ルイス編 4.「スポーツにはスポーツを」
土曜日、長崎と芝原が連れてった場所は常飛大学のキャンパス内にある体育館だった。そこでは他大学との女子バレーボール部の練習試合が行われていた。試合は第3セットで12‐16。常飛大学が4点リードされていた。そんな中、ルイスが体育館に連れてこられたのか疑問に思っていた。
「ルイス、なぜ俺がここに連れてきたかわかる?」
「いいや。もしかして気分転換とか?」
「 違う、実はこの中に一人、君と同じ留学生の子がいるんだ。その子にぜひ会って欲しいと思ってね。」
「そうなのか?でも、どこに?もしかしてあの日焼けした子?」
ルイスはこれからサーブを打つであろう選手を指差した。
「いいや、あの子だよ。」
長崎は常飛大学側で声を上げて選手を鼓舞している選手を指差した。
「え?あの子なの?」
「そうだよ。あの人、中国からの留学生でうちのサークルの先輩なんだ。」
「じゃあ掛け持ちってこと?」
「そうだね。彼女の名前は清真洋さん。文学部の3年生。彼女は補欠メンバーだけど、あることでみんなから信頼されているんだ。」
「 ちょっと待って、なんで彼女と会わなきゃいけないの?それに、本当にその人とスポーツって関係があるの?」
ルイスは長崎の真意を問い詰めた。
「あるんだよ。ただ考えた方は違うけどね。」
試合は、24‐20と常飛大学が逆転勝ちした。
試合終了後、長崎とルイスは清のところに行った。
「清さ~ん試合お疲れ様です!!」
「あ、長崎君、応援に来てくれたんだね。ありがとう。」
「いえいえ~!!」
「ところで、となりにいる子は?」
「あ!軟式野球部に入っているルイスです。彼はアメリカから来た留学生です。」
「そうなんだ~。 初めまして、私は清よ!よろしくね!」
清は感心しながらルイスに話しかけた。
「よろしく!」
ルイスは清と握手した。
「どれくらいバレー部に所属してるの?」
「去年からよ。でもバレー自体は中学の時からやってるよ。」
「そうなんだ。じゃあベテランだね!」
ルイスは清を褒めた。
「いいえ、チームのみんなが凄いのよ。」
「え?どうして?」
「実は私、こう見えても補欠なんだよね。」
清は申し訳なさそうに答えた。
「そうなの?試合に出れなくてつまらなくないの?」
「それはもちろん試合には出たい。だけど、せめて試合に出ているメンバーのサポートでチームに貢献することも一つの考えだと思うの。」
「なんで?だって試合に出て活躍したほうが絶対いいよ!!」
「試合に出れなくても信頼は得られるよ。」
長崎が言った。
「 実は清さん、他のバレー部のメンバーと比べて体が小さいから試合に出る機会はあまりなかったんだ。だから試合に出れない分、自ら裏方にまわってメンバーのサポートに徹した。それを積み重ねたことで今やチームには必要不可欠な存在となったんだ。」
「長崎君!ちょっと買いかぶりすぎよ!!」
清が小声で囁きながら言った。
「それって、何かチームに迷惑かけた後でも同じことなの?」
清は考えながら答えた。
「ん~同じかもしれないけど、信頼を取り戻すには相当の時間が必要だと思う。」
「そう・・・なんだ。」
ルイスは残念そうに答えた。
「どうしたの?そんなに落ち込んで?」
それからルイスは清に軟式野球部での揉め事や練習試合で失態を犯してしまったことを打ち明けた。
「そうね~たしかにそこまでの実力があるのに活躍できなかったのは悔しいよね?」
しんみりとした表情で答えた清はルイスに続けて言った。
「ところで、『郷に入れば 郷に従え』ってことわざ知ってる?」
「いいや。何それ?」
ルイスは首を傾げた。
「よその地域に行ったらよその地域のルールに従わないといけないという意味だよ。」
長崎が説明した。
「 そう、あなたにはそれが足りなかったんだと思う。どんなに実力があったとしても、相手の文化を知ろうとしなければ、本当の信頼関係は生まれない。だからまずそこから始めたほうが良いと思うよ。」
「じゃあどうすればいいの?」
清は悩みながら答えた。
「ん~そうね。まず、日本人とできるだけ交流することかな?それと・・・髪を切ってみたら?」
「髪を切る?それって重要なの?」
「日本の漫画で読んだんだけど、野球をするにふさわしい髪型があるそうよ!!」
「わかった!!ありがとう!!早速切ってくるよ!!」
ルイスは目を輝かせながらお礼を言い、その場を去った。
翌週、軟式野球部のメンバーは全体ミーティングに望んでいた。その中心には長崎、芝原、ルイスの3人がいた。
「ミーティングを始める前に、今日はルイスがみんなに話したいことがあります。」
突然の出来事に部員達はざわついた。あのワガママ外国人が前回の練習試合で不平不満を漏らすのではないかと思っていたのだ。そんな中、毛糸の帽子をかぶったルイスが長崎達の前に現れた。
「今日は・・・皆様に・・・謝りたいと思い・・・ここに来ました。」
詰まりながらの日本語で話した。そして、毛糸の帽子を脱いだ。その髪型は高校球児を彷彿とさせるような坊主頭であった。部員達は目を丸くした。あれだけ軟式野球を好まなかったルイスがそこまでやるとは思いもしなかったからだ。
「前回の・・・練習試合での行い・・・軟式野球部を侮辱したこと・・・誠に・・・申訳けありませんでした!!」
ルイスは頭を下げた。
「これからは・・・チームの為に・・・御奉仕できるよう・・・全力を尽くしますので・・・よろしく・・・おねがい致します!!」
予想外な展開に部員達は唖然としたが、ぎこちない挨拶ながらも、彼の真摯な謝罪にみな拍手した。
あれからルイスは見違えるほど軟式野球部に溶け込んでいった。長崎と芝原の力を借りず、積極的に部員達とコミュニケーションを取り、伸び悩む選手にもアドバイスをするなど、チームのために全力を尽くしている。チームの変化はルイスだけではない。練習試合で彼の球を捕れなかった駒谷もあの後硬式野球部に頼み込んでピッチングマシンで150キロ近い球を捕球する練習を行っていた。今ではルイスの剛速球を唯一取れる捕手として成長を遂げたのだ。
もちろんすべての問題が解決されたわけではない。けど、ルイスの信頼は日に日に増してきている。だから秋の大会で活躍できる日もそう遠くないだろう。
長崎がキャンパスから帰る時、篠村が声をかけた。
「長崎、ありがとな!お前のお蔭でルイスもチームに溶け込めたようだ。」
「いいやそんなことないって!芝原さんも俺が出れないときに出てくれた上にルイスのケアも買って出てくれたんだ。お礼を言うのは彼女の方だよ。」
「そっかぁ~。そう思うと芝原さんもよく頑張ってくれたよね!ぜひともうちのマネジに入って欲しいぐらいだよ!」
「ああ見えて彼女、そうとう努力家だからね・・・。」
「そういえばお前のサークルもルイスが大活躍なんだって?」
ルイスの謝罪の後、長崎と約束した通り「ジューヌ」に入部することになった。彼は新人という立場でありながらも、持ち前の明るさで、大学で生活する留学生にとって良き相談相手となっている。
「それでだな、一つ問題があるんだ。」
「どうした?またあいつが何かやらかしたのか?」
長崎は不安そうに篠村に尋ねた。
「そうじゃないんだ。ただ・・・・今度はスポーツ選手ならタバコを吸うなとかプロテイン飲めとか俺達の私生活に色々と注文してくるんだ!」
練習内容だけでなく個人の私生活まで指摘する。さすが元全米代表なだけあるな。そう心の中で呟いた長崎は笑顔で話した。
「それはお前で何とかしろ!!」
「え!?」
「そもそもお前はアスリートとしての自覚がなさ過ぎる!!これを機にしっかり私生活から見直した方がいいんじゃないのか?」
「そんなぁ~」
篠村は頭を抱えながら悲鳴を上げていた。
(ルイス編 完)