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英雄の詩  作者: 山猫幸男
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第一話

「蒼汰! ねえ蒼汰返事して! お願いだから……ねえ!」



 何度呼び掛けても、目は虚ろなまま動きもせず、返事もない。

 息はしてるけど、でもそれだって、ほんの少しで、今にも、止まっちゃいそう……



 嫌だ、そんなの……せっかくまた話せたのに……こんな所で、終わりになんかしたくない……



 血が溢れて止まらない。何をしたらいい? どうしたらいい? 頭の中はぐちゃぐちゃで、纏まらない。



 とにかく、動かなきゃ。アレはもう動き出してる。

 必死に、蒼汰を持ち上げる。……重い……でも、ここに置いていくなんて、出来ない。

 引きずりながら、蒼汰を運ぶ。……駄目、追い付かれる……



(誰かお願い……お願いだから、助けて……助けて……!)



 口に出す余裕もなくて、ただ心の中で叫んだ。そんなの、届きっこないのに……



 近くが爆発する。全身が揺れる。

 それまで必死に抑えていたけど、もう駄目……怖くて足が崩れてく。



 動けない……動かない……

 アレはもう、見えるところまで来てるのに……

 あたしはもう、蒼汰を抱えて震えることしか、できなかった。



「……けて……だれか……」



 うまく声が出せない。でも、もうこれしかない。

 届いて欲しい……ただ、そう願いを込めて。





「誰か、助けてぇっ!」



 とにかく叫んだ、今度は誰かに届くように……



 でもそれは、ただ虚しく響くだけ。



 もう駄目だと、奇跡なんて起きないって、諦めた……





 その時────





 高校に入って初めての夏休み。

 実家に帰っていた俺は、裏山にある小学校に来ていた。

 門は有っても、柵が無いから誰も居ない学校でも入るのは簡単だった。



 通っていたのは、もう四年くらい前になるのか。なんか、振り返ると早かったような、大分前のような……それにしたって、全然変わんないな。



 とりあえず、校庭へ降りるための階段に腰かけて空を見上げた。



 やっぱり、ここは星が綺麗に見えるな。向こうじゃ、全然見れなかったから。

 田舎なんて、あんまり好きじゃなかったけど。これだけは、良い所だ。



 持ってきていた望遠鏡を伸ばし、レンズの中を覗きこむ。

 天体望遠鏡じゃないけど、俺はこうやって切り抜いた空を観ているのが好きだった。

 こうすると、今俺は、星空の中に居る気がするんだ。一人、星空の中に……



 だけど、そんな俺の星空の旅は、何かが視界を遮り、強制的に中断させられた。



「蒼汰、まーたそうやって一人の世界に入っちゃって。女の子放っておくってモテないぞ」



 と、優花のむっつりした顔がレンズの中に映りこむ。



「いや、そんな事言われても……星見に来たんだよ? っていうか、誘ってきたのはそっち……」

「なに?」

「いえ、なんでも」



 凄い圧。きっと大人しく引き下がるのが正解だ。二つも年下の女の子に頭が上がらないのは、男子としてどうかとは思うが。自分の身はかわいいものだ。


 そんな俺が面白かったのか、優花は急に笑いだした。


「うっそ〜。分かってるってば! そう怯えんなって」


 笑いながら俺の隣に腰掛け、肩を叩いてくる。


「そんなに怖かった?」

「女子は逆らっちゃいけないからな……」

「いや、そんな事ない……と思うけど。何、向こうで何かあった?」

「そういうんじゃないんだけど、本能的にっていうか……」

「何それ、変なの」


 と、またクスクスと笑い出す。


「それにしても、ほんと好きだよね。ソレ。楽しいの?」


 俺の持ってる望遠鏡を指差し、首を傾げる優花。


「楽しいかどうかで言ったら、まあ楽しい、かな」

「はっきりしないなあ、分かんない」

「それなのによく誘ったな……」


 家が隣同士で、それこそ、小学生の頃からの付き合いだってのに。むしろそっちの方が分からない。

 まあ、声には出さないけど。


「だってさ、蒼汰には分かんないかもしれないけど、星空観てる時の顔、すっごくキラキラしてんだよ? 観てて飽きないからさ」

「えっ?」


 急に何を言い出すんだろう。思わず顔を逸らしてしまう。


「あっ! いや、そういうんじゃなくて! あのね、だから……その、昔と変わんないなってね!」


 自分が何を言ったか自覚したのか、慌てて訂正を始める。そんなこと言われても、すぐに晴れるようなモヤモヤじゃないんだけど……


「ていうか、昔とって……別にそんなに会ってなかった訳でも……あっ」


 そういえば、小学校の頃は登下校も殆ど一緒にいたけど、中学になってからはあんまり話した記憶がないような……


「久しぶりだよ、だって、蒼汰は中学の時ずっと忙しそうで、遊ぼうなんて、言えなかったし……」


 そうだな、一年の後半にはもう受験勉強を始めて部活もあって……って他に何も出来てなかった気がする。


「受験も終わって、高校生になったから、落ち着くかなと思ったのに、帰ってきたと思ったら、なんか、浮かない顔してるじゃない? だから、その……」

「だから、誘ってくれたのか?」


 優花は静かに頷いた。俺の事、よく見てくれてるんだな……

 なんていうか、確かに最近、頑張るので精一杯で余裕無かったかも。


「まあねー。でも良かった、今すっごくいい顔してる。昔と変わんない」

「そう、かな。優花は、少し変わったな」

「そう?」

「気立てが良くなったっていうか、うん。……女の子らしく、なったなって」

「えっ」


 やりとりはずっとこんな感じだったから、そう、昔は弟のようなノリだったと思う。

 けど、こうして久しぶりに接してみると、なんというか……色々女の子というか……


 ………………


 なんとなく、無言の時間が流れる。


「……上着、貸して頂けませんか。ちょっと冷えまして」


 ノースリーブで露になっている腕を擦る優花。うん、まあ夜になって、少しな。

 俺も暑くなってたから、丁度いい。


 着ていたシャツを一枚脱いで、優花に差し出す。

 受け取った優花は、それを着てボタンを上までしっかり閉めた。


「大丈夫か? 匂い、とか」

「うん、それは大丈夫」


 それまで自然だったのに、急に意識してしまいぎこちなくなってしまう。


 ………………


 何を話したらいいんだ。


「「あのさ」」


 とりあえず話してみようとしたらこれである。


 譲り合いの末、こっちから話すことに。いや、話すことはないんだけど……


「優花も、観てみる? これで」


 苦し紛れに望遠鏡を差し出してみる。凄い困惑しているのが見てとれる。

 ただ、仕方ないといいたげにため息を吐いて、


「まあ、今日はこんなところかな……」


 と、いいながら望遠鏡を受けとる。


「たまには良いかもね」


 正解じゃなかったみたいだけど、とりあえずなんとかなったらしい。


 望遠鏡を覗きこみ、空を見上げる優花。


「へえ〜、綺麗だね」

「山の上だし、明かりも少ないからな。結構くっきり見えるだろ?」

「もうちょっと気の利いた事言って欲しいなあ」


 無茶を言わないで欲しい。


「……あれ、流れ星……?」

「えっ、マジで! あ、ホント……ん? なんかおかしくないか」

「だよ、ねえ……」


 確かに流れる星はあった。

 それは、どうにも迫ってきているような……


「いやヤバいって、こっち来てる!」


 明らかにこっちに落ちてきていた、凄い勢いで。

 咄嗟に、優花を庇うように引き寄せた。


 そのすぐ後、凄い音と衝撃が俺達を襲った。


「優花、大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……そっちは怪我とか、ない?」

「ああ、俺も大丈夫だ」


 衝撃が納まった後、思いっきり降りかかった土を払いながら俺達は互いの無事を確かめる。

 そして、落ち着いたら、やっぱり落ちて来たモノが気になり校庭へ振り返った。


 ど真ん中に出来たクレーター。土煙で中はよく見えなかったが、その中心には青く光る『何か』があった。

 それは、最初は丸い、球体のようだった。だけど、みるみるうちに、姿形が『人』のように変わっていく。


「優花、望遠鏡返して!」


 優花から望遠鏡を受け取り、『何か』を見ようと覗きこむ。

 するとソレは、こちらの方へ手を向けていて……その手下では、何かが膨らんでいた。


 マズい。直感的にそう感じ取り、優花を校舎側に付き飛ばす。

 訳も分からなそうに、倒れていく優花。軽率な事をしたと、後悔する間もなく、俺は背中に強く、鈍い衝撃を受けた。


 ………………


「……た……そう……じして!」


 微かに聞こえる声……遠のいていく意識を……ほんの少しだけ、呼び覚ます。

 でも、何を言っているのか……分からない。


 逃げろ……逃げろ……声にならない想いを、叫び続ける。当然、届いたりなんかしない。


 誰でもいい……せめて、優花だけは……救ってほしい……そう祈った。


 ああ駄目だ……もう、保てないのが分かる。


 薄れゆく中で、ただ一つ、優花だけは……と星に願う。


 届け、届け、届け────! そう願った、その時……


 最後に観たのは、流れる星の光だった。



 それは、夜空の星が舞い降りた様に、私達の前に現れた。

 目を覆う程の光は、人の形へと納まっていく。


 それは、星の様に輝く白銀の鎧。

 その、雄々しく、頼もしい背中はあたしの恐怖を溶かしていく。


 あたし達を追っていた影に、流星の如く素早く迫り、瞬く間に光が斬り裂く。

 気がつけば、アレは消えていた。倒したのか、逃げたのか……


 光の人は、あたしの方へ振り向いてやってくる。

 見上げれば、彼は何も言わず、ただ重く首を縦に振る。「大丈夫」そう、伝えるように。


 膝を付いてあたしの抱える蒼汰に手をかざす。

 すると二人は、眩い光に包まれて────


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