4.前世と乙女ゲームとVRMMO
男の目の前にはまたしてもほとんど口を付けないまま冷めてしまった紅茶のカップがあるが、もう取り替えられる事なく、そのままヘーゼルの話は続けられる……。
――そして、このお話の最初のシーンに戻ります。
「ヘーゼル嬢、お前をここで断罪する!」
アーロン王子のこのセリフを聞いたときに、私は完全に意識を取り戻し、同時にある記憶を思い出していました。
"ああ、これ『君スキ』の断罪シーンだ"と……。
(男、『君スキ』について説明を求める)
突然『君スキ』と言われても何の事か分からないですよね。
うまく説明出来るでしょうか……。
まず、私には別の人間としての記憶があります。
それは前世なのか、記憶だけなのか……。
取り敢えず、この場では前世としておきますね。
私は、前世ではこの世界とはまったく別の世界にある日本という、少し変わった国で暮らしていました。
その国では色々な種類の『ゲーム』という遊びが流行っていました。
『ゲーム』の中には別の世界の別の人間の人生を体験できるものがあります。
私は『ゲーマー』という、『ゲーム』に夢中になっている人物でしたので、色々な『ゲーム』を遊びました。
その色々遊んだゲームの中のひとつが『乙女ゲーム』というジャンルの中の1つ『君スキ』、正式名称が『聖ドラゴンハート学園~君とスキルで恋をする~』というゲームで、その中で起こっていたストーリーがまったくこの世界と同じだという事に気付いたのです。
(男、『乙女ゲーム』について説明を求める)
――ああ、『乙女ゲーム』というジャンルについても説明いたしますね。
『乙女ゲーム』とはその名の通り、結婚前の女性が擬似的に色々な男性との恋愛を体験して、様々な人生の教訓を学べるという、乙女の為の『ゲーム』ですわ。
(男、段々理解が追い付かなくなってくるが、ヘーゼルは構わず説明を続ける)
――『聖ドラゴンハート学園~君とスキルで恋をする~』のタイトルからもお分かりになるかと思いますが、まさにこの学園を舞台にした『乙女ゲーム』で、『主人公』は聖女候補のロアーナさん。
そして、私も『悪役令嬢』として登場しますわ。
(男、『悪役令嬢』について説明を求める)
――『悪役令嬢』の説明ですね。
『悪役令嬢』とは、主人公のライバル、というよりはお邪魔キャラといいますか……。
とにかく、『ゲーム』の『プレイヤー』が操作する『主人公』をひたすら邪魔をしてくるのです。
最後、『主人公』とその仲間たちに『悪役令嬢』がやっつけられてめでたしめでたし……という哀しい役回りのキャラクターですわ。
(男、同情したように首を横に振る)
――そうです。
私は『君スキ』の中で既に『悪役令嬢ヘーゼル』と、その家族『エントリー伯爵家』の非情な未来を知っていたのです。
『君スキ』の中では兄ジェレミー以外のエントリー伯爵家は全員、獄中での衰弱死の描写がされていました。
前世の記憶が蘇り絶望の未来を知ったことで私が絶望したかというと、実はそうではありません。
私はもう1つ大事な記憶を思い出していたのです。
それは、私が『君スキ』で『悪役令嬢ヘーゼル』の断罪シーンを見ていたときの記憶です。
その記憶の中の私は『ゲーム』の内容に怒っていました。
どうして誰も『悪役令嬢ヘーゼル』の決闘の代理人として名乗りを上げないんだ、と。
『オレ』がこの場にいれたなら代理人として闘ってやれたのに、と。
(男、ヘーゼルの声のトーンと口調の変化に驚く)
――あっ、『オレ』というのは、前世での私の一人称ですのよ。
実は私、前世では男の子だったのですよ。ほほほ。
(男、前世のヘーゼルが女の子用のゲームをしていたという事実をいぶかしむ)
――え、ええ。
男の子なのに女の子用の『ゲーム』をしていたということですわ。
し、仕方ないですわ、いろんな事に興味を持つ年頃だったのです……。
(男、ヘーゼルのそっちの気を心配する仕草をする)
――ち、ちゃんと恋愛対象はノーマルでしたわ!
と、とにかく、私はかつて強く願った願いが叶ったことを知りました。
そしてこう思いました。
「これで『ゲーム』の中の『悪役令嬢ヘーゼル』の無念を晴らしてやれる」と。
(男、質問を挟む)
――えっ、「前世で男の子でも、今は非力なヘーゼルには変わりはないからピンチも変わりない」ですって?
ほほほ、結末を知っておいでですのに、もう。
お話が本当にお上手ですのね。
私の前世の得意分野は『ゲーム』、その中でも『VRMMO』というジャンルが得意でした。
『VRMMO』というジャンルは、仮想空間で同時に多人数が遊べるというもので、多くは剣と魔法で魔物と戦ったり、人間同士または別種族との戦争が行われたりというものです。
私が数多の『プレイ』した『VRMMO』の中でも特にハマったのが『スキル・ワールド・ツリー・オンライン』、略して『SWTO』ですわ。
実はこの『SWTO』は『君スキ』とも関係が深くて、『君スキ』は元々『SWTO』の1シナリオに過ぎなかったのです。
前置きが長くなりましたが、私はこの『SWTO』の『ランカー』で、『(職業スキル)剣聖』の称号を得るくらいでしたのよ。
(男、『ランカー』について説明を求める)
――あっ、『ランカー』というのは、『ゲーム』の『上位プレイヤー』という事ですわ。
私は前にいた世界の全世界で、15位でしたのよ。
しかも、魔法使いが極端に有利で上位独占している中、剣技メインでほぼ魔法に頼らずこの順位だったのです。
『プレイヤーネーム』は『剣聖IXAC (アイザック)』――(男、ピクッと反応する)――そう、なぜかあなたのお名前と同じですわね。
あなたの存在は知っていましたよ。
この国の唯一の剣聖ですもの。
前世の記憶が蘇ったとき、まさかとは思いましたが、好都合とも思いました。
ハッタリが効きますし箔はつきますし、嘘もついてないですし。
それでこう私は名乗りを上げたのです。
「オレは『剣聖アイザック』。この『悪役令嬢ヘーゼル』の代理人として代わりに闘おう」と。
(男、可笑しがる。ヘーゼルも一緒になって笑う)
――ほほほ。ええ。
その場に居合わせた皆さま全員がポカンとしておりました。
『剣聖アイザック』の名はこの国の誰ひとりとして知らない方はいらっしゃらないですからね。
特に目の前のバリーの顔は面白い事になっていましたわね。
(男、ヘーゼルの男口調について気にする)
――えっ? しゃべり方が男みたい?
ああ、前世は男の子でしたもの。
そうだ、バリー達との戦いの描写は前世のしゃべり方で説明してもいいかしら?
その方が説明しやすいと思いますわ。
(男、やってみろと促す)
(ヘーゼルの声のトーンが突然低く変化)
その場にいた皆の意識が戻ってくる間に、オレは、この非力な『悪役令嬢ヘーゼル』の身体での戦い方を急いで身につける必要があった。
――こんな感じですけれど。
あ、大丈夫でしたか。
それは良かったですわ。
それでは、続けますわね。
コホン。
(ここから、ヘーゼルは声のトーンと口調を切り替えながら、まるで1人2役の様に演じ始める)
オレは、この非力な『悪役令嬢ヘーゼル』での戦い方を急いで身につける必要があった。
非力なりの戦い方というか。
もちろん、前世ではあらゆる状況を想定した剣技を習得していたから、非力でも問題なかった。
渡された細剣も何も細工されていない、問題ないものだった。
何回か軽く素振りをすると、バリーの目の色が変わった。
先程までのヘーゼルとは違うことが奴レベルでも少しは感じたんだろう。
オレは、次に奴とオレ自身のステータスを『鑑定』した。
『鑑定』はさっきも話した通り、ヘーゼル自身のスキルだな。
バリーの奴のスキルは『(職業スキル)狂剣』だった。
オレには『(職業スキル)剣聖』はなく『(技能スキル)鑑定』のみだった。
まあ体が、――記憶が覚えているから問題はない。
スキル以外の数値は知力、魅力、魔力以外は全てバリーが勝っていたし、敏捷値については約5倍、筋力に至っては約40倍の差があることが判明した。
だがこの程度なら問題ない。
オレは細剣の素振りに集中した。
足さばきも交えてステップを踏んでみる。
「――お前が剣聖アイザックというのは本当なのか」
なんとエルマー王、自ら確認の質問をしてきた。
「もちろん本当だが、確かめようはないだろう。どうでもいいことだ」
「――いや、証明する方法はあったな。オレとお前だけの秘密のあの件をここでぶちまけてやろうか」
「しかし、オレはお前たちに怒っている。この娘の魂の叫びがこのオレを召喚した」
「オレがこいつに勝った後、この国の騎士を全員つれてこい。全員と決闘してやる」
「全員に勝ったらエントリー伯爵家を残すと宣言しろ。そうしないとここにいる全員をぶち殺すぞ」
「この女、ヘーゼルは責任を取らせて貴族籍を除籍させる。それでこの騒ぎを収めろ」
(男、疑問を口にする)
――えっ?『秘密のあの件』は何か、ですって?
ほほほ、あなたも知っておいでのあれですわよ。
(男、ヘーゼルの口の悪さについて文句を言う)
――ええっ!? 口がクソ悪い!?
や、やだ、ほほほっ。
心理戦ですのよ。
『ランカー』は口喧嘩も強くないと上にはいけないんですのよ。
こほんっ。
オレはここぞとばかりに言いたい放題を言ってやった。
『バリー以外の騎士』も条件にした理由は、まあどんな奴が来ても勝てる自信があったのと、それくらいの衝撃を与えないと王の奴が規定路線である『エントリー伯爵家を潰す』を諦めると思えなかったからだな。
あとは、『ヘーゼルとオレが別人である』という演出も暗に含めてだな。
「――お前は本当にあの剣聖アイザックだというのか。剣聖アイザックはまだ存命のはず。生きている者の英霊が降りてきた等という話はこれまで1度も耳にしたことがない」
エルマー王は重ねて確認してきた。
「聞いたことがない? オレが知ったことではないが、この国の不道理が前例のない事を引き起こしたのかもな。オレは間違いなくあの剣聖アイザックさ。何回も何回もこの国の危機を救ってやった時に直接会ってるからオレだって分かるだろう? あの時全部の恩を今返せよ」
ちなみに、この世界の『剣聖アイザック』の偉業は、オレの記憶とヘーゼルの記憶を照らし合わせてみたところ、オレが前世『剣聖IXAC』として為した事とほとんど完全に一致していた。
オレは細剣の素振りと足のステップを止めずにエルマー王も見ずに言ってやった。
「お前たちのやり方には本気で呆れている。本当にこの国を滅ぼしてやろうか」
(男、本気だったかどうかを気にする)
――ええ。
この時はもちろん本気で滅ぼしてやるつもりでしたわよ。
段々と素振りの筋がひとつになってきた。
足のステップも俊敏値相応だが、自分のものと出来た。
「エルマー王よ、そろそろ答えをもらおうか」
素振りを止め、エルマー王をやっと直接見た。
醜い薄汚れた王の顔を睨み付けた。
王はオレの目を見て何かを覚ったようだった。
はっ、とした表情を見せた。
「そこのバリー騎士見習い及び全ての王国の騎士を倒した時にはヘーゼルを無罪とし、エントリー伯爵家の責も問わないと約束しよう」
王からの約束をとりつける事に成功したことで、オレはこの国を滅ぼさなくて良くなったことに、ひとまず安心した。
王と国には本当にムカついてたけどな。
この国に住んでいる人々には愛着も思い入れもあったからな。
"何の為に必死こいて、『SWTO』で何度も何度もこの国の危機を、ここの人々を救ってきたんだ"ってな。
「皆も聞いたな? 言質は取ったぞ。エルマー王よ、確かに約束を守れよ。家来にも確実に守らせろ。約束が守られなかった場合は……言うまでもないな?」
オレはニヤリと凄み、バリーに向き直る。
バリーは相変わらず何とも言えない面白い顔のままだった。
何が起きているかをよく分かっていないのだろう。
アーロン王子もアルフレッド王子もレックスも兄ジェレミーも、そしてロアーナも全員何もよく理解できていない表情をしていた。
「さてバリー、揉んでやるから掛かってこいよ」