第四話
「何があったのか、聞いてみてもいい?」
帰ってきた蒼汰は、それはそれはグロッキーな感じだった。
影の方で寝かせて、持ってきていたうちわで風を送ってあげながら、やっぱり何があったのか気になったので聞いてみる。
「ああ、激しい戦いだった」
答えたのはジンリュウの方。体があったら遠くを見て語り出しそうな雰囲気。
だけどなんか蒼汰は凄い不服というか、恨みがましい目線を向けてた、気がする。
「まず、あの後我々はスクラップ場に向かった訳だが、まあ結論から言うと、そこにメタルドラスは潜伏していたんだ」
と、何も言わない内から語り始めたジンリュウに耳を傾ける。
まあなんか面白そうだし、蒼汰の反応も見てみたいのでとりあえず聞いてみよう。
*
確かにメタルドラスはそこに居たのだ。ただ、私の知っている姿とは、まるで違うモノになっていた。
「無理、あれは無理!!」
「おい、ソウタ! さっきいい感じに決意を固めたじゃないか! どうして肝心なところで!」
恐らくは擬態の為だったのだろうが、まあどうにもサイズ感を奴はつかめていないようでな。いや、それともこちらへの威嚇だったのか、とにかく見上げるほどに大きかった。
「いくら何でもあれは無理だ! なんだよあの巨大蜘蛛! 俺、虫駄目なんだよ!」
「落ち着けソウタ! あれは虫じゃない。金属がそれっぽい姿になっているだけだ!」
「デカくなったらグロ過ぎる! 見た目で無理!」
しかし蒼汰にとっては初めての戦場だ。緊張、恐怖。動けなくなるのも仕方がない。
「仕方がない、あまりやりたくはないが、強硬手段だ!」
「え、なに? 重ッ! 盾?! なんで腕輪が盾になってんの? ていうか体が、自由が利かないんだけど!」
ここは私がやるしかない。快く体を貸してくれた蒼汰に代わって私が前に出る事になった。
「なんだよ! おい、どうなってんだよ!」
「変ッ身!」
「ふぁっ?!」
秘めていた私の力を、剣を抜くと同時に解放し、真の姿へと変わったのだ。
「……なんだこの姿は。鎧が、青い? それに、いつもより力も出ない……どうなっている?! あっソウタ、君がギリギリで変身を拒絶したな?」
『知るか! そんな急に対応できるわけないだろ! それより前! 前! あいつ来てる! なんとかして!』
まあ、何かとエネルギーを使っている状態の私だ。変身こそ、不完全なものだった。が、しかし、そこは経験で元と変わらぬ俊敏な動きで奴を翻弄し……
「ああ、動き辛い! ソウタ、もうちょっとやる気を出してくれ! 体は動かせるが、芯である君がやる気を出してくれないとうまく動けないみたいだ!」
『そんな事言われたって! って言うかそんな事言ってる場合じゃないって!』
華麗に身を翻して敵の攻撃を避け……
『いったぁ……頭くらくらする……』
「大丈夫か、ソウタ?」
『うーん、なんとか……』
そして、強烈な反撃を食らわせたのだ。
「あれ、剣がない!」
『さっき落としたんじゃないか? って、それどころじゃない、また来てる!』
「なにっ、おのれ! このぉ!」
『うわすっげぇ、あんなでかいの投げ飛ばせるのか……』
とまあ難なくピンチを切り抜け、トドメを刺したわけだ。
「あ、あったぞソウタ! こんな所に落ちていたのか」
『言ってる場合か! あいつ起き上がったぞ。あの巨体でカサカサ動かれるのはキモい! 早くトドメ刺して!』
「任せろ。……ハァッ!」
*
「とまあこんな感じだな」
「嘘つけ!」
ジンリュウの大分誇張の入った回想に、思わず突っ込まずにはいられなかった。
本当の事を話したら、優花は腹を抱えて笑い転げました。
「大変、だったんだね。お疲れ様」
表情こそ真顔だったけど、口の両端は広がりそうになるわ、肩は震えるわで今もまだ収まってないらしい。器用なことする奴だ。
「ほんっと疲れた。ヒーローって楽じゃないわ」
「みたいだね」
「あ〜腹減った。お昼どうする?」
いつの間にやら太陽は真上。
いつになく体を動かしたのもあって、腹の中は空っぽだ。
「あ、それなら……」
待ってましたと言わんばかりに鞄の中を探り出す優花。
すると中から何やらアルミっぽい袋に包まれたものが二つ。
「じゃじゃーん! 気の利く優花ちゃん、お弁当を作ってきたのでした!」
と、一つを俺に差し出した。
優花が、料理?
イマイチ結び付かない二つのワード。少し疑ってしまう俺が居る。
「あのねぇ、なんだねその疑り深い顔は。ちゃんと味見だってしてるし大丈夫ですぅ。保冷剤も入れてるから痛んだりもしてないはずだし」
「いや、うん。別に疑ってたりはしないんです」
「あ、そう。じゃあ食べてみてください!」
と弁当箱をとりだすと、優花は俺の頬をつまむ。
そして卵焼きを一つ取って口の中に突っ込んでくる。
「あ、美味しい」
「でしょう?」
卵焼きは甘めの味付けだった。出汁巻の方が好きだけど、それでも美味しい。
疑ったことが申し訳ない。
「なんか、ごめんな」
「分かればいいよ、ほら食べて。梅干し大丈夫なら、おにぎりもあるよ」
「大丈夫大丈夫、サンキュー」
鞄からもう一つ包みを出してきて差し出される。こっちにはおにぎりが入っているみたいだ。
卵焼きに、生姜焼き、それに刻んだ野菜。シンプルだけど、男の子って感じの弁当だ。
「もうちょっと凝ったの作りたかったけど、時間なくてさ」
「いいっていいって、こういうの好きだし。じゃ、いただきまー……」
「あっ!」
食べようとする寸前、急に大声を上げた優花。
「ごめーん! 飲み物持ってくるの忘れた!」
何事かと思ってみてみれば、頭を下げて両手を合わせている。
「そこの自販機で買ってくるね」
弁当作って貰ったし、それくらいの事は俺が、と思って立ち上がろうとしたけど、優花に座るように押し止められた。
「いいから休んでなさいって。すぐ戻るから。何か飲みたいのある?」
「じゃあ、お茶で……あ、お金渡しとくよ」
流石にこのまま何もしないのは沽券に関わるので、少し多目に渡して自分の分も買うように伝えた。
優花が飲み物を買いにいった後、作って貰ったものを一人で食べるのもどうなのかと、思いはした。
けど、空腹には敵わず、もくもくと食べ始めることにした。
どれも美味しい。急いで作ったみたいだけど、そんな事感じないくらいに、しっかり美味しい。
ちゃんとお礼言っとかないとなあ。
「ソウタ、それは残すのか?」
ジンリュウが言ってきたのが、何の事か分からなかったけど、どうやら梅干しの種の事を言っているらしい。
「ああ、これは食べる人居ないって。硬いし、飲み込めないしな」
「食物の中にあるのに、食べられない部分があるのか」
「そりゃあね。ジンリュウ、普段何食べてんの?」
「私か? 私には君達のような食事という行為はなくてな。太陽のエネルギーで生きていける」
なんというハイテク。流石は宇宙人だ、俺達とはレベルが違うわ。
「食事は必要ない私だが、これまで様々な星を巡って来た。その中で、それぞれの星に住む人々の食事も見てきたよ」
「へぇ、他の星の人達ってどんなの食べてるの?」
「そうだなあ、本当に様々だが、君達の様に植物や動物を食べる所もあれば、それ以外であると、岩石を食べる種族も居たな」
岩石。
「中には、本当にそんなものを食べるのかと思う種族も居たな、例えば……」
「いや、いい。もういいです」
これ以上は聞かない方がいい気がする。
あまり話を聞いていると、せっかくの弁当が不味くなりそう。
「そうか? ただな、食べる物は種族によって違いこそあれど、『食事』をする者達には、共通する事があるよ」
「共通する事?」
「ああ、誰もが食を通じて充実している時は、とても幸せそうだ。食事の出来ない私には、それが羨ましい事に思うよ」
なんだか、いい話だな。少しじーんと来た。こいつの話で初めてだ。
ただ、その話を聞いて一つ気になることが。
「メタルドラスは、星を食うんだよな。そういう生き物なのか?」
「いいや、奴は言うなればブラックホールだ。ただ吸い込み、何も残さない。自然現象ならば手を出すことはないが、奴には際限がない。放っておくには、危険な存在だ」
メタルドラスの話になると、陽気だったジンリュウの声は途端に低くなった。それだけ、真剣なんだろうな。
「そんな奴を、ずっと追いかけて来たのか? どうして?」
「元々宇宙の平和を守るのが、私の使命だ。……とは言え、メタルドラスを倒せなかった事で守れなかった星と、そこに住む人々……今の私は、使命など関係なしに、ただ、奴を倒すということに躍起になっているだけかもしれない」
ジンリュウは、顔も、姿も見えない。
だけど、話を聞くだけで、悔しかったんだなって分かる。
俺の体を無理矢理使った事は、正直ふざけるなって思ったけど、こいつは、必死だったんだな。
「でもまあ、倒せて良かったじゃないか。助けられなかった星の人達も、浮かばれるんじゃないの?」
「いや奴は、まだ……」
言いかけて、そこで口を閉ざした。
「倒して、ないのか?」
「……ああ。アレは、恐らく分身。我々の、私の目を誤魔化すための」
分身? あれだけ、苦戦したのに……
本体はもっと強いんだろうか。
メタルドラスを倒したいジンリュウが、俺なんかに憑いてて、いいんだろうか? 分身にも、苦戦するような俺に。
「なあジンリュウ。メタルドラスを倒しに行った方が、いいんじゃないか? 俺なんか、放っておいて」
「君を巻き込んでしまったのは、私の責任だ、だから……いや、結局、戦いにまで巻き込んでしまって、より危険な目に遇わせているだけ、だな」
今までの陽気な態度が嘘のようだ。
もしかすると、俺達と接するために演じていただけなのかもしれない。
生真面目で、背負い込みがち。それが本当の彼なのかな。
「もっと早く、君達の元に駆けつけられていれば、そもそも、巻き込むこともなかったんだ。本当にすまない」
「いいって! ジンリュウのお陰で、俺達、助かったんだしさ。それより、俺みたいな凡人に付いてなきゃいけない方が、悪いっていうか……」
本当ならジンリュウ一人……あるいは、もっと適切な人間がいた筈だ。
宇宙を守る。なんて、大きな使命を背負うには、俺は力不足だ。
「それは、違うぞソウタ。確かに君に憑いたのは君を治癒するためだ。だが、君に協力を頼んだのは……」
「似た者同士だね、お二人さん」
戻ってきた優花が、俺達の間に入ってきた。
「ほい、お茶」
俺にお茶を差し出しながら、隣に座る優花。
「サンキュー。ていうか、なんだよ、俺達が似てるって」
「そりゃあ、だってあなた達? 自分が悪い、いや自分がダメだって、そんな事ばっかり。似た者同士じゃない」
言われてみれば、そうかもしれない。
ふと、ジンリュウに視線を落とす。腕輪だけど、なんだか、目が合ったような気がした。
そしたら、なんだかおかしくなってきて、思わず笑いだしてしまった。
「やめようか、この話。多分終わらないわ」
「そうそう、せっかくあたしが作ったお弁当あるんだから、食べちゃってよ。残したら、許さないから」
「それは怖いな。ソウタ早く食べた方がいいぞ」
「ああ、メタルドラスより怖いかも」
「なんだとこの〜」
なんてふざけあいながら、時間は過ぎていった。
重たくなっていた空気は、一気に和やかになった。優花のお陰だな。
「さて、と。それじゃあどうする? もう少し、辺りを探してみる?」
食べ終えた弁当箱を片付けた優花が、俺達に話しかけてくる。
「しかし、分身体で私の目をごまかしたとすると、もっと離れた所に逃げているかも」
「となると……流石にここから先はバス移動の方がいいんじゃ」
「まあ流石にね。あんまり遠いと帰るのも大変だし」
恐る恐るの提案だったが、今度は白い目で見られずにすんだ。タイミングは大事だな。
そこで、スマホを取り出した優花。
「なにしてんの?」
「一応調べてみようかと思って。また何か手がかりが……あれ、なんか急に暗くなってない? 雨?」
などと言い出したが、今も焼けるくらいに日差しが刺さる。
きっと雲がかかったか、何か……そう伝えようとして、一度空を見上げた。その時、そこには……
「ソウタ危ない!」
無意識に(恐らくジンリュウによって)左腕が胸の前まで動く。
腕輪が盾に姿を変え、ズシン……と重くなる腕を右腕が支えた直後に感じた、強い衝撃。
俺の体は後ろに大きく吹き飛ばされて、受け身もとれずに背中から地面にぶつかった。
「え、蒼汰? ……きゃあっ!」
衝撃と痛みで、飛びそうになる意識が、その叫び声で一気に揺り戻される。
半身だけ起き上がらせ、優花がいた筈の所を見てみるも、そこに姿はない。
直後、頭上を過ぎていく影……見上げれば、そこには大きく翼を広げた人型と……それに捕まれた、うなだれる優花の姿。
「待てっ……うっ」
追いかけようとして体に力を入れるも、全身に激痛が走る。
耐えながらも起き上がった時には、その姿は遠くへと離れていた。
はやく、追いかけなきゃ……体に鞭を入れてでも……!
「待てソウタ! そんな体で無茶だ!」
「優花が拐われたんだぞ!」
「落ち着くんだ。ユウカを助けたいのは、君だけではない」
「え?」
頭に上っていた血が、少し引いていくのが分かる。
「一人じゃ、無いって……」
「私も、気持ちは同じだ。だが、思いだけでは駄目なんだ。私一人では駄目なんだ。君の勇気を、貸して欲しい」
「俺の、勇気」
「そうだ。君に限界を超える覚悟が、あるのなら」
迷う必要なんてない。優花を助けるためなら、答えは一つ。
「行こう、ジンリュウ!」
「ああ、分かった、行くぞソウタ!」