武器少女と俺の剣が連結して~全然切れない俺の剣と合体させることで武器少女をパワーアップさせるようです~
生きていますよという報告も兼ねて、ずっと放置していた短編を投下。
俺の家には代々伝わっている剣がある。
しかし、伝説の剣とかそういうものではない。けど、とても不思議な剣だ。
どう不思議なのか。
……切れないんだ。どういうわけか切れないんだ。刃はあるのにまったく切れない。木剣だって野菜などを切れるって言うのに、まったく切れないんだ。
おかしいよな。素材も鉄っぽいのに、ちゃんと刃があるのに切れないんだ。
力任せに振り下ろしても砕くどころか、傷ひとつつけられない。だと言うのに、頑丈で匠と呼ばれる鍛冶師が打った剣でもまったく切れないし、傷つかない。
しかも、なぜかその剣を扱えるのは俺だけだ。他の奴が持つととんでもない重さだと言ってピクリとも動かせない。
かつ、俺はその剣以外を持つことができない。他の武器を持とうとすると、弾かれてしまうんだ。
そのため、俺は呪われた子なんて言われる始末。
今、俺は独り身だ。家族は、俺が十二歳の時に死んでしまい、結局剣のことはわからないままだ。
とはいえ、現在俺はまともな職に就いている。
「先生! おはようございます!」
「ああ、おはよう」
そう。俺こと、ソージ・ニュータスは教師として働いている。
ベルセルド武装学園。
俺が働いている学園は、この世界に突如として発現した能力を上手く使いこなすために、創設された。
その能力とは【武装】というものだ。その能力を使えば、身体を武器へと変えることができる。
ある者は、剣に。またある者は、銃に。
個人によって変換できる武器は違うらしく、体ならどこでも変換できる。腕だったり、足だったり。
そして、その変換には必ず体内の魔力を消費する。
特に魔力の消費量が多いのは、特殊武器系統の連中だろう。特殊武器系統とは、まあ魔剣や聖剣の類いだ。
普通の武器とは違い、魔力を消費して放つ特殊スキルがある。
通常のスキルと違うので、魔力消費もかなりのものだ。
乱発すれば確実に魔力切れを起こし、まともに動けなくなるだろう。
そして、最大の目的は彼ら彼女らの安全を確保するため。【武装】という能力を持ってしまったために、人として扱われなくなっている。自分の体を武器に変える力。
ゆえに、人と言うよりも兵器として扱われることが多い。
そんなことが許されるはずがない、と創設者である武神と言われし男グラッツ・ベルゼルドが異議を唱えたのだ。
彼ら彼女らだって、元は人だ。
ただそこに能力がついただけじゃないか。
もし、それで兵器だと扱われるのであるなら、スキルを使い戦う俺達も兵器なんじゃないのか? と。
俺は、そんなグラッツさんに戦闘指導専門の教師として指名されたんだ。一度手合わせをしただけで。
まあでも、仕事内容もそれなりに俺に合ってるし、給料だってかなり貰える。独り身の俺にとってはありがたい。
「そういえば、そろそろ【エンゲージ】の時期だよね。どうする?」
「どうするもこうするも、俺的には相手は巨乳の美少女がいいなぁ!」
「俺は、護りたくなるような子かなぁ……」
生徒達が話題に出している【エンゲージ】とは、共に戦うパートナーを選ぶことである。
【武装】の能力を持つ者達は、能力を持たない者達と契約を結ぶことで、更なる力を得ることができる。その絆が深ければ深いほど、力は増し、やがては……ということもある。
実際、パートナー同士になった二人が結婚をして、子供を産んでいるなんて珍しいことじゃない。
生徒達の興奮はわからなくもない。
とはいえ、全員が【エンゲージ】できるわけじゃない。契約には、互いの気持ちが重要だ。無理やりの契約では、なんの力も発揮されない。なので、契約せずに卒業する生徒も少なくはないのだ。
「……あれは」
職員室へと向かう途中。窓から、とある女子生徒が男子生徒迫られている現場を見つけた。
あれは、うちの生徒と……隣の生徒か。
契約を結ぶために、二つの学園が隣り合わせになっている。
かなり珍しいが【エンゲージ】のこともあるので、そういう構造になっている。
当然隣の学園には【武装】の能力がない生徒達が通っている。
「まったく……この時期になるとああいうのが増えて困るな」
俺は、女子生徒を助けるため窓を開けて、外へと出ていく。
「本当にだめなのかい? 僕なら君の力になれる。僕は、君の美しさに惚れてしまったんだ……世間が君のことを兵器だと罵ろうと、僕は否定する。そのために、僕は」
「そこまでだ」
一方的に言葉攻めにするのは感心しない。俺も、そこまで女心がわかっているわけじゃないけど。
俺が肩に手を置くと、明らかに不機嫌そうに睨んでくる。が、俺がこの学園の教師だとわかり、表情を変える。
「す、すみません。僕もつい感情が高ぶってしまって……じゃあ、僕はこれで。いい返事を待ってるよ」
「……行ったか。大丈夫か? シャルロット」
「はい。大丈夫です先生。助けて頂きありがとうごさいます」
俺が助けた女子生徒の名は、シャルロット。
遠い国の出身らしく、家名はないようだ。とても不思議な雰囲気の少女で、雪のような真っ白な髪の毛に肌。後頭部には、赤いリボンを付けている。
青く清みきった瞳を見ていると、何か見透かされているんじゃないかと思い込んでしまい、ちょっと近寄りがたいと周りから認識されている。
俺は、そうは思わないけど。
ただの物静かな少女って感じなんだが……俺の認識が間違っているんだろうか?
意外とこいつとの付き合いも長い。一人でこの学園に通っているからなのか、ちょっと親近感が沸いてしまっている。
「さっきのは、やっぱり【エンゲージ】の申し込みか?」
男子生徒が去った方向を見詰め、俺はシャルロットに聞く。
「はい。これで十回目になります。何度も断っているんですけど」
「十回って……相手がいやがっているのに、しつこい申し込みは校則違反だ。今度申し込みに来たら、すぐ俺か他の先生に言うんだぞ?」
「そうしたら、先生が助けに来てくれるんですか?」
「ん? まあ、そうだな。俺達は、教師だ。生徒のピンチに駆けつけないわけがないだろ?」
何を当たり前なこと言うんだ? と、俺は頭を何度か軽くタップし、踵を返す。
「ほら、早くしないとホームルームが始まるぞ」
ちょっと強かったのか。頭を擦っているシャルロット。軽くしたつもりだったけど……あっ、そもそも無闇に生徒の体に触れるなって言われてたっけ。また、指導係のシアン先生に怒られるかもしれない。
「はい」
俺が待っているとシャルロットは、何事もなかったかように俺の隣に並ぶ。……なんだ? どうして動かないんだ?
まさか、俺が動かないと自分も動かないってことか? 確かに、途中までは一緒だけど。
「お前は親離れできない子供みたいな奴だな」
「そうですか? 私は、とっくに親離れをしていますが」
言葉のあやだと伝え、俺は歩き出す。
すると、シャルロットも俺の動きに連動しているかのように動き出す。最近はこういうことが多い。
なんだかクラス、下手をすれば学園に慣れていないかもしれないので、気にかけていたのだが……その成果もあって、少しは社交的になった。笑うようにもなったし、友達も増えてきている。
担任のガロウ先生や生徒指導のシアン先生からも、よくやったと褒められるほどだ。しかし、世話を焼きすぎたせいなのか。妙になつかれてしまった。
嫌われるぐらいよりはこっちの方が接するには良いことなんだけどな。でも、一部から変な噂を立てられてるからなるべく一緒に居ないようにしている。
まあ、思っているだけで、結局はお節介が発動してご覧の有り様。教師としては、困っている生徒を放っておけないし、個人的にもなんだかな……別に恋愛感情はない。
確かにシャルロットは、さっきの男子生徒のように、多数の契約を申し込みされている。しかも、男子だけではなく女子からも。
元々、目を引く容姿に、不思議な雰囲気で入学当時から注目はされていた。それが、社交的になると更に人気が出て……。
俺の頑張りが彼女を変えた。
そう思うと嬉しくて、干渉に浸ってしまう。
「職員室に着いたぞ。同行はここまでだ。鐘が鳴る前に教室に急げよ」
「先生」
職員室のドアに手をかけた時、シャルロットに呼び止められる。
振り向くと、リボンで縛られた小袋を渡される。
「さっき助けてくれたお礼です。今朝、クッキーを焼いたので」
「別にお礼を言われるようなことはしてないぞ。まあ、ありがたく受け取っておくけど」
踵を返し、ドアを開ける。
そして、そのままドアを閉めると、シャルロットの笑顔がちらっと見えた気がした。
「……ふう」
「やあ、お疲れ様!」
振り向くと直前で背中をパン! と叩かれながら声をかけられた。
「シアン先生。朝から元気ですね、相変わらず」
生徒指導のシアン・グリーバン先生。明るい青髪は肩にかかるぐらい、美人であるが可愛い系も混ざっている年上の女性。
一見目立った特徴がない人だが、こう見えてここの生徒指導。
この学園においての生徒指導とは、相当な実力者でない限り勤まらない。【武装】という能力を持っている生徒達を取り押さえる姿を見たが、圧巻の一言だった。
能力に頼りきった戦いをする生徒達をあっという間に制圧したのだ。
「まあね。元気があたしの取り柄だから。それに、あたしが元気じゃなかったら、校則違反をする生徒達を誰が取り押さえるの?」
「生徒指導は、生徒達の指導をするものなんですが?」
「あたしが、直接取り押さえて、そのまま指導をし、正しい方向に導けば良いのよ。あなたみたいにちゃんと指導しないとね」
俺はまだまだ新人なんだけど……。
「ところで、シアン先生。実は伝えたいことがあるんですが」
「何かしら?」
俺は、さっきのことをシアン先生に知らせる。
すると、なるほどね、と頷く。
「まあ、今はそういう時期だからね。毎年のことながら、悩みの種よ」
「俺は、初めてなので、色々とお聞きしても良いですか?」
「ええ、もちろん」
・・・・・
「さあ、今日は最初に俺との模擬戦をしてもらう。もちろんお前達は《武装》の能力を使うこと。俺は……こいつを使う」
いつものように、生徒達の能力を向上させるための授業を行っている。今回は、これまでの授業でどれだけ成長しているかを確かめるために、模擬戦を行うことにした。
俺は、普通の武器を扱えない。いつもは、格闘術などで何とかしているが、今回はあの剣を持ってきている。
俺の家にある斬れない剣。
「それって、先生の家にあるっていう斬れない剣ですよね?」
「まあな」
俺はこの辺りでは名が知られている。
当然、俺の家のことも。
意外も俺の家は大きいからな。親が残してくれたものは剣だけではなく、広めの一軒家に金。
とはいえ、貴族というわけではない。
俺の父親は、有名な冒険者であり武器職人でもあったようだ。
母さんは、一般人だと言っていたけど……。
「さて、戦いたい奴は前に出るように」
「はい」
真っ先に手を挙げたのは、シャルロットだった。すると、他の生徒達は自然と静かになり、道を開ける。
「やっぱりお前か」
「はい、私です。よろしくお願いします」
丁寧に一礼をして、自分の右手を冷気を纏った片刃剣へと変換させる。最初はこんな能力だったからこそ、周りからは化け物扱いされていた。
何せ、好きな時に腕や足などの体の一部を武器に変換できるのだから。例えば、無垢な子供が自分が意識していないのに、能力を発動させてしまい親を殺してしまったという話はよく聞く。
冒険者や傭兵、騎士に兵士の中にも【武装】の能力を持っている人達が居る。
中には暗殺者向けの能力だと豪語する連中も居る。それだけ、世界では【武装】は一般常識というか、広まりつつある。
「じゃあ、好きなだけ打ち込んでこい。基本受けだが、ちょいちょいこっちから打ち込むことがあるから注意しろ。いいな?」
「わかりました」
俺の言葉に頷いたシャルロットは、静かに剣を構える。
さあ、どこからでもかかってこい。
しばしの静寂の後……シャルロットは動きだす。まず、真っ正面から。身を低く、剣を斜めに構え、丁度剣が届く範囲まで来たところで、左へ跳び、斬りかかってくる。
「おっと」
良い動きだ。だが、まだまだ。すっと、剣を突きだし防御。
ガキィン!
金属同士がぶつかり合ったような音を響かせる。普通なら、ここで力比べになるが、シャルロットは違う。
「はっ!」
背後からの奇襲。さっきまで、目の前に居たはずのシャルロットは、霧状となって四散していく。
一瞬にして冷気を自分の纏わせ、魔力で固める。その間に背後へと回り込んだ、ということだろう。相変わらず器用だな。
「良い感じじゃないか」
シャルロットの剣からは常に冷気が漏れだしている。それは、彼女の桁違いの魔力が冷気となっているからだ。
そう、ただの冷気じゃない。
さっきの分身体のように、戦闘に使える冷気。本気を出せば吹雪だって起こせるかもな。
「でも、一本は取れませんでした」
奇襲をかけたが、俺には当たらなかった。シャルロットは一度距離をとって様子を見る。
「俺も教師としてそう簡単に負けるわけにはいかない。生徒に負けたら、教える身としては落ち込むからな」
「その時は私が元気付けます」
「それは、ありがとう」
なんて言ったけど、それはそれで落ち込みそうだ。負けたうえに生徒に慰められるなんて……シャルロットは、完全に善意で言っているんだろうけど。
シャルロットの猛攻は更に激しさを増した。
常に冷気を出しながら戦う彼女の戦いは、周りを巻き込む。見ている生徒達が、冷気にやられて寒がり始めている。
かくいう俺もちょっと寒くなってきた。授業時間も考えなくちゃだし、そろそろだな。
「やっ!」
攻め急いだような攻撃を、最小限の動きで回避し、俺は手を伸ばす。
「模擬戦終了だ」
「あうっ」
軽くデコピンをして、模擬戦終了。結局一撃も入れられなかったシャルロットは、悔しそうに能力を解除するが、すぐに笑みを浮かべ一礼をする。
「模擬戦ありがとうございました」
「ああ。まだまだ突撃思考なところがあるけど、動きはよくなってる。特に最初の冷気の使い方。あれは、囮なんかに使えるな」
一通り悪いところと良いところを言ったところで、授業に戻った。シャルロットの冷気で体が冷えていたからな。皆、進んで体を動かしてくれた。
「ねえ? 【エンゲージ】の相手決まった?」
「全然。やっぱり選ぶならかっこいい人がいいなぁ」
今は二人一組になってもらい軽い打ち合いをやってもらっている。そんな中、生徒達は【エンゲージ】のことについて話していた。
「俺はもう相手を決めたぜ!」
「マジかよ!? 俺は全然だ……つーか、全然相手にもしてくれねぇ!」
「お前は、胸を見すぎなんだよ! だから避けられてんじゃねぇか?」
「んだと! 男がおっぱいを見て何が悪い!!」
「ちょっ!? 本当のこと言われたからって八つ当たりか!?」
すでに契約できた者も居れば、まったくうまくいっていない者も居る。一生のことだ。
皆真剣に考えているんだ。契約は一人一回まで。一度、契約していまえば契約を破棄しない限りは無理。それが【エンゲージ】だ。
「そいやぁ!」
ん? あの声は。
生徒達全員の様子を見て回っていると、元気な声が響き渡る。
「シャルっち! さっきの戦いは本当に興奮ものでした! くー! テンション上がりまくりです!!」
「だ、だからって今は軽く戦うだけだよ。もうちょっと落ち着いて」
「えいや!」
またあいつか。俺は、頭を抱えながら、シャルロットが困っている原因へと近づいていく。
「ここで全力砲撃!」
「するな」
「あいたっ!?」
凄まじいエネルギーをチャージしていた腕が銃になっている赤髪の少女の脳天に軽くチョップを叩き込む。これは体罰じゃない。暴走してい馬鹿な生徒を止めるための対抗策だ。
「い、痛い……」
「お前は痛いで済んだかもしれんが、他の生徒達は凄く痛いになるところだったんだぞ、セシリィ」
「す、すみません。兄貴」
「誰が兄貴だ。いい加減その呼び方を止めろ。先生だ、先生」
大袈裟に痛がる少女の名前はセシリィ・アバレット。普段からテンションが高く、周りを明るく照らす太陽のような存在だ。が、こんな性格からは想像できない子供時代を過ごしている。
今の時代、よくあることなんだが【武装】を怖がり、判明したと同時に捨てられる。セシリィもその一人だ。
こいつは、一年前。俺の家に堂々と入ってきて、食べ物を要求してきた。自分が世話になっている孤児院が食糧難になっているとのことで、元気だけが取り柄なセシリィが食料調達をしていたらしく、そこで一番に目をつけたのが、俺の家。
俺の家はセシリィが住んでる孤児院から一番近くにある大きな家だと認知されていたようだ。
で、こいつは俺になんて言ったのか。まあ驚き。お嫁さんになるので、食料を分けてください、だ。俺は、その言葉と無垢な笑顔に深いため息を漏らし、食料を分けた。もちろん嫁入りなんてしなくてもいいと伝えてな。
「いいか、セシリィ。お前は、特別に入学を許されてるんだ。問題を起こしたら、退学になるかもなんだぞ?」
「そ、それはだめです!」
食料を無償でわけてからは、何故か俺を慕うようになり、姿を見ないのが無いぐらいに、俺のところに来るようになった。
で、俺を勧誘に来たグラッツ学園長が、セシリィの能力の高さを見抜き特別枠として入学を許された。学園にいる間は、孤児院にグラッツ学園長自ら支援金を毎月送ることとなっており、セシリィは何がなんでも退学になるわけにはいかないのだ。
「なら、ちゃんと周りを見て、能力を制御できるようになれ」
「は、はい! シャルっち。さっきはすみません。調子に乗りすぎました」
「ううん。わかってくれたなら、いいよ。さあ、今度は軽めにね?」
ちなみに特別枠はセシリィ一人だけではない。
彼女以外にも居るのだが、各々事情が違う。俺はそこまでは把握はしていないけど、そういう訳ありな生徒は、どこか必死というか。絶対退学にならない、卒業するという強い意思を感じる。
「よし、お前達! まだまだ時間はある! しっかり自分の力を理解して、使いこなせるようになれ!」
なんて偉そうなことを言うと、よく思わない生徒達がいる。【武装】の能力がないくせにと。
これがこの学園で教師をやっていく中での悩みだ。自分では《武装》がないのに、力の使い方や戦い方を教える立場になってしまった。能力を使えれば良いんだけど……それは生まれもってのってやつで今更願っても発現することはない。【武装】とは、この世に生まれてからすぐに授かるものなのだから。
・・・・・
「はあ……」
今日は誰もが待ちに待った【エンゲージ】が解禁される日だ。
なので、朝から仲良く手を繋いでいる生徒や、そわそわしている生徒などで学園中に変な空気が漂っている。
中には【エンゲージ】の相手が見つからなかった生徒達も居て、羨ましそうに睨んだり、励まし合っていた。
俺は、まったく関係ないので学園の中庭におるベンチに座り込み、青空を見上げている。
儀式は午後から。
今は儀式前の昼休み。【エンゲージ】が決まっている生徒達はそろそろ儀式場へと移動する頃だ。
「あれ? 兄貴。こんなところでお昼休憩ですか?」
一人寂しくベンチに座っていると、セシリィが駆け寄ってきた。
「まあな。というか兄貴は止めろって言ってるだろ?」
「いやー、兄貴のほうがしっくりくるもので」
などと言い、俺のことをまったく教師だと思っていないセシリィは、躊躇なく隣に腰かける。
「それで? お前は【エンゲージ】の相手は決まったのか?」
「決まってないですよ。頼んできた人は多かったですけどねー」
「全員断ったってことか」
セシリィは、実力もさることながら、持ち前の明るさと容姿でシャルロットと違った人気がある。シャルロットが月で、セシリィが太陽といった感じだ。
「兄貴だったら良いですよ?」
無垢な笑顔を向けながらそんなことを言ってくるので、俺は呆れた表情で言葉を返す。
「俺は教師だ。教師と生徒がそういう関係にはなれないんだよ」
「そんな校則なんてないのにですか?」
確かに校則には教師と生徒が【エンゲージ】してはならないなんて校則はない。けど、校則にないからと言ってやっていいというわけじゃない。【エンゲージ】というのは、それだけ重要なんだ。
言わば人生と言っていい。
つまり、教える立場である教師と、教えられる立場の生徒が【エンゲージ】するってことは、かなりの問題なんだ。もし、そんなことがあったら学園を辞めなくてはならないかもしれない。
「校則になくてもだめなものはだめなんだ」
「じゃあ、あたしは兄貴が教師を辞めるまで独り身ってことですか?」
「俺以外の相手を見つけなさい。……ところで、シャルロットを見なかったか? 朝に会ったきり見てないんだが」
あいつも【エンゲージ】の相手を決めていないと断言した。なので、セシリィと同じく自習組なのだが。
何か嫌な予感がする。
「シャルっちですか? 確か、あたしよりも早く教室を出て行ったと思ったんですけど……てっきり先に兄貴のところに居るものだと」
「そうか……」
俺は、青空を見上げながらベンチから立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「ちょっと散歩に」
「じゃあ、あたしも!」
「いや、お前は俺とは別行動だ」
予感が外れてくれればいいんだが。
セシリィと別れた俺は、自分の勘が外れていることを願って歩を進めた。
・・・・・
ベルセルド武装学園の東に位置する人気のない森の中。
本来は、訓練のために使用される場所だが、現在はどの生徒も使用していない時間帯。
だが、そんな森の中に一人の少女が。
シャルロットだ。
ずっと吹き抜けた場所から青空を見上げていたシャルロットだったが、ふと草木が動く音を耳にし、その方向へ振り返る。
「やあ。待たせたね」
現れたのは、シャルロットにしつこく【エンゲージ】の申し込みをしてきた男子生徒だった。今から、一時間前に突然手紙でここへ来るように呼び出された。
理由は、後五分ほどで行われる【エンゲージ】についてだろう。
「何度頼まれようとも、私はあなたとパートナーになるつもりはありません」
「そう言わずに、僕のパートナーになってくれないかな? 手紙にも書いたけど……僕は後がないんだ。もう父と母に理想のパートナーを見つけたって報告してあるんだ。もちろん、君だよシャルロットさん」
人懐っこく、外面上では優しい笑顔だ。
しかし、シャルロットにはわかる。
彼からは、焦りと怒り……どんなものでも自分のものにするという強く、邪悪な意識を感じる。
「それは、あなたが勝手に言ったこと。そうやって、同情を誘っても答えは変わりません」
そんな邪悪な意識にも負けず、首を横に振るシャルロット。
そして、そのまま立ち去ろうとするが。
「なぜ……」
空気が変わる。
それを感じ取ったシャルロットは、体内のマナを練り上げる。
「なぜ、僕のものにならない! 君は、僕のものになるのが一番幸せなんだ!! 容姿も、実力も、金だって! 僕ほど完璧な使い手は他にいないというのに!!」
自分勝手。学園では、温厚な金持ちの少年として有名。剣の実力もあり、その容姿と性格から男女ともに人気が高い。
誰が見ても完璧だ。現に多くの生徒から【エンゲージ】の申請がきている。
「君のせいで……君のせいで!!」
そんな彼の申し込みを、シャルロットは何度も断っている。周りからもなんで? ありえない! と言われる始末だが、なんと言われようとも彼女の答えは変わらない。
なぜなら。
「僕の完璧な学園生活が台無しになったじゃないか!!」
彼からは、最初から邪悪な意識を感じていた。
最初は、気のせいとも思えるほど微弱なものだったが、申し込みを断る毎に、日を重ねる毎に、はっきりとしてきた。
それが、限界を超え……今、アウス・テレフォードの感情が爆発した。
「出てこい!!」
アウスが指示すると、シャルロットを囲むように生徒ではない集団が現れる。身なりや顔立ちから、生徒でないことは明白。
にやにや武器を手に、シャルロットへと近づいていく。
「ぼっちゃん! 本当にいいんですかい? こんなことがばれたらぼっちゃんもただじゃすまねぇぜ?」
アウスの隣に立っている男が問うと、ギロリと睨み付ける。
「黙ってろ! お前らは、払った金の分だけ働いていればいいんだ!」
などと吐き捨て、アウスはその場にしゃがみこみ、何かの作業へと移る。
「あいあいっと……お嬢ちゃん。悪く思うなよ? これも仕事なんでね」
「おじさん達。傭兵?」
「おうさ。それも汚れ仕事専門のな」
傭兵は、金を払うことで護衛や魔物退治などをする者達だ。冒険者のようなギルドを通して、依頼書を発行などの手続きは一切ない。
依頼料金と依頼内容さえあれば十分。
それだけあって、やりたい放題な集団も多い。彼らも、その内の一集団なのだろう。
「てめぇら! その嬢ちゃんは多少の攻撃じゃ傷つかねぇ! だからと言って手加減なんかすんじゃねぇぞ!! 相手は普通じゃねぇんだからなぁ!!」
「わかってますって! 今夜は、依頼金でパーティーだ!」
「おらぁ!」
まずは二人。
真っ正面から迷うことなく突っ込んでくる。その間に、魔法使いが一人魔力を練り上げる。
「そうですね……私達は、普通じゃありません」
構えることなく、シャルロットは静かに息を吸い込む。
「しゃあ!」
低い姿勢からの一撃。鋭い刃がシャルロットを襲う。だが、シャルロットは避けることなく、その場に止まっている。
このままでは、腕が切れてしまう。
……普通ならば。
ガキィン!
人間の肌に刃が触れたとは思えない音が森に響き渡る。
「なっ!?」
「おいおい。マジかよ……こいつが【武装】の力を持った人間、か」
雪のように白い肌に、よく研がれたであろう刃が阻まれていた。切れたのは、制服の袖だけ。
これが【武装】の力を宿した人間。
熟練した者ならば、本物の肌を残したまま鋼の強度まで硬質化させることができるのだ。
「痛いですよ」
「ぐはあっ!?」
そして、その強度のまま攻撃をすれば下手な武器よりも威力のある攻撃となる。咄嗟に右腕の手甲で防御をするが、強度が桁違いだったため手甲は簡単に砕かれ、男は吹き飛ぶ。
「忠告します。これ以上、戦いを挑むと言うなら」
ぐっと握り締めた拳を開くと、五本の指全てが鋭き刃へと変化した。
「ただではすみませんよ?」
刹那。
シャルロットの足元から冷気が漏れ出す。
「まったく、末恐ろしい嬢ちゃんだぜ。おい! 坊っちゃん! あれを使ってくれや!」
「まったく、使えない連中だ」
【武装】の力は、そう簡単には突破できない。今のシャルロットは、全身が武器と化しているため、刃で切られようと、矢で射られようと、魔法を放たれようと傷つかない。
それこそが【武装】の力が恐れられている理由のひとつなのだから。
「シャルロット君。今から君を僕のものにしてあげるよ!!」
アウスが、にやりと不気味な笑みを浮かべると、感じたことのない悪寒がシャルロットを襲う。
「なっ!?」
急に体から力が抜ける感覚に襲われる。
意識はある。体力も、気力だって有り余っているぐらいだ。だが、体に力が入らない。
原因は、やはりアウス。視線を下に向けるといつの間にか幾何学的な文字が円上になって刻まれていた。気づかなかった。警戒を怠ってはいなかった。にも関わらず、突如として現れた幾何学的な文字と円。所謂魔法陣だ。
「マジで効くとはな。冗談半分だったんだがな」
「ですが、これで実証されましたね。こいつがあれば化け物染みたこいつらも!」
身動きがとれないシャルロットに対し、先ほど圧倒的な実力さを見せつけられ敗れた男が、地面から木の棒を拾い上げ振り下ろす。
無駄なことを、とシャルロットはいつものようにその身で攻撃を受けるが……。
「あぐっ!?」
痛みが左腕に走る。ありえない。今は、鋼鉄でさえ傷つけることができないほどの強度のはずだ。シャルロットは、痛む左腕を確認する。一ヶ所だけ赤く変色し、血が流れていた。雪のような肌のため余計に目立っている。
「おっほー! さっきは剣でも傷つかなかったのにこれだ! さっきとはえらい違いだな」
「何が……」
痛む左腕を見詰めながら自分の身に起こった現象を考えるシャルロットだったが。
「あぁ……傷ついた姿も美しいよ、シャルロット君!」
興奮した様子でアウスが近づいてきた。鼻息を荒くし、身動きのとれないシャルロットの側で膝をつき、おもむろに手を繋ぐ。
振り払おうにも、やはり体に力が入らない。
どうして? 何が起こっているんだ? 必死に思考するが、その意図をくんでか、にやりと不気味な笑みを浮かべながらアウスが口を開く。
「動けないよね、シャルロット君。どうしてかわからないよね? シャルロット君! まあ、これで君は僕のものになるのは決定したから教えてあげるよ。これはね……【武装】の力を抑制させる力なんだよ」
すりすり、すりすりとシャルロットの左手を撫で回しながらアウスは語る。
が、その口から語られた言葉に対してシャルロットはすぐには理解することはできなかった。なにせ、今まで【武装】の力を抑制させる力などなかったからだ。【武装】とは、神々から与えられし人類の新たな力だとも言われている。
その強力過ぎる力ゆえに抑えようとした者達は確かに存在した。ある者は、磁力を使い動きを封じようとした。
またある者は、高温の熱で溶かそうとした。
……しかし、それでも【武装】の力を宿した者達は止まらなかった。普通ではない。生身でも剣や魔法を弾き、人によって炎や毒にだって耐えられる。ゆえに、簡単には抑えることはできない。
「僕も、そんなことができるはずがないって思っていたんだけどね? いざ、シャルロット君以外の人に試したら……くく! これは本物だ! この力は【武装】を抑制し、こうやって簡単に傷つけることだってできる!!」
ばしん! いつもなら簡単に回避できた攻撃だった。なのに動けないことにより、頬を叩かれた。
それほど強い力ではなかったが、痛みは走る。
キッと、睨み付けるシャルロット。それを見て、身震いするアウス。恐怖ではない。優越感に浸っているのだ。今まで見向きもしなかったシャルロットが自分を見てくれている。それが敵意だったとしても、このうえなく高揚するものだった。
「さて、そろそろ始めようか」
「なにを……」
「決まっているじゃないか? 君と僕の【エンゲージ】だよ」
何を言っている? 正気なのか? 【エンゲージ】は互いの合意がないと成立しないものだ。いくら身動きがとれないとはいえ、こちらが承諾しなければ成立などしないはず。
「シャルロット君」
と、アウスは自分の親指をナイフで切り、血を流す。【エンゲージ】は互いの血と血を合わせることで行われる。
専用の魔法陣を描き、その中央へと互いの合意のもと、血を落とすのだ。
「この力の名前を教えてあげるよ」
「名前?」
「強制契約術式……【エンゲナテ】だよ!!」
「強制……契約?」
ぞっと、背筋が凍る。最初は【武装】の力を抑制させるものだと思っていた。それだけでも恐ろしいものだったが……真実の名を聞いてからは感じたことのない恐怖がシャルロットを襲った。
「あはは!! そう! これは、力を抑制させたうえで相手の承諾を無視して強制的に【エンゲージ】を成立させるものなんだ!!」
「そんな、こと……できるわけ」
「試してみればいいさ。さあ、シャルロット君。君の血を」
不気味に、舌なめずりしながら近づいてくる。
反撃しようにも、自分では指一本すら動かせない。このままでは無理矢理に【エンゲージ】をさせられてしまう。
(いや……私は)
無理矢理になんて。望まない契約なんてしたくない。
「さあ、シャルロット君! 僕と【エンゲージ】を!!」
脳裏に浮かぶのは、いつも優しく接してくれて、いつも気にかけてくれる人。
でも絶対叶わない願い……それでも。
(私は……契約するなら!)
「ぼ、坊っちゃん!! あぶねぇ!!」
「へ? うおっ!?」
「なにやってんだ? お前ら」
「先生?」
絶望的な状況の中。
シャルロットとアウスの間に、一本の剣が突き刺さる。
突き刺さった剣に見覚えのあったシャルロットは、声のする方向へと振り向く。
茂みから現れたのは、敵意剥き出しのソージだった。
・・・・・
「せ、先生……」
「シャルロット。大丈夫か?」
ぎりぎり間に合ったようだな。
シャルロットの前へ、盾になるように立ち剣を引き抜く。
「アウス。お前、その後ろに居る怖い連中は知り合いか?」
「ははは。先生。どうしてここがわかったんですか?」
「なんとなく。それで? 俺の質問に答えてもらおうか? もし、知り合いなら学園側にちゃんと申請を出したのか?」
学園の敷地内には、生徒や教師、学園の関係者以外は学園側の許可がないと入ることはできない。
もし、許可なき者が学園に居る場合は実力をもって取り押さえられる。その他にも。
「お前がそいつらの侵入の手引きをしたというなら、お前には厳罰が下るぞ」
生徒や教師などが、部外者の侵入の手引きをしていれば、停学。最悪の場合は、退学もありえる。
いや、その時の状況によってはもっと重い罰もありえるだろう。
「いやだな、先生。そんなに怖い顔をしないでくださいよ。ちゃんと許可はとってありますよ。もし疑うなら学園側に確認してみてください」
「……ああ、そうする。だが、その前に」
ちらっとシャルロットの左腕の怪我と状況から何があったのかを予想し、再びアウスへと問いかける。
「お前。シャルロットに何をしたんだ?」
「な、なにって。ただの模擬戦ですよ」
「模擬戦だと? こんな人気のない場所で、それも女の子一人に対して男が大勢でか? それに」
足元に浮かんでいる魔法陣へと剣で削る。
魔法陣の効力は失われ、シャルロットを縛っていた謎の力がなくなる。
「ば、馬鹿な! それはそう簡単に崩せるものじゃ!」
「何を言っているんだ? 魔法陣は、少し線を削ったり、文字を消しただけで効力が弱まったり、効力を失う。しかも、この魔法陣はかなり不安定だ。つまり、まだまだ未完成な代物ってことだ」
体が自由になったもののシャルロットは、まだふらついている。
無理に立ち上がろうとして、崩れ落ちるところを俺は素早く支える。
「無理をするな。ここは俺に任せておけ」
「で、ですが」
「なに。暴走した生徒をどうにかするのも、生徒を守るのも……教師の勤めだ」
「先生……」
「この!! シャルロット君は僕のものなんだぞぉ!! 雇われ教師の分際でぇ!!! お前ら!! 一斉攻撃だ!!!」
さっきまでぎりぎり平常心を保っていたアウスが、生まれもっての強大な魔力を一瞬にして練り上げ、巨大な魔力彈を俺達めがけて解き放ってくる。
それに会わせて、アウスの後ろに居た男達も。
俺は、シャルロットを庇いながら剣を振り上げる。
「先生!」
シャルロットも頭ではわかっているのだろうが、勝手に体が動いてしまったのだろう。
まともに体を【武装】の力を発動できない状態で。
「くっ!」
俺はぐいっとシャルロットを抱き寄せる。
刹那。
俺の剣がなにかに反応し、光を放つ。その光は、俺とシャルロットを包み込み、不思議な空間を作り出した。
「……なんだ、これは」
「せ、先生。これ」
シャルロットが驚いた様子で手の甲を見せてくる。そこには【エンゲージ】の証である紋章が刻まれていた。
嘘だろ……俺はシャルロットとやったつもりはない。その意思もなかった。契約が成立するには、互いの意思とちゃんとした手順を踏まないといけないはずだ。それなのにどうして。
「えへへ」
青白い光が螺旋状に流れている空間で、シャルロットは左手を見詰めながら笑みを浮かべる。
「ど、どうしたんだ?」
「どういう原理かはわかりませんけど。夢がこんなに早く叶っちゃったから。嬉しくなってしまって」
正直、教師と生徒という間柄でこんなことになってしまったは申し訳がたたない。だけど、今は。
「まったく。こんなことが夢だなんて」
「いいんですよ。わたしにとっては、本当に嬉しいことなんですから。それよりも……行きましょう、先生」
「……ああ。今は、あの暴走した馬鹿を止めるのが先決だな。力を貸してくれるか? シャルロット」
「もちろんです」
手を握り締めた刹那。
光は弾け、シャルロットに収束していき、形を変えていく。それは、鋭く、美しく、それでいて力強い。
俺の手に収まったのは……一振りの剣。
雪のように美しい刃は、目を奪われてしまうほどだった。
「シャルロット、なのか?」
「何なんだ! それは!? シャルロット君をどこにやったんだ!?」
アウスはわからない。俺の手に収まっている剣がシャルロットだってことに。本来は【武装】の力を持った者と【エンゲージ】した場合は、互いの力を共有するだけではなく、意志疎通もできる。
だが、武器そのものになることなど【武装】の力が出現して以来一度も報告がない。正直、この展開には驚いたけど。
(先生。聞こえますか?)
(ああ、聞こえてる。やっぱり、お前なんだな)
脳内に響き渡るシャルロットの声。
武器になってもシャルロットの意思は残っているみたいだな。
(正直、びっくりしましたけど。わたしの力、使ってください)
「わかった」
「おい! 僕を無視するなぁ! お前達! あの男を叩きのめせぇ!!!」
「はいよ。仰せのままに!! てめぇら!! やるぞ!!!」
まったく、困ったものだ。
あれだけの実力と地位があるというのに。たった一人の女の子にふられてだけで、ここまで堕ちるなんて。
「大人しくしてろ」
突撃してくる男達を大人しくさせるために俺は、シャルロットの能力を解放する。
冷気を纏った剣を上段に構えて、振り下ろす。解き放たれた冷気は、一瞬にして地面だけではなく魔法をも凍らせ、男達の動きを止める。
「うおっ!? 冷てっ!?」
「なんだこれはっ!?」
「う、動けねぇ!?」
(す、凄い。わたしがやるよりも威力が)
確かに、今まで見てきたシャルロットの冷気と比べて威力と速度が段違いだ。
それに、ずっと気になっていたが、俺の剣がない。
まさかとは思うが、シャルロットと合体したのか? 握っている柄があの剣と同じだから、間違いはないと思うけど。
「ななな、なんて冷気なんだ……!」
距離があったアウスにも冷気が届いており、その冷たさで震えている。
それにしても、これだけの冷気を出しているのに、俺は全然寒くない。これが【エンゲージ】した影響か。まあ、自分の出した冷気で震えていたら、意味がないからな。
「さて」
身動きが取れない男達の間を通り抜け、アウスへと近づいていく。
「ひっ!?」
ただ近づいていっただけなんだが、アウスには今の俺が怖く見えるようだ。
凍り付いた地面に勢いよく尻餅をつき、ガタガタと震えている。
「どうする? アウス。このまま続けるか? 俺としては、生徒を傷つけたくはないんだが」
「は、はははは……こ、降参します」
と、涙目であっさり降参した。
「よろしい。だが、この悪い連中を無断で学園内に入れたこととシャルロットへの暴力行為。それ以外にも、お前に聞きたいことはある。このことはきっちりと学園長に報告させてもらうぞ」
「は、はい……」
とりあえず一件落着、かな。
・・・・・
アウスの一件は、学園長との話し合いの結果。
公にはしない方向性となった。
理由は色々あるが、まずひとつにアウスの家の評判を悪くしないためだ。結果的にはシャルロットは軽傷だけで済んだが、彼がやったことは公になれば彼の家の評判を下げることになる。
たった一人の少女を手にするために、金で悪事専門の傭兵を雇ったあげく学園に無断で入れた。
そして何よりも、アウスが使った強制契約術式【エンゲナテ】だ。
アウスの話によれば、謎の男から教えてもらったようだ。【武装】の力を封じ、動きさえも封じてしまう。
そのうえで、相手の意思を無視して強制的に契約を成立させてしまう。
【武装】という力が現れて以来、そんな術式があるなんて聞いたことがない。学園長も調査をしてみるようだけど……これから何かが起きそうだ。
そんな予感がする。
「シャルロット」
「先生」
そのため、学園も警備の強化をするようだ。それだけじゃない。【エンゲナテ】のことを世界中に広める。
もちろんアウスのことは伏せてだ。
「アウスは、停学になった」
「そうですか……」
退学という話も上がっていたが、停学という話に治まった。この結果にはアウスの家族も納得してくれている。
本来なら、退学にされてもおかしくないと。
「怪我のほうはもういいのか?」
「はい。わたし達は他の人と違って回復が早いですから」
そう言って、傷ついていた左腕を見せる。
そこには傷一つなく、元の真っ白で綺麗な腕があった。しかし、目が行くのは、手の甲にある紋章だ。
「すまん」
「なにがですか?」
「わかってるだろ……その手の甲のことだよ」
俺にも何がどうなったのか、まだ理解していないが、シャルロットと俺は【エンゲージ】してしまった。
このことは学園長にも報告した。
正直、教師を辞めさせられると思ったが、事例がないことだからと言って、教師を続けるられることになった。信頼されているのか、それとも事例がないから観察したいからなのか。
ともあれ、どうしたものか。
「ああ。先生との絆のことですか?」
「き、絆ね……」
他意はない。他意はないはずだ。それにしても、シャルロットが前よりも距離感が近くなった気がする。
おそらく【エンゲージ】してしまった影響だろうけど。
「兄貴! シャルっち!」
おっと、セシリィが来てしまった。とりあえず話はここまでだな。
「何を話していたんですか?」
「なんでもないよ」
「えー! そう言われると余計に気になっちゃうじゃないですか!」
「本当になんでもないよ。ね? 先生」
あはは、そうだな。
なんでもない、なんでもない。
「兄貴ぃ!! 教えてくださいよ! 絶対さっきのは二人の間に何かがあるに違いないですよ!!」
「本当になんでもないんだって。ほら、早くしないと次の授業に遅れるぞー」
「はーい」
「ちょ、ちょっとー! 二人ともー!」
何ともない。教師生活になると思っていたが……これからどうなることか。