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序章 猫人族の少女、人族の少年を拾う

【序章 猫人族の少女、人族の少年を拾う】

 ルミアは猫人族キャットピープルの少女である。当節12歳。部族の集落にいてもその愛らしさは群を抜き目立ってはいたが、何しろここは人族の街、しかも王都である。ハッキリ言えばこの上なく目立つ。やや吊り上がった目の中は大きく淡い紫銀色の瞳、逆三角の、まだ幼い顔。その頭の上の、白に近い灰色の髪の上には、これまた大きな猫の耳が乗っている。猫人族は人族に比して一般に早熟気味であるが、ルミアはそうでなく、人族と同程度の成長ぶりで、その体つきはまだまだ子どものものだったが、微かに娘らしい丸みを帯び始めたころである。そして、そのお尻の上には、細長い猫の尻尾が律動的リズミカルに揺れている。

 そんな彼女が王都屈指の名門校リュイディルジェンクの紺と白の清楚な制服をまとっているわけだから、もうその目立つこと目立つこと。スト-カーは出るは誘拐されそうになるは、身の危険を感じて用心深くもなろうというものである。

 だから彼女の学校の行き帰りに、これまた王都名物の騎馬衛兵隊が護衛する羽目にまでなってしまった。もう真面目なルミアからすれば、「衛兵さん」に申し訳なくて、毎日謝ってばかりなのであるが、衛兵隊員にしても、ルミアの護衛は人気ナンバーワン任務であるらしく、毎日二人一組の騎兵が代わる代わるやってくる。それもルミアに配慮してちゃんと一人は女性が入るようになっている。隊長のジョーダという、王都でも屈指の快男児のおかげだった。そもそも隊長のジョーダ自身がさらわれそうなルミアを助け、事情を聞いたからこその厚遇なのだ。

「えっと、エレナさんは二週間ぶりですね。今日もお願いします。そちらの衛兵さんは初めてお目にかかります。よろしくお願いします」

 毎日代わる「衛兵さん」の名前を全て覚えているという、まるで業界慣れしたアイドル並みの気配りをしているルミアである。ずば抜けた記憶力の無駄遣いと言えるが

「ルミアちゃん、ちゃんとあたしのこと覚えてくれてたの!感激ヨォ~」

「しっ小官はデミルです!お初にお目にかかれて光栄です!」

 これでちゃんと「衛兵さん」も機嫌よく仕事ができるわけだし、効果は絶大と言える。

「お二人とも、今日はありがとうございました。ジョーダ隊長にもよろしくお伝えください」

 無事に一日が終わり、大きく手を振り、衛兵と別れるルミア。

 こうして猫人族の少女の外患は大きく危機を減じていた。

 しかし残る内憂はより深刻とすら言えた。


 王都であっても、猫人族はいないわけではない。しかし、その立場は人族と比べれば、大いに低く、弱く、そして悪い。猫人族などの獣人族のほとんどは、王族や貴族、富豪らの奴隷またはペットである。当然自由に外出など望めない。

 ルミアのように、才能が認められ、人族と同程度の扱いを受けて名門校に通学できるというのは希有で稀少なのだ。猫人族の正規留学生とは言え、堂々と試験を受け、周りの反対派がぐうの音も出ないほどの好成績で入学が認められたのである。

 が、同級生にしてみれば、これほど不愉快なことはない。なにしろ自分の家では奴隷とかペット扱いの獣人族がクラスメイトで、しかも自分たちよりよほど優秀なのである。

 なまじ誇り高いお貴族様であればあるほど、ルミアに対しての悪感情は根深いものとなる。

「フレドレン君、この設問の答えはなんだね?……なに、答えられない?ではルミア君……おお!素晴らしい、完璧だ。フレドレン君、キミもルミア君を見習いたまえ」

 などと、配慮のない教師が言おうものなら、その怒りは教師にではなく、ルミアに向けられる。こうして、ルミアが中座したすきに、彼女の椅子にインクがぶちまけられる、といった事件がもう日常茶飯事と化すのである。


「父さん、母さん、ミアル……会いたいよぉ」

 今日も宿舎のベッドで泣いているルミアだ。今日はお気に入りの羽根ペンが折られていて、いつもより落ち込んでいる。耳はペシャンコにつぶれ、尻尾もだらんと垂れている。幸か不幸か、それを見るはずの同室者はいない。宿舎は本来二人部屋なのだが、彼女との同室をみんな嫌がるので彼女一人の個室なのである。

 部族で両親と暮らしている2歳年下の妹がうらやましくすら思える。それでも猫人族にはありえないとすら言われたその才能を買われて、一族の期待をその小さな肩に背負っている。知識や技術、魔術を人族に学び、猫人族社会に伝えるという期待に。

「寒い……まだ秋なのに……」

 猫人族始め、獣人族は寒がりである。特に女性は寒がりである。本来あるべき動物の体毛がない。それを補うには衣服ではなんとなく物足りない。だから一般的に獣人族は、家族と抱き合って寝ることが多い。

 しかも人族の街では、富豪でもなければ、衣服は貴重品で、寝る時は服が傷まないよう裸で寝ることが常識。最初はルミアもその常識に従おうと服を脱ぎ一人で就寝していたが、今では諦めて、古くなって破れた服を着て寝ることにしている。それでも寒い。おそらく精神的な寒さもある。ルミアはいつもより一枚多く服を着こんだ。窮屈さはガマンする。

 

 そして、その夜。王都で内乱が発生した。よりにもよって王宮を襲撃する大事件だ。さらにその騒動で放たれた火が街中に燃え広がった。その炎はルミアたちの宿舎も襲った。

 後日判明するのだが、王都内の数カ所で放たれた火は、王族や貴族の子弟が多い施設も狙ったものであった。彼らが通う名門校やその宿舎も標的、ということである。中には無論、王族でも貴族でもないルミアのような者もいるのだが、そういう例外は放火した者も炎も認めてくれなかったのである。内乱に巻き込まれて、罪なき者が大勢死んだ。

 しかし、実は最大の被害は、内乱を鎮圧するため王宮へ出動したゴーレム部隊が進軍する、その途中に起こった。なけなしの家財を運び、家族連れで逃げる人々が通りにあふれ、巨大なゴーレムの足を塞ぐ。ここまで反乱軍が狙っていたかは不明だが、現実に前に進めなくなった部隊は大いに焦り、民衆に怒鳴り散らす。しかし焼け出された者たちも後ろからやってくる者に押され、退くことも避けることもできず、もちろん前に進めそうもない。このままでは王宮防衛に遅れると判断した隊長は、部隊に進軍を命じた。

 避難民であふれる道への進軍である。燃える街を背景に、民衆を踏みつぶし進むゴーレム。

逃げることもできず悲鳴を上げ続ける人々。その光景は地獄であった。

 ルミアは、その小さな体をひたすらかがめ、目を閉じ耳を塞いだ。燃える部屋からようやく持ち出した、教典が入ったカバンすらどこに行ったかわからない。ひたすら怖かった。

 そして、幸運にもゴーレムにつぶされず、生き残った。恐慌に陥った避難民に突き飛ばされたり踏まれたりするくらいは仕方ない。焼け落ちた家の一部が灰になり、彼女に降りかかったがそれも軽いヤケドですんだ。ただ左腕をいつ、どうして火傷したのかは覚えていない。それは肘から二の腕にかけて大きく広がっていて、彼女の肌を別の色に痛々しく変えていた。

 

「みんな燃えちゃった……ベッドも、机も、服も……」

 火事からは逃れたものの、戻った宿舎は半焼、学校は全焼。王都の4分の1は焼け野原で、治安は著しく悪化した。頼みの騎馬衛兵隊も大忙しで、彼女個人の保護などという平和で趣味的なお仕事の余裕は、さすがにない。このままでは一族の期待どころか身の危険すら感じるルミアである。そんな環境に耐えて二日。ついに決断せざるを得なかった。

「……もういいや。帰ろう。どうせ人族なんて、仲間同士で殺し合う欠陥種族よ。大っ嫌い!」

 その知識や技術、それらに基づいた制度や文化には未だ憧れがある。個人的には世話になった人もいる。だが、人族の社会全体には、どうしようもない不信感を抱いてしまった。

 民衆を踏みつぶし進軍する巨大な人型。耳元で上がる悲鳴。翌朝見た、つぶれてちぎれた死体。あれが同じ街の住民にする仕打ちなのか。あの夜のことを何度も夢に見たルミアだ。

 幸い、留学のための金品だけは、胸元に入れておいたおかげで、火事の中でも、通りの惨劇の中でも手放さずに済んだ。失った教典は、死体の中で探そうとして諦めたけれど。


 そして、左腕の痛みをこらえ、ルミアは2年間暮した王都を去った。王都の門を守る巨大な魔法鋼像ゴーレムは、外敵からは守ってくれるはずでも街の出来事には無力だった。いや、今のルミアには、あの夜のゴーレムと同じ禍々しい凶像にしか見えなかった。目を背け、慌てて王都から遠ざかる。後は、余計なことは考えず、ひたすら故郷へ急ぐだけ…………なのに。

「……なんでこんなの、見つけちゃったんだろう」

 それはルミアが猫人族だからである。街道を故郷に向かって南下するルミアが見つけてしまったもの。

「やっぱり夜道なんか歩くんじゃなかった」

 暗闇でも見える目のおかげで、急いだ帰路の、茂みの合間で発見したのは……

「人族の子ども?こんなの食べられないし……窮鳥懐に入れば、漁師は殺さず、だったかしら?」

 元来は猟師は殺すが漁師だから助ける、というモノではない。ルミアは秀才であるが、人族の文化に疎いためか、ことわざだけは妙な使い方をして、同級生にここぞとばかり、よく笑われた。なお、猫人はもともと狩猟民族である。同族でなければ食料にすることに禁忌は乏しいが、先日まで人族の中で暮らした身としては、食べるのは最後の最後の最後の手段であろう。

 で、食料にしないのであれば、放っておくべきであろう。何しろ彼女自身が幼少であり故郷に一人逃げ帰る身。何より、子どもでけが人とは言え、人族。支配種族であるが、それ以上に強欲で狡猾、弱者を虐げる者たちという実例には、彼女自身の実体験だけでも枚挙にいとまがない。関わり合いは避けるのが賢い、というよりは唯一の選択。天才でなくたってこれくらいの判断はできるのだ。

 なのに、なぜか彼女の足が進むのを拒む。彼女の心が、単純明快な正解を、何度も何度も検証している。これは何かの呪いであろうか?思い浮かぶのは、故郷にいる両親の笑顔。

「もう……」

 さんざん見捨てようとしたルミアだ。しかし、彼女の両親は理想主義者で博愛主義者であった。

「猫人も犬人も、人とだって助け合って生きていければいいね」

「そうよ。ルミアは、いろんなことを学んで、いろんな種族の懸け橋になってね」

 まったく、ありえないほど能天気なお人よし夫婦。まさに似合いの一組であったが。

「娘の気も知らないで……でも……あ~あ……ふう。」

 ルミアは一度ため息をつき、今度はゆっくりと近寄っていく。倒れている人族はルミアより小さく、何かで殴られたのか、頭から出血している。暗い中で見つけた、小さな足跡と血痕。ケガをした身で、ここまで歩いて力尽きた、とルミアは推測する。この子は放っておけば死ぬであろう、とも。身なりは……汚れているはが、もとは悪くないようだ。荷物はない。首にかかっている細い鎖は、きっと首飾り……。

「ああ……どうせ人族だから、助けたって恩に着ないだろうし、何も持ってないからお礼もくれないし……だいたい子どもの人族って頭悪くて粗暴でイジメっ子で……」

 この後知ってる限り、人族を罵倒する言葉を並べるルミアだったが

「でも、まぁ……たまぁ~に、いい人族もいない訳じゃかったし……まだ子どもだし……」

 今度は自分に言い訳をして、ついには諦めた。見捨てることを諦めた。さっきまでの正解を頭に中で書き直す。そして書き加える。自分は思っていたよりバカだった、と。そして恨みがましくつぶやくのだ。

「いつかは恩を返してね。あなたが役立たずの子どもで、内輪もめ好きな欠陥種族でも。なにしろ私にこんな愚行をさせるんだから」

 そう言って、少年の頭の傷に軽く手当てをする。そして傷に布を巻いて背負い、ルミアは歩き出した。見た目は愛らしい猫人族だが、これでも獣人族の端くれ、見かけより力はある。

「でも、いい?あなたは人族の男だから、きっとスケベで変態なのに間違いないけど、あたしやミアルには手を出しちゃだめよ」

 ストーカーに追われたり誘拐されそうになったりした経験からいえば偏見とは言えまい。

「あと、弱い者いじめとか、数の多さを頼んで少数を迫害するのも、人族の習性だろうけど、絶対に禁止!」

 これも、学校や宿舎で受けた仕打ちから見ても、間違った判断とは言えまい。

「だから……優しくて勇敢になりなさい、そして困ってる女の子は必ず助けるの!特にあたしやミアルの危機には何があってもよ!」

 時々衛兵隊の中にいた、紳士的で頼もしい人。特に衛兵隊長みたいな、そんな人になって欲しい、そんなルミアの願い。これらの願いを延々と並べて、ルミアは故郷まで急ぐ。

 いつしか少年は目を覚まし、いつ少女に声をかけるか迷いつつ、少女の願いを、これまたエンドレスに聞き続けることになる。

「この子の言いつけを全部守れたら、僕は勇者にでもなれるんじゃないか」って思いながら。

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