3.作戦名『真犯人は被害者です』~作戦失敗~
ヘーゼルは男がほとんど口を付けないまま冷ましてしまった紅茶のカップを取り替える。
そこでようやく、男はヘーゼルの話に思いの外に聞き入ってしまっていた事に気づいた。
ヘーゼルは男に新しく入れた紅茶を勧め、男がまた一口啜ったところで話の続きを語り始めた……。
――とうとう、『私が用意した下剤薬を私自身が飲むのに、あたかもロアーナさんに盛られたように見せかける』計画、その名も作戦名『真犯人は被害者です』が実行に移される日がやって来ました。
私自ら用意した下剤薬を秘密のお友達のジャネットさんに渡します。
その翌日には、私の元お友達だったラスタさんから少しばかりの脅迫めいたお言葉といっしょに、前の日まで私の手元にあった下剤薬がまた手元に戻ってきました。
――図にするとこうですわ。
(黒幕=真犯人)ヘーゼル→裏ではまだ友人のジャネット→アンチロアーナクラブの2年の女生徒全員→(指示役)元友人、今他人のラスタ→(実行犯&被害者)ヘーゼル
ご存知の通り、『卒業生追い出しパーティー』の当日はロアーナさんは私を毒味役に指名し、私はその役目を引き受けました。
そして、下剤薬を隠し持っていた手の中から落とそうとしたところをアーロン王子と生徒会、及び親衛隊に見事に取り押さえられました。
私の右手からは下剤薬が出てきました。
このまま私を犯人として断罪される事になりました。
卒業生の皆さん、そのご家族、王様と王妃様が見守る前で。
2年生の女生徒が全員とも顔面蒼白になっています。
特に私に直接下剤薬を渡したラスタさんは今にも気絶しそうになっていましたね。
でも、私が彼女たちを売ったとしても、巡りめぐって結局は私がこの計画の黒幕に変わりはないのですから、彼女たちの人生の売り損となってしまうだけです。
私がラスタさんに安心するように目配せをすると、ラスタさんは信じられないというような顔をしていましたね。
実は今ではラスタさんは私の大大大親友ですのよ。
一生ものの弱味を握ってますしね。ほほ。
事情を知らない3年生の女生徒の先輩方と1年生の女生徒の可愛い後輩の皆さんはとても不安そうでしたね。
こうなってしまった時の事は正直考えていませんでしたが、エントリー伯爵家令嬢として毅然とした態度だけは崩さないようにしようと決意しました。
アーロン第一王子とアルフレッド第二王子が並んで交互に私のこれまで犯したとされる事柄が書かれた罪状を読み上げます。
どうやら逆に嵌められたようです。
私が黒幕かどうかを突き止めている訳ではなさそうでしたが、彼らはこの状況を積極的に私を陥れる為に利用する事にしたようです。
(男、『黒幕』のくだりについて、もう少し詳しい説明を求める)
「私が黒幕かどうかを突き止めている訳ではなさそう」――の理由ですが、彼らからその件についての言及がまったく無かった為です。
彼らは私があくまで実行犯として祭り上げられたと思っており、真相は明かしたくない様に見えました。
私にとっても、私の協力者たち(2年生の女生徒全員)を守るために好都合でしたので、敢えて指摘はいたしませんでしたわ。
「ロアーナがアーロン王子に相応しくないと悪口を言った」
「ロアーナに友人たちとの関係をやめるように脅迫した」
「ロアーナに特定の男性との交際を迫った」
「ロアーナの陰口を言った」
「ロアーナの上履きを隠した」
「ロアーナの机に落書きをした」
「ロアーナのドレスを破いた」
「ロアーナに植木鉢を落とした」
「ロアーナに――――」
ロアーナ、ロアーナうるさーい! と思いながらも大人しく聞いておりましたら、まあ4つ目までは心当たりがあるのですが5つ目以降は私が存じ上げないものばかりでした。
しかし、『アンチロアーナクラブ』がしたことなら、私に責任があります。
ロアーナさんの所持品や本人にケガをさせる行為は禁止していたはずなのですが、監督不行届きだったという事ですわね。
そして、「エントリー伯爵家令嬢ヘーゼルよ、申し開きがあれば聞こう」とアーロン王子が私に勝ち誇ったお顔で言われました。
実に晴れ晴れとしたお顔をされていたので、私は少々微笑ましく、そして私の存在が本当にこれまで王子のストレスになっていたのだな、と改めて申し訳無く思いました。
ですが、それとこれとは話が別です。
私はロアーナさんとその周りの方々の取っている態度の不味さを最後に訴えることにしました。
(男、「最後?」と尋ねる)
そう、その通りです。
最後といいましたのは、この時、私は私自身の最後を覚悟しつつありました。
かつてよりロアーナさんに訴えていた『無自覚八方美人たらし』を止めるように再度求めました。
特に相手の決まっている男性に気のあるような振る舞いを止めるようにお願いしました。
「最後のお願いです」と必死に、しかし威厳は保ったままのつもりでお願いいたしました。
この時ばかりは『超鈍感』なロアーナさんにも響いたのでしょうか。
あのロアーナさんの瞳が揺らめいた様に見えました。
ロアーナさんの心をやっと揺り動かす事が出来たかと思ったその時、アーロン王子が彼女と私の間に立ちふさがり「いい加減にロアーナへの誹謗中傷をやめろ!」と非難し、私の発言を止めました。
王子の命令は王家の命令ですから、私はロアーナさんへのお願いを止めるしかありません。
そこで次に、私はロアーナさんの周りの方々へのお願いをする事にしました。
次のようなお願いをしました。
・1人の女性に多くの男性が群がる様な真似は止めて欲しい
・あなたの近くにいるあなただけを見ている女性に気付いて欲しい
・相手がいる方は特に相手を大切にして欲しい
・我々貴族が一時的な恋愛感情で国や家の関係性を壊すような事は控えて欲しい
・特に将来、国の重職を担う方々がロアーナさんに夢中になっている事に危機感を感じている
・このままでは他国に付け込まれかねない
・当学園の女生徒たちの多くがこの件で国の将来を憂いている事態になっている
「我々にロアーナの友人を辞めろと脅迫するのか。脅迫の現行犯だな。それに、在りもしない国の危機を煽るとは騒乱罪が適用されるな。バリー! ヘーゼルを捕らえよ!」
とうとう婚約者であるはずの王子から私に対して捕縛令が下されてしまいました。
筋肉隆々の大男バリーにか弱い私は簡単に腕を捕まれて後ろ手にされてしまいます。
学園の中では生徒会は逮捕権を持っているのです。
(男、「なるほど」と頷く)
「私こと第一王子アーロンはエントリー伯爵家令嬢ヘーゼルとの婚約をここに破棄するものと宣言する。理由はエントリー伯爵家令嬢ヘーゼルが数々の罪を犯した犯罪者だからである」
とうとう婚約破棄を宣言されました。
アーロン王子は満面の笑みを浮かべています。
私は思わず、"表情を作るくらいもっとうまくやらないとこれから王としてやっていけないのでは――"と余計な心配をしてしまいました。
でも、"……そうでした、婚約破棄されたのでもう心配しなくても良くなったのでした――"と思い直しました。
もう婚約者様ではない、赤の他人なのですから。
少し寂しくはありましたけれど……。
アーロン王子は続けます。
「この私と第二王子アルフレッドが証言をするのだから、ヘーゼルの刑は間違いないだろう。罪の大きさから言って、学生とはいえ、死罪や奴隷刑も考えられる。また、ヘーゼルは15才であるから成人の年齢でもある」
私は"奴隷にされるくらいなら死刑にしてください"と心の中で思わず願いました。
私が罪人として罰せられるという事は、この国では、私の家族にも少なくない影響がある事が考えられます。
面では平常心を装いながら、心の中では涙を流し、両親、姉、弟にひたすら謝りました。
ふと、王様と王妃様の席を見ました。
王妃様は大変驚いているご様子で両手で口を押さえています。
そして――王様は私と目が合うと気まずそうにするではないですか。
「恐らくエントリー伯爵家は取り潰しになる。連座の刑もあるやもしれんな」
アーロン王子のそのセリフを聞いた瞬間、覚りました。
王様――エルマー王はこの一連の件を承知していると。
エントリー伯爵家を潰す為の陰謀だと。
思わず兄のジェレミーを見ると、兄は苦しそうな表情をしています。
――バカ兄にも家族の情は残っていましたか。
おそらく、兄ジェレミーは王家と何らかの取引をしているのでしょう。
私は本当の意味で負けた事を知りました。
「さて、我らがクオリス王国には、男爵以上の爵位を持つ家の者が罪を犯した場合、身の潔白を示すために決闘し勝利することで罪を減じることができる法がある。決闘には代理人を立てることもできるし、代理人を募る事もできる」
アーロン王子が虚ろになった私に対して何かを言っています。
「ヘーゼル、いやヘーゼル嬢は現行犯なので、この場で決闘して身の潔白を示す必要がある。また代理人も立てて良いし、代理人を募ってもよい」
私は混乱しました。
"何を言っているの……。
ここは『卒業生追い出しパーティー』だから、私は付き人のヘンクスは連れてきていないし、私の代理人になってくださるような男子生徒は誰1人として心当たりがない。
もちろん私に剣なんて持てるはずがない。
端から私に決闘は出来るはずがない"
「ヘーゼル嬢、決闘を申し出ないという事は、罪をそのまま認めるという事になるがそれで良いのか?」
なるほど、ここでようやく、アーロン王子の意図していることが私にも伝わりました。
私のもう残り少ないわずかな尊厳と、そしてエントリー伯爵家の名を地に落としたいという狙いなのでしょう。
「だ、誰か私の代理人になってくださる方はいませんか? 必ず、必ずや多大な恩賞で酬います――」
そのまま暫く待ってみましたが、やはり代理人の名乗りを上げる方は現れません。
まず、私は在学中、アーロン王子を含めた男子生徒との交わりを持っていませんでした。
それから、恩賞もエントリー伯爵家が存続しないと支払えないと考えているのでしょう。
それに加えて、私の悪人顔が助けがいが無いのかもしれません。
「誰も代理人の名乗りは無いようだな。ところでロアーナの、いやロアーナと私の代理人はバリーだ」
後ろに回っていたバリーが私の腕を解放して、私の前に立ちました。
私は直ぐには理解出来ませんでした。
"細剣の握りの部分を私に向けているのは――いったい何?
私に剣を取れということ?"
「ヘーゼル嬢、無理はするなよ」
バリーは字面だけ見れば優しい口調で声をかけてきます。
しかし目をみると完全に物を見るような冷たい目でした。
この男も結局はロアーナさんだけしか見えない状態で、ロアーナさん以外の女性には何の感傷も感じないのでしょう。
バリーが差し出す細剣をとうとう私は。
私は――――。
私はとうとう――差し出された細剣を手に取りました。
この決闘を受けないという選択肢だけは私にはありえなかったのです。
でも、剣の持ち方も構え方も分からず、ただ剣の先を相手に向ける不格好な構えしか出来ませんでしたわ。
「はは、鞘を外さないと。ヘーゼル嬢」
アルフレッド王子が偽りの優しさで私の細剣から鞘を外してくれました。
もう、私の手の、腕の、全身の震えは誤魔化せないようになっていました。
ガクガクと膝、腰、腕、手の平まで震えてしまい、細剣を取り落とさないようにしようと必死でした。
バリーの性格からして、ここで私の命を奪うまではしなくとも、腕の1、2本は平気で落とすでしょう。
もちろん勢い余って私の首が飛ぶことも想定内です。
私は必死に正気を保とうとしましたが、どうやら限界でした。
急激に目の前に靄がかかったようになり、ここで私はそのまま気を失ってしまいました――――。