあっちも、よわすぎ」