第六話
「なにあれ」
その光景を見てぽかんと呟く優花。
気持ちは分かる。
ジンリュウを助ける。その為に優花と一緒に来た道を戻ってみたら、そこにはまん丸とした大きな鉄の塊。
なにあれと思わずにはいられない。
だけど、よく見れば分かる。あれは地面に根を張るかのようにくっついている。
多分あれは吸収の初期段階なんだ。
ああやって星に根差して最後はまるっと取り込んでしまうんだと思う。
でも、そう上手くはいかないはずだ。
根を張り切れずに引っ込めているのが分かる。
多分、ジンリュウ一人分のエネルギーを得られたらもうとっくに星を飲み込めてるんだと思う。でも、今は足りない。
ジンリュウの力は今、俺の中にもあるのだから。
メタルドラスの様子は確認した。多分、用意した作戦でいけるはずだ。
確認のため、優花と対面して作戦を繰り返す。
「優花、今から俺は奴の中に飛び込む。そしたら多分、吸収されると思う」
「うん。あんまり賛成はしたくないけど」
「大事なのはここから。アイツは、俺からジンリュウの力を抜き取って、吐き出そうとするはず。その時、俺は逆にアイツの中にあるジンリュウを引っ張って取り出す」
「ねえ、そこが引っ掛かるんだけど、どうして蒼汰の事は吐き出すと思うの?」
批判、というよりは純粋に疑問に思ってる様子な優花。
「今朝見た、ニュースの記事あるよな。車が盗まれてる奴な」
黙ってこくんと頷くのを見て、俺は話を続ける。
「内容覚えてるか? あれ、外装やエンジンとか持ってかれて、タイヤとか椅子とか、周りに散乱してたって書いてあったんだ」
「そういえば、そうだったような……」
首をかしげている。そういえばちゃんと読んだのは俺の方だけだったかもしれない。まあ説明するからいいか。
「てことは多分、アイツは必要なもの以外は吐き出すんだ。多分、星を取り込むエネルギーを蓄える為に、消化に余計なエネルギーを使わないように」
最初は金属だけ……とも考えたけど、ジンリュウを取り込んだってことは多分、こういうことなんだと思う。
イマイチ分かってもらえないようなので、もう少し分かりやすく伝えられないかと考える。
……あ、そうだ。
「梅干し食べるとき、種は食わずに取り出すだろ? そういうことだよ」
「そう、なの?」
「多分、な」
我ながら上手いこと伝えたつもりだが、優花は何とも言えない顔をしている。
「まあいいさ。とにかく、そういう訳だから、俺が抜け出すとき優花は俺を外に引っ張り出して欲しいんだ」
とはいえ、ここまで偉そうに言ったものの、結局これは仮説だ。間違ってたら……どのみち、成功しなきゃ地球は終わり。なら、やるだけやった方がいい。
「ねぇ蒼汰、一つだけいい?」
「なんだ、分かんないことあったか?」
シンプル過ぎて質問されるとは思ってもいなかったから、逆に困るんだが。
「それって作戦って言うのかな」
………………
「無言で準備体操始めないでよ。答えないって事はやっぱ薄々思ってるんだよね?! 大丈夫?」
気分の問題なんだ。ほっといてほしい。
*
まあはっきり言って、作戦というには大袈裟だけど。それでも、これが俺に出来る、精一杯の『やらなきゃいけないこと』。
全部憶測と、勘。確実なものなんて何一つない。
不安はある。正直、怖い。
だけど、アイツはきっと俺より辛くて、苦しいと思う。
アイツは目の前で星が滅ぼされるのを見てきた。
守ろうとしたモノを、救えなかった……
それがいったいどれだけ辛いのか。俺には分からない。でも、それでも一つだけ分かる。
そんな事を、もうさせたくない。ましてや、自分の力を利用されてなんて。そんな事はさせない。
それが俺の、想いだって事だ。
「じゃ、行ってくる」
一言、それだけを優花に告げる。
覚悟を決めて、金属の塊を正面に見据える。
迷わず、一直線に駆け抜ける。
そして大地を蹴り、俺はメタルドラスへと、飛び込んだ。
*
水槽を漂っている気分だ。浮かんでいるようで、身動きはまるでとれない。
まだ、意識は保てているらしい。
とはいえこれでは、想いを巡らす程度しか、することがないな。
……二人は無事に逃げられただろうか。
まあ、こうなってしまっては、どのみち……やめよう。あの場を乗り切れたのなら、きっと幾分かマシだろう。
それにしても。ああ、まったく、こんな終わり方か。
ずっと倒そうと追いかけ、止める事も出来ずにここまで来てしまった。
挙句の果てに無関係の子供まで巻き込んで……それでここで終わる、か。情けないな。
……ああ、意識も薄れてきているのが分かる。そろそろ、終わり……
思い残す事……それはいくらでも出てくるが……そうだな。彼がそんな事をするようには、あまり思えないが……無茶だけ、していなければいいが……
「……リュウ……」
……ん? なんだ。何か、聞こえる?
「ジン……リュウ……」
私の名か? どこから……いや、聴いたことのある声だ。この声は……まさか!
重たい頭を上げると、そこに光が見えた気がした。強く、惹き寄せられるのが分かる。磁石の様に。
ああ、全く! こっちが命がけで助けたというのに、彼は!
色々と言いたいことはある。だが今は、ただ、その光へ手を伸ばす。
「戻ってこい、ジンリュウ!」
「ソウタ!」
光、いやこちらへと手を差し伸べるソウタに向かって、私も手を伸ばす。
彼の中にある私の命の半分。それと惹き合い、自然と私の体は彼の元へと浮上する。
「君がこんな無茶をするキャラだとは思わなかった」
「俺もそう思うよ。地球の終わりだからって、ちょっと挑戦的になったかも」
「それで、こんな所に飛び込んできて、まさか自害しに来たという訳ではないんだろう? どうするつもりだ」
「まあ、それは……多分大丈夫だと思うんだけど……」
彼の案を聞かされた私の気分は複雑だ。
話の筋は通っているがどうにも、頼れるのか頼れないんだか。
どちらかと言えば、不安はある。でも何故か、今の彼は頼もしいと思える。
まあ仕方がない。付き合うしかないだろう。無謀でも、押し通せばなんとかなるかもしれない。
その矢先だ。また一つ新たな光が見えてくる。
それを見てソウタは得意気な顔を向けてくる。
まあ、いいだろう。こればっかりは、私の敗けだ。
*
蒼汰があの塊に飛び込んで、少し経った。
まだ何も起こってない。……大丈夫、蒼汰は戻ってくる。きっと。
思わず胸の前で手を合わせて、
『蒼汰帰って来て』
そう、あの夜のように、強く願いを込めて。
そうしていたら、真ん中の辺りが光出す。ちょうど、あたしの手が届きそうな位置。
ぶくぶくと、水面に波がたつみたいに、波紋が広がってる。
あそこだ、きっと。
波紋の中心辺り、手を思いきって突っ込んだ。
中を見れないから、手探りで何かを掴めないか確かめた。
そこで、手が握り返されるのを感じた。
今だ……! そう思って体力のあるだけ思いっきり引っ張る。
そしたら、思ってたよりもスポッと抜けて、あたしは思いっきり後ろに倒れそうになる。
頭から受け身も取れずに転びそうで、思わず目を瞑った。
でも、いつまでも地面にはぶつからなかった。
それが不思議で、瞼を上げる。そしたら……
「危なかったな」
目に写ったのは蒼汰の姿。あたしは、今蒼汰に抱えられてたみたい。
ゆっくりと降ろされて、向き合う。
「ありがとう」
「いいや、こっちも助かったよ」
ポン、と頭の上に手が乗せられる。
なんだか、少し頼もしくなった気がする。急に変わったから頭が、少し追い付かない。
「二人共、助かった。礼を言う」
頭の上から聞こえた、もう一つの声。
「ジンリュウ! 戻ってきたんだね」
「ああ、君達のお陰だ」
蒼汰も、ジンリュウも、二人とも戻ってきた。安心して、重りが取れたような気分になった。
「さて、と。じゃあ優花、離れててくれ」
そう言って、振り返る蒼汰。
勢いよく左腕を振り下ろすと、ブレスレットが光って、大きくなる。
そっか、まだ終わってないんだ。ううん、寧ろ、今からが本当に、始まり。
邪魔にならないように、あたしは出来る限り離れて、見守る。
「行くぞジンリュウ!」
「ああ、終わらせるぞ。この戦いを!」
引き抜いた剣を、高く掲げる蒼汰。
「「流星変身!!」」
高らかに上げられた声が、星空へと響く。
空まで届きそうな光の柱。それを払って現れる、煌びやかな銀の姿に思わず息を飲んでしまう。
……それは、あの夜に見た……ううん、あの時よりも、ずっと綺麗。
その輝きは、まるであの夜空から、そのまま地上に降り立った、流れ星の様。それでいて、力強くて頼もしい、王子様みたい。
*
『不思議だな。ソウタ、私は今、君をさっきまでよりもずっと近くに感じる』
「ああ、俺もだ。この姿が馴染んでる。軽くて、空だって飛べそうだ……今の俺達なら、負ける気がしない」
『それなら充分だ。だが気を付けろ、奴も本気で来るぞ』
ジンリュウの言葉で、俺はメタルドラスの方に視線を向ける。
さっきまで球体だったそいつは、溶けだすように崩れて、平たく伸びて……また一つの塊へと戻っていく。
それはまるで、人のような形をしていた。
不気味だ。鏡で自分の姿を見ているような気さえしてくる。それだけ、精巧に、ジンリュウの姿を真似ている。
『私を取り込んでいる間に、複製できる程度には学習をしたらしいな』
「あいつって、知能とかあるのか?」
『舐めていると、痛い目を見るくらいにはな』
「話し合いで解決は……」
『無理だな』
でしょうね。
メタルドラスは、右腕を伸ばす。そしてそれを、平たく、鋭利な形に変えた。見る限り、向こうはやる気充分って感じだ。
こっちも構える。
襲い来るメタルドラス。だけど、それに対して、俺はどう動いたらいいのか分かる。
攻撃の防ぎ方、反撃の仕方。ジンリュウの経験が、自分の事の様に。
だけど、同時に、攻めるに攻めれていない。決定打を、与えられない。
「くそ、どうしたらいい? 全然倒せそうにないぞ」
『……そうか! 奴は私の姿だけではない。戦闘スタイルまでも記録したんだ』
「えっ、それって……」
『つまり、私とほぼ同じ能力で、攻撃はもちろん、回避もすべて読めるという事だ。それはこちらも同様で……つまり、このままでは決着がつかない!』
つまりまあ、じゃんけんであいこを続けてるって訳で……延々と戦い続けなきゃなんないの?
『というか、よく考えると君の体力という限界を考慮すれば、向こうが圧倒的に有利だ』
それどうしろっていうんだよ!
俺の所為で弱くなってるって事? 足手まといになるなんて!
『ソウタ、よく聴いてくれ! 確かに体力の限界はある。それは私単独でも同様だ。だがな、奴は所詮コピー……過去の私だ。奴を超えるには、今の”私達”の力を、一つに合わせる。それしかない!』
「俺”達”……か。よーし!」
なんか、それっぽくなってきたな。やってやるか!
……と、やる気を出して身構えたのはいいんだけど。
「いやだからって、どうすりゃいいんだよ!?」
襲い掛かるメタルドラスをいなしながら、どうやったらいいか、ひたすら考える。考えろ……考え……
「いや、無理でしょ!?」
『ソウタ?! 逃げている場合じゃないだろう! ソウタ!』
「戦いながら考えるとか無理! 無茶言わないで、どっか落ち着かせてくれ!」
『君も中々無茶苦茶言ってるぞ!』
ドシン、ドシンと、大きな音が後ろから聞こえる。何が起こってるかなんて、見るまでもないんだけど、何故か、気になって後ろを見ずにはいられなかった。
音に対して滅茶苦茶速い。下手すると追いつかれそうで、落ち着いて考えるどころの話じゃない!
『ソウタ! 前、前を見ろ!』
ジンリュウの一声で視線の向きを前に戻すと、この先に結構太くて大きめの木があるのが見えた。……ってヤバい、ぶつかる。
止まらなきゃいけないんだけど、それはそれで後ろがマズい。
えっ、どうすんのこれ。なんていうんだっけコレ、八方塞がり? 四面楚歌?
とか考えてる場合じゃない! どうしよう! 止まる? 突っ切る?
いやもう止まれる速さじゃないだろう! それは、向こうも一緒のはずだ!
「ジンリュウ! このまま突っ切るぞ!」
『正気か?!』
「止まったら追いつかれるんだ。逆に考えろ! 止まんなきゃ、追いつかれないってな!」
滅茶苦茶言ってるのは自分でも分かってるけど、やるしかない!
大木を目前にして、俺は更に勢いをつける。
そして、立ち止まる事なく、俺は……駆けあがる!
すぐ後ろまで来ていたメタルドラスが、大木を右腕の刃で斬りつけたのが見える。そう俺は今、木を蹴って宙を翻っていた。
背後に回ると、咄嗟に、盾を握っていた左腕で、メタルドラスを殴りつける。
そして狙い通り怯んだ。そこですかさず、一気に剣撃を叩き込む!
『今だソウタ! 剣に意識を集中させろ!』
目に見えて弱っているのが分かってきたタイミングで、ジンリュウが叫ぶ。
なるほど、トドメか!
剣を高く掲げ、ジンリュウに言われた通り、持つ手を……いや、刃の先までを自分の一部として、意識を集中させる。
力の昂りを感じる。
真に剣が、ジンリュウが、自分と一体となった。そう感じた瞬間、メタルドラスに向けて振り下ろす!
直撃の瞬間に、最大限の力を籠めて。迷いなく、一直線に……断つ!
メタルドラスは、糸が切れたかのように動きが止まり、直後、バラバラに砕けて落ちる。
終わった。直感的にそう思った。俺も緊張の糸が切れて、倒れそうになるのを、必死に踏ん張る。
「やったな、ジンリュウ」
『ああ、ようやく……終わった』
噛みしめるように、呟かれる言葉。それに込められた想いの、十分の一だって、俺には分からないだろう。でも、今感じるこの達成感は、きっと同じものだと思いたい。
「この破片、どうするんだ?」
『もう害もないだろうが、私が回収する。後ほど太陽に廃棄しておこう』
そう言うと、盾から光が差し、散らばったメタルドラスだった破片が吸収されていく。
「じゃあこれで解決、かな」
そう、昨日の夜から始まった、事件はもう終わり。そう思うと、急に……
『いや、まだだ』
「えっ?」
深刻そうに告げられた一言に、俺は身構える。
まさか、まだこれも分身?
そう、俺の心に不安がよぎった時、
『戻ろう、ユウカが待っている』
ジンリュウは、とても優しい声音で、そう言った。
その一言で、強張った心は完全に溶けて、安堵のため息を吐く。それと同時に、俺の変身は解かれた。
「じゃあ、行くか」
*
戦いが始まった場所まで戻っていく。そこで、ジッと待っていた、優花の姿を見つけ、手を振った。
向こうが俺を見つけると、大きく目を見開いて、一瞬だけ何かを堪えようとしているのが見えた。その後、安心したように笑って、俺の所まで駆けてきた。
「おかえり!」
目の前まで来ると、笑顔で一言。それに俺も、「ただいま」と返した。
「やったんだね、二人とも」
「ああ、ソウタ、ユウカ、君達が居てくれたお陰だ。本当に、ありがとう」
「そんな、蒼汰はともかく、あたしは何も」
照れくさそうに謙遜する優花。
「いや、居てくれてよかった。お前が居なかったら、俺は、勇気を出せなかった。だから、ありがとう」
驚いた様子で目を見開いて、少し頬が赤く染まると、両手で頬を抑える優花。
少し前の俺なら、伝えられなかったと思うでも、でも今は、知っておいてほしかった。
言ってみてしまえば、恥ずかしい気持ちもなくはないけど、案外、出来ないことじゃない。
こんな言葉じゃ、伝えきれないくらい、優花は俺を支えてくれた。だから、もう少し、ガラじゃないのは、わかってるけど、大胆になってみようと思う。
ポンと、優花の頭に手を乗せてみる。さっきもやったけど、これが精一杯だ。
「ホントに、優花は、頑張ったよ。色々と。でも、もう大丈夫だ。頑張りすぎて、疲れたろ?」
と、言葉をかけた。そしたら、顔をしかめて、軽く、俺の胸に頭突きしてくる。
「生意気、蒼汰の癖に」
「そうかな。いやうん、そうだな」
「生意気な蒼汰くん、服汚しちゃうけど、いいんでしょ?」
「まあ、もう大分汚れちゃったし。今更大差ないよ」
怖かっただろう。辛かっただろう。それでも、自分より先に、俺の心配をしてくれた。
そんな優花が居てくれたから。だから俺も最後まで立ち上がれた。
「ホントに、ありがとな」
そう言って、あやすように頭を撫でた。
「……ソウタ、もしかして今、いい雰囲気なんじゃないか?」
「あーーーーうん。お前が今喋るまでは」
「はは、やっぱりか! どうだ、私も空気が読める宇宙人だろう」
空気の読める宇宙人さんは、残念ながら黙っていることは出来ないらしい。せっかくの努力がぶち壊しだよ。
胸元から振動が伝わってくる。笑ってんなコイツ。
まあいいか。この方が、俺達らしい。
空に浮かぶ月を見上げて、そんな風に思った。
「綺麗だな、月」
「……そうだね」