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第一章 その2 ヤマでの出会い

〈その2 ヤマでの出会い〉

 ゴウン……ゴオオオン……

 ここは飛竜岳の麓にある露天の発掘場、通称ヤマだ。見上げたジョーの目には、くすんだ秋の寒空が見える。飛竜岳はさほど高くはないのだが、見事な四角推を保っている。東を見ると、そちらには獣人族の聖地「御山」が控えている。ここは広い聖域の外縁部に位置している。

 ヤマで動くのは、人族に交じって猫人族や犬人族もいる。兎人族や虎人族と異なり、人族に比較的近しい彼らは、ヤマの開発には受容的であった。そのため、発掘当初の働き手は人族ばかりだったのだが、近くの猫人集落からも来るようになり、噂を聞いてやや遠い犬人集落からも集まってきた。人族も犬人族も鉱山町で寝起きしているため、一番近くにある猫人族の集落にもあまり姿を見せないが。

 しかし公平に見て、猫人族は鉱山作業には向かず、そこらへんの岩陰に隠れて怠けてばかりだ。敏捷で柔軟な体の猫人も力強さや耐久力では劣る。その点で言えば、犬人族の方がよほど恵まれているし、勤勉である。もちろん一番多いのは人族だ。

 ただし、目を引くのは、大小多種多様な人造物や魔法生物である。発達した錬金術の成果だ。

 小型の、機械仕掛けで自律式のものはオートマータと呼ばれている。これは、つくりが華奢だが、知能に優れ、主に監視や指示をする。また、骨格だけで動いているスケルトンらしきモノも見られるが、今ジョーの目の前にいるのはボーンゴーレムである。つまり、死霊呪術でつくられたアンデッドではなく、素材とした人骨に直接焼入れし簡易魔術回路で作動する魔法生物に分類される。見分け方は、胸の中央部に魔宝玉があれば、外部から定期的に魔力を供給されて作動するゴーレム、なければスケルトンということだ。もちろんスケルトンやゾンビといった定番のアンデッドを使役する悪評高い雇い主もいるのだが、今日はいないようだ。幸いにもジョーは、どちらもこのヤマ以外の場所で見たことがないが、どこでも嫌われそうのことに大差はない。ようやく見慣れるようになったジョーだが、最初は逃げたくなったものだ。

 ここでは人族も獣人族も、狭い洞窟ではなく、露天の発掘場に群がって、シャベルやつるはしをふるっている。時々深く穴を掘る時は別で、そんな時は熟練した人族がボーンゴーレムや鉱夫に指示することが多い。それ以外の指示はオートマータで十分なようだ。ここでも人件費削減の波は押し寄せているのだろう。熟練した鉱夫の日給はかなり高くなるのだから。

 もっともこの場で何よりも目に付くのは・・・人の何倍もの大きさのゴーレムであろう。

この世界では、魔法鋼像はゴーレムと呼ばれる。


「監督、こんちは」

「おおっ、お前さんかい。今日もがんばれよ」

 日に焼けてたくましい中年のおっさんにジョーはあいさつした。

 以前、ジョーが、獣人をかばって鉱夫ともめた時に、彼を助けてくれたのはこの監督である。熊人と見まがわんばかりのヒゲもじゃな強面だが、中身は尊敬と信頼に値する。鉱夫たちの人望が厚いのは当然で、ジョーも無条件で安心できる数少ない人族である。 

 ちなみに、監督がかぶっている黄色いヘルメットは、「照明」「防御」などの魔術が呪符された自慢の逸品である。何回か発掘にきて、まずまずのモノを見つけたジョーは、監督からは気に入られていたが、ついでに、その自慢も散々されていた。

「はい。でもさ、監督頑張って大物見つけても日給変わんないんじゃあさあ・・・」

 さり気のないアピールに、なじみの監督もつい気を許す。熊みたいでも気がいいのだ。

「ぼやくなよ。若いの。ま、ホントの大物なら口をきいてやらんでもない」

「さすが監督!俄然やる気になったよ……ちなみにホントの大物って……やっぱ、アレ?」

「ああ……アレだ」

 ゴウン……ゴオオオン……

 視線の先には、表面がごつごつした岩で覆われる巨人。いや、人にしては重心が低すぎて横幅があり過ぎて、頭部はあっても顔がなくて、そもそも大きすぎるのだが。それが、これまた巨大なシャベルをふるい、そのたびに山の斜面に大きな穴を開けている。ヤマに入ってからひっきりなしに聞こえる音は、このゴーレムが作業する音らしい。

 ストーンゴーレムがシャベルをふるえば、辺りには大小の破片が飛び散り、周辺で作業しているボーンゴーレムにぶつかっている。が、ものともせずに働くのはさすがというべきか。人族であれば大けがしている。

「あれって、マン・マテリアルのストーンだよね。もしもあんなの見つけたらボーナスは金貨で10枚くらい?」

「バ~カ。マン・マテリアルなんて現代種、ヤマで見つかるわけないだろう」

「そっか……じゃあ見つかるのは古代種か原始種?」

「原始種も、ヤマじゃなぁ……地下迷宮ならともかく、ここじゃ滅多に出ない」

 地下迷宮とは、相当古く、地下深くにある遺跡である。その時代では、ゴーレムと言われる魔法生物は、上級魔術によって、集めた素材がそのまま人型になったものをさす。しかもある程度の判断力がある半自律式知能を持ち、さらに半永久的に動いたという。それを現在では原始種ゴーレムと呼ぶ。もしも稼働状態のものが発見されれば、莫大な価値があるのだ。

 しかし、一般にヤマと言われる遺跡は比較的新しく、地表近くか、時には地表にそのままその姿を残すものである。この時代、ゴーレムをつくる術式が大きく変容し、かつては高難度の上級魔術で行った生成術式を、いくつかの中・下級魔術に分けることで、飛躍的に量産性が増した。それが古代種ゴーレムと言われるモノである。

「古代種って……魔力供給式で、手動操縦のはしり?」

「ああ……前もって素材を加工して魔術回路を刻み、部品を組み立てる、フレーム型の元祖ってヤツさ。その分、駆動術式は下級魔術師でも行使できるようになったんだ。んで、操縦も人がするから、頭がわるくなっても、人の操作を覚えるだけなら充分。魔力は…‥」

 要は自律式ではなく、部品加工までは魔術を使用しない、そして人が乗りこみ操縦と魔力供給を行うということでの分業による生産性上昇ということである。

「魔力は使用時に魔宝玉に注入……現代種と違って操縦者と別に魔力供給者がいるんだっけ?」

「そうだ。だから古代種は基本的に二人乗り。現代種は操縦者の魔力を注入するから単座なんだが……お前も詳しくなったじゃねえか」

「ま、いつも見てりゃね」

 暇があれば観察し、詳しい者から話しを聞き、絶えず学習する。ジョーの取柄であろう。

「で、あのストーンは、加工した素材を人型に組み立てて、そこに魔術回路を刻印しただけのマン・マテリアルなんだろ」

 クレイ(粘土)やウッド(木材)を素材マテリアルにするよりは、よほど手間がかかり、その分ストーンはこの種のゴーレムにしては高価、しかしそれ以上に頑強である。もっと大きな岩を加工すれば、更に頑強なロックゴーレムとなるが、もちろん価格は上がる。

 ただ、この手のゴーレムは判断力はまったくなく、魔力を供給した者であれば、誰の言うことでも聞く。

「でも、もっと高いのはちゃんと加工したフレーム型の方……」

 そんなジョーの声を遮って、若い人族があわててやってきた。

「おやっさん!マジ、あいつら、来やがりました!」

「おっと。仕方ねえ。やっちまえ!……若いの、あぶねえから引っ込んでな!」

 この場で、腕まくりをし、人を集めて指揮を始めそうな監督だ。熊というよりヒグマである。

「監督!?何があったんだよ?」

「山賊団だ。ちょっと前からウワサがあったんだ!早く逃げな」

 これで事情も分かったし、堂々と逃げられる。わざわざ発掘のチャンスを減らしてまで監督にへばりついていた甲斐があった。胸中でそう呟き、ジョーは遁走を始めた。逃げ足には自信がある。なにしろ猫男子から逃げ帰られるくらいだ。人はいいが、要領もいい。


 であったが……さすがにヤマではカッテが違うらしい。というより要領がよすぎて、真っ先に発掘場から逃げたのはいいが、周りの護衛がまだ展開すらしていない。しかも……

「うわぁ、別動隊?こんな組織的な山賊団なんているのかよ?」

 発掘場から鉱山町まで森に囲まれた一本道。そこに向かう出口に、見慣れない大型ゴーレムがいた。おそらくはウッドのマン・マテリアル。その周りにいた、薄汚れた身なりの人族と犬人族たちの額には、巻かれた不気味な黒ハチマキ。他に小型で、妙にテラテラ光るクレイゴーレムも数体あった。粘土がゴーレムになるとは……これも魔法、いや、錬金術の成果であろう。

「あれがウワサの黒布党か。ゴーレムまで持ってるって本当なんだ」

 黒布党。最近王国の南東部で活動している山賊、いや、盗賊団である。ヤマに限らず街も襲うが故の盗賊団だが、数体のゴーレムを所有し、その武力は下手な守備隊や警備隊ではかなわない。それをいいことに、こういうヤマを襲撃して更にゴーレムを増やし、勢いを増してきた。ウワサでは、王国の、特にヤマシに恨みがある連中の集まりだそうだが、かといってヤマシと無縁の自分を見逃してくれるとも思えない。

 ジョーは慌ててもと来た道を逆戻りする。

「盗賊が来るかもっ知ってて、人を集めてたってことは……ひょっとしてヤマシも待ち伏せしてたんじゃないかな?……なんとかなるかも。」

 いつもより高い日給は囮への危険手当か。それにしては安すぎるけど。そう思ったジョーだが、それを確かめる前に、破局が訪れた。彼にとっての破局。それは戻ろうとした道に、ゴーレムが大岩を放り投げたことである。岩は道を塞ぐどころか、運悪く、特に薄い地面の岩盤も突き破り、ジョーを道連れにして地下に落ちた。


「こんなところで死ねないよ、ルミアもこれじゃ褒めてくれない」

 助けてもらったあの日から、あの小さな背に背負われた、あの時から、ジョーの全てはルミアのためである。それ以前の記憶がない彼にとって、彼女は命の恩人以上なのだ。

 だから落ちた底に空洞があり、幸運にもまだ生きているらしいと知ってまず考えたのは

「これでちゃんとルミアに恩を返すまで生きてられる」

である。自分でも、なんでこんなにあの猫族の少女のことを気にかけているはわからない。でも、あの整い過ぎた美貌と、それをかわいらしいと錯覚させる大きな耳。猫人特有のしなやかな肢体に、ピンとたった細長い尻尾。全部が大切でどうしようもない。だから彼女が望むことなら何でもするし、彼女が幸せになるためなら……きっとなんだってできるはず。

 だから、地の底に落ちたくらいはどうにでもなるのである。

 土埃が収まって、上の隙間から降りる微かな日差しが、ようやく辺りの様子を見せてくれた。思ったよりは広い空間。しかし、彼の眼前になにかあった。近すぎて逆にわからなかった。思わず飛びさがって、その後、こわごわと観察する。

 目に入ったモノは黒い巨影。

 ジョーの目の前に横たわる人型。

 その大きさは、今さっき大岩を投げたゴーレムすら上回る。

 全身を土砂に覆われ、汚れているが、そのスキマから見える外面は、地表からの光を反射する黒々とした鉄。

 まさに人型の鉄塊である。

 

 茫然と立ち尽くす彼の胸元の服のスキマから微弱な輝きがもれていたが、それは誰にも、ジョーにも気づかれなかった。しかし、その淡い黄金の輝きと同じものが、人型の黒曜石のような目から放たれ、まだ残っている天井を照らす。ジョーは思わず岩陰に隠れる。

「……ダレ?ボクをおこしたのは……ダレ?」

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