エピローグ
ずーっと、昔の話。
小学校の時、夏休みに森で肝試しをやった。そしたら、夜道で迷っちゃって、途方もなくて、泣いちゃってた。
「大丈夫?」
そこに一人の男の子が来てくれた。
その子の名前は、蒼汰。
蒼汰は元々この辺りの子じゃなくて、たまたま、ここに来てた。星を観に来てたんだって言ってた。
「知ってる? 昔の人は、星を目印にしてたんだって」
なんて、あたしの手を引きながら、いろんな話をしてくれた。そしたら、気が付いた時には涙なんて引っ込んでた。
話を聞き終えるころには、みんなの所に戻ってて、そこで、いつの間にか別れてた。
その時からずっと、蒼汰は、あたしにとっての、ヒーローだったの。
……で、そのヒーローは今、どうしているかと言うと。
「何やってんの」
布団の上で、うつぶせに倒れている、ヒーローだと思ってた人。
「その声、ゆう……か? い、いらっしゃい」
声を震わせながら、顔も上げずにそう言った。
せめてこっちを見てモノを言って欲しいと思う。
「何やってんの」
思わず繰り返しちゃったけど、この動かない物体はいったい何をしているのか。
「それが……あの、体が……動かなくて……」
「体が動かない? なんでよ」
「動かすと……痛くてですね……」
「まあ聞いてくれユウカ」
話に割って入ってきたのはジンリュウ。
「ジンリュウ、何か知ってるの?」
「ソウタは昨夜私と一体化して戦っただろう。それはもう、限界を超えたと言ってもいい程の凄まじい力が備わり、彼自身の体力ではとても出来ないような動きまでしたわけだ。そうすれば当然負荷も半端なモノではない」
「あーはいはい。いや、うん。なんとなくわかった」
要は筋肉痛って訳ね。
ヒーローって、思ったより世知辛い。
それを分かった上で改めて蒼汰を見ると、まあ、なんというか。御愁傷様って感じ。
「まあ心配するな、私と同化している間は回復は早い。半日もせずに動けるようになるだろう」
そもそもが瀕死の蒼汰を助けるために憑いたはずだけど……本末転倒な気がするのは、黙っていよう。
さて、とまあ色々事情は分かったけどそうなると……暇ね。
結局、昨日は家に帰ったのは深夜も深夜。
思春期の男女が、夜遅くまで二人きりで、しかも服は泥だらけ……と、当然叱られた。
二人で弁明してなんとかあらぬ誤解は生まないようにしたけど、暫くは外出禁止になっちゃったり。
蒼汰がだらけた生活しないように、とおばさんに監視を仰せつかってるので、ここへの往き来だけは許されてる。けど蒼汰がこの調子じゃあねぇ……
話すこともまともに出来なさそうで、少し悶々としてしまう。
本当は、今日は確かめたいことがあって……昨日のは、どういう意味だったのかって気になっちゃって。
それなのに全くもう。仕方ないとはいえコイツは……もう。
なんて考えてたら、少し腹いせがしたくなって、人差し指を立てて、軽くつついてみた。
「ひゃっ!」
なんて、女の子みたいな声を上げる蒼汰。
それを見て、自分の中で何かが沸き上がるような感覚があった。
もう一度つつく。
「ひっ、何すんの?!」
………………
「いででででで!!!! 押し込まないで! やめ、やめて!」
……楽しい。
*
その夜。俺達は、あの小学校へと来ていた。
規制線は張られていたけど、特に誰かが居る様子もなく、校庭まで入るのは簡単だった。
「昨日はアレだけ人だかりが出来ていたというのに。一日経っただけで随分と寂しくなったな」
「元々田舎だしな。そんなもんだよ」
一時、話題にこそなったものの、結局隕石も何も見つからず、泊るところもないような場所だ。留まる理由なんてないんだろう。
「にしても、まだ体にじんじんと疼くような気がする……」
今朝、散々筋肉痛の体を優花につつかれ、弄ばれた後遺症だ。
あの後謝られはしたけど、正直、これからアイツに隙を見せられなくなった。
「君の体は完治している筈だが?」
「あー、これは気の持ちようというか。まあ、ジンリュウが気にするような事じゃない」
「そうか。ならいいんだ」
本当なら、あと丸一日くらいはかかるはずだった、俺の回復。
ただそれは、俺達が完全な同調をしたことによって早まったらしい。
だから、もうジンリュウは俺から離れて大丈夫って事だ。
「色々と、迷惑をかけてしまったな」
「そんな事ないさ。それを言うなら寧ろ俺の方だ。俺なんかよりずっと、ヒーローに向いてる奴だって、いただろうに」
俺じゃなければ、俺を助けるような事なんてしなければ、もっと早く事は済んでいただろうに。
「すぐ自分を悲観的に見るのは、君の悪い癖だな……ソウタ。言っておくが、君に協力を頼んだのは、君が相応しいと思ったからだ。他の誰でもない、君だからこそ」
「え?」
俺、だから?
「確かに、君の命を救う事になったのは偶然だ。だが、君に憑りついた時、直前の記憶を垣間見た。ソウタ、君が瀕死の重傷を負ったのは、ユウカを守ろうと、身を投げ出したからだろう?」
「ああ、そうだな」
あの時は、無我夢中で。とにかく、守らなきゃって……
「命懸けで誰かを守る。言うのは容易い。だが、命有る者は、当然自分の生存が最優先だ。それを責める気もないし、誰にもそんな権利はない。それでも君は、あの状況で、自分ではない、大切な人の為に行動した。これは、誰にだって出来る事ではないんだ」
「そう、なのかな」
「ああそうだ。それを知ったからこそ、君なら、共に戦える。命を預けられる。私はそう確信していたんだ」
なんだか、聞いてると、背中がムズムズしてくるな。
「でも、俺何にも、特別なものなんて持ってない。強くもないし、機転が利くって、訳でもない」
「いいや、充分、特別なものを持っているよ」
「それって?」
「それは……」
答える前に、ジンリュウの腕輪が光だして、粒子状になって飛んでいく。
そして、俺の目の前で、光は一つにまとまって、形が作られていく……そうか、これがジンリュウの、本当の姿……流星の騎士か。
こうやって面と向かって見るのは、初めてだな。凄く、カッコいいじゃん。
「ソウタ、君の特別なもの。それは、そこにある」
ジンリュウはそう言って、俺の胸を指差した。
「一歩踏み出す勇気。もしそれを、君が当たり前だと思うのなら、きっと、君が思っているよりも、難しい話じゃないんだ。ヒーロー、という奴はな」
「そっか、そうなんだ……ありがとうな、ジンリュウ」
「私の方こそ、ありがとう、ソウタ」
そうして俺達は、互いの手を組み交わした。
「これから、どうするんだ?」
「この宇宙には、自分達ではどうしようも出来ない、外からの脅威に晒されている星々が、まだまだ沢山ある。私は、そんな星の人々に力を貸し、正しき力を伝えることが使命だ。これからも、そうするだけだ」
やっぱ、凄いんだな、ジンリュウって。
「また、会えるかな」
「私は、この星の人々を信じている。きっと、また会えると。だから、待っている」
それって……
「そうか、分かった」
今はまだ、無理だけど。でも必ず。やってやるさ。
「いい顔だな。これからもその気持ちを、忘れないでくれ」
俺が頷くのを見届けると、ジンリュウは振り返り、俺から距離をとる。
と、そこで何かを思い出したようにもう一度俺に顔を向けた。
「そうだ。君を助けたのは偶然だと言ったが、違うかもしれない」
「どうして?」
「声が聞こえたんだ。だからこそ、この星を見つけた」
声?
「助けてと、それも一人ではなく、二人の。それはどちらも、自分ではなく、誰かを思ってのものだと、私は感じたよ」
もしかして、俺……達? でもあの時は、声も上げられなかったんだけど。それとも、気持ちが届いた、とか?
「まあ、なんだったのかは分からないがな。だがきっと、君達の声だったと信じているよ。……では、そろそろ行くよ。また会おう、我が友よ」
「ああ、また会おう、ジンリュウ」
ジンリュウは光となって打ち上がる。その姿は、まるで流星の様に光の尾を引きながら。
「行っちゃったんだね」
ジンリュウが宇宙へと旅立った後、優花が寄ってくる。
「見送らなくて、良かったのか?」
優花だって、ジンリュウと別れぐらいしたかっただろうに。学校までは付いてきたけど、少し離れた所で待っていた。
「二人を邪魔したくなかったから」
「そっか、ありがとな」
優花は、俺の傍に立って、星空を見上げる。
「あの星の中に、ジンリュウの光もあるのかな」
「かもな」
「今から叫んで、届いたり、するかな」
「案外届くかもよ」
えっ、と不思議そうに俺を見上げてくる。
「心からの想いは、きっと届くさ。なんたってアイツは、宇宙を流れる星なんだからさ」
「……そうだね!」
優花は、両手を口の前にあて、大きく叫んだ。
「ジンリュウ! ありがとう!」
そしたら、星の一つが、強く、光ったような気がした。
俺達は、互いの顔を見合わせて、笑いあう……そして、その星に向かって、大きく手を振った。
その帰り道、
「優花、俺さ。悩んでたんだ。このまま、今の学校、続けるべきなのかなって」
俺の言葉に、優花は、黙って頷いた。
「何か悩んでたのは、知ってたよ。でもなんで? 頑張って入ったのに」
「だからだよ。学校入るために頑張って、いざ入れたら、その後、俺は何したらいいんだろうってさ」
「燃え尽きちゃったんだ」
「うん」
優花は、話を聞いても、優しい笑みを、俺に向けてくれた。
「でも、今は違うんでしょ? そういう顔してる」
敵わないな優花には。全部お見通しみたいだ。
「ああ、ようやく見つけられたんだ。夢を」
「聞かせてもらっても、いい?」
俺は、人差し指を立てて、それを星空に向けた。
「必ずあそこにいく。約束を果たすために」
「いいね。凄く、いいと思う」
「でも、あそこまで行くには、きっと、一人の力じゃ無理で……色んな人の、力を合わせてやっと、行けるんだと思う。……だから……」
星の世界は未知の事ばかりで、追いつくにはきっと、乗り越えなきゃいけないことは沢山あると思う。
それを乗り越えるために必要なのは……一歩踏み出す勇気。
「一緒に、行ってくれるか?」
優花は、凄く驚いた顔して、もじもじと髪を弄る。
でもその後、俺の手を掴んで、この空の星よりも、輝く笑顔で答えてくれた。
「うん!」
ヒーローになれやしないって、諦めたりしていませんか?
それは子供も大人も関係ない。
いつだって、走り出せばヒーローになれるから。
きらめく未来は誰の中にもある。君の中にも……いつまでも。